【ゆきんこ】
記録的な大雪の日、Cは都会で妖怪と出会った
深夜。
帰宅途中、大雪の為に電車が止まり、行ける所まで行って降りた駅ではバスから溢れた人間でごった返していた。
何よりも寒くて冷たい。
「申し訳ございません。本日はもう満室です。」
ビジネスホテルからも溢れ、Cはビニール傘で雪を凌ぎながら徒歩での帰宅を選んだ。
「(何糞、現役時代の演習に比べたら温いもんじゃ!)」
しかし、そのビニール傘も突風で直ぐにゴミと化し、思わず膝を付きかけた。
なけなしの理性が、今膝を付くと濡れてより大参事だと踏み止まらせた。
雪が体温で溶け、髪を濡らす。
掻き上げれば冷たい雫が首筋に垂れ、不快だった。
その視界に大雪を満喫する大きな子どもが入った。
「…B君はいつも楽しそうでええなあ。」
「へ?」
急に声を掛けられて驚いたBは、コートの上から雨合羽を着て、鍋掴みの様な手袋を付けた両手で、それはそれは大きな雪玉を押して歩いていた。
真っ赤な鼻をすすり、曇った眼鏡を外して拭い、改めて声を掛けた人間を見て、ぎょっとした。
「Cさん!?こんな日に傘も差さないで何やってるんですか!?」
「B君こそ、遊んでへんで早よ帰り。危ないで?」
「遊びながらですが、順調に帰ってますよ。それよりCさん、傘は?」
Bはバイト先から一生懸命育てて来た雪玉を放り出してCに駆け寄り、自分が巻いていたマフラーをCに差し出した。
手で遠慮するCの首に強引に巻き付ける。
「家、近いんですか?」
「いや?遠いけど電車もバスももうあらへんでな。歩いて帰れやん距離でも無いし、」
「それは大雪でなければでしょう?今日は暴風警報も出てるし、危ないですよ。」
そう言いながらBは雨合羽の下に被っていたニット帽を脱いでCに被せた。
人肌にCが一瞬和む。
それも一度大きく風が吹けば終わった。
「良ければ今晩うちに泊まりませんか?Aは女の人の所に泊まるそうなので、Aの部屋を使って下さい。」
「…そうしてくれると助かるわ。」
そうと決まればと、Bは意気揚々と帰路に戻ろうとして、雪玉の存在を思い出した。
じーっとそちらを見て、またCを見上げた。
Cは苦笑う。
「ええよ。完成させや。」
「すみません。何処まで大きくなるのか、やってみたくて、…ありがとうございます。」
雪玉は、たまに崩れたりしながら何とかマンションの入り口に着き、Bの胸あたりの大きさまで育っていた。
「脱いだ服は籠に入れておいて下さい。洗濯して、エアコンに当てておけば結構乾きますから明日の朝、乾燥機で仕上げますね。それまで僕のジャージを着ていて下さい。大きめだし、Cさん細いから大丈夫だと思います。」
「おおきに。」
「今から僕は晩ご飯ですけれど、Cさんお腹は空いてはいませんか?」
「お構いなく。」
そう言いながら、身体が暖まり落ち着いたCの腹が鳴る。
Cの端正な顔が照れて歪み、赤くなる。
Bは楽しそうに笑った。
「まずはお風呂で身体を温めて下さい。」
出かける前に掃除を済ませておいて良かったと笑うBに、Cはまた顔が熱くなるのを自覚した。
Bは下ごしらえのおかげで夕飯を手際よく用意していたが、Cが風呂を終える方が早かった。
「お先に。」
「はい。もう少しで夕飯出来ますから、テレビでも見ていて下さい。」
「飯が炊けるんと、それ、火が通ればええん?」
「はい。」
CはBが用意した食器類を見て頷く。
「後は俺がやっとくでB君も風呂入りーな。」
「いえいえ、ゆっくりして下、さ、…い。」
そこでBはやっと顔を上げ、固まった。
いつもはポンチョに隠された身体は、すらりとしてはいるが、柔らかいジャージ生地のおかげで筋肉質な身体である事がよくわかる。
白髪に見えるが、実は翳るとわかる銀髪に、良く見ると紫の大きな瞳。
