1 先生と夢と現実
メイン執筆の合間に、お試しで作ってみました。投稿の予行練習ですが、こうなったらいいな、という夢の中で見たモノを、形にしてみました。
4/1 行間、段落、誤字を訂正、修正致しました。
「伊町 稜君!」 「はい!」
まだ肌寒さが残る春の初頭。今年入園の、園児達が並ぶ講堂では、自身が受け持つ園児の名前を、担任の先生が読み上げている。
今しがた、元気よく返事をしたのが、幼稚園児のボクだ。初恋と言ってもいいのかわからないが、担任の『橋本 ともこ』先生が大好きだった。
先生は、ボクの家庭の事情を知ってか、他の園児より、特に優しく接してくれていた感じがする。
ボクの家は、母の実家である祖父母の家だった。両親を飛行機事故で亡くした為、祖父母に引き取られる事になったのだ。
まだ三つだったボクは、両親の顔をあまり覚えていない。なのに、夢にはよく出てくる。
そんな事情から、『母の日』『父の日』『親子遠足』等々、いつも一緒にいてくれたのは『ともこ先生』だった。
誕生日。ボクはともこ先生の自宅に招待されていた。
新婚ホヤホヤのお宅に、お邪魔するのは野暮だと言われそうだが、まだ幼稚園児のボクには理解出来ないので、ツッコミはお手柔らかに。
先生の旦那さんは、丸い形のメガネが印象的な人で、笑うと特に、優しさが溢れんばかりの、理想のお父さんという感じがした。彼に始めて会ったのはこの時だ。
それからも、ちょこちょこ招待され、本当の家族の様に接してもらっていた。この頃はまだ幸せだった。
さて、ボクの変化の予兆は、突然やってきたのだが、先に述べた、両親が出てくる夢がそうだ。当時は頻繁に見ていた。
大きな湖のいたるところから、気温差で生じる白い煙が立ちのぼる。
まるで温泉の湯煙りを思わせる。
その向こうにも、景色はあるはずなのに、ハッキリとした景観が認識出来ない。
理由はわかっている。ここが夢の中であるからだ。
何故なら、頻繁に見るその舞台が、毎回同じ湖の景色だからだ。
しばらくすると、遺影でしか見たことがない両親らしき影が、立ちのぼる白い煙を掻き分けて、水面を滑る様に徐々に姿を現わす。その顔はハッキリとは分からない。
ボクのいる場所より、十メートル程離れた位置で止まり、何かを話している。
声が聞こえてこないが、口はパクパク動いているのが見える。しかし、何を言っているか理解出来ない。
いつもこんな感じだが、一度だけ女性の声が、耳元で囁いた事がある。それを最後に、同じ夢を見る事は無くなった。が、それと同時に、現実に起きたボク自身の変化に戸惑う事になる。
いつもの登園時間に、挨拶してくれるタバコ屋のお爺ちゃん。今朝もいつもの様に、箒を片手に挨拶をしてくれる。しかし、どことなく表情が硬い。
その日始めてソレを見た。あの夢を見なくなって、五日目の朝の事だった。
お爺ちゃんの胸の真ん中辺りから、黒いモヤが噴き出していた。訳が分からず何度も目を擦り、視線を胸元に戻すが、何度繰り返しても同じ様子が目に映る。
タバコの煙か、あるいは燃えているのか、心配になり直接尋ねてみたが、『何ともないよ』と答えてくれた。
それでも気になったが、幼稚園に行く時間がかなり押している事を、お店のラジオから流れてきた時報で気付かされた。ボクは挨拶もそこそこに、急いで園に向かった。
遅刻したが怒られる事もなく、ボクはいつもの様に園での時間を過ごした。
次の日、通りかかったお店にお爺ちゃんの姿は無かった。その後もずっとだ。
この時、お爺ちゃんに何があったのかを知ったのは、それから少し先の事だ。
その後、幼稚園では特に変わった事も無く、無事小学校入学。
色々な行事もあったが、ともこ先生が親の代わりに支えてくれた。
ウチの祖父母は、ボクにあまり関心が無く、入学式はおろかランドセル購入も忘れていたくらいだ。
ランドセルは、ともこ先生がお祝いにと贈ってくれた。
入学式にも顔を出してくれたが、さすがに保護者席には座っていなかった様だ。
本当の親子になりたいと、真剣に願った記憶がある。
それはさておき、あの時、お爺ちゃんの黒いモヤを見た後も、かなりの人に同じモヤが見えた。しかし、それぞれモヤの出る部位は違っていた。
ある人は腕から、またある人はお腹から。という様に様々だった。
実は、小学校入学の少し前に、この黒いモヤの意味が分かっていた。
先ずはお爺ちゃんの事をともこ先生から聞いて、その後、同じモヤが見えた人の事も、ともこ先生に聞いたのだ。
そして分かったのが、お爺ちゃんは心臓の病気で亡くなり、黒いモヤは胸から出ていた。頭から出ていた人は、頭の病気で亡くなっていた。
そう、このモヤは、病気で悪くなっている部位から出るという事だ。
あの時、夢で囁かれた事を思い出す。
「あなたに贈り物をしました。正しく使いなさい。見守っていますよ。」
この病気の部位が分かるのが贈り物?どう使えば正しい事になるんだろうか?まだ子供の頭で考えるには、少し難題だった。
だが、これだけではない!もう一つの奇跡の能力を知ったのは、小学二年生の夏休みに入ってからだった。
蝉が忙しく鳴き始める前の早朝。ボクはクラスの友人と、カブト虫を採取しに出掛けていた。その友人『荒川 つよし』君は、クラスで一番の仲良しだ。
つよし君は、半袖にジャージズボンといった、組み合わせが変な格好で来ていた。ボクは、半袖に半ズボンと、組み合わせは良いのだが、林に分け入る格好としては、おかしい。人の事を言えた立場じゃないと、今は反省している。
そう、反省してます。
その日起きた事を手短に説明すると、ボクは木に登り、足を滑らせ、落ちた。
落ちたボクは、足を酷く切ってしまい、血が止まりそうになかったので、手で圧迫して止めようとした。
足を押さえ込む両手の隙間から、あの黒いモヤが出ている。ケガでも出る事が確認出来た瞬間だった。
しばらくそうしていたら、血が止まり、黒いモヤも消えていた。
気になったボクは、両手の隙間を少し開き、中を覗き見た。
そこには、血が流れ出た跡が、残っていただけだった。
驚きのあまり、言葉を失ってしまう。
つよし君も、傷が無くなった足を見て、驚いた表情でボクと足を交互に見ていた。
この出来事があったからこそ、『治癒』の能力に気付く事が出来たのだ。
まだ先がありますが、保存出来ない事を、ここまで来て知る事に……。先走り過ぎたと反省です。