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曖昧な僕ら。  作者: 藤丸のりか
13/52

【頼れる相棒】

バイトを終えたBを待っていたものは… ※暴力表現注意!途中A・Bと視点が変わります。

夜9時過ぎ。

アルバイトの引継ぎを終え、自転車を立ち漕いで急いで帰る。

本当は晩ご飯の買出しに行きたかったけど、Aから煙草が切れたからすぐ買って帰って来いというジャイアンメールが届いていたからだ。

ニコチンが切れると途端に機嫌の悪くなる同居人には困ったものだ。

しかしそれ以上に今日は後ろをつけてくる黒い車の方が厄介だ。

近道の為に公園に入る。

公園なら車も入ってこられないし、ちょうど良いと思ったのが大間違いだった。

横から飛び出した男に自転車ごと押し倒された。

受身を取った僕はかすり傷程度で良いとして、Aに買って貰った自転車は大惨事だ。

曲がったハンドルが力技で直ると良いけど。

ずれた眼鏡をかけ直し、立ち上がる。

暗い公園のもっと暗い所から数人の男達が湧き出てきた。

僕みたいな一般人が考える様な事くらい、その手のプロにはお見通しだったらしい。

要は嵌められたって事だ。


「どちら様が僕に何の用ですか?」


「黙ってついて来い。」


「…ですよねー。」


父さんか母さんか兄さんあたりが家出息子(弟)を回収しに来たのかと思ったけど、それにしては乱暴なので同居人Aの関係者だ。

全く困ったものだ。

ついてくる気配のない僕に男達が一歩迫る。

こういう時、どうすべきなんだろう。

どうすればAに迷惑をかけないんだろう。

Aは、何を迷惑と思うんだろう。


「いや、どーでもいいや。」


Aは僕の事なんて一切考えてないんだし、僕も考える事なんてない。

ポケットで携帯が震える。

きっと煙草の催促だ。

それよりも目の前の今にも飛び掛りそうなくらい敵意満々の男達だ。

気付けばかなり迫って来ていた男達に構える。

登録している人達に迷惑をかけないように携帯を折っておこうと考えたけどやめた。

居候の身でAから貰った物をこれ以上壊すのは躊躇われる。

うーん、帰れたらAに怒られそう。

この量には流石に勝てそうにない。




『おかけになった電話は、』


「ちッ。」


かけてもかけても返事が無い。


「どこまで買いに行ってんだ、あの馬鹿。」


煙草はまだある。

ハナから早く帰って来いとすれば良かった。

それを伝えたくて電話をかけているのに、あの馬鹿。

どうせ煙草の催促をウザがって出ないんだろう。

日頃の行いがなんとやらだ。


「お。」


仕方がない迎えに行くかと思った矢先、Bからの着信に不覚にも安心してしまった。


「B、遅えぞ。」


『へえ。あんた、本当にこの坊主にはAって名乗ってんのか。』


『そりゃ知らねえわけだ。』


『ほれ坊主。世話んなってるお兄さんに何か言ってやれ。』


殴る蹴るの音はするのに声は一切漏れない。

これでB本人だとわかった。


『ここ、なんつー公園だったっけな。』


『早く来ないとこの生意気な坊主の頬裂いて、飯が皿ごと食えるようにしちまうぞ。』


『おいおい、せっかく育ちの良い可愛子ちゃんが家出してくれてんだ。変態に売り飛ばそうぜ。』


