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曖昧な僕ら。  作者: 藤丸のりか
34/52

【いぬのきもち】

BはAの元から逃げた犬の立場になって…

夕方四時からのタイムセール。

Bはお一人様お一つ限りの激安トイレットペーパーを買いに、家でごろごろしていたAを引き摺り出した。


「うちのトイレットペーパー、ケチらずちょっと良いやつなんだよ?いっつも安い時狙って買ってるんだ。それがこの値段なんてあり得ない。ほんと、二人とも休みで良かった!」


「いつもと五十円しか変わらねえんだろ?」


「世の主婦達に刺されて死ね。」


「美人なら良いかもな。ふあ!畜生、眠てえ。」


日も高くなり、まだ二人の頭上は真っ青だ。

授業を終えた小学生達の波に紛れ、主婦達の戦場に良い歳こいた大の男二人が並んで向かう。

そうでなくとも、金髪無精髭と瓶底眼鏡の二人組は異様だ。

そんな二人に声を掛けられる猛者は、非常線が張られた時の警察官か純真無垢な子どもだけだろう。

後は動物だけだ。

高さの違う所にある二人の目は、同じ物を見下ろしていた。


「隠し子?」


「それにしちゃ毛深いだろ。」


「いやいや間違いないよ。金のくせっ毛がもう二人の親子関係が疑いようの無いものだと物語っているよ。そろそろ認知してあげなよ。」


「野良な訳ねえから、捨てられたか逃げて来たかだな。」


そう言ってAはBよりも先にしゃがみ、クリーム色のダックスフンドを抱き上げた。


「人懐っこいね。」


「いつから遊び回ってんのか知らねえが、腹減ってんだよ。」


「じゃあ僕ご飯買ってくるよ。直ぐそこ僕んとこのコンビニだし。」


「おう、ダッシュで行って来い。」


「直ぐそこって言ってんのに、それすらも億劫かこのダメンズ世界代表め。」


Aの蹴りを軽くかわしたBはコンビニに向けて走り出す。


「探すの面倒だからあんまり遠くに行かないでね。」


「おう。」


AはBの背中を見送り、腕の中から見上げる犬に笑いかける。


「どうだ、利口な犬だろ?」


「わん!」


Bは犬の鳴き声を聞いたが、残念ながら犬語を理解する事は出来なかった。



「いらっしゃいませ。」


「お疲れ~、佐藤君。」


「田中さんじゃないスか!お疲れです!」


佐藤は陳列の手を止めて、Bに駆け寄った。


「どうしたんスか?今日休みッスよね。忘れ物ッスか?」


「ふふ。佐藤君に会いに。」


「え!?マジッスか!?」


感極まってBに抱擁を求める佐藤の頭に、チョップが振り下ろされる。

Bは地味に悶絶する佐藤の背に生えた青年を見上げて片手を上げて挨拶をした。


「や、鈴木君。おつ。」


「お疲れッス。佐藤が仕事しなくなるんでさっさと帰って下さい。」


「うん。そのつもり。人、待たせてるしね。」


「デートッスか?」


「いや、同居人とトイレットペーパー買いに行く予定だったんだけど、犬拾っちゃって。捨て犬か迷い犬かまだわかんないけど、とりあえず腹ごしらえさせてあげようと思ってさ。」


Bはペットフードを指さし、鈴木に問う。


「鈴木君、実家で犬飼ってたでしょ?どっちの方が喜ぶ?」


「あっちッス。」


「…いや、それどうよ。」


酒のつまみを指さした鈴木は、今度はBが指さしてないものを指さす。


「うちのチビはこれッス。」


「ありがとー。あとは水、水~。」


楽しそうなBの背中を恍惚と見送っていた佐藤は我に返り、会計は譲らんとカウンターに飛び込んだ。



Bは走って元居た場所に戻ったが、そこにAの姿は無かった。

直ぐに近くの公園に向かう。

正解だった。

Aは煙草を吹かしながら犬に木の棒を取って来させる遊びをしていた。


「お待たせ。」


「俺の分は?」


「この子にお願いして分けて貰えば?」


犬は既に木の棒から興味を失くし、ビニール袋を持つBの足に纏わり付いている。


「ねえ、A。犬の扱い慣れてんだろ?何とかしてよ。」


「行け。噛み付け。」


「先に僕があんたに噛み付くぞ。」


Aは言葉とは裏腹に、犬の気を引いて捕獲。

その間にBはパーティー開きにしたペットフードを地面に置いた。

犬はAの腕を蹴って餌に飛びついた。


「で、どうする?この子。もう日も暮れて来ちゃったし、今日は連れて帰る?」


「もう少し粘って飼い主が見つからなきゃ今日はそうすっか。」


「じゃあ明日交番に届ける?」


「いや、保健所は大体一週間しか預かってくれねえ。連絡するなら動物愛護センターとか、ボランティアの方が良いかもな。…最悪Cを使うって手もあるが、金がかかるし、何より借りを作りたくねえ。」


