痣のある廃人のバラード
部屋の中を、ロータス香の細い煙が漂っている。
緑色のカーテンを閉じたまま、灰色の天井の下で生き物のように揺蕩うそれを仰向けになって眺めていると、心の中に金色の夕焼けが滲み出す。
春の夕暮れは童謡に歌われるほどにメロウで甘く切ない。どんな過ごし方をしていてもそう感じられるのは、20年もの長い慣らし運転の成果だろう。そうは言っても知らず知らずのうちについた不可逆的な痣は少なくない。もはや鮮明に澄んだ景色は二度と拝めないだろうと思うと、絹で窒息するような心持ちにならざるを得なかった。
「もう一度」に望みをかけて生きていた頃がある。
心を鬼にせずとも冷たい人間になった頃がある。
手放したものをまた手繰り寄せてみようと、今の一瞬を線にしながら生きてみている。
このまま一生試運転のままなのだろうか、と 無闇に怯える悪い癖を自嘲することも、今となっては何のことはなく、すんなりと肯定してしまう。
眼前に過ぎる景色のひとつひとつを描き起こすことは未だ難しい。言葉に乗せることしかできずに、指先をもどかしさと憤りに震わせても何も起こらない。
そのすべてを受け容れられるのは、今の私だからできるのだろうと冷ややかな諦念が心に流れ込む。
形を持たない憂鬱に首を括って命を自ら絶つ事が許されないなら、せめて安らかに、
春の夕暮れのように、生きていたい。