『サツ呼んだら、坊主は殺す。じゃあな。』


等間隔で鳴る電子音が判断を迫る。


「…どーすっかね。」


今ここで出て行けば人質の価値を認める事になる。

今ここで出て行かなければBが普通に生きていく事が出来なくなる。

今ここで悩んでいたとしても、もうBと一緒に暮らす事は出来ない。


「あれま。」


気付いたらBの帰り道でバイト先に近い方の公園にいた。




素人じゃない人の拳や蹴りは重い。

少林寺拳法を止めてからも趣味で身体は鍛え続けていた。

だってあのAと暮らしてるんだ。

何が遭ってもおかしくない。

とか言いつつ素人が鍛えるには限度があるし、A曰く僕はそういう理不尽なことに関しては絶望的に頭が足らないらしい。

Aにはそういうものが視界に入ったら逃げて、捕まったら大人しくして、殴られたら許しを乞うて、そうして生き長らえてAを待てって教えられた。

でもそんなの、僕の誇りが許さない。

視界の端で横たわる数人を見て、してやったりと顔が緩む。

なんだ、僕もまだ余裕じゃないか。


「う゛ッ!?」


跪かされ右腕を後ろに上げられ、背中を足蹴にされる。

ああ、折られるんだ。

これは流石にちょっと大人しくなってしまうかもしれない。


「あ、」


「いい加減そいつ離してくれる?うちの子じゃねえんだ。」


声がかかる前に尋常じゃない気配で気付いた。

革靴が石畳を叩く音が冴えた夜の空に高く響く。

どんどん近付いて来るその澄み過ぎた音は、背筋をぞくっとさせる程冷たい。


「おっと、近付くな。まずは武器を捨てろ。」


背中を圧迫する、仮に男<その一>の体重が増す。

無事に帰して欲しければ大人しくしろ、という事だと思うけどAは止まらない。


「いつかは堅気に戻してやらなきゃって思ってたんだが、遅かったみたいだな。」


いやあ飯が美味いからなかなか手放せなくってなんて柄でもない事を言って、どんどん近付いてくる。


「おいおい。坊主がどうなっても良いんだな?」


「俺は大人しくしてろっつったんだけどこのザマだ。俺がどう思ってたって、結局そいつとは関係ねえ。なあ?B。」


「…当然だ。僕はあんたに飼われてるわけじゃない。ぃぐっ!?」


男<その一>に思いっきり足蹴にされ関節が軋んだ。

Aは止まらない。

これは確実に折られる。

Aが近付けば近付く程関節が悲鳴を上げる。


「やめろ。」


「悪いな、坊主。聞き分けの悪りいお兄さんに立場ぁわからせる為だ。」


「やめろ。」


「何、折りはしない。外すだけだ。」


違う、あんたじゃない。


「なあ、B。」


「やめろ!」


「俺もおまえも他人だ。指図は受けねえ。これまで通り、お互い好きにやろうぜ。」


「やめろA!ッあ゛ああああッ!!!!」


覚悟はしてたけどやっぱり物凄く痛い。

無様に泣き叫んで外された肩を押さえて蹲る。

眼鏡はかなり前に吹っ飛んで踏み割られたけど、それ以上に痛みで目が霞んで前が見えない。

でも、Aが男達に襲い掛かって暴れ回ってるのがわかる。

視界の端で男達がどんどん倒れていく。


「…A、強。」


「ひィッ、」


一番最初にぶっ飛ばされ、尻餅を付いていた男と目が遭った。

多分僕の肩を外した男<その一>だ。


「おまえあいつの何なんだよ!」


「さあ。あの人が何に怒ってんのかも、わかりません。」


