【どんな気持ちで、何を、ここで】
過去から目覚めBはベランダに立つ…
世の中は不思議だ。
お母さんは美人だったけど、似ている筈の僕はそうでもない。
鏡での自己評価は勿論、思春期真っ只中なのに全然モテない。
男子校でモテても困るんだけど、健全な男子高校生としては色恋をベースに青春を謳歌したかった。
僕の青春は中高一貫で部活をベースに大充実だ。
朝練を終えて浴びるシャワーの何と気持ちの良い事か。
生活で何不自由なく育ったボンボンばっかの学校でシャワー室が清潔なのは、一重に家庭的な僕のおかげだ。
部活後のおやつが充実しているのも、胴着が光り輝く白さを保っているのも、タオルがお日様の匂いでふっくらとしているのも、道場でフィギュアごっこができるのも、夜遅くまで働くお母さんに代わり家事を頑張った僕のおかげだ。
いくらか知らないけど、確実に有名なデザイナーの手がけた高級な素材の制服を身に着ける。
制服だけで女子にモテるって話を聞いた事があるけど、あれは都市伝説だ。
間違いない。
これだけの良い制服を着て街中を無防備に歩いていても、寄って来るのは身代金目当ての人浚いくらいっていう悲しいこれが現実だ。
「ふあ~あ。」
昨日、部活の後の塾の後に、夜遅くまで宿題をやっつけていた所為で眠たい。
朝は強い筈だし、いつも朝練で頭が冴える筈なのに、これは重症だ。
でも勉強は今の家で生きて行く為に欠かせない義務だから仕方がない。
お母さんが死んで引き取ってくれた実の父が医者で、元々超大金持ちの家系だったらしく、良い歳になったら親の金で独立して病院を建てた。
それもかなりデカい。
数年たった今でも新規の患者さんが勢い良く増え続けているのは、僕の中でちょっとしたミステリーだ。
そんな大病院を継ぐのは現在医学部生の上の兄だけど、下の兄と僕もそれを支える為に医者にならなければいけない。
結果はともかく、努力する事が今の家での義務だ。
それをしない下の兄は、妾の子と同じくらいの冷遇を受けている。
しかし、彼は頭が悪いわけではないどころか、かなり頭が良いんだと思う。
株とか投資とかで結構稼いでいて、浪人生っていうより実業家みたいだ。
彼の実母は自分の為に彼にレールを用意したけど、彼は確かにそのレールを終着駅まで快適な速度で走れただろうけど、彼は電車では無かった。
改造バイクか、改造車か、なんかそんな感じのちょっと車検が危うい感じの乗り物だったのだ。
そんな事をぼんやり考えながら教室へ向かっていたら、件の下の兄からの着信だ。
2コール以内で取る。
でないと家に帰って物理的に苛められる。
加減を知らない彼とのじゃれあいは、彼を傷付けてしまいそうで怖くて未だに勝てない。
「もしもし?」
『迎えに来い。』
「何処に。」
『どっかの漫喫。昨日その辺の奴等とはしごしてたら飲み過ぎちまって流石に記憶がねえ。ここ何処だ?』
「もー、また知らない人と飲んでたの?GPS使えば?それか世話係呼べば?」
『家に連れてかれんじゃねえか。』
「家に帰りたいんじゃないの?」
『遊びに行こうぜ。兄ちゃんが面白いとこ連れてってやる。』
「相変わらず元気だね。でも僕、ぷー太郎と違って忙しくて今から授業なんだけど。」
『授業なんかより楽しいに決まってんだろうが。』
「いや、そうだろうけどね?」
『ガタガタ言ってんじゃねえよ。さっさと迎えに来やがれ。ボコんぞ。』
「いやいや、だから何処だっつうの。その場に居る当事者よりわかるわけがないでしょうが。」
図書室に行って使い慣れた地図を開く。
下の兄に呼び出されるようになって、この辺の地理にかなり詳しくなったけど、自由奔放な下の兄はその範囲に収まってくれないので、卒業するまでにこの地図を暗記する事になるかもしれないとか思ったら、冷や汗が垂れた。
駄目だ。
僕が彼の完全なる下僕となる前に早くこの支配から逃れよう。
まずは防犯カメラで守られたこの学校から逃れる為に、使い慣れたいつもの人気の無い西の森の裏口に向かう。
『あそこにも防犯カメラあるじゃん。』
『あそこにゃ写真がぶら下げてあんだよ。誰が通ろうとバレやしねえ。』
『…双葉兄さん、防犯って意味わかってる?』
『俺っつー問題児が大人しく下校すんのも防犯、だろ?』
