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曖昧な僕ら。  作者: 藤丸のりか
27/52

【保護者と番犬】

新米保護者Aが頼ったのはAにだけ危険な迷探偵だった…

すっかり日は落ちたが、街は街灯やネオンで明るい。

Aは逃げる様に路地を選んで歩く。

今日日、明るい世界では歩き煙草をしているだけで人目を集め、陰口を叩かれる。

隣にBが居ればちょっかいをかけるなりしてやり過ごせるが、今夜は特にそうもいかない。

普段より多めに煙草を消費しながら、目的の為に機械的に足を動かした。


「やあ、(アキラ)。いや、A。」


街の光も届かない、窓も無いビルに囲まれた路地裏。

Bと似たり寄ったりな背格好の男が片手を上げている。

スマホの灯りが詐欺レベルの童顔をライトアップしている。

Aは露骨に顔を顰めた。


「うぜえ。テメエがAって呼ぶな。」


「うわ何その二人だけの呼び名みたいな!超妬ける!」


スマホを振り回し地団駄を踏む良い歳こいた男から一旦目を逸らしたAは、溜め息を吐いて視線を戻した。

その目は冷たい。


「で?」


「流石は君の天使だ。なかなか優秀な番犬が付いているよ。」


「誰が誰の天使だ。そりゃ千隼(チハヤ)の馬鹿の妄言だ。」


スマホをポケットに仕舞った男は、手をそのままに話し続けた。


「その番犬の名前は鮫島(サメジマ)八尋(ヤヒロ)31歳。切れ長の瞳がそそる、綺麗な顔の男だよ。今はもし街中でB君と擦れ違っても気付かれて逃げられない様に茶髪にしてるのが残念だけどね。」


「テメエの感想はどうでもいいんだよ。何者だ、そいつ。」


新しい煙草を咥えたAは、残り少ない事に気付き ぎょっ とした。

ニコチンが足りている間に話が終わる事を祈った。


「B君の二番目のお兄さん、双葉(フタバ)君が中学生の時に街で拾ったチンピラだよ。」


「あいつんちが変わってんのは知ってたけど、…相当だな。」


「流石。母親は違えど兄弟だよね。」


Aが頷き、暗い路地で煙草の火が上下する。

男は楽しそうにそれを見た。


「それがそのチンピラ。なかなかの逸材でね。親に反抗して家を飛び出したその元少年は、実は良い所のお坊ちゃんだったんだ。ただのチンピラと違って教養があって何処か品もある。好感が持てるよ。」


「だからテメエの感想はどうでも良いっつってんだろ。そいつがどう厄介なんだ。」


「そんな彼はB君にシャー君と呼ばれ、かなり慕われていた。そしてそのシャー君はシャー君で、可愛気の欠片も無い双葉君よりも可愛さ満点のB君に内心忠誠を誓ってたわけだ。」


Aが煙を吐き出す。

それは細く長く、呆れてものも言えないと表していた。

男は小さく笑う。


「双葉君が釘を刺しても、その上には長兄稀一(キイチ)君が居る。現在実質的な家長の稀一君が探せと言えばシャー君は従わざるを得ないし、例え恩人であろうと穀潰しの双葉君にはシャー君を強く止められる程の権力は無い。何よりシャー君はB君が心配で、探し出して連れ帰る事に前向きだ。俺と違って経費を出し惜しみされる事も無い。」


「文句あんならテメエとの契約は、」


「嘘嘘!冗談!嫌いにならないでよ、玲ぁ~ッ!」


「安心しろ。元より嫌いだ。」


「…そんなあ。」


Aがしょんぼり俯く男の頭に踵落としでも喰らわせてやろうと思った時、男は顔を上げた。


 



「彼の詳細なプロフィールとこれまでのB君捜索における軌跡のデータは、セキュリティが箱入り娘並にガッチガチで最も信頼出来るちー君経由で送るよ。これ、ちー君も噛んでるんだろ?」