「Cさんって何者?」


「ただの変態だ。」


餌を食べ終えた犬は舌を出して二人を見上げる。

今度はBにも犬が伝えたい事がわかった。


「水だね。ちょっと待ってって、あ。」


「おまえ、馬鹿だろ。」


Bはペットボトルを開けた時点で項垂れた。

AはBの脛を蹴り、しゃがんで両手でお椀を作った。

Bがそこに水を垂らせば、犬は美味しそうに舐めた。


「Aってやっぱ犬の扱い上手いよね。」


「ああ、昔飼ってたしな。」


「ハスキーだっけ?」


「そう。」


「犬好きって言ってたけど、小型犬もストライクゾーンに入ってる?」


「犬に関しては女より節操ねえからな。」


「じゃあ飼い主が見つからなかったらAが飼ってあげたら?」


Bはもう良いだろうと、今度は自分が水を飲む。

嫌そうに見上げるAと、ご機嫌に見上げる犬を交互に見て頷く。


「その子、Aに懐いてるし、僕はあんまり犬の扱い得意じゃないけど、Aが居たら上手くやっていけると思う。うちのマンションペット禁止じゃないし、良いじゃん。」


「あんな狭い家でロクに帰っては来ねえし不規則な飼い主に飼われたら、こいつが可哀想だろ。…なあ。」


Aに同意を求められた犬は小首を傾げる。

Bも小首を傾げた。


「そういえば、前の子には逃げられたって言ったけど、そんなロクに帰って来ないイコール短時間の接触で禿げる程構ったの?」


「まあ、病気でもねえのに禿げたからそうなんだろうな。」


「愛が重くて逃げられる程?」


「今より広い家で飼ってたとは言え、窮屈だったのかもな。」


「ふうん。」


Bは犬を抱いて立ち上がるAを暫く観察した。


「(…なんだろ。あともう少しで犬の気持ちがわかりそうなんだけどな。)」


そんな考え事をしていた所為で小学生達の襲撃に気が付けなかった。

いつの間にか背後に忍び寄っていた小学生達は、一斉にAとBに飛び掛かった。

Aは華麗に全て避け、更には足を引っ掛けて転ばせて遊んだ。

Bは慌てて避けたが、一際身体の大きい子の蹴りを膝の裏に喰らい、無様に素っ転んだ。

勿論Aの爆笑は免れない。


「うっわ、だっせえ!」


「うっさい!」


Bは直ぐに立ち上がりAに鋭い蹴りを放つが、Aはそれも華麗に避ける。

大きなお友達のちょっとレベルの高い遊びを、小学生達は悔しげに見上げるだけだ。

数に物を言わせれば勝算があるだろうと挑んだが、それで敵う様な相手では無かったのだ。


「畜生!マロンを返せよ!」


Bは回し蹴りをしながら、Aはその回し蹴りを片腕で受けながら、発言者の子を見た。

その子はリードを握り締めていた。

そう言えば、Aの腕の中で犬は一生懸命這い出ようと頑張っていた。

Aが腕の力を緩めただけで飛び出し、その子の元へと一目散に駆けて行った。

Bは心の底から微笑む。


「良かった。迎えに来てくれたんだね。」


「おい、糞餓鬼。車にひかれたらどうすんだ。気を付けろ。」


「うるせえ!おっさん!俺のマロンはそんなに阿呆じゃねえもん!」


「髭!」


「天パ!」


「眼鏡!」


「のろま!」


小学生達は大きなお友達二人に思い付く限りの罵詈雑言を投げ付け、元気に走って帰って行った。

Aは額に青筋を浮かべていたが、Bの顔は穏やかだった。


「誰に喧嘩売ったか次に会うまで覚えとけよ、ガキンチョ共。」


「…。」


それは意外にもBの台詞で、反対にAの気分を落ち着かせた。


「腹減ったな。飯、食いに行こうぜ。」


「ラーメンが良い。」


「牛丼に決まってんだろ。」


「何だって?」


「何でもないです。」


ただらならぬBの雰囲気に、珍しくAが折れた。




Bは風呂から上がり、スウェットを下だけ履いて頭を拭きながらリビングに戻った。

先に風呂から上がっていたAも、まだ下だけだ。

少し気温が上がり、代謝の良い二人は風呂上がり、ほんの少し汗ばむ様になった。


「おまえ、また腹筋苛めたろ。」


「うん。わかる?」