『…。』
中高一貫だけど、広大な敷地の中で中等部と高等部の校舎は林で隔たれている。
あと彼とは3才、年も離れている。
色々被らなくて本当に良かった。
僕に彼の素行の影響があるとすれば、それは世間的には妾の子が意地悪く怖い先輩方に絡まれない事くらいだろうか。
彼の素行は一つも感心出来ないけど、感謝はしている。
「…僕も共犯か。」
木の葉に上手い事隠してある写真を見上げて、溜め息を吐いた。
電車とバスを乗り継ぎ、辿り着いた先。
少し小柄で身形の良いイケメンを見つけた。
煙草がこれでもかという程似合わない、母親譲りの童顔で僕より少し小さい彼は、ガワだけならよくモテる。
行き交う女性の目が向けられるけど、ガン飛ばしてんじゃねえよとばかりに睨み返して、本当にこの人残念極まりない。
「おっせーぞ、巳鶴!って、何で制服でこんなとこに来んだよ。馬鹿かおまえ。」
「…今日は一日普通に授業受けるつもりだったんだもん。それに急いで来ても怒られるくらいなんだから当然、着替えに戻る暇もないでしょ。」
「なんか俺に文句あんのか?」
「文句言ってんのは双葉兄さんだろ。」
シークレットブーツを履いた双葉兄さんは、僕より少し背が高い。
思いっきり頭突きを喰らわせてきた。
本当、この人残念極まりない。
「しゃあねえ。服買ってやっからついて来い。」
「は?迷子についてけって?」
「タクシー呼べば良いだろ?」
「最初からそうしろよ!」
呼び出されたタクシーの運転手さんがまずした事は、いかがわしい街で柄の悪い男の隣で蹴られた鳩尾を押さえて蹲る超名門私立校の生徒の心配だった。
買って貰った服は高そうで、如何にも双葉兄さんが好みそうな、稀一兄さんが嫌いそうな、夜のお仕事が似合いそうなチャラい感じだった。
勿論、僕も自分では絶対買わない感じの服だ。
似合わないと思う。
そのセンスの無さを双葉兄さんは僕の眼鏡の所為にして、奪い取った。
慣れない土地で裸眼視力0.05と0.03の軽い乱視では歩くのがやっとだ。
双葉兄さんが歩きながら吸う煙草の煙の匂いを頼りに追いかけるしかない。
ドSの双葉兄さんはそんなよろよろついて行く僕の様を楽しんでいる。
その絶対振り返らない背中からはご機嫌が駄々漏れているからよくわかる。
それも、角を曲がられると他の背中に紛れて見失ってしまい、どの背中かわからなくなる。
「待って、双葉兄さんッ!?」
慌てて追いかけたら、背の高い男性にぶつかった。
「あ痛、ごめんなさい!」
ぼやける視界でその人が金髪だとわかり、血の気が引く。
「気ぃ付けろ。」
「…は、はい。」
でも良い人だったみたいで、大きな手で頭を撫でてそのまま去って行った。
ぼやけた視界でその人を見送ってたら、背中に衝撃。
盛大にこけた。
「何呆っとしてんだ?」
「…ッ!」
あんたはさっきの人の爪の垢を微塵でも煎じて飲め。
腹立ち過ぎて泣きそうで、お尻をぐりぐり蹴りつけて来る兄に答えられずにいると、お尻から足が退いた。
やっと顔を上げると兄さんがしゃがみこんでいた。
「ったく、おまえはとろくせえな。」
「うわッ!?」
その細い身体の何処にそんな力があるのか、兄さんは僕の手首を掴んで立たせて、そのまま引き摺る様に歩いて行った。
カラオケ、ボウリング、お昼ご飯を食べてゲーセン。
この下の兄は子どもっぽい事が大好きで、でもこんな性格だし天才肌だしで一緒に遊んでくれる友達がいない。
だから嫌がる僕を遊びに引き摺り回す。
弟が出来てはしゃいでるのかな、なんて思うと少し可愛い。
僕も、この人はちょっと乱暴で痛いけど、一緒に遊んでくれる兄弟は嬉しい。
本当に嫌なら上の兄にチクれば何とかしてくれる。
だから、僕自ら乱暴な下の兄に付け入る隙を与えているわけだ。
「巳鶴!」
「!」
UFOキャッチャーの景品に目を輝かせていた僕を呼んだのは下の兄じゃない。
声のする方を振り返るけど、眼鏡が無いから見えない。
でも、ゲーセンが全く似合わない上の兄が居る事は間違いない。
「学校から俺に連絡があった。」
かつて、僕の通う学校で学年首席の生徒会長を務めていた上の兄は、先生の信頼も厚い。
