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曖昧な僕ら。  作者: 藤丸のりか
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【AB】

煙草の匂い。

同居者が窒素と酸素の次くらいに吸うから非喫煙者の部屋までよく匂う。

アークロイヤルのバニラの香り。

もう砂糖でも口に詰めとけというほど甘党なあの人らしい煙草だ。


「…ついに死んだかな。」


僕にこのあったかいベッドをくれた人。

何の仕事をしているのか知らないけど、よく怪我をして帰ってくる。

でも断じて心配なんかしていない。

ただ、急に居場所がなくなると困るからそれだけが気がかりだ。


「ん?」


寝返りを打って気づいた。

初のバイト代で買ったこの抱き枕は、一瞬で眠りに誘ってくれる柔らかい夜のお供だ。

それがあるにしても今日はベッドが狭い。

煙草の匂いも濃い。


「まさか!」


朝でも遮光率の高いカーテンのおかげで暗い部屋では矯正無しの視界はほとんどゼロだ。

背中を包むように抱きついていた侵入者を押し退けベッドボードに手を伸ばしメガネを掴む。


「ひいッ!?」


寝惚けた手がパジャマの、しかもズボンに入れられる。

妙に温かくて大きい手が直に尻を撫でる。


「起きろ変態!!ぎゃッ!?」


大声にビックリしたのか大きな手に力が入る。

メガネをかける間もなかった。

メガネを握ったままの右拳を、派手な金髪の真ん中に打ち下ろす。

間一髪避けられたのか、見えていないがため目算を誤ったのか、変態を撲殺することは叶わず、ベッドが激しく揺れるだけだった。


「…んあ、地震?」


「揉むなーッ!!」




朝のサラダに使う野菜を親の仇のように叩き斬る。

ちなみに両親も祖父も元気だ。


「誰にでも間違いくらいあるだろー?」


不穏な音を聞き咎め、ダイニングから寝惚けて間延びした声が上がる。

このちっとも反省が見られない発言。

この人を育てた親の顔が見たい。


「慣れ親しんだ自分んちで部屋間違えるとかありえないだろ。」


そう、僕には僕の部屋がある。

独り身の(はずの)くせに、何故かこの不良中年は交通の便も良い都会に2DKのマンションを所有している。

そしてひょんなことから突然上がりこんだ素性の知れないホームレスにリビング(別名ゴミ溜め)だった一室をくれた。

感謝なんてしない。

家事全般とずぼらな粗大ゴミ人間の世話と意地悪と過剰なセクハラでそんなのはチャラだ。

僕とこの不良中年は対等なのだ。


「いや、部屋は間違えてねえもん。」


「じゃあ何を間違えたんだ。」


「Bの桃尻を女の尻と間違えた。…俺としたことが。」


「…A。せめてその手をわきわきするのやめて。」


もうかれこれ二年くらい経つ。

他にも身の危険を感じるほど無茶苦茶なこの不良中年ことAと何故ずっと一緒に住み続けるか、僕自身も謎。


「あ、そうだ。B、昨日の俺のコートは?」


「今朝の、でしょ。Aの部屋にかけといたよ。」


「あれのポケットから包み取って来い。」


「もー、自分で行けば?」


ここで意地を張っても後で虐められることがわかってるから渋々Aの部屋に行く。

ポケットを漁り、ゴミやらゴミやらゴミを出す。

ちょっと見ない間にどうしてこんなに溜め込んだのか。

ついでに携帯を発見したのでイルミが点滅してることだし親切に渡してあげることにする。


「…これだ。」


見つけたけどすぐにはAのところに行けない。

中身がわかったからだ。

何の儀式なのか、月に数回失踪した後は必ずある。

でも今回もそうとは限らないから、一応確認しに行く。


「ほら、ここ座れ。」


リビングに行けばこの家の王様が親指で隣を指す。

朝ご飯の支度まだなんだけどな、と思いながらも座る。

包みを奪い取ったAに携帯も突きつけたらバシッと払われた。


「痛い痛い痛い!」


「これでよし。」


トレードマークとなりつつある前髪ごと、括っていたゴムをむしりとられる。

加減なんて知らない馬鹿力でまた括られた。


「もう行っていいぞ。あ、携帯拾ってけよ。」


新しい煙草に火をつけたAはもう僕に興味なんてない。

携帯を差し出しても受け取ろうとしない。

テーブルに置いてお腹も減ったし大人しく朝ご飯の支度に戻った。


「(…兎の尻尾、か。)」


食器棚のガラス扉に映ったゴムはまた新しいやつだった。



この人ホント、わかんない。 by B

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