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曖昧な僕ら。  作者: 藤丸のりか
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【欲しいもの】

・バイト仲間おすすめのホラー映画を見たBはお約束…

当時はまだ生物学上の父親にしか過ぎないというか何と言うか、全く実感の湧かない存在だったお父さんが、お母さんとどんな関係だったのか、それは知っていた。

自分の家に父親がいない理由だ。

男勝りで色々豪快だったお母さんはそれを隠さなかった。

僕もそれを聞いて何かを思う事は無かった。


『へえ~?それよりお腹空いたよう。今日の晩ご飯なあに?』


って流した気がする。

お母さんは優しかったけど、強かに生きろって教育方針だったから、もうその頃には僕も立派に育っていたのかもしれない。

だから経済的に辛くても、夜遅くまでお母さんがいなくても、寂しいなんて思った事は無かった。

ご飯を食べて、布団で寝て、学校に通って、習い事をして、友達と遊ぶ。

それ以上望むものはない。

普通の生活が出来れば満足だった。

流石にお母さんが交通事故で死んだ時は寂しくて死にそうだったけど、迎えに来たお父さんに連れて行かれた環境がお母さんの言付けを思い出させてくれた。


『強かになりなさい。強く在りなさい。欲しいものが出来てから無力を嘆いても遅いのよ。』


二十歳過ぎた今、やっと、それはお父さんの事だったのかなって思う。

あと、いつか来るお別れの日の事だったのかなって。

お母さんのお墓は遠い故郷にあって、お小遣いはいざという時に貯金してたし、新しいお母さんの目もあって、結局お別れの日以来一度も行ってない。

まあ、お母さんは湿っぽいのが嫌いだから今の僕じゃ怒られそうだし、心配されそうだから、自由になった今もまだ行けそうもなくて、問いかける事も出来ないでいる。



夕食の後片付けを終え、脱衣場でちゃんと頭どころか身体も拭かない駄目な大人の風呂の後片付けを終え、自分も風呂に入ってスッキリ。

時間も丁度だ。

頭を拭きながら、Aが呆っと見ていたテレビのチャンネルを一言も詫びず奪い、映画に合わせた。

明日、遊ぶ約束をしたバイト仲間の高校生お墨付きのホラーだ。


「夜、便所に行けなくなっても知らねえぞ。」


「Aこそ怖いんだったら部屋に引っ込みなよ。」


「お化けより俺の方が怖いと思うが?」


「お化けに物理攻撃は出来ないけど、Aには刺さるだろ?」


「…オニーサン、おまえの方が怖いわ。」


「僕は自称オニーサンのおっさんの方が怖い。」


「…。」


お気に入りのクッションを抱いて映画に集中。

視界の端でAは振り上げかけた足を下ろした。

このおっさんは本当に嫌だったら間髪入れずに実力行使に出るから、これは許容範囲って事だ。

本当に欲しいものは力ずくでも手に入れる。

チャンネル権を巡って実の息子にも割と本気の締め技をかけるお母さんとAは、ちょっと似ているかもしれない。

かなり痛い事もあるけど、この人と暮らすのはわかりやすくて気を使わなくて凄く楽で良い。

部屋を綺麗にするのも、ご飯を相手の時間に合わせるのも、大変だけど、これは僕の自由意思によるものだ。

やらなくてもこの人は何も言わない。

あ、でも今となってはそれが当たり前になったから、今止めたら少しは拗ねるかもしれない。


「酒。」


「CMになったらね。」


今のやりとりがまんま、僕等の関係だ。

ドキドキハラハラさせるおどろおどろしい薄暗い映像から、打って変わって陽気な映像が流れる。

すっと立ち上がってAの酒と、ついでに僕の携帯も持ってリビングに戻った。

なんか物影が気になった様な気がするけど、特に気にしなかった。



映画が終わり、Aは隣で大欠伸。

僕はクッションを抱えて震えていた。

予想外に怖かった。

それだけじゃない。

途中、何時の間にかトイレに席を外したAは帰って来た時に絶妙のタイミングで部屋の電気を消しやがったのだ。

恐怖で絶叫したのなんて久し振りだ。


「便所、ついてってやろうか?」


「また電気消しそうだから絶対嫌。むしろ僕が用を足す間スイッチに近付くな。」


「くっくっ!やっぱまだまだお子ちゃまだな。」


「ぐぅ。」


すっかり渇いた僕の頭を豪快に撫でたAは自室に引き上げる。

危うくその服に縋りつきそうになった自分の手を叩いておいた。



それから暫くして、そう広くない家の中を行く先々の電気を点けまくって漸くトイレまで辿り着き、用を足して断腸の思いで電気を消しながら自室へ向かった。

