【真っ赤なお鼻の田中イさん】
今年の寒さに流石の僕流も凍えていて…
爆弾低気圧が大寒波と結託して降らせた雪に、Bがはしゃいだのは最初だけだ。
家主の指針で全部屋暖房、炊事も基本的にお湯の使用を許可されている。
しかし、それは室内に限った事だ。
外に出れば暴風が吹き荒れ、Bの中でふんわりしたイメージのある雪が狂気と化していた。
玄関の扉を開けた瞬間、寒さに耐えかねて引っ張り出して被ったニット帽が凄い勢いで帰宅し、顔の一部である眼鏡が雪まみれになった。
Bは無言のまま扉を閉め、腕を組んだ。
「仕方がない。」
ニット帽が吹っ飛んだのは、トレードマークの前髪アップの分浮いていたからだ。
プラスチック製の立体的な星が二つ付いた髪留めを取り、前髪を下ろして再びニット帽を装備。
相棒はケースにしまい、いつぞや処方されたまま放置していた高度管理医療機器を眼球に貼り付けた。
「ついでにマフラーも巻いて行こう。」
再び扉を開けたBは、全くの別人になっていた。
今日は悪天候に過ぎる。
出勤は危険だとなるべく女性陣を休ませてあげたかった店長は、まず田中に相談して正解だった。
いつも快くシフトを代わってくれる田中に、感謝してもしきれない。
熱い抱擁で迎えようと待っていたのに、スタッフ通用口から入って来た田中を見て、開いていた両腕を閉じて腹の前で手を重ね、営業スマイルで首を傾げた。
「どちらさまですか?」
「さっきシフト変更の連絡を受けた田中太郎ですけど?」
「あれ?思ったのと違うのが来たなあ。」
「別料金ですけどチェンジします?」
「いやいや延長決定だよ!アフター誘っちゃうくらいだよ!つかいつもそれで働いて売り上げに貢献してくれると良いなー!」
店長は閉じた両腕を再び開いて、すっかり冷たくなった田中の身体を閉じ込めて温めた。
「わーい、店長の体温身に沁みるー。」
「阿呆やってないでさっさと帰ったらどうスか?店長。」
「ハッ!?そうだった!子どもと雪だるま作るんだった!」
鈴木に促された店長は制服の上にダウンコートを羽織り、嬉しそうに手を振りながら吹雪の中に消えて行った。
田中は直ぐに制服に着替え、黙々とホット商品を保温庫に並べる鈴木の隣に立った。
両手を翳して鼻をすする。
「あー、寒。」
「鼻、真っ赤ッスよ。」
「そういう鈴木君は手が真っ赤だね。しもやけ?」
「はい。下宿の水道、水しか出ないんで。エアコンもねえし道場の床拭きで即効ッスね。」
「学生の一人暮らしは大変だねえ。」
「佐藤の方が大変スよ。ただでさえ居酒屋のバイトで手が荒れるのに、金がねえからあいつんちも台所は水しか出ねえッスからね。冬は沸かした湯を上手く使って炊事してるらしいッスよ。」
「ギター弾くもんねえ。今年のクリスマスプレゼントはハンドクリームにしよう。」
「俺も田中さんに考えてるッス。お袋と姉貴が良いの知ってるそうなんで楽しみにしてて下さい。」
「おー、ハードル上げるねえ?鈴木君には去年、ウィンドブレーカーあげたっけ?」
「はい。流石に今日のウィンドはブレイクしてくれないッスけどね。」
「あはは!僕もそんな高性能な物、買った覚えないない。」
身体が温まった田中は裏に戻り、温かい飲み物コーナーを充実すべく作業を始める。
鈴木は保温庫の扉を閉めて、足元に持って来ていた段ボールからおでん用の味噌を補充した。
「よお、お疲れー。」
昼を前に、店舗正面入り口から雪と冷たい風と共に入って来たイケメンに、鈴木は露骨に表情を歪ませた。
「うわ、佐藤。」
「何だよ、うわって。俺の悪口でも言ってたのかよ。」
「廃棄の弁当食いに来たのか?」
「ああ、寒くて帰る元気もねえ。」
「裏行って好きなの選べ。」
「こっちから行って良いか?」
「最初から裏から来い。」
そう言いながらも止めない鈴木に甘えて、佐藤はカウンターから裏へ入って直ぐ出て来た。
鈴木は短い会話の間にすっかり失念していた事を思い出し、また表情を歪めた。
「鈴木、俺これで。」
「レンジに入るやつ持って来い。」
「うちで温めるから良い。」
佐藤が選んだ好きなのは、勿論田中だった。
「田中さん、どうしたんスか?今日はまた一段とめっちゃ可愛いじゃないッスか。」
佐藤は後ろから田中を抱えたまま、廃棄の弁当を選ぶ。
田中は抱えられたまま、発注業務を行う。
「髪下ろすと同居人に益々ガキっぽいって言われるからあんまりしたくないんだけどねー。」
「若いって良い事じゃないッスか。」
「若いと幼いは違うよ。」
「うーん。…やっぱパスタとグラタンはないか。」
「良いの無かった?」
「はい。仕方ない、買うか。」
田中を下ろし、また店内へ戻ろうとする佐藤を田中は言葉で止める。
「そーだ。昨日、同居人の好物を作ったんだけど、その後にあと三日は帰れねえって連絡があってさ。日持ちもしないしお弁当に持って来たんだけど、食べる?」
「え!マジで!?良いんスか!?」
「ポテトサラダを包んだハンバーグだけど、良かった?」
「今更ながら、田中さんの女子力パネエッスね。」
「炊事、大変なんでしょ?廃棄ばっかじゃ身体に悪いしね。」
「あざーっす!あ、でも田中さんはどうするんですか?」
「それ、昨日食べたし。今日の気分はガッツリとんかつなんだ。」
「え?廃棄ん中に無かったッスよ。」
「…なん、だと?」
とんかつ弁当は割り勘になった。
田中がとんかつ弁当を裏に確保し店舗に戻ると、鈴木が今まさに田中を呼ぼうとしていた体勢で止まった。
そのカウンターを挟んで隣に知り合いを見つけ、田中は頭を下げた。
「お疲れ様です。」
「こらたまげた。天使が降臨するにはまだちょっと早いで?」
「はい?」
田中は自分が天使なら貴方は神かと、Cを改めて見た。
Cは淀みの無い動きで田中にスマホを翳し、一枚撮った。
何食わぬ顔で待機画面に設定しながら微笑む。
「そんな天使のクリスマスのご予定は?」
「イブから当日の夜中までバイト以外、特に何も無いですけど。」
「俺も奇跡的に休み取れてな。良い雪降ってるし、スノボ一緒に行かへんかなー?って思てな。」
「え?」
「日常生活には迷惑やけど遊ぶ分にはありがたい天気やで。こないだのメンバーなら風邪も引かんやろ。鈴木君もどや?」
「いえ、俺は彼女と過ごすんで。」
「何や鈴木君、隅に置けへんやないかい。」
店が混み始め、Cは「ほなまたラインで」と会計を済まして吹雪の中に消えて行った。
鈴木は「彼女が居るなんて聞いてないぞ!裏切り者!」と田中が怒らない事を不思議に思い、そっと田中の顔色を窺った。
「あれ?鼻、まだ赤いッスけど何処かにぶつけたんスか?」
「えっ?何?」
「…いえ。」
鈴木は田中の表情に何か思うよりも、バックヤードに続く扉の窓から じっ と田中を見つめる佐藤に薄ら寒いものを感じ、仕事に集中して忘れる事にした。
何だ、こないだのメンバーでか by B




