【Bと雪の王子】
CとBとバイト仲間達によるボード旅行は渡辺の計画通りだった筈だが…
Cが言い出しっぺの一泊二日強行ボードツアーの参加者は、BとCと渡辺、中村、佐藤の5人となった。
今回の旅でBは、かさばりゴーグルとダブルで曇る相棒はケースにしまい、コンタクトレンズを装用している。
新しい相棒にも少しは慣れて、1日2日ならもう平気になった。
助手席の中村は後ろを振り返り、イケメン率100%を目の当たりにして固唾を飲んだ。
「凄げえ。」
「中村、運転席も見てみ。」
「渡辺さんも確かにイケメンッスけど、バックミラー見たら自信無くなりますよ。」
「男は顔じゃねえって。鈴木は顔は普通でも彼女持ちだろ。」
「鈴木は男気が溢れてるッスもん。平均超えの助平なくせに何スかあの硬派そうなツラは。卑怯ッス。」
「おまえのツラは必死さと下心が駄々漏れだもんな。」
「ぐっ、でも漏れる漏れない別にして男なんて皆似た様なもんじゃないッスか!」
「しー。」
渡辺はバックミラーを見てまた前を見た。
Cは楽しそうに話を聞いているが、その隣でBと佐藤は互いに頭を預け合って眠っている。
Bは数時間前までバイトで、佐藤は直前までバイトだった。
良く寝ていて中村が騒いでも起きる気配は無いが、渡辺は優しい運転に努めた。
Cは微笑みを濃くした。
「ナベ君、運転代わって欲しい時はいつでも言うてや。」
「あざーッス。でもまだ大丈夫ッスから椎さんも寝てて良いッスよ。」
「じゃあお言葉に甘えるわ。」
そう言ってCは躊躇い無くBにもたれて目を閉じた。
中村は良い笑顔で助手席に戻り、純正ナビを操作して話題のDVDを挿入して一人寂しく楽しんだ。
―*―*―
AがBに送り付けたボードウェアは、下はイエロー地にピンクの三本線、上はピンク地に黄色の大きな笑顔マークと星柄という、雪山でなくとも目立つ色だ。
遭難しても空から良く見える事だろう。
Bはわくわくするだけでそんな心配を微塵もしていないが、僕流にマッチしたのでとても気に入っている。
実際に選んで購入したのはCだが、Aはボード初心者のもしもに備えて色にだけは口を出した。
そもそも自分が傍に居てそんな目に遭わせたりしないが、Cは出会って初めてほんの少しAに対して感心した。
「良く似合ってるッス!田中さん!」
「ピンクが似合う男、田中!畜生!」
「その柄を等身大で着こなせるのが田中さんの凄い所だよな。」
「そうかな?」
そしてCは佐藤、中村、渡辺の言葉を一つずつ縦に首を振って肯定した。
Bは大きなぽんぽんが付いたイエローのニット帽を被り、ゴーグルを乗せた。
佐藤は、上は紫のチェックに下は黒。
中村は迷彩の上に茶色の下。
渡辺は赤地に白のストライプの上にベージュの下。
Cは黒一色のツナギタイプだ。
「田中君は俺が手取り足取りレクチャーすんで、君らは先に遊んどき。」
「いやいや、椎さん滑って来て下さいよ。田中さんは俺が看ますんで。」
年長者にそんな事はさせられない。
渡辺の申し出を、CはBの肩を抱いたまま笑顔を横に振って拒んだ。
渡辺もそこまで無粋では無い。
一応社会人として常識がある所を見せただけだ。
滑りたくてうずうずしている中村と、教えたいけど感覚派で名乗り出られず悔しそうな佐藤の肩を叩いてリフトへと向かった。
BはCを見上げ、首を傾げる。
「本当に良いんですか?」
「何が?」
「僕、運動神経だけは自信があるので一人でも直ぐに滑れる様になると思うんです。」
「最悪、転んで止まればええて思っとるやろ。」
「…思ってます。」
CはBの尻を軽く叩き、悪戯っ子の様に歯を見せて笑う。
「B君の可愛いお尻がお猿さんみたいになってまったら嫌やろ?」
「えー?そんなに?」
「俺の知り合いは初ボード初滑走から同期に放置された次の日、尾てい骨が痛過ぎてデスクワークをずっと空気椅子でやっとったって話や。」
「よ、よろしくお願いします。」
「任せとき。」
半信半疑だったBは、自分の尻を押さえてCに頭を下げた。
―*―*―
渡辺、佐藤、中村はBとCのいるコースの一番上から一気に滑り降り、Bが一生懸命練習している麓まで戻って来た。
佐藤はゴーグルを外し、女性の視線と黄色い声を集めながらBを探した。
