【僕流】
Bが行きつけの床屋のじいちゃんに紹介されたのは…
Cは昼間、野暮用で外に出ていた。
ただでさえ目立つ容姿だ。
簡単だと、変装していても良く目立つ。
「(ほんまに美しいって罪やで。)」
なんて思いつつも、その顔は不機嫌だ。
男女問わず、自分の都合の良い方の性別に当て嵌め、声を掛けようかどうか悩んでいるが、その間にCは長い足でそれ等の横を通り過ぎた。
「(あー、B君に会いたい。)」
しかし、Bのシフトは深夜だ。
家にでも押しかけない限り会う事は無い。
少しガッカリしていたら、自分とは別に人目を集めている気配に気付いた。
職業柄気になってそれとなく人目を追ってみたら、そこには可愛い顔立ちをした青年が居た。
さらさらの、今時珍しい黒髪が清潔だ。
白い肌が軟弱そうに見えるが、精悍な表情がそれを否定する。
そう、その、形はシンプルだが柄や合わせ方が奇抜な服装の下には、細い割に闘う為に鍛えられた身体が隠されているのだ。
「(目ぇ、でか。睫毛、長。)」
Cは隣を通り過ぎ様、少し感動し、それが誰か気付いて慌てて振り向きかけるのを寸での所で踏み止まった。
「(ええ゛!?嘘ぉ!?)」
周囲の人目に紛れ振り返れば、そこには見知った後ろ姿があった。
前に見た時よりも髪は短くなっているが、間違いない。
あの、容姿に反して隙の無い武闘家の様な歩みは、
「(B君は風呂と寝る時以外眼鏡外したらあかん!!)」
Cは早速保護者に通報した。
「はあ゛?Bが素ッピンで何だって?」
『だからB君が眼鏡外していつもの奇抜な髪型やめて街中ふらふらしとんねん!変質者が黙っとらへんで!?』
「うん。現在進行形で変質者が何か喚いててうぜえ。」
Aは気持ちスマホから耳を離し、煙草を吹かす。
本当は今直ぐ切りたいが、保護者として金払って雇っている目付けからの報告を無碍にする訳にはいかない。
「で?テメエ以外の変質者は何人だ?」
『それがな。不思議な事におらへんのさ。』
「はあ?」
じゃあ何の連絡だと、Aの額に青筋が浮かぶ。
Cの眉間にも皺が寄せられた。
『たまにやけどこんだけ派手に歩いとったら大抵一人はストーキングしとるもんやけどな。まあ、それをさらっと撒いて帰るんがB君の凄いとこなんやけど。』
「ああ。あいつ意外と腹黒いからな。」
『おいこら聞き捨てならんぞワレェ!?何糞俺の天使が腹黒いやと!?どたまカチ割ったろか!』
「テメエの話聞いてっと、大方、眼鏡外して髪型普通にして逆に人混みに紛れてんだろ。ふざけた重ね着も脱げば一瞬の目晦ましになるんだろうよ。」
『確かに、変装は足し算だからむしろアフターを“先読み”され易い。変装を取れば身内に見つかるリスクは高いが、雇われた奴等の意表を突く事は出来そうだ。…流石は俺の天使。やりよるわ。』
「おまえのストーキングデータに眼鏡を外した坊ちゃん時代の写真はあるか?」
『そういや全っ部眼鏡かけとるわ。学生証も、卒業アルバムもな。運転免許やったら素顔が隠れるっつって外させられたかもしれへんけど、B君免許持ってへんでなあ。もしかするとそん時から既に家出する為に備えてたんかもしれへんな。』
Cは感心しているが、その眉間の皺は取れていない。
『でも、意表突くんはええけど、今日みたいにあんだけ人目集めとったら危ないで?』
「俺が眼鏡は割られて危ねえからコンタクトにしろっつったからか?」
『知らんがな。…あー、でもB君は眼鏡要るで。サングラスでもええけどな。いっそフルフェイスメットでもええくらいや。』
「あいつはテメエのツラの価値を知らねえからな。帰ったら素ッピンがトラウマになるくらい野次って弄ってやるよ。」
『俺の天使苛めんな。』
「テメエも天使が天国に帰っちまったら嫌だろ。」
『お?“も”って何処にかかるんや?』
Cの茶化しをAは鼻で笑う。
「B“も”だ。テメエの天使は“カゴ”で飼われてくれる様な現ユ代ウ社ト会ウ適セ合イ者じゃねえ。」
『おまえもやろが。あの子がこの生活に飽きるまで守るのが俺等の仕事や。』
「馬ぁ鹿。天国以外を選んだ時に門出を見守ってやんのも俺の役目だ。金払うからテメエにもやらせるけど。」
『対、荒事好かん一般日本家庭じゃほぼ俺の仕事やないかい。ほんっまに使えやん男やなあ。まあB君絡みなら歓迎やけどな。…ほな後はよろしく。』
Cから通話が切られた時、丁度A宅のドアノブに鍵が刺さる音がした。
ガチャガチャと、自分よりも丁寧な物音を聞き、Aは自分とBの違いを天と地に例えた。
“も”って何処にかかるんや?