「まあいい、来い!」


「うッ、」


髪を掴まれて引かれる。

立てって事だろうけど、痛いのは肩で足とは関係ないけどまだ立ちたくない。

でも男に引かれた頭皮が痛いから頑張って立つ。

痛みは頑張って我慢出来るけど禿げは違う問題でちょっと深刻だ。


「ぐあ゛ッ!?」


「ヒィッ!?」


男<その一>の退路に男<その一>の仲間がぶっ飛んで来た。

尻込みした男<その一>の手の力が緩まった隙に、Aに首根っこ掴まれて回収。

後ろへ放られた。


「…いッ!」


やるならやるで一言前置くかそっとしろよ、肩に響いて本気で痛いだろ、Aの阿呆。

呻く僕なんて見向きもしないでAは血で鈍く光るナイフをご機嫌に振りながら男を見下していた。

指紋が付かない様に袖を長くして持つ姿は子どもみたいでちょっと可愛らしいのが、不気味極まりない。

あたりを見回せばそこかしこに血が散っていた。

幸い、皆苦しそうに悶えているからまだ誰も死んでいない。

でもそれも時間の問題だ。

殺気って言うのかな、そんなのが最後の男すなわち僕の肩を外した男すなわち男<その一>を殴って蹴って嬲る背中から駄々漏れてる。


「A、もう良いだろ。帰ろうよ。」


どう見てもAの完全勝利だ。

でもAはやめない。

男<その一>が泣いて懇願しても、僕がどれだけAを呼んでもやめない。


「た、…たひゅけてえ゛ッ!」


男<その一>の顎がAのつま先に蹴り上げられた。

受身も取れず後頭部から倒れた男<その一>はもう痙攣するだけで能動的に動かない。


「なんだ。もう壊れるのか。」


Aの声を、凄く久し振りに聞いた気がしてハッとした。

記憶にある慣れ親しんだAの声と照合出来ないくらい、別人のものに変わっていた。

いつも脳味噌介してんのか何かよくわかんない戯言を思いついたまま適当に吐き散らかすだけだけど、割りと心地の良い低い声が、今は鳥肌が立つぐらい冷たい。


「A!」


まるで聞こえてない。

Aはナイフを袖の上から握り直し、頭上に掲げる。


「A!もうやめろ!」


僕の声はAの背中に阻まれ何処にも届かない。


「あばよ。」


「A!」


駄目だ、A。

止まって、A。

何をしたら、何て呼べば、僕の言葉は“あの人”に届く?


「アキラさん!!」



「!」


どうやって立ち上がって、どうやってあのAの背後とって、どうやってあのAの腕を掴んで、何が決め手になったのかわからないけど、Aは止まってくれた。


「帰ろうよ。」


「…。」


Aの背中はさっきと見た目は変わらないけど、さっきよりずっと柔らかそうって言うか、見慣れた背中に戻った。

言葉が通じてるって何となくわかって、捕まえた手から力が抜けた。

振り返ったAはこれまた珍しく脳味噌を使っている風の顔だ。


「いや、今日は帰らねえ方が良い。もうちょい我慢しろ。」


そう言ってナイフをポケットにしまって男達を踏み付けながら真っ直ぐ自転車へと向かったAは自転車を力技で直してサドルに跨った。

金髪長身オッドアイの身嗜み整えて黙ってれば格好良いちょい悪アラサー男と学生が乗る様なシティサイクルのツーショットだけでも可笑しいのに、更に親指で後ろを指して「乗れ。」なんて言うもんだから堪えてたのに吹き出してしまって怪我に凄く響いた。


