【価値】
雪が降る程寒いある日、怪我をしたAは…
バイト先のコンビニの自動ドアは節操が無い。
人や猫ならいざ知らず、風でさえも迎え入れてしまう。
だから入り口に近いレジはとても寒いのだ。
冷え性でなくとも今年の冬は堪える。
今立ち読みしている強面のお兄さんが帰ってくれたら客は0、温かい控え室に帰れると思ったのにお兄さんはサ○デーを読み終え今度はマガジ○を掴んだ。
またドアが開く。
間違ってもお兄さんは睨めないので真っ暗の中に白いものをチラつかせた寒々しい外を睨んだ。
「(…A、ちゃんと屋根のあるところで寝てんのかな。)」
僕も早く帰って温かい部屋で布団に包まって眠りたい。
甘い香りのするベッドを汚すように煙草に火をつける。
煙を吸い込めば肺も頭も満たされる。
血が少々少ない気がしたが、仕事が無い限り支障は無い。
「…ちょっと、大丈夫なの?」
「ああ。」
選ぶ女を失敗したかもしれない。
遊ぶ分には丁度良い女だが、それ以外では普通に良い女らしい。
「いっつもフラリと現れては人の都合なんてお構い無しで押し倒してくるあんたが、ただ“寝る”ってことは相当酷いんじゃないの、それ。」
煙草をふかす仕草がアダっぽくてそそる女。
腕を組んでできた柔らかい谷間はもちろん、冷たく見下ろす目も色気があって良い。
押し倒す力があれば美味しくいただかせていただくほどだ。
しかし残念ながら自慢の腰使いを披露するには腹筋の傷が邪魔過ぎる。
赤い血が女の白い腹に散るのは綺麗かもしれないが、そのまま本当の意味で昇天しかねない。
いや、俺は地獄行きの超特急に乗せられるか。
しかも指定席。
俺が生まれた時に親切な親が予約してくれたかもしれない。
喫煙車だと良いが。
「眠てえから帰るわ。」
「その前にちゃんと病院に行きなさいよ。」
玄関まで見送ってくれた女に後手ひとつで答える。
もう二度と、ここには来ないと。
2件目、3件目も同じだった。
どの女も手負いの獣は手に余るが見てしまったからには放っておけないといった感じの視線が鬱陶しく、結局寝かせてはくれなかった。
手持ちの金も無いし寒いし帰宅は仕方がないとは言え、億劫だ。
我が城には一番鬱陶しそうなのがいる。
それだけで鍵を回すのさえ労力がいった。
寒いし眠たいからいい加減中に入りたいが、Bが情に熱く面倒くさいから入りたくない。
葛藤しているうちに、着いた頃には半分ほどだった煙草が指で摘まむのも限界なほど短くなった。
いや、こんな時間だし寝ているだろう。
煙草も杞憂も投げ捨て、鍵を開けドアノブに手をかける。
「おかえり。」
「…おう。」
部屋に入る前に俺の手に他人の手がかかった。
真っ赤な鼻、曇る安物の眼鏡。
眼鏡の淵にも頭の上にも雪が積もっている。
手の温度で長時間外にいたことがわかる。
まさかとは思うが、何かを察して、誰かを探していたのか。
そう思うとこの冷たい手が手錠のように煩わしい。
「バイトから帰って何も食べてないんだ。Aは?」
「…そういや食ってねえな。」
「寒いし、この時間でも空いてるラーメン屋知ってるから行こう。」
「雪にラーメン、悪くねえ。」
Bは首にぶら下げていた鍵を引っこ抜き戸締る。
着込んだ服の下にいそいそしまうBの姿は小動物か何かみたいだ。
寒いし手はポケットに突っ込んでいこうと思ったが、何を思ったのかBの冷たい手は俺の手を掴んだ。
「…何。しばらく会えなくて寂しかったのか?」
「うん。そう。」
人気が無いことをいい事に、気持ち悪いくらい素直に答えたBは俺の手を握り直した。
「別に逃げねえよ。」
「何かやましいことでもあるわけ?」
「…別に。」
Bが手を引いてくれているおかげで何も考えずに歩ける。
血が少なすぎて脳みそに酸素が十分行ってないからかもしれない。
よし。
今日はチャーシュー麺にしよう。
短くなった煙草を捨て、箱のケツをノックして新しい煙草を咥える。
片手が塞がってるのでBの手を引く。
振り向いたBに見せつけるように咥えた煙草の先を上下させれば、すぐ理解して俺のポケットを探り始めた。
慣れない手つきでライターをつけたBの火に手を翳し、顔を近づける。
曇った眼鏡の向こう、Bの目が見えてしまった。
「で?ラーメンはいつになったら食えんだ?」
Bの、離さなかった手の力が強くなる。
人を騙すには経験値の乏しい頭に煙を吹きかけてやる。
「目的地付近でこうなることはわかっていた。」
「ほお?」
「手負いの獣ならどうにかできるくらいに僕だって身体は鍛えたけど、それじゃ手負いの獣に止めを刺しかねない。」
「俺も嘗められたもんだ。」
「だから強情なAも納得な取引を持ち掛ける事にした。」
「…ふーん。」
のこのこついて来てなんだが、確かに取引を持ちかける状況的には悪かない。
寒いし腹減ったし、病院はそこに見えるほど近いし家は遠い。
面倒だし魅力的な取引なら応じてやるかもしれない。
「5分だ。」
「何が。」
「5分間、僕は大人しくしてる。」
「意味わかんねえ。」
「その間、僕の尻を撫で回しても良い!許す!その代わり逃げずに病院に行くこと!どうだ!!」
…どうだ、って。
「ぶは―――ッ!」
「!?」
「ぎゃははッ、いでッ、おま、ちょ、痛ッ、ぎゃははッ!笑わせんじゃねえよ!留め刺す気か!ぶわーッはッはッはッはッ!いでッ、」
「そのまま死ね。」
馬鹿笑いが腹の傷に響く。
身体がくの字に折れる。
繋いだ手はそのままに、ちょうど額がぶつかったBの肩で落ち着いた。
「なあ、B。頭、撫ーでて。」
「はあ?」
「いーから。」
おずおず、Bの手が野良猫みたいに警戒した動きで頭に触れる。
そのくせ犬の頭でも撫でるみたいに豪快に掻き回された。
「おいおい。もちっと優しく撫でろよ。」
「注文が多いな。」
「そうだな。俺がBの尻を撫でるみたいに丁寧に撫でろ。」
「…何それ。Aの頭は僕の尻と同じ価値なの?頭大丈夫?」
頭の輪郭を確かめるように手の平が這い、髪を指先が弄る。
普段、こんな風に触ってるのかと再確認。
そりゃBもさぞかし気持ちが悪いだろう。
「数多の女の尻を追いかけた俺が保証してやる。おまえの尻は日本一だ。」
したがって、俺の頭の価値も悪くない。
「そんな称号、要らない。」
「謙遜すんなって。」
いい加減Bから離れ、繋いだ手も離す。
新しい煙草に火をつけて真っ暗な空に浮かぶ十字架に向かった。
…もしかしてこのおじさん、病院が怖いのかな? by B