そして直ぐに見つけた。
BとCの周囲は女性が群がり、しかしそれとなく距離を取って二人を恍惚と眺めているという異様な物だった。
「っと、危ない。」
後ろから前を向いて滑る練習でよろけたBを、Cは上手に抱き止めた。
周囲の女性の胸が締め付けられる。
ぎりぎりぎり。
渡辺はその音が聞こえた気がしたが、それは隣の佐藤の歯軋りの音だった。
中村は白目を剥きそうな程、そのまま崩れ雪に同化してしまいそうな程、人生に絶望していた。
「あ、ナベ君。田中君、もう連れて行けるでー。」
「…うぃーッス。」
今度は小林も連れて来よう。
高校生には痛い出費だって言うなら奢りでも良い。
渡辺は心に固く誓った。
―*―*―
ぞろぞろと、遠巻きにやたらと女性を引き連れた一行はジャンプまで楽しみ、日が沈んでから宿に入った。
その宿も渡辺の株主優待で、少し騒いでも大丈夫な離れに安く泊まる事が出来た。
落ち着いた和室で、間取りは居間に寝室、洗面室に立派な露天風呂も付いている。
Cは頭の中の仕事用の何かのリストにこっそり渡辺の名前を追記した。
Cは部屋に備え付けの、残りは本館の大きな温泉に浸かって冷えて疲れた体を癒し、慣れない浴衣にはしゃぎ、夕飯を食べ、持ち込んだ酒で飲み会となった。
「いやマジでイケメン怖いッス。」
「スマホと携帯の2台持ちの、本当の意味を知ったよね。」
もう既にほんのり顔の赤い眼鏡Bは中村に寄り添い深く二つ頷く。
Cはガラケーだからとラインでの繋がりを拒み、超絶イケメンなら納得のアドレス帳容量限界を伝えて携帯番号もアドレスも流出させなかったのだ。
中村はBを佐藤に押し付け、吐き捨てる。
「田中さんだって散々お姉様方のIDをゲットしてたじゃないッスか!」
「だって何か断わるの怖かったんだもん。僕だって顔も覚えられないくらい欲しい訳じゃないし。」
「くあ~ッ!イケメンが憎い!!」
「途中から断わってくれてありがとう、佐藤君。」
「どういたしまして。」
その手の事には慣れ過ぎている佐藤は、Bが困っているのを察して颯爽と間に入ってくれたのだ。
自分もその役をやりたかったCはしかし、自分の分を捌くので手一杯だった。
酔ってされるがままのBを撫で繰り回す佐藤に向けられたCの笑顔は、外の雪よりも冷たい。
その温度を知る渡辺は、温泉でしっかり温まりアルコールも入っている筈なのに寒気に身を震わせた。
そしてその綺麗な笑顔の下、マネキンの様に綺麗なCの手は当然の様にBのスマホを持っていて、今日出会った女を片っ端からブロックしているのに気付いているのも渡辺だけだ。
渡辺はビールを空にし、プラスチックの使い捨てコップに焼酎を波々に注いで煽った。
当のBは既に酔い潰れ、佐藤の膝を枕にすやすやと眠っている。
佐藤はそっとBの顔から眼鏡を外し、半纏を掛けてやった。
そんな佐藤も酒に強い訳ではない。
渡辺は酔った振りをして佐藤にいつもよりも飲ませ、Bを布団に運ばせ、一人勝手に自棄酒に溺れた中村を端に転がした後、長身故に布団に運ぶ事は出来なかったので寝室から布団を持って来て掛けてやった。
―*―*―
「アルコール、強いんやね。」
「これでも元は営業ッスから。綺麗な椎さんは大量のアルコールが伴う接待と縁は無いでしょうが、地味顔のサラリーマンは酒くらい強くなきゃやってらんねえんスよ。」
「うわー、男に口説かれても嬉しないなあ。」
Cの笑みは渡辺を労わるもので、渡辺は正しく受け取った。
Cはウィスキーで舌を湿らせた。
「ナベ君も苦労したんやな。君も会社の歯車に収まる様な器やあらへん。」
「俺も、例え相手がどんだけ綺麗だろうが男に口説かれても嬉しくないスよ。」
「そういう所もなかなか気に入っとんねん。佐藤君や田中君で免疫が付いとんのか、君らは俺に対して変な遠慮せんでええわ。」
「あいつらじゃあるまいし、こんな歳でそんな事で褒められても嬉しくないスからね。」
「くっくっ!褒めてへんよ。あの子らにはもう少し胡散臭い奴には警戒せえって叱らなあかんくらいや。」
「俺には?」
Cは人懐っこい笑顔を止め、本来の表情を取り戻す。
「本音に警戒心と好奇心、建前に良心と正義感。勇敢な君は少しでも俺の、…いや、“俺らの”やな。正体を探ろうとあの子らを寝かしつけたんやろ?」
