11 悪意ある影と喪失
ここから更に悲劇に見舞われる主人公。彼の身に降りかかる悪意はいったい……
何故こうもトラブルが多いのだろうか?不安が次々とボクを締め上げてくるようだ。
あの後ロビーへと戻ったボクは、タイミングよく名前を呼ばれ、診察室へと招き入れられた。そこには、先程、屋上で怪しげな会話をしていた、ボクの担当医師がいた。席を外していた事さえ詫びる様子も無く、何食わぬ顔してボクの診察を始める。聞かなければ良かったのかもしれないが、聞いてしまった以上、この担当医師を怪しむ気持ちは拭い去れない。顔に出ないように気をつけているつもりだが、意識すればするほど、挙動不審な態度が出そうになる。正直なところ、ポーカーフェイスというのは、ボクにとっては必殺一撃の奥義に匹敵するほど、高難易度のスキルだ。今日は無駄口を聞かないのが賢明だ。
そう思って、頑張って口を閉じていたのだが、医師の方から口火を切ってきた。
「そういえば、伊町君、ウチの看護師の松田と仲が良いそうだね?ボクは少し苦手なタイプなんだけど、どうやったら上手くいく関係が築けるかな?教えてくれるかい?」
先程の会話で、これに他意がある事は明白だった。洋子さんの名前とボクの名前、それに『上手く誤魔化す』『わたしを信頼している』等のキーワード。これは、目の前の医師が、何らかの方法で、洋子さんの事を誤魔化す。という意図が読み取れるのではないか?これはその前振りだと判断する。なので答えるつもりは無い。
「……、いやごめんごめん!変な意味じゃ無いんだよ、ただ、彼女との関係が上手くいかないせいで、少しわたしと仕事上のトラブルが起きてね……。今日はそのせいか、欠勤しているんだよ。それで、どうにか上手く話せないか相談したんだ。ごめんね、他意はないから。」
この詐欺医師め!下心があるやつは大抵が『他意はない』と言うではないか。ボクの疑問が確信に変わった。洋子さんが来ていない。何かあった事は確かだが、今は焦らずここを出る事が先決だ。ボクが何かに気付いたと悟られては、医師らの目的も探れないからな。ずっと黙ってやり過ごす訳にもいかないだろうし、帰る言い訳でもするか。
「あの、職場に顔を出す様にと、店長から言われてるのですが、そろそろいいでしょうか?まだ何か検査でもあるのでしょうか?」
「ん、あぁ、問題ないよ。いつも通り治ってる。」
軽く会釈をして、いそいで診察室を後にした。
焦った!顔に出ていなかったよね。思わず聞き返すところだったよ。
とにかく早く病院から出たい一心で、会計を済ませ、いつもの薬を貰い、病院を後にした。
一度自宅に戻り、思うところがあり、勤務先のホームセンターへと向かう事にした。
病院を出てしばらくのところで、不意に振り返ったボクの視界に、素早く物陰に隠れる不審な影が映ったのだ。悪い予感が止まない以上、誰かに尾行されてるとしか言いようがない。確信は無いが、医師の質問からして、洋子さんの居場所を、ボクが知っていると思われたのかもしれない。だとしたら、尾行は、担当医師の差し金である可能性が高い。診察室での会話でボクは、職場に戻るから帰ると、医師に言った事を思い出した。そのせいで今から、勤務先のホームセンターへと向かう羽目になったのだ。
やはり後を尾けられている。なるべく顔を上げないようにして、通りに出る角を曲がる際に、視線だけをカーブミラーに移していた。十メートル前後の距離があるだろうか?影は巧みに物陰を利用しながらついて来ていた。その様子をカーブミラーがしっかり見せてくれた。
さて、無事に職場に着いたが、用事も無いのに来たのは初めてだ。しかも、従業員専用の裏口から。立場を利用した泥棒に間違われても厄介なので、ユニフォームである赤の前掛けを身に着ける。店長には、昼から上がった時間の穴埋め、とでも言えば大丈夫だろう。多分、倉庫にいるはずだから、先に言っておこう。
少し薄暗い通路を通って倉庫を目指す。通路というが、両端は壁ではなく、天井に届く程の、大きなスチール棚だ。六段ある空間には、ぎゅうきゅうとはいかないが、それなりに商品が入った段ボールが積まれている。ここ自体が倉庫なのだが、ここの従業員が言う倉庫とは、この先に出来たスペースの事を指している。五メートル四方はあるスペースの周りには、通路と同じ棚があり、極めて大きな荷物はそこに置かれている。その在庫管理担当者が店長なのだ。
やはり倉庫にいるみたいだ、声が聞こえる。誰かと一緒にいるのなら、邪魔したら悪いと思い、通路の陰から様子を伺う。そこには、スペースの中央に置かれた木製の大きな木箱があり、それをテーブル代わりにして寄り掛かかる店長と、木箱の向こう側にしゃがんでいるみたいで、全体は目視できないが、先輩従業員の『小田 正樹』さんの顔がチラチラ見えていた。
二人が話し終えたら、店長の元に行こうと思い、棚に納められた、箱と箱の間に身体を納めてみた。すっぽり入った。少し退屈しのぎに、遊び心がでたのだ。ここからでも、倉庫の様子が伺える。箱と箱の隙間だから、先程より視界は狭いが、声はよく聞こえるようになった。
「……れからどうするか。ちょっとコレ見てくれ。」
ガタン!ガラガラ!バタン!!
何かがぶつかる大きな音と、多分、先にある、外に出る扉の音。慌てて飛び出したという感じがしたが、どちらかが出て言ったのか?そう思い、その場から出ようとしたら、怒鳴り声にも取れる大きな声が聞こえてきた。
「ちきしょう!逃げられた!!何てヤツだ!」
姿は見えないが、この声は小田先輩の声だ。続けて店長の声が聴き取れる。
「まぁ後は本部に任せておけばいいさ。気にするな。」
「しかしよ、せっかく口を割らせようと思ったのに……」
「小田、ヤツは喋らないさ。ムダだ。」
店長と先輩はいったい何を?推測すると、多分万引き犯を捕まえて、仲間の名前を聞き出そうとしていた。とかだろうか?ボクも話を聞いておいた方が……。
「それより、報告しないといけないから聞くが、小田。お前、松田洋子に、間違いなくウチの伊町を攫って来る様に指示したのか?」
「あぁ、それは間違いない!指示した。あの看護師オンナ!生意気なんだよ!何ならオレが、良い子ちゃんの伊町をブッ殺そうかって言ってんのに、あのおん」
「小田!!それくらいにしておけ!誰に聞かれるかわからんだろうが!」
そう店長が怒鳴った後、ボクに気付く事なく、二人は目の前を歩き過ぎていった。しばらくボクは動けずにいた。
さっきの会話が頭の中でグルグル渦巻いていた。時折軽い吐き気に襲われた。
そんな、店長に小田先輩。それに洋子さんまで……。
ボクはここにいるのがバレないように、漏れる嗚咽を必死に抑えて涙を流す事しかできずにいた。誰を信じていいのか、この街にいていいのか、ボクは誰からも愛される事はないのか……。喪失感が心を締め上げていた。
主人公に襲いかかる現実の理不尽さと恐怖と喪失感。今後の彼の運命が危ぶまれる……。




