#8
ここは……、昨日の始まりとは場所が違うが、またあの街か……?
俺は、どうやら夢の中限定らしい謎の土地勘を確認すべく、少し歩き、路地に入る。
ゲームセンターらしき場所の横に、ドーナツ屋らしき店。
うん、やはり土地勘はある。
という事は、この路地を突っ切れば。
大通りまで歩くと、右手に赤い看板のデパートが見えた。
しかし、ここから上り坂までは少し遠いな。
そうだ、この街の交通機関は利用できるんだろうか?
昨日の車の挙動を見る限り、俺の存在は認識されているはずだ。
街としての機能にも問題がないなら、その交通機関が利用出来てもおかしくはない。
試しに、タクシーらしき車に向かって、何度か手を上げてみる。
だが、その全てが俺をスルーしていった。
乗車拒否かよ、いやまぁそもそも乗れたところで運転手がいねえか。
ならば、と、バス停と思われる場所に向かう。
時刻表や行き先は読めないので分からないが、バスが向かう方向さえ分かれば、大体の目的地付近には向かえるかもしれない。
しばらく待ってみると、バスが1台到着し、自動ドアを開けた。
早速、乗り込んでみようとする、と。
目の前で即座に自動ドアが閉じられ、そのまま走り去って行ってしまった。
認識はされているが、避けられている……?
姿が見えないので存在するのかすら分からないが、この街の住人達の目には、俺はどのように映っているんだろう。
ともあれ、どうやら交通機関を利用する手段は使えなさそうだ。
仕方ない、歩いて行くか。
しばらく歩いていると、細い路地の方に倒れている自転車があるのが目に入った。
近寄って確認してみると、鍵はかかっていない。
放置自転車か……? 交通機関は無理でも、これは利用出来るかもしれない。
乗ってみると、問題なく使えた。
これなら少しは楽が出来そうだ。
自転車は変速ギア付きで、結構速度も出せそうだ。
折角だし、徐々に加速をつけて最大ギアまであげて、かっとばした。
ここでは痛みを感じない。
つまり、いくら無理な運動をしようが、息が上がろうが、苦しくなる事はないのだ。
いくら自転車をとばしても苦しくない。
気分はアスリートだ、結構悪くないぞこれ。
と、調子に乗って飛ばしていると、歩道の縁石に前輪が乗り上げた。
盛大にずっこける。
いってー……、いや痛くはないけど流石にびびった。
咄嗟に痛え、とか考えちゃうんだな、やっぱり。
体を確認すると、結構酷くあちこち擦りむいて、血が滲んでいた。
そこでハっと気がつく。
痛みはないが、怪我をした。
という事は、この街の中で大怪我をして、身動きとれなくなったら?
もしかしたら、走りすぎて酸欠に陥ったとしても、苦痛が感じられないなら気付けないのでは?
この街から逃げなきゃいけない、という焦燥感は、時間が経てば経つほどに強くなっていく。
その正体を確かめるような事はしたくないし、確かめたとして、リスクの方が大きい気がする。
転んだのは失敗だったが、苦痛を感じないという事は、利点でもあり欠点でもある事に気が付けたのは収穫だった。
これからは慌てず、急ごう。
自転車を起こすと、再び上り坂に向けて走り出した。
踏切に差し掛かる。
と、警報が鳴って遮断器が降りている。
しばらく待っていると、電車が通過していって、踏切が開放された。
多分、あの電車にも乗れないんだろうな。
といっても、そもそも切符を買う事すら出来ないか。
自転車の変速ギアを落とし、立ちこぎで坂を一気に駆け上る。
青い標識、見えてきた。
ゴール!!
