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曖昧な僕ら。  作者: 藤丸のりか
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【イケメンの報酬】

自他共に認めるイケメンのとある一日

昼はサラリーマンが通り抜け、夜は邪まな男達が足を止めて賑わう商業ビル群。

まだ日は高く、日光に焼かれたビルは朧に見え、個性が掻き消され、ふとすれば迷い込みそうな街。

その内の一つである寂れた商業ビルの一室である常に準備中の喫茶店は、外から見れば無個性だが内装は個性的に過ぎる。

コンクリートが打ちっぱなしの壁に、刑事ドラマに出て来るブラインドは開け放たれる事は無い。

しかし、調度品は良く見ずとも全てが高級で品が良い。

カウンターはただの丸椅子が置かれただけで質素だが、テーブル席は一ブースごとに素材やデザインが大きく異なり、各テーブルに置かれた硝子の灰皿を筆頭に、露出の多い女性の給仕付きの飲食店の雰囲気で統一されている。

その中で、特にボルドーのソファを愛用する千隼(チハヤ)は、常に傍らのテーブルに数台のスマホを転がし、軽さと機能性を両立した自作のパソコンで仕事に勤しんでいる。


「千隼、お昼は?」


「いや、今日も得意客と食うでええわ。」


「そ。」


店が混む前にと、恵麻(エマ)はパソコンを閉じ財布を持ってカウンターから出た。


「戸締りよろしくね。」


「うーい。」


千隼は恵麻から飛んで来た鍵を見もせずに受け取り、パソコンの右下で時刻を確認し、また仕事に戻った。



飲食店が並ぶ複合施設の地下、ピークは過ぎたが名残で賑わう時間帯。

チュニックにスヌードを重ね、レギパンをブーツイン。

髪を軽く編んでニット帽を被り、セルフレームの眼鏡を掛ければお洒落を意識しているただの少し背の高い女子大生に見える千隼は、直前まで弄っていたスマホをキャンパストートにしまった。