ジャージを来たCはいつもの上品な雰囲気とは違うが、それでも非常に格好良かった。
水も滴る良い男とはよく言ったものだ。
そんな惚けるBの頬に、Cは難なく触れた。
まだ冷たい。
暖房と台所の熱気で大分室温は上がったとはいえ、今日の寒さは身体の芯まで冷える。
Cは、吃驚したBを宥める様に頬を撫でた。
「俺も遠慮せえへんで、B君も気ぃ遣わんでええよ。」
「…じゃあ。」
Cの手から逃げる様に作業の手を止めたBは、手を洗い、エプロンを外す。
それをCに手渡し、風呂に逃げた。
風呂から出たBは、自分が作っただけよりも美味しそうな夕飯に目を輝かせた。
「凄い!Cさん料理も出来るんですか!?」
「一人暮らしが長いでなあ。」
「わーい!いっただきまーす!」
「いただきます。」
嬉しそうに食べるBを眺めながら、Cも久し振りに人と摂る夕食を楽しんだ。
「「ごちそーさまでした。」」
腹も膨れ、二人で片付けも終わらせ、Cは欠伸を漏らした。
BはせっせとAの部屋を片付け始めたが、それをCは慌てて止めた。
「俺、ソファでええ!」
「遠慮しないんじゃないんですか?」
「Aのベッドで寝る位なら床で寝る!」
「じゃあ僕のベッド使います?僕がAのベッド使いますから。」
「え、B君の、ベッド?…いやいやいや。」
「?」
Cは慌てて手を振り煩悩を払った。
「ソファで。テレビ見たいし。」
「そうですか。じゃあ布団運びますね。僕の。」
「ごめんな、おおきに。俺はAの布団、B君の部屋に運ぶわ。」
「よろしくお願いします。」
Bが微笑う。
Cは天使の微笑みに、危うく昇天しかけた。
Bはバイト疲れに加え大雪にはしゃぎ過ぎて疲れて直ぐに寝てしまった。
Cは引き戸の向こうの寝息を、スマホ越しに聞いていた。
「で?何を察知して帰って来たんや。」
「多分、変態の気配をだよ。自分でも吃驚したぜ。」
Cはスマホから目を動かさない。
Aは頭の雪を払いながらリビングに入った。
「B君が晩飯の残り冷蔵庫に入れてたで?」
「食って来た。」
「ふーん。あ、Aの布団はB君が使っとんでな。」
「ふざけんな。」
AがBの部屋に向かうのを、Cは襟首を掴んで止めた。
「阿呆か。おまえが帰って来やんて言うたから、」
「不審者連れ込んでんだ。家主として叱るべきだろうが。」
「よう寝とんのに可哀想やろが。」
「俺が寝れねえだろうが!」
「テメエみてえな思いやりと社会性が弾け飛んだ自己中は床で上等じゃボケ!」
AはBの部屋の引き戸に手を掛け、Cはそれを背後から掴んで止めた。
互いに音がしそうな程顔を歪め、睨み合った。
しかし、数秒後。
引き戸の筈が縦に開く事によって二人の間を引き裂いた。
二人は咄嗟にかわしはしたものの、予想外の展開に驚き、ただ、倒れた扉を唖然と眺めていたが、頷き合い、恐る恐るBの部屋を見た。
そこには吸湿発熱のファンシーな柄の毛布を頭から被ったBが、よく練習された美しい蹴りの型のまま佇んでいた。
「「静かにします。」」
毛布から駄々漏れる尋常じゃない気配に怯え、二人が声を揃えてそう言えば、Bは足を下ろし、毛布を被り直し、部屋の奥へと消えて行った。
ベッドが軋む音がし、寝直したのだと知った二人は安堵の息を吐いた。
「…俺、日本にゆきんこって妖怪がおった気ぃする。」
「うわそれ絶対めっちゃ怖い奴だろ。同居人が実はそんなんとか、何それヤダ怖い。」
「日本昔話とかに出て来て事件に巻き込まれる奴「気付けや阿呆突っ込み待ちか」とか思てたけど、現実にはわからんもんやな。いや、今思えばでっかい雪玉転がしてた時点で疑うべきやったかもしれへんわ。」
「まさか下にあった馬鹿デカイ雪玉ってあいつの作品かよ?…うわー、引くわー。」
二人はとりあえず音も立てずに引き戸を直し、怒れるBを封印した。
は?ゆきんこ?確か雪の精霊の事だよ。 by B