「回りくどい探り入れは貴方にかわされるだろうし、最悪機嫌を損ねられたら事だと思ったからです。」
「自分、チャラそうに見えてえろう謙虚やんな。流石は元サラリーマン、って言って欲しいやろけど、やっぱり君は頭がええんや。もうちょいリスキーな市場に手え出しても寿命に影響あらへんで。」
「それは、お宅らの市場の事ですか?」
「ははっ!」
Cは犬歯を露わに笑い飛ばし、渡辺に片目を瞑って見せた。
「もうちょいゆうたやろ?」
「いや、男が男にウィンクされても嬉しか無いんスけど。」
「日本じゃノーマルなんて失礼な呼び方するらしいがストレートの君にゃわからんやろうけど、喜ぶ人もおんねん。相手によっては俺の計画通りや。」
「田中さんとか?」
「そうそう。まあ冗談は置いといて、知りたいんはそれ?」
渡辺は空のカップにウーロン茶を注ぎ、カラッカラの喉を一気に潤してから返事をした。
Cはまた柔らかく微笑む。
「何や、君も結局ええ子やん。田中君が心配なんや?」
「田中さんには世話になってるし、何より人が良過ぎるッスからね。」
「変な虫共の所為で危ない事に巻き込まれへん様に、まずは安全そうな俺から情報収集をって所かいな。」
「貴方が安全そうとは微塵も思ってませんが、一緒に遊んでくれる位には社交性がある。これでも元営業なんで、」
「人を見る目と引き際の心得はあるってか?」
「はい。」
「つまりは差支えない程度に話せば満足してくれるって訳や。」
渡辺は無言で頷く。
Cは渡辺のカップにウィスキーを注いでやり、自分の杯を掲げた。
渡辺も杯を掲げ、カップ同士を軽くぶつけ合った。
「俺は田中君の保護者の一人や。」
「金髪無精髭の彼も?」
「その男だけやと君らも不安やろ?」
「まあ。お二人は知り合いですか?」
「田中君がおらんかったら声聞くんも嫌な位仲悪いけどな。」
Cの答え方に、渡辺はこれについてはあまり探りを入れてはいけない事だと察する。
Cこそ渡辺の内心を察し、言葉を足した。
「あいつが田中君と一緒に暮らしてるって事後報告して来た時は目ん玉ひん剥いたで。」
渡辺は意外にも二人の関係が田中と出会う前からあると答えられ、目を丸くした。
Cは楽しそうに笑う。
「隠し事しとるみたいな言い方は癖みたいなもんや。別にやましい関係やないよ。」
「いえ、別に変な勘繰りはしていませんでした。」
「ほうか?」
「その常春の様な笑顔と似非関西弁の方が何かやましいです。しかも「ほうか」は名古屋弁です。」
「マジか。日本語難しいわ。」
「多分俺よりもペラペラです。」
「俺が真顔で標準語を話すと大抵の人間は委縮しちまうんだよ。」
「ッ、」
渡辺はCが急に真顔になり見惚れ、若いが箔のある声に鼓動が跳ねた。
要は一瞬固まり、それを溶かしたのはCの人懐っこい笑みと関西弁だった。
「な?怖いやろ?」
「…すみません。」
「嫌やわあ。謝られると逆に傷付くわあ。」
「イケメン過ぎるのも大変ですね。」
「だから田中君以外の男に口説かれても嬉しないて。」
「安心して下さい。俺はドストレートなのであり得ません。」
「知っとるよ。そんな感じするわ。で、」
Cは空のカップにまたウィスキーを足した。
「偏見もあらへん。誰かに自分の価値観を押し付けやん感じや。やで、佐藤君を応援しとんのやろ?」
「田中さんは危なっかしいですから。たまに怪我もしてきますし。」
大分酔って来た渡辺はウィスキーを眺めながら答えた。
「だから、佐藤でも貴方でも、どっちでも良い。あの金髪天パの人以外で、田中さんには優しく守ってくれる人が必要だと思ってる。それだけです。」
「俺も、そうでありたいと思っとる。」
Cは渡辺のカップを指先で弾き、飲む様に促す。
渡辺は少しずつ口の中に運んだ。
「俺があの子に関わるんはその範囲だけや。危ない所に連れて行こうは思ってないし、危ないもんが近付こうとするなら全て未然に排除する。あの子が何処かへ行きたいならそれを応援する。それだけや。」
「ありがとう、ございます。」
「何でナベ君がお礼言うん?」
「それは、だって、椎さんが、」
渡辺はその後も何か話していたが、Cですら何を言っているのか理解するのは難しかった。
