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曖昧な僕ら。  作者: 藤丸のりか
22/52

【バレンタイン】

甘党AはBの作ったケーキの配分に悶々とする…

部屋に充満する甘い匂い。

こいつを拾って良かったと思う瞬間の一つだ。

毎年毎年、律義な同居人はイベントの度に腕を振るう。

本職ではないからそう大したものが出来るわけではないのだが、それでもまた食いたいと次を期待してしまう謎はまだ解けていない。


~♪


「おおッ!思ったより上手に出来た!」


オーブンの仕事を終えた合図と、キッチンから聞こえた歓声に顔を上げる。

Bの、もこもこに覆われた手には四角い型が握られていた。


「それ全部チョコレートか?どんだけ作ったんだよ。」


「チョコレートブラウニーだよ。ケーキ。」


「四角いケーキ?」


「ケーキは全部丸いと思ってたの?」


「去年は丸だっただろ。」


「そりゃ去年のはガトーショコラだもん。Aって本当に甘い物が好きなの?」


呆れたBはケーキの型を置いて手からもこもこを外し、後片付けを再開した。

もう終わりなのかと、甘い物に目が無い俺としてはどうしても気になる。


「俺の分は?」


「うん?これ、うちの分だよ?」


「いや、バイト先に持ってくんじゃねえの?」


「…ああ、そっか。なんだかんだ言ってAとバレンタイン当日に一緒に過ごすのは初めてなのか。」


Bは下を向いたせいでずれた眼鏡を指先で直しながら、苦い顔を上げた。


「バイト先に持って行ったのは最初だけ。持って行ったら女の子達が微妙な顔したからそれから持って行かない事にした。」


「…ああ。」


女子力とやらでこの瓶底眼鏡に負けたのか。

美味いし悔しいし、でも相手は悪気が無いし、そりゃ複雑だったろう。

可哀想に。

何にせよ、安心した。

あのケーキは俺のものだ。

仕事や女と遊んでた所為で出来たてを逃して来たのはかなり残念だった。

今日こそは熱々をいただいてやる。


「ふふ。ご期待に添えず、申し訳無いけど粗熱とらないと型から出せないし、このケーキは少し時間を置いた方が美味しいんだよ。」


「…え。」


呆れた様なが余計だが、楽しそうに笑うBは水道を止めて手を拭いた。


「その間、デートに行こうよ。見たいDVDがあるんだ。Aもこの匂いを嗅ぎながらお預け喰らうのは辛いでしょ?ほらほら、立って。準備、準備!」


Bはあからさまに面倒臭がる俺の腕を掴んで強引に引っ張る。

「今日はやけに絡むな」と思ったら、「今こいつ彼女いねえんだ」と気付いた。

イベントごとが好きなBにとって、このイベントを謳歌する為の必要条件、彼女がいないのは残念極まりないだろう。

相手を選ばず瓶底眼鏡を外して髪を下ろして漫画か何かで口説き文句を仕入れりゃ直ぐに女の一人や二人出来るだろうに、この馬鹿は頑なに“僕流”を貫く。


「どうせAだって暇なんでしょ?」


「言ってくれんじゃねえか。」


「ん?何か文句あんの?ケーキあげないよ?」


「それは困る。」


「じゃあ付き合って。」


「喜んで。」


「あはは!」


男は胃袋を掴まれたら負けだと言うが、本当だと思う。

嬉しそうなBの手を掴み返し、立たされてやった。



レンタルショップに着いたは良いが、特に興味の無い俺は暇だ。

目当ての映画がねえのか、困った様にうろうろするBの後ろをついて回るだけだ。

欠伸を漏らし、ふと視線をBから外し目が覚めた。

視線の先に、俺でも知っている大人気アニメのDVDが並んでいたからだ。

時代遅れな黄色のラガーシャツに短パンは置いておいて、主人公のだっさい髪型に瓶底眼鏡の冴えない感じがBにマジでクリソツ。

眼鏡を探す時なんてあまりに似過ぎて抱腹絶倒ものだ。

改めてツボに入り、しかし人目もあるから笑いを必死に噛み殺す。

その一瞬の気の緩みも、同居人は許してくれない。


「わッ!?」


何時の間にか手の届かない所まで行っていたドジで間抜けな同居人は、高い所に手を伸ばしたまま脚立の上で大きく仰け反っていた。

流石に肝が冷えたが、それも一瞬だった。

ストーカーって超怖え。


「大丈夫?」


「す、すみません!って、Cさん!?」


読んだ事はねえが伝え聞く少女漫画みたいな展開に辟易する。

乙女のピンチに必ず逃さず颯爽と現れるのが王子様の仕事らしいが、そんなのは四六時中、ターゲットの動向を監視していないと不可能だ。

俺に言わせればそんな奴は乙女に付け入る為に日頃から虎視眈々と獲物を憑け回すただの変質者、目の前の知り合いが良い例だ。

ガワだけは良い女男に助けられたBは頬を染めて千隼を見上げている。


「大丈夫ですか?」


「今俺がB君に聞いたんやけど?」


