#7
は?
……どこだここ?
なんでこんなところに?
周囲をきょろきょろと見回す。
現代の日本の都市部のような街の、道路沿いの歩道。
道路には車が往来している。
信号が黄色から赤になったら止まり、青でまた走り始める。
店のようなものが立ち並び、看板のようなものがあちこちにある。
だが、妙だ。
景色はそのまま、日本のどこかの街といってもいい。
だが、看板なんかに書いてある文字のようなものは、全く見たことがないし、全く読めない。
道路を走っている車の車種も、まるで見たことがないものばかりだ。
そして何より。
誰一人として、人がいない。
街は機能しているはずなのに、歩道から覗き込んだ店内にも、走っている車の中にさえも。
まるで人影が見当たらない。
頬を軽くつねってみる。
痛みはない。
思いっきりつねってみる。
痛みはない。
つまり、これも夢ってことか?
あちこちを見回してるうちに、もうひとつ奇妙な事に気がつく。
俺は、この街を知っている……?
例えば、この路地を入った先には、雑貨屋らしき店が……あった。
歩道に戻って、少し来た道を戻った右手には、ゲームショップらしき店が……あった。
土地勘、とでも言えばいいのか。
確かに初めてくる街のはずなのに、大体どこにどんな場所があるのか、把握できている。
それと、もうひとつ。
さっきから、妙な焦燥感がある。
この街から、出なきゃいけないって気がする。
でもどうやって?
それも多分、分かってる。
俺は歩道を真っ直ぐに歩いていき、それを確認する。
大きめの五差路だ。
十字路に、斜めの道を足したような形の交差点。
そして、その斜めの道がある方向に……あった。
大きな赤い看板が目印の、おそらくデパート。
何故かは分からないが、やはり俺はこの街の土地勘がある。
そして、そのデパートに背を向ける形で、反対方向へと歩きだす。
信号なんかは念のため守る。
たまに横断歩道を渡ってる最中に、車がこちらへ曲がってくることはあるが、どうやら俺の存在は認識されているようだ。
目の前で一旦停止し、俺が渡りきると、また走り始める。
通りすがりに車の中の様子を見てみたが、人の姿は見当たらないのに、ハンドルはちゃんと回っていた。
ひたすら真っ直ぐ歩くと、右手に黄色い看板の、居酒屋のような店が見えてきた。
この店を目印に、さらに先へと進む。
小川にかかる小さな橋を渡り、その先は長く続く上り坂。
その手前に踏切がひとつ。
電車は来ていない。
踏切を渡り、左右が住宅街となっているその上り坂を、ひたすら歩き続ける。
街を出なきゃいけない、という焦燥感は、時間が経つにつれ、徐々に強くなっていく。
でも、多分、もう大丈夫だ。
この坂をのぼっていけば、多分。
根拠はないけど、自信はある。
ほら、この青い標識のある十字路を過ぎれば
目が、覚めた。
窓の外から部屋に光が差し込み、鳥の鳴き声が聞こえる。
体を起こす。
脂汗なんかはかいていない。
夢を思い返してみる。
どんな街だったかは覚えている。
が、あの土地勘は思い出せない。
頭の中に地図でもあるんじゃないかってくらい、詳細に知っていたのに。
不思議な夢だった。
なんで人がいないのかも、文字が読めないのかも、焦りを感じたのかも分からない。
そもそもなんであんな場所の夢を?
ドコカニ ツレテ イカレル
脳裏に、その言葉が浮かぶ。
あの黒いヤツのせいか……?
理屈はよくわからんが、アイツが俺に重なったせいで、あの街まで連れて行かれたのか?
……いや、考え過ぎだろう。
つい昨日まで、赤い部屋の夢で参ってたんだ。
その夢を見なかったという事は、あの夢はもう終わったんだ。
今日たまたま見た不思議な夢を関連づけるのは、早合点もいいところだろう。
今日もまた、いつもと変わらぬ日常が始まる。
土曜だし、学校も早めに終わる。
明日は日曜だ、どこかに出かけるのも悪くない。
連日の悪夢から開放されて、いい気分でなんでも出来そうだ。
気になっていた映画もあったし、それを観に行ってみようか。
ああ、平穏って素晴らしい。
平凡万歳。
その日寝付いた俺を待っていたのは、そんな気分をぶち壊しにする、またあの街の夢だった。