「何言ってんだ。千隼が一番がっつり噛み付いてやがんだぞ。ありゃもう絶対離さねえな。」


「それは玲もだろ。…あの子、顔は良いけど普通の子だろ?いや、ちょっとズレてるけど何がそんなに君達良い男二人を夢中にさせるんだい?」


「俺はあいつと良い悪いで付き合ってねえ。」


「へえ?好き嫌いの激しい玲がねえ。」


年寄り臭く顎の下を撫でながら顔を覗き込む男を、Aは片手でその顔面を鷲掴んで引き剥がした。


「何か一緒に居る。それだけだ。」


「それ、行く行くは結婚するカップルの発言痛い痛い痛い!割れる!」


「割れろ。」


そのままアイアンクローをお見舞いされた男は、割れる様に痛い頭を押さえながら後ずさった。


「おまえは頼れる年上とか世話になってる名探偵事務所の所長とかを敬う気は無いのか?」


「さらさらねえな。つかテメエは迷探偵だろうが。そのまま迷宮入りして帰って来んな。」


「帰って来なかったら困るだろ?B君の事とか、ちー君もそこまで暇じゃないんだからさ。」


「チッ。」


「今回だってシャー君が優秀過ぎて間一髪、尻尾を噛まれずに済んだって位には苦労してるんだぞ。」


「金払ってんだろ。」


「あはは!おっまえ、この件、正規価格請求したらB君養うどころじゃないぞ?」


Aはぐっと煙を喉に詰まらせた。

男は珍しく年相応の表情をしていた。


「でもさ、それはつまり前提を覆してしまう事になるだろ?俺は愛する玲をしょんぼりさせたくないからさ。長い付き合いと下心で所長自ら動いて負けてやってんだ。ちょっとは感謝してくれても良いと思うぞ。」


「今度酒でも奢ってやる。今後は料金に見合う働きだけで良い。」


「いやいや、違うだろ玲。それも魅力的だけどもっと簡単だから。」


「却下!」


Aは急に飛び掛かって来た男を全力でかわし、珍しく武術の構えと取った。

男は両手をわきわきさせ、毛を逆立てた猫の様なAとの距離をじりじりと縮め、その分Aは距離を取った。


「ふざけんなよ、変態じじい!そんなに男に飢えてんならそのシャー君とやらにでもしとけ!つか粉かけて取り込んじまえよ!その方が手っ取り早いだろうが!」


「チッチッ!彼は飽くまで所長の立場から人材として魅力的なだけだ。プライベートでここまで俺の心を魅了して止まないのは玲だけだよ。」


「何でだよ!」


「顔と身体?」


「そんならもう千隼でいいじゃねえか!」


「いや、ちー君は本当文句の付け所が一つも見当たらないちょっと吃驚する程すんごい美人なんだけどね。どう見ても受け顔だし、ワイルド系じゃないから興味無いんだよね。それに彼も所長として今度正式にスカウトに行こうと思ってる内の一人だ。俺は部下に手を出す様な公私をわきまえない関係は好きじゃない。」


「心底どうでもいいわ!」


「安心しろ、玲。暴力だけのおまえは人材として心底要らないから。」


「ありがとよ!」


再び飛び掛かって来た男を避けたAは、ぎくりと身体を震わせた。

男はAの背後で手で銃の形を作り、その銃口をAの背に突き付けた。


「おまえはいつまでも人付き合いってものを学ばないな。俺みたいな奴ならちょーっとでも媚び売っとけば大抵楽に望みが叶うのにさ。この件だって部下使ってもっと丁寧に“ただ”でやってやるぞ?」


「俺がそんなに利口に見えねえから人材としてはこれっぽっちも惹かれねえんだろ。」


「まあそこが良いんだけど。」


男は手を下ろし、Aの背を押す様に叩いた。


「俺に付かないならもう少し頭を使って生きろよ。もうおまえはヘマしたら死ぬだけじゃ済まないんだ。」


「Bの世話の話なら、そん時ゃ千隼が喜んで引き継ぐだろ。」


「はあ?おまえ、それ本気で言ってんの?」


「千隼はうちの糞ジジイでもドン引きするぐらいBを気に入ってんだ。当たり前だろ。」


「…。」


男の突然の無言にAが不思議がって振り返ると、男は凄く複雑に顔を歪めていた。

Aも嫌そうに顔を歪め、首を傾げると、男は盛大に溜め息を吐いた。


「まあ、俺はそこが良いっていうか、俺ももう良い歳だから良い様にしてやれるっていうか、微笑ましく見守ってやれるっていうか。」


「何が言いてえんだコラ。」


「B君若いし、おまえの相手はまだちょっと早いかな。」


「あ゛あ?」


「ふふっ、コミュ障こじらせて嫌われたら何時でも来いよ。とびっきり優しくしてやるからな。」


打って変わって笑顔を取り戻した男は手を振った。

Aは親指を下に思いっきり振り下ろしてから背を向けた。


「ちー君によろしく~。」


「千隼引き抜くのは良いが、同じくらい使える代わり寄越せよ。」


「替えが効かないから欲しいんだって。」


「ふん。」


「おまえもね。」


Aは男の声をまるで蠅でも追い払うかの様に後ろ手を振り、最後の煙草に火を点けた。

男は年相応に戻り、聞かん坊のやんちゃ坊主を慈愛に満ちた目で見送った。




Aは扉の前でポケットから手を出し、ドアノブに触れる前に気付いて、また手をポケットに戻した。

昔は鍵も掛けずに出かける事の方が多かったが、最近は絶対に締める様にしている。

警戒心というものが完全に欠落した、温室育ちの同居人の為だ。

それはAが鍵を忘れた、夜も遅い日だった。

もう早く寝たかったAが一か八かでインターホンを鳴らしたら、Bは誰何もせずチェーンも掛けずに扉を開けたのだった。

「馬鹿野郎!」とAに思いっきり頭を叩かれたBは、「訪問販売にこの僕が屈するとでも!?」と反抗していたが、「訪問販売だけじゃねえだろうが!現に俺は訪問販売じゃねえしおまえの百倍は強え!」と、最後にはAによる珍しい正論と締め技に屈した。