「そんなに鍛えてどうすんだ?」


「男は強いに越した事無いだろ。」


「そうだろうけどよ。まあ、何でも良いが同じだけ背筋も鍛えろよ。」


「わかってるよ。男は腰が大事だからね。」


「うん。今度おまえが将来何になりたいか詳しく聞かせてくれ。」


「あはは!今じゃないんだ!」


「心の準備が出来てねえ。」


Bはソファに踏ん反り返り酒を飲むAの隣に座り、頭をよく拭く。

眼鏡を掛けていないBは、隣のAの視線にも気付けない。


「あー、クーラー最高。」


大体水気を取ったBは、眼鏡を掛けて隣を見た。

Aと目が合い、腕を組んだ。


「ねえ。ハスキー君ってさ、どうやって逃げたの?」


「何で雄ってわかった?」


「流石のAも犬の雌には興味無いだろ。ってのは冗談で、何となく一緒に住むならAは遠慮の要らない同性を選びそうだからさ。」


Bに軽く膝を蹴られて促されたAは、まず酒で喉を潤した。


「うっかり鍵開けっぱで出かけたその日に玄関からだ。」


「ちゃっかり?」


「何が言いたい。」


「うっわ、このおじさん犬にまで気を遣われてんじゃん。だっさ。」


夕方の仕返しとばかりにBにボロクソに言われ、Aの眉間に皺が寄る。


「ほお?よっぽど苛められてえようだな。」


「Aはハスキー君を自由にしてあげたかったんだろうけど、ハスキー君はそんな事望んで無かっただろうね。」


今まさに、Bに伸びたAの手が止まる。

Bはその手を虫か何かの様に払い、Aを虫けらの様に見た。


「ハスキー君の気持ち、どうも腑に落ちなくてラーメン食べながらすんごい考えてて、お風呂入ってる時にちょっとずつ結論に近付いて来てね。」


Bはソファの背もたれが濡れない様に、両手を頭の後ろで組んでもたれた。


「こっちの予定そっちのけで不規則に帰って来るわ、帰って来れば禿げるぐらい構われるわ。僕が犬なら出て行く前に2、3回は噛み付くね。だからハスキー君は我慢強い良い子だなって思ったけど、どうもそれじゃ決め手に欠けてね。まさかAがそんな酷い事するなんて。」


「別に酷くねえだろ。出て行きたいと思ったらそう出来る様にしてやっただけだ。」


「なんでこの人モテるんだろ。」


今度こそAはBに手を伸ばすが、読んでいたBは避けてAの顔に濡れタオルを叩き付けてやった。

当たる、という事はそういう事だ。


「きっとハスキー君はこんな飼い主でも大好きだったんだろうね。」


「帰る度に一目散に駆け寄って来やがるから、それだけ寂しい思いさせちまったんだって思うと居た堪れなかったな。」


「ハスキー君は大好きなAが帰って来てテンションマックスなのに、その所為でAにそんな辛気臭いツラされたら、ハスキー君の方こそ居た堪れなかっただろうよ。」


BはAの顔からタオルを退け、瓶底眼鏡を取ってピントが合う位置でAを睨んだ。


「極めつけに「自由にしてやる」なんてのは建前で「罪悪感でいっぱいなので余所に行ってくれ」って鍵開けっぱで置いてかれたんだ。可哀想なハスキー君。物凄く悲しかっただろうね。Aの阿呆。ハスキー君はAの為に出て行ってあげたんだ。今後一切逃げたなんて言うな。」


「…ああ。」


「全く。」


くしゃみをしたBは眼鏡を掛けて立ち上がり、上着を取りに部屋へと向かう。

Aはその背に問う。


「犬の気持ちがよくわかるんだな。」


「安心しなよ。僕はAが帰って来ても別に嬉しくないし、居なくても寂しくないし、Aが出てったらしめしめとこの家を乗っ取ってやるから。」


「今度の犬は図々しいな。」


Bは少し振り返り、Aに笑って見せた。

Aも笑みを取り戻している。


「あーあ。トイレットペーパーの次の特売はいつかなー。」


「俺は行かねえからな。」


「はいはい。」


Aはその日が休みである事を、ほんの少し願った。



禿げる前に俺んちに逃げて来るんやで。 by C

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