「Aカッコ良過ぎ!」


「そうかそうか。走ってついて来るんだな?」


「乗せてください。」


外れてぶら下がった腕は膝に乗せ、無事な方の腕でAの背中にしがみつく。

Aの運転は段差を避けた凄く優しいもので、らしくなかった。




と思っていたのに、


「先に行ってろ。」


「は?何処にってうわ痛あ゛ッ!?」


優しい運転だったにも関わらず、何故か途中で蹴り落とされた。

繁華街に消えるAの阿呆の背を恨みがましく見送って、フラフラしてたら金髪長身美女にハスキーボイスの関西弁でナンパされてラブホに連れて行かれた。

眼鏡が無くて顔が良く見えないのが残念だ。

でも金髪美女はラブホに着くなり着信を受けて直ぐ帰って行って、一人取り残されてベッドに腰掛けて呆っとしてたらAがレジ袋引っ提げて入って来た。

何でここなのかとか今の人は誰だとかそれ以前にあの人達は誰だったのかなんて聞かない。

そういうのが曖昧な僕らの暗黙の了解っていうか関係そのものだから。


「今日は特別にこのA様が治療を施してやらあ。」


「うっわ、超不安。」


「ああん?」


「だってA、自分の怪我ほったらかしじゃん。そんな人がどうやったら他人の手当てができんのさ。」


「医者の不養生って言うだろ。」


「Aのものぐさだろ痛ーッ!!」


「大声出すな。マニアックなプレイが好きな変態だと思われるぞ。」


軽く殴られた肩に激痛が走る。

Aは僕の反応を見てタオルを丸めた。


「まず嵌める。噛んどけ。」


「い、痛くしないでね。」


「痛いに決まってんだろ馬ー鹿。力抜いとけよ。余計な抵抗したら筋挟んでもっと痛てえしまた外して嵌め直しだからな。」


「…了解。」


意を決してタオルを噛む。

鼻で深呼吸して大人しく待つ。


「なあB。」


「…ひゃに(何)。ひゃやくしてひょ(早クシテヨ)。」


「んなガチガチじゃできねえよ。」


溜め息を吐き隣に座ったAが煙草に火をつけ、僕の口からタオルを引っこ抜いた。

袋の中からワンカップの日本酒を出し、押し付けた。

酔えって事らしい。

嫌いな酒に露骨に顔を歪めちびちびと口を付けていたら、珍しくAが酒の肴に世間話を振る舞ってくれた。


「さっき、俺の事なんて呼んだ。」


「…アキラさん?」


「くくっ、なんでそこで“さん”が付くんだか。」


「だって年上でしょ。」


「いつもは雑にAって呼ぶくせに。」


「それは、あだ名?みたいなものだから。」


「安心しろ。アキラも仕事用の名前だ。呼び付けで良い。」


「良いよ。いつもみたいにAって呼ぶから。…はあ。」


日本酒はっていうか甘くないお酒やっぱり好きじゃない。

すぐ酔うし、後味も喉ごしも全部苦手。

でも良い具合に痛みが引いてきた。

意識もぼんやりしてる。


「ねえ、A。さっき何しに来たの?」


「勿論、Bを助けに。」


「Aを小馬鹿にしたおじさんたちを半殺しに来たんじゃ無くて?」


「無くて。あとは馬鹿のBにお仕置きしに来たってところだな。」


「そう。…じゃあ、ありがとう。ごめんなさい。痛ッ、」


頭を撫でられてそこがちょうど殴られたところだったから身を引いたら、そのまま押し倒された。

変な格好でちょっと苦しいし、外された腕を持たれてちょっと痛い。


「大人しくしてろ。行くぞ。」


「あっ、いったぁ…ッ、」


「何つー声出すんだ馬鹿。」


嵌められた右肩が凄く痛い気がするけど、遠い。


「よく頑張ったな、×××。」


でも、Aが頭を撫でる感触は、とても近かった。




気持ち良さそうに眠る間抜け面を、飽きずにかれこれ何時間見続けたのか。

目を開けてからも間抜け面のBは呆っとあたりを見回した。


「…A?」


「他に誰がいんだよ。」


「眼鏡が無いから全然見えなくて。」


そうだった。

この馬鹿面はのび犬くんよろしく眼鏡が無いと殆ど見えないんだった。

確か右0.05と左0.03の軽い乱視だ。

こんな視力でよく武術なんかやってたもんだ。

起き上がり、自分の身体すらまともに見えない目を必死に凝らして腕を確認している。


「しばらく安静にしてろ。」


「手当て、ありがとう。」


「嫌味か?」


「なんで?」


「別に。」


ベッドから降りて洗面所方面に歩き出すBの背中を見送ろうとして、ふと思い当たり立ち上がる。

案の定段差に足を引っ掛けて転びそうになるBの、腕は拙いから腰を抱いて支えてやる。

今は貼薬に隠れている、夜行性のBの白い肌にまだらに浮かぶ汚い打撲痕を思い出して頭に血が昇る。


「あ、ども。」


「…。」


それも一瞬で、見上げて来た間抜け面に毒気を根っこから引っこ抜かれた。


「せっかく手当てしてやったんだ。怪我増やすんじゃねえよ。」


「ごめんって。あーあ、ほんっと眼鏡ないと困る。怪我は大抵治るけど眼鏡は勝手に治ってくれないから割るのやめて欲しいなー。」


「…。」


「次はAが来るまで何より頼れる相棒を守れる様に強くなろっと。」


「…もうコンタクトにすれば?」


「やだ。目に何か入れるとか入れっぱとか更には掴んで取るとか怖いしありえない。」


「…。」


心底がっかりさせてくれる馬鹿を今直ぐ殴りたいが、今は何処を殴っても傷に障るのでぐっと堪える。

とりあえず怪我が治ったら忘れずに殴ろうと、ものぐさな俺にしては珍しく帰ったら殴る回数メモを作る事に決めた。




眼鏡は替えがきくだろ、バーカ。一

次はねーよ、バーカ。T by A

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