最後の電気、自分の部屋の電気の紐を握ったまま、かれこれ数分。

そして更に十数分。

ベッドの下の暗闇から目が離せない。

さっきの映画ではあの下に“いた”のだ。

衝撃の映像は今もまだ鮮明に思い出せる。

そして目の前の光景と合成する事は容易だ。


「う。」


そろそろ寝ないと、明日の朝が辛い。

高校生と遊ぶのは楽しいけど、二十歳を過ぎた今、万全の体調でないと体力が持たない。

それに遊んだ後はバイトが待っている。


「うう。」


昔もよくこんな事があった。

夏になれば学校で怖いもの見たさに怪談に花を咲かせ、家に持ち帰ってビクビクぶるぶるお母さんの帰りを待ったものだ。

それでも、お母さんを守るのは自分だと思っていたから、怖いとは素直に言えなかった。

お父さんに連れて行かれた後なんて、弱みを見せたくなくて尚更だ。

ようするに、僕はあのAの前で素直になれるのだろうか。


「いや、やってみるしかない。」


意を決して、身体を伸ばして出来るだけベッドに近付かない様にして枕を回収、胸に強く押し抱いた。



しかしいざAの部屋の前まで辿り着いたは良いけど、やっぱりノックするどころか息すら殺してしまう。

そもそもいい歳した男が、不良おっさんに“怖いから一緒に寝て”とか無い。

無いよ、僕。

でもどう考えても怖いし、部屋に戻ろうにも、部屋を出る時にはAの部屋で寝る気満々だったから電気を消して来ちゃったし、怖くてもう後には戻れない。

いっそ廊下で寝るか。

いやいや、ここに立っていられるのだって、中にAがいるからってわかっているからであって、何か遭った時この扉を開ければ直ぐにAに飛び込めるからであって、決して怖くないわけじゃ、


「うぜえ。」


「!?」


その扉がいきなり開き、思いっきりぶッ飛ばされた。

尻餅を付き見上げれば、不機嫌そうなAが立っていた。


「い、いい痛いし吃驚した!!」


一瞬、怪奇現象かと思った。


「部屋の前に立たれてっと眠れねえ。」


「わかるの?」


「まあな。用があるならさっさと言え。ねえならさっさと寝ろ。眠みい。」


「…、う。」


言え、今だ、僕。


「…寒いから、」


「ほお?寒いから?暖房が良く効いた我が家でか。」


「…ひ、一人じゃ眠れないから、」


「なんで?いつも一人でお利口さんに寝てるじゃねえか。」


不機嫌は何処へやら。

Aはニヤニヤ笑っている。

ええい、言ってしまえ。


「ホラー映画見て怖くて一人じゃ眠れないから一緒に寝てください!」


「ぶっは!」


ゲラゲラ笑い転げるAに、軽く殺意を覚える。

しかし怒らせるのは得策ではない。

怒りと情けなさに震えていると、Aは笑い過ぎて滲んだ涙を拭った手を僕に伸ばした。


「あー、笑った。やっぱBに殊勝な態度は似合わねえな。ウケる。ったく、金がかかるわけでもねえんだから、いつもみてえにああしたいこうしたいって、言ってみるだけ言ってみりゃいいだろ。なんで今回に限ってそうなんだよ。」


「何それ、まるで普段僕がわがまま、」


「ウケ狙いか?」


「…。」


何このおっさん、イラッとする。

とか思ってたらAの手が僕の手を掴んだ。

軽く引き起こされて、部屋の中へと引き込まれた。

当然、Aの部屋にもあるベッド。

さっきはあれ程怖かったのに、今はあんまり怖くない。



最初は少し離れて寝てたけど、少しずつ寄って行ってみる。

“ここ”では“良し悪し”は後回し。

とりあえずまずはしたい事をしてみて良いらしいから。

Aとの距離に比例して暗闇への恐怖も薄れて行く。

僕の精神メーターが、安心域に突入した。

うと、うと。

身体も暖まって、すっかり眠たくなる。

良かった、やっと眠れそう。

眠りに落ちる瞬間、少しだけAの体温と匂いが強くなった気がした。



お母さんと二人暮らしの後は、世話係を除けば離れで一人で生活してたようなもんだから、男と同居なんて初めてで、最初は少し不安だったなんて、Aには内緒。


だってきっと「はあ?初日から姑みたいな訳知り顔で居座ってやがったじゃねえか。」とか言うに違いない。


ずっとは無理でも、長くこの生活が続けば良いのに。

なんて、どうせまた明日くだらない喧嘩でもして直ぐに忘れちゃうんだろうな。


でもまた思い出す、これが、僕の―――、



欲しいものが見つかった。 by B

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