指定した店の前に並ぶ、今はもう必要とされていない順番待ち用の椅子に腰掛ける男に手を振る。

男は手を振り返し、立ち上がった。


「何食う?」


「Cランチ、デザートセットで。」


それが合言葉だ。

二人で店に入り、奥の席を選び、腰掛ける。

千隼は男と話す間もスマホを操作し続け、食事が届いてからは三動作を器用に同時にこなした。

目の前の女子大生風の人物が身長相応の男だと知っていれば、小さなサラダと可愛らしい器に入った海老グラタンでは小腹すら満たせないとわかる。


「忙しそうだな。」


「まあ、奢りやしな。折角やし、色んな店の味が知れて一石数鳥や。」


食後のデザートとドリンクが届く。

千隼はチーズケーキをSDカードと共に手の甲で男の方に押しやり、アイスコーヒーをブラックのまま飲み干した。


「まいどあり。」


男が食べ終わるのを待たず、席を立つ。


「所長からの伝言を聞いて貰うまでが俺の仕事なんだが?」


「あの金色モップお化けなんぞを好いとる変態童顔親父の誘いなんぞ、聞くだけで別料金からの結局お断りや。」


「それを伝えて欲しいならこちらこそ駄賃を貰うぞ。」


「ケーキやったやろ。」


「俺の金だ。」


男は去り行く背を目でも追わず、おやつ時にはまだ早く閑散とし始めた店内でチーズケーキを味わった。



―*―*―



どれも同じに見える商業ビルの一つの前で、千隼は冷たい表情で通話を切った。

アジトに帰って早々、ベージュのショールと使い捨てマスクを剥ぎ取ってテーブルに投げ捨て、お気に入りのボルドーのソファに寝そべった。

スリッポンを明日の天気を占う様に脱ぎ捨て、タイトなカラーパンツに包まれた美脚を組む。

恵麻は千隼が通り過ぎた時に漂った匂いで、夕飯を決定した。


「今日は何処のラーメン屋?」


「大通りの、…あー、4回前の女子会に使った居酒屋の向かいの道沿いにあったドラッグストアの小道に入って直ぐの店。」


「へえ、女一人でも入れそう?」


「カウンターあったでいけるやろ。」


満腹の千隼は睡魔に襲われたが、ミントが良く効いたタブレットを数粒口に放り、スマホを操作した。

少し目を閉じ、相手が出るまで両手を頭上に伸ばして休む。


『おいカマ野郎!聞いてんのかコラ!!』


煙草と酒で枯れた男の声が微かに聞こえ、半分程目を開けた。

スピーカーモードにしないのは、恵麻への気遣いだ。

スマホを耳に当て欠伸を漏らした。


「おー、すまん。ちょい寝とったわ。」


『テメエが掛けて来たんだろうが。』


「直ぐに出えへんからや。」


千隼の話し相手が金色モップお化けであると、遠いカウンターに居る恵麻でもわかる。

千隼は(アキラ)が堪忍袋と共に通話も切らない内に、目を全部開けた。


「良い情報があるんやけどなんぼで買う?」


『あ?』


「今なら安くしとくで?」


今まさに通話を切ろうとしていた玲は思い直し、口元を引き攣らせた。


「テメエ、まさかまた俺の情報売りやがったな?」


『だからなんぼ出すんやて。』


「ド汚なく生きてやがんな、畜生。オセーボとやらはホウ酸団子の詰め合わせで良いか?」


『俺みたいな超☆優秀な情報屋がただのチンピラ一匹の動向調査が出来へんとかあり得へんやろ。おまえなんかに巻き込まれて俺まで怨まれたくないねん。』


「1.5倍までだ。」


『ふわ~あ。何て?』


「制汗剤と間違えて殺虫剤噴き掛けて死ね。倍だ。」


『よし、来た。そいつらの思惑と売った情報の詳細を送ったるわ。』


「待て。“ら”って事はまさか?」


『そんなアナタにもう少し上乗せしてくれるなら良い情報があるんやけどなー?』


「隣が焚いた燻煙式の殺虫剤で寝てる間にじわじわ死ね。…Bのパンツで良いか?」


『…一瞬考えてもうたわ。』


千隼は玲との通話を切った後迅速に情報を送信し、そのスマホをテーブルに放った。

頭の下で手を組んで目を閉じ、眉間に皺を寄せ、ハッと目を開いて手探りでテーブルの上から一つのスマホを掴んだ。

そのスマホだけはBと書かれたケースに入れられている。

両手で持って操作し、今度はスピーカーモードに切り替えた。



―*―*―



打って変わって幸せそうに微笑む千隼の視線の先、画面はA宅のリビングを映している。


『はぁ、はぁ、…んっ、は、』


微かではあるがまだ若い男の粗い息遣いと床か家具が軋む音に気付いた恵麻が、千隼を道端の犬の粗相でも見るかの様な目で見る。

気付いた千隼は上半身を起こし、肩を抱いて震えた。


「何?どしたん?ちびりそうやでその顔止めえ。」


「あんた、最低。」


「え?何?俺、何かした?」


地味だが綺麗に装飾された恵麻の指先が、千隼の持つスマホを指す。

千隼は恵麻とスマホを数回交互に見て、首を傾げた。


「B君の監視も仕事の内なんやけど?」


「だからって一人でシてる所まで覗くなんて見損なったわ。」


「一人でって?腹筋を自宅で複数人でするとか、それ何の宗教?」


「は?腹筋?」


「「?」」


今度は二人同時に首を傾げる。

千隼はスマホの画面を恵麻に掲げた。


「B君、最近バイト先の店長からぶら下がり健康器を譲り受けたらしくてな。リビングでテレビ見ながら楽しく腹筋鍛えてるんや。」


「…へえ。」


カウンターからでは見えない恵麻は千隼に近付き、時折白い腹を覗かせながら腹筋を繰り返すBをよくよく見た。


「この子はこれで鍛え得た筋肉を一体何に使うつもりなのかしら?」


「うん。それは俺も不思議。」


今度は懸垂を始めたBを、二人は少し遠い目で見守った。



―*―*―



それからも数件情報屋として働いた千隼は、赤いボルドーのソファの上で目を覚ました。

深夜零時。

お得意様の都合の良い時間までまだ少し余裕がある。


「…風呂入りに一旦帰って、と。」


隣の晩ご飯から標的を殺る格好の瞬間迄、情報は幅広く需要がある。

今日も忙しい表向きただの情報屋は、テーブルに置かれたアジトの鍵を忘れずに持って、昼間とは打って変わってけばけばしいネオンと客引きの声が目と耳を介して頭に突き刺さる騒がしい街を出た。

それまでいかがわしい人混みに胃がもたれて気が付かなかったが、まだちらほらと灯りの残る程度のオフィス街に近付くに連れて落ち着き、空腹を思い出した。

おやつ時にラーメンと餃子を食べてから何も食べていない。

これから仕事なのに居酒屋に行っている場合ではないし、この時間に一人でファミレスに行くのも閑散としているが故に仕事熱心な店員の目が気になり落ち着かない。

ファーストフードなど以ての外だ。

年齢的にそろそろ厳しい。

そうこうしている内に足は自然と動いていて、目的地付近で苦笑った。

昼も夜も変わらず明るい音楽で迎える店内に他に客はいない。

夜も割と需要のある都会では珍しい。


「いらっしゃいませ、Cさん。」


カウンターで千隼の天使が微笑む。

それだけで一日の疲れが吹っ飛んだ千隼は今日も一日頑張ろうと、胃に優しそうな野菜たっぷりのサンドイッチを手に取った。


「こんな時間までお仕事ですか?」


「B君かてお仕事やん。」


「僕は“こんな時間から”ですから。お疲れ様です。」


「ほんま、お疲れやわ。せやで、ちょっとだけごめんな。」


お釣りを差し出す天使の手を握り、少し引き寄せて額を合わせた。


「充電完了。おおきに。」


「…(僕が)どう(か)いたしまして(?)。」


最後に投げキスをして心の中ではスキップをして、年甲斐も無く元気一杯にコンビニを後にした。



Cさんは今日もイケメンでした、まる by B

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