自然と浮かんだ自嘲の笑みが、Bを見た瞬間に消えた。
「ただいまー。」
「何その顔。」
「目が痛い。」
「そうなの?」
「そうなの。」
Bは確かに眼鏡を掛けていなかったが、以前、眼鏡を探している時と同じ顔をしていた。
絵で表現するなら数字の3みたいなのを絶対に描く。
「やっぱりコンタクトって異物でしかないね。」
「だからって他の奴等はそんな不細工な顔してねえだろ。」
「尊敬するよ。」
「そうかよ。」
Bは一度大きく目を開き、その短い間に鞄から眼鏡を取り出し一目散に洗面所へ向かった。
立ち上がり、後を追ったAは入口にもたれ、Bが慣れない手付きで一生懸命コンタクトを外すのを見守る。
「なんで急にコンタクトする気になったんだ?」
「髪切りに行ったらさ、いつもの床屋のじいちゃんがぎっくり腰で倒れちゃってさ。」
「こんな都会でよく床屋なんて見つけたな。」
「美容院なんて僕みたいな奴の行く所じゃないだろ。」
「それでも見栄張って美容院に行くもんだろ?」
「そういやAって散髪どうしてんの?」
「散髪って、おまえ。若者らしくカットとか言ったらどうだ?」
「Aのその頭がお洒落の産物に見えないからだよ。」
「見かねた女の内の誰かが適当にやってくれる。」
「Aこそ美容院行け。」
「めんどくせえ。話しかけられんのもうぜえ。びびられんのもうぜえ。」
「その前に人間性の病院行け。」
「…。」
AはBが目に指を近付けている為暴力を振るえない。
腕を組んで堪えた。
「それで渋々美容院に行くのにコンタクトにしたってわけか?」
「うん、まあね。じいちゃんのお孫さんがやってる美容院を紹介されてさ。病院連れて行った後にまずはどんな所かなって寄ってみたんだよ。正解だったね。窓ガラスに映る自分と硝子越しの中の雰囲気があまりにミスマッチでさ。でもじいちゃんが気を遣って予約を取ってくれちゃったし引くに引けなくて。ちょっとでもって思って眼鏡外したらやっぱり何も見えなかったし、時間があったから眼科に行ってコンタクトを処方してもらったってわけ。」
「…久し振りに自分の顔をまともに見た感想は?」
やっとコンタクトが外せたBは、どっと疲れた様子で答えた。
「お母さんに似てるなあって思った。」
「…。」
Aは一度煙草を長く吸い、長く吐き出した。
「母ちゃん、美人だったか?」
「うん。Aがお母さんと同世代なら間違いなく手を出したね。」
「なら良いじゃねえか。」
「美人のお母さんに似てるってだけで僕がイケメンとは限らない。」
「…。」
今頃その後を心配して盗聴してるだろうCが「何でやねん!」とか一人虚しく突っ込んでんだろうなあと、Aはしみじみとコンセントを見た。
その視界に瓶底眼鏡の残念君に戻ったBが入る。
BはAの長い前髪を捲り、繁々と顔を見た。
「Aはどっち似?」
「…そうだな。仕事仲間全員が言うにはこのツラは木の股から生まれたツラだってよ。」
「ぶはっ!」
ツボに入ったBは腹を抱えて笑って同意した。
呆れたAはBのずれた眼鏡を指先で直してやった。
「コンタクトの感想は?」
「暫くいい。」
「そうか。」
いつもの身嗜みを整える目的での散髪では無く、お洒落になる為のカットをされたBの頭を撫でる。
気持ち、撫で心地が良くなっていた。
それにしても偽名じゃ保険証作れないから大変だな by B