それからBはAの教えを守り、まず扉を開けない様になった、筈だ。

Aはたまには試してみるかと、インターホンに指を伸ばした。

決して、今日はBに見送られたが為に、鍵を忘れた訳ではない。


ピンポーン♪


呼び出し音は何処の家庭でも似たり寄ったりだ。

平和で明るい音色だが、その音で出て来るのが可愛らしい奥さんや人畜無害な僕っ子眼鏡君とは限らない。

筋肉隆々でお肌がデコラティブな強面の男も、胡散臭い金髪癖毛の無精髭男も、この音に呼ばれて顔を出すのだ。

呼び出す方もまた然り。

「こんにちはー、郵便です。」から「今日こそ耳揃えて返して貰おうか、おう?」までバリエーションは豊富だ。

それなのにBはまたもいきなり扉を開けたのだ。


「おかえり、A。」


「てんめえ、」


「ちょっとタンマ、タンマ!」


音がする程握り締めて拳骨を作ったAに、Bは慌てて距離を取った。

閉まる扉を足で止めたAのその雰囲気は、他人なら絶対に扉を開けてはいけない人種だ。


「Aだから開けたんだってば!」


しかし、それは紛う事無くBの同居人、いや、家主だ。

A本人も微妙な顔だ。


「なんで俺ってわかったんだよ。今の間、絶対覗いてねえだろ。」


「だって、今から帰るけど鍵忘れたって電話があったから。」


「は?」


「あ、やっぱりAじゃなかったんだね。」


Bは首を傾げてポケットからスマホを取り出した。

着信履歴をAに見せ、首を傾げる。


「Aからの着信で、Aと本当によく似た声でそんな殊勝な連絡があったからさ。」


「やっぱりって何処に掛かるんだよ。」


「Aは鍵を忘れても連絡して来ないどころか、そこにあるから俺が忘れたのはわかんだろうがとっとと開けやがれって理不尽に怒るだろ?だから、うちのAはいつも好きな時にふらっと帰って来るから特に待ってませんって答えて切ったよ。」


「何で直ぐに俺に連絡しなかった?」


「Aからかかって来たのに?」


「…。」


腕を組んだBは得意気だ。


「少しでも怪しいって思ったら、Aは大人しく待ってろって言うだろ?良い子にしてAを待ってたんだから、帰って来たらそりゃ直ぐ出迎えちゃうよね。」


「…だから何で俺ってわかったんだっつの。」


「だから、電話があったからだってば。」


Bは苛つくAに対し、盾の様にもう一度スマホを翳し、白い歯を見せて笑う。


「Aだったらあんな事言われてかけ直して来ないなんてあり得ないし、もしかけ直して来なくても、近所迷惑顧みずインターホン連打とか扉叩くぐらいするだろ?」


「…確かに。だが、その話のどこら辺で俺が帰って来たってわかったんだ?別人の可能性の方が高いじゃねえか。」


「何で?Aの声を上手に真似出来る様な人が、Aの単純な行動を読めない訳がないだろ?」


「ッ、」


Aの目が軽く開かれる。


「だから。その前のやりとりを何も知らないで、こんな時間でも僕が待ってて直ぐに開けるのが当然とばかりに普通にインターホンを鳴らすのが本物のAだ。」


スマホをポケットに仕舞ったBはつっかけを脱いで玄関に上がった。


「おかえり、A。一人でお留守番、ちょっと怖かったんだから。さっさと上がって話くらい聞いてよ。」


「悪い。そいつは俺の性質の悪い知り合いだ。」


「そうだろうとは思ったけどさ。」


Aはリビングに身体を向けたBを後ろから豪快に撫でてやった。


「ただいま。」


「遅ッ!」


いつもなら鬱陶しそうにするのに今夜は大人しいBに、Aは男の言葉を思い出した。

何故か一瞬不敵に笑ったAにBは首を傾げたが、その頼もしい横顔に笑顔のまま、小さく安堵の息を吐いた。




こいつが待ってる内はヘマなんてしねえよ。 by A

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