育児放棄をしてる新しい母でもなく、忙しい父でもなく、卒業生で顔も良く知ってる上に連絡の付きやすい大学生に連絡するのもわかるが、それが僕にとって一番厄介だ。
「どうした?学校で嫌な事でも遭ったのか?」
流石の僕も見える距離まで稀一兄さんが近付く。
両肩を掴んでとても真摯な眼差しで僕を見ている。
どうやって見つけたのかな、なんて、もう考えるまでも無い。
僕の携帯には、小さい子どもみたいに居場所がわかる機能が付いてる。
それはこの上の兄が付けた。
下の兄は「気持ち悪い」って言って何度も僕の携帯を壊したけど、何度でも変わらない。
一般家庭の子が、いきなり超大金持ちの子になったのが、心配で仕方がないと周りは思っているけど、それだけじゃないって僕は知ってる。
上の兄は、父にそっくりだ。
父の特徴をより際立たせてると言っても良いかもしれない。
両替に行っていた下の兄が慌ててゲーム機に隠れる。
視界は相変わらずぼやけてるけど、大体雰囲気でわかる。
これは別に下の兄が冷たい人間だからじゃない。
今、下の兄が出て来ると非情に厄介な事になるからだ。
「巳鶴、…無事で良かった。」
「稀一兄さんったら、そんなに心配しなくても僕は大丈夫だってば。もう強いし、もう高校生だし、並々ならぬ庶民臭が漂ってるし。」
「…。」
黙って首を振った上の兄は人目も憚らず僕を抱き締める。
下の兄はその間に気付かれない様にそうっと動く。
それを引き止めようとして、思い留まる。
部室にスペアの眼鏡が置いてあった筈。
奪い取られた相棒は、帰ったら返して貰えば良いや。
それよりもこのどうしようもない人を大学に帰さなければ、部活にも出られないし、大丈夫とは思うけどそろそろ貞操が心配だ。
目を覚まして、慌ててここが何処だか確認する。
それは広過ぎて居心地の悪い部屋じゃなく、煙草の匂いが微かにする部屋で、ほっとした。
窮屈な布団を跳ね退けて、狭い部屋から飛び出す。
誰もいない真っ暗なリビングからベランダに出た。
まだ冷た過ぎる冬の夜の空気が気持ち良い。
「ったく、ホントに使えない人なんだから。」
眼鏡が無いから、折角の都会の夜景がやっぱりぼやけて見える。
なんだか泣いてる時の視界みたいで、凄く嫌だ。
眼鏡を持ってくれば良かった。
冷たい手すりに腕をかけて頬を乗せる。
相変わらず視界はぼけて、遠近感も無い。
外は広い筈なのに、視界の所為でまだ凄く窮屈のままだ。
「…もう何日目だっけ。」
「4日だ。」
「!」
振り返ると、何時の間に帰ってきたのか、金色のモップお化けが真っ暗なリビングに浮いていた。
「それが俺のいねえ期間の話ならな。」
金色のモップお化けの真ん中、声のする所にある赤い光は煙草の火だ。
Aのお気に入りの煙草の、独特の甘い匂いが僕まで届く。
「眼鏡ねえのにそっから何が見えんの?それともやっとコンタクトにしたのか?」
「お土産は?」
「…そういやおまえからそう言われんの、初めてだな。今日はねえけど、何か欲しかったのか?」
「別に。」
金髪のモップお化けもベランダに出る。
僕の裸眼でも見える距離にAの、髭を剃れば端正な顔が近付く。
夜景の灯りでもわかるオッドアイが、凄く綺麗だ。
「何だ、寂しかったのか。」
最後のそれは問いじゃない。
「まだまだお子ちゃまだな。」
「Aがおっさんなだけでしょ。」
「ん~、相変わらず良いケツ。」
「だから尻を触るなってば!…もう。」
いい加減寒いしAを押し退けて中に入る。
自分の部屋に戻る前、チラッと盗み見たAは、僕と同じ格好で夜景を見ていた。
「…おやすみ。」
「おう。」
僕の目にはぼやけて何が何だかわからなかったけど、あの人の目にはどう映ってるんだろう。
いやまあ、いつもと変わらない夜景なんだろうけど。
冷えた身体をお日様の匂いのするふわふわの布団で包む。
さっきとは違って、なんだかとても穏やかな寝心地だった。
「マジで何見てたんだろうな。」
どんな気持ちで、何を、ここで。
珍しく思考に耽るAの目にも、折角の夜景はぼやけて見える。
いや、見えてさえいない。
「…え、何。まさかの自殺志願?」
漸く思考から焦点を戻し、Bの部屋の扉を振り返る。
煙ではなく、唾を飲み込んだ。
…あ、明日はちょっと優しくしてやっかな。 by A