「僕は大丈夫に決まってるじゃないですか。」


「なら良かった。気ぃ付けや?」


「はい。」


「全く、保護者は何してんねん。」


Bを抱き止めながらBが落としたDVDを宙で掴んだ千隼は、Bの頭を撫で回した後にそのDVDを乗せてやった。

こいつ、こんなに子どもの扱い上手かったっけ?とか思っている場合では無い。


「おまえこそ昼間っからこんなとこで何してんだよ。」


「暇やで映画でも見よかと思ったんや。何か悪いんか。」


「「…。」」


「(まさか俺がいる時まで俺んち盗聴してBに構いたくて先回りしたんじゃねえだろうな。)」


「(おまえがおる時までB君監視する必要無いやろ。偶然や偶然。いや、奇跡やな。神様ありがとう。)」


後半からBもいるし読唇術で会話を続ける。

案の定、間でBがきょとんとしている。


「(まあ、おまえがおってもB君監視する必要がありそうやな。何があるかわからんのやで目ぇ離すなや。)」


「(脚立から落ちんのはBの自業自得だ。俺の知ったこっちゃねえ。)」


「(ハッ!えらい焦ってた奴の台詞とちゃうな。)」


よしこいつ殺そう。

そう思った時だった。


「Cさんもその映画に興味あるんですか?」


「(へ?)」


おずおずと会話に参入して来たBに驚き、直前まで無声会話をしていた千隼は咄嗟に声が出なかった。


「ああ、これな。…知り合いが面白そうって言うとったで俺も見てみようと思てな。」


少し言葉を選んだのが引っ掛かるが、それよりも千隼の手元を見れば、何処かで聞いた事があるタイトルが握られていた。

Bが探していた、いや、先日Bが口にしていたタイトルだ。


「おい。」


「そん時はおまえおらへんだもん。」


「違げえよ。どうせテメエんなに興味ねえだろ。お子様に譲ってやれ。」


「あ、B君これ見たくて来たんか。ええよ。借りてき。俺、別のにするで。」


ぎょっとしたBが慌てて手と首を振る。


「いいです!いいです!Cさんが先に手にしたんですから、どうぞCさんが借りて行ってください!」


「ええって。見たかったんやろ?」


「Cさんの後で全然構いません!」


「…うーん。」


微笑ってはいるが真正良い子ちゃんに千隼も困り顔だ。

千隼はこの映画に本当に大して興味は無い筈だ。

ただ、Bが面白そうだと言っていたのを思い出し、暇潰しに手に取っただけだ。


「じゃあ俺んちで一緒に見る?」


「却下。」


「誰もおまえに聞いてへんねん。」


ガンを飛ばして来る千隼にガンを飛ばし返す。

そのちょっと下でBはきょろきょろしていた。

先にそちらに気を取られたのは、Bを天使と称して愛でる変態だ。


「B君、どないしたん?」


「あ、えと、Cさんお一人ですか?」


「せやけど?」


「…。」


Bの千隼を見る目を見て、何が言いたいかわかった。


「おまえもバレンタインにお一人様で可哀想ですね、だとよ。」


「…ああ、そういやそうやったな。興味あらへんで忘れとった。」


そこで千隼は柏手を打ち、顔を整えた。


「何、B君。お一人様やったら俺とデートしてくれるん?」


「おう、B。そいつとお頭の病院でデートしてやれ。」


「邪魔すんなや。中途半端な過保護者が。」


「目の前で変態が猛威を振るい始めたら邪魔するだろ。あ、通報のが良かったか?」


「じゃあ、うちで一緒に見ませんか?」


「「…え?」」


うわ、最悪。

リアクションが千隼と被りやがった。


「今日はバレンタインだしケーキを焼いたんです。口に合うかわからないですけど、良かったら助けてくれたお礼に食べてくれませんか?」


「「…。」」


Bの笑顔が眩しい。

ちょっと直視出来ない。

千隼を見れば感動で言葉も出ない様だった。

だがしかし、流されてはいけない。


「ふざけんな、俺の分け前が減るじゃねえか。」


「今日のが美味しかったら暇な時にまた焼いてあげるよ。」


「…。」


じゃあ、いいか。

いや、何か損した気がする。

まあBも千隼も上機嫌だし、俺はまたBの作る甘いもん食えるって言うんだから、やっぱ気のせいか。

今日の所はそう思う事にした。


…んだが、



(ねえ、A。Cさん、結局僕らと一日過ごしちゃったけど、あんなに格好良くて良い人なのに良かったのかな?)

(何が?)

(いや、恋人じゃなくてもCさんと一緒に過ごしたい女性っていっぱいいると思うんだけど?)

(あー、良いんじゃね?あいつおまえの事すっげえ気に入ってるし。)

(そ、そうかな?なら良いけど。…そっか、えへへ。また遊べると良いなあ。)

(…。)



うーむ、やっぱ今年は損したか? by A

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