適当に相槌を打っていたら、渡辺の独り言はいつの間にか寝息になっていて、飲み会は自然解散となった。
「田中君がお友達に恵まれとってお兄さん、嬉しいなあ。」
―*―*―
夜中。
トイレに目が覚めたBはまず枕元の眼鏡を掛け、寝室に一人で寝ている事に気付き、慌てて居間に入った。
既に飲み会は終わっていて、消灯され、座卓に突っ伏して眠る渡辺と、壁に寄り添って眠る中村と、中村を足蹴にして眠る佐藤が布団を被っているのを見て安心してトイレに向かった。
そこで今回はいつものメンバーだけで来ていなかった事に気が付いた。
半纏を羽織り、前を閉めて居間から外に出た。
「風邪引くで?」
「―ッ!」
吃驚はしたが間一髪大声を堪えたBは後ろを振り返った。
Cは壁を背にまだ酒を飲んでいた。
「Cさんこそ、こんな所で一人酒ですか?」
「寒い方が月が綺麗なんや。見てみ?」
BはCに手招かれ、隣に並ぼうとしたら「冷たいから」とCにもたれさせられた。
照れて遠慮しようと思ったが、二人で見上げた月は真っ黒な空に冴え冴えと輝いていてどうでも良くなった。
「わあ、綺麗。」
「な?酒の肴にええやろ。」
「はい。今、思ったんですけどCさんって冬のお月様に似てますね。」
「はい?」
肩口に振り返ったBはCを改めて見て頷く。
「冷たそうだけど、凄く綺麗で、でも兎さんがお餅を突いてるんですよ。」
「B君、まだ酔っとんの?」
「えー?やだなあ、流石にもう素面ですよ。」
Cは「こりゃまだ酔っとるな。」とは胸の内に留めた。
Bがまだ酔っている根拠は、酒を持つ手と反対の腕でBの腰を抱いていてもBが何の疑問を抱かないからだった。
「僕が居ると温かいですか?」
「ああ、そういう事か。めっちゃ温かいで。」
「早く飲んじゃって下さい。中、入りましょう。」
「えー?勿体無いでちびちび飲むわ。」
「もう、どんだけ酒好きなんですか。」
「いや、勿体無いのは状況の方な。」
「寒いだけでしょう?」
「B君は素面でそれか。」
Bは空の月に見惚れ、Cが飲み終わるのを待つ。
CはBの目の前で酒が入ったカップを落とし、反射神経の良いBに両手でキャッチさせた。
「危なッ!何するんですか、って、Cさん?」
Cに眼鏡を取られたBは目を細めてCを振り返る。
CはBの眼鏡を自分の頭に乗せ、空いた手でBの頬を撫でて顔を近付けた。
「空のお月さんばっか見てへんで、このお月さんも見たってや。」
「じゃあ眼鏡返して下さいよ。」
「こんだけ近かったら見えるやろ?」
「見え、ます、けど。」
“俺はB君の事が大好きやでな”
BはCの真顔に触発され、忘れていた事を思い出したというよりCに思い出させられたが、意外と逞しい腕に捕まえられて逃げられない。
ここで露骨に目を逸らすのも躊躇われ、Cの紫の瞳を見続けた。
少しずつ動悸がし、寒いのに顔に熱が集まって行く。
“さっきのあれは本気だ”
今は言葉にされて言われた訳でないのに、それ以上にその事実が本当なのだと伝わって来る。
「二人ともこんな寒い所で何やってんスか?」
「!」
Cの腕の力が緩み、Bは慌ててCから離れた。
窓を開けて顔を出した佐藤は眠たそうに目を擦っている。
「田中さんが可愛いからってあんまりからかってあげないで下さいよ。純粋なんスから。」
「あはは!本気やったらええの?」
「それは田中さんが判断する事ッス。」
「せやな。」
Cに向けられた目から逃げる様にBは佐藤を見上げた。
佐藤はBの頭を撫でた。
「うわ、冷た。早く入って。風邪引くッスよ。」
「うん。」
「椎さんも、酒も程々にして早く寝ないと明日もあるんスからね。」
「へえへえ。」
佐藤はBの手からカップを抜き取ってCに渡し、自分の半纏をBの肩に掛けながら、Cの横顔を盗み見た。
睨む事は無かったが、少し力の籠ったそれをCは手を振って追い払った。
冷たい身体を温める名目で佐藤に抱き締められて寝付かされるBは、佐藤の合わせに口だけで感謝を述べた。
「おはようさん。何や皆ゾンビみたいやん。俺より若いくせに情けないなあ。」
「「「「…。」」」」
翌朝。
一人だけケロッとしているCに、恨みがましい視線が集中した。
リア充爆発しろ! by 中村