窓から光が差し込んでいる。
今日も天気はよさそうだ。
体を起こし、軽く伸びをする。
一瞬、嫌な予感がし、怪我をした箇所を慌てて確認する。
が、別に変化はなかった。
夢の中で怪我したとして、現実でも怪我してるなんて事はなさそうだ。
しかし、何だろうこの街の夢は。
悪夢、とはあまり言えそうにない。
それも赤い部屋と比べれば、という話になるかもしれないが。
だが、理由の分からない焦燥感がある事が気にかかる。
赤い部屋のときは、相談が遅れて結局話が出来なかったが、宗介のツテにあらかじめ頼っておくのもよさそうだ。
そうだ、今日は宗介を誘って映画を観に行ってみるか。
そのときに少し話してみよう。
「おいーっす、今日なんか予定ある? ヒマだったりしない?」
朝食を終えると、俺は早速宗介に電話してみた。
「ん、別に予定はないから、ヒマっちゃーヒマだな。 どしたん?」
「いや、映画でも観に行かねえかなーってさ。 ほら、たまにテレビで予告やってるSFモノのやつあるじゃん。」
「あーアレね、俺も気になってたんだよな。 いいね、いってみっか。」
「おっし、んじゃ街の方には宗介ん家の方が近いし、準備出来たらそっち向かうわ。」
「おうよー。 俺も今から準備だし慌てないでええぞー。」
携帯を閉じる。
さて、ああは言ってたものの手早く準備済ませるか。
手際よく身だしなみを整え、着替えを済ませて家を出る。
うん、なかなかいい天気だ。
こうして歩いていると、自分の住んでる街とはいえ、土地勘があるといっても、隅々まで知ってるワケではないんだよな。
入った事のない路地なんか沢山あるし、むしろ知らない道の方が多いわけで。
そう考えると、あの夢の中での土地勘は凄いもんがあるな。
タクシーの運転手にでもなったら、カーナビいらずでどこへでも行けるんじゃなかろうか。
つっても乗せる客が見えねえか。
そんな事を考えながら歩いていると、もう宗介の家の前まで着いていた。
相変わらず立派な家だよなーここ。
インターホンを鳴らす。
ピーンポーン
「はーい。」
この声は、宗介のお母さんか。
「あ、斎藤ですけど、宗介いますか?」
「あーはいはい聞いてるわよ、ちょっと待ってねー。」
しばらく待ってると、玄関から宗介が出てきて、例のバネ敬礼を放った。
俺も合わせて軽く敬礼の仕草をする。
「おいーっす、結構早かったな。 ゆっくりでいいつったのに。」
「んなこと言っても、野郎の準備なんざそんなに手間取らんだろ?」
「それもそうか。 んで、映画って何時からなんだ?」
知りません。
やべえ、ノープラン過ぎたか。
「あ……、わり、調べてねえわ。」
「んなこったろうと思ったよ。 今からだと13時からの上映になら間に合うし、時間潰して昼飯食ってからにしようぜ。」
「流石宗介、助かるわ!」
「誘っておいて時間すら調べてないのもどうかと思うぞ?」
意地悪そうに苦笑いする宗介。
返す言葉も御座いません。
道すがら、宗介に例の夢の話を切り出してみる。
「そういや、また夢の話になるんだけどさ。」
「ん、なんだ、続きでもあったん?」
「いや、続いてるのか、終わってて別の夢なのかはわかんないんだけどさ。」
2日連続で見た、見知らぬ街の夢の事と、土地勘や焦燥感、怪我や交通機関の反応なんかを、歩きながら全て話した。
「んー……、前の赤い部屋の時の話でさ、どこかに連れて行かれる、っての、その街の事なんかね?」
「まだ2日目だから断言は出来ねえけど、これからも続くならそういう事になる、かなあ……?」
「もしそうだとするなら、その何故か焦りを感じるってのが気になるな。」
「正体不明すぎて今回も訳分かんねえけどな。 もしよかったらこないだの親父さんづての話、聞いておいてくんない?」
「そうだな、俺もちょっと気になるし、明日には親父も出張から帰ってくるだろうから、その時話してみるわ。」
そうこう話してるうちに、街まで着いた。
野郎二人の行動なんて、詳しく話しても仕方ないか。
適当にぶらついて時間を潰し、ハンバーガー屋で飯を済ませた後、目的の映画を観て終わった。
映画はまぁ、そこそこ面白かったけど、全米が震える程の内容だったかは実感がわかなかった。
あとは現地解散でおしまい。
最近は赤い部屋で神経すり減らしてたからなぁ。
いい具合にリフレッシュ出来たと思う。
また新たに見始めた夢については、やはり少々気になるが。
今のところは寝覚めが悪いわけでもないし、実害は全くない。
そこまで神経質になる問題でもないだろう。
宗介からの情報待ち、といったところか。
俺は明日に備えて携帯のアラーム設定を済ませ、ベッドに潜り込んだ。
気がつくと、やはり例の街に立っていた。