#4
例によって、真っ赤な部屋の隅に、強制体育座りさせられている。
3日連続で同じ夢かよ。
疲れてんのかな、俺。
今回はパニクってた以前と違って、少し冷静になれている。
視界には、相変わらず黒い人影がいる。
だが、それを見た瞬間、冷静になれていたはずの心が揺れる。
以前より、近い。
部屋の広さそのものは、真っ赤すぎてよくわからない。
でも、アイツのいる場所は、ここから対角線上の、部屋の角のはずだ。
最初に見たときと、昨日見たときとでは、あんまり変化が分からなかった。
だが今と、初日を思い出して比較すると、明らかに今の方が近い。
部屋が、だんだん、狭くなってる……?
相田の話してた内容と、全く同じことになっている……?
徐々に、黒い人影が迫ってくる。
マジかよ。
えーと落ち着け。
確か相田は最後には超狭い部屋になって、人影が目の前にくるっつってて、それから……。
黒いヤツが、来る。
それから、えーと……、そ、そうだ、どこかに連れて、い、かれ……。
そこまで思い出してから、後悔した。
アホか俺は。
現状を自分で余計に恐ろしく考えて、どうすんだ。
だが、強制的に目に入る光景は、容赦してくれない。
もうすぐ、ここまで、来る。
なんだ?
どこかってどこだ?
なんでコイツは俺を連れていこうとしてんだ?
連れて行くだけで、なんでこんなに怖いんだ?
必死に考えないようにしていた事が、浮かび上がってくる。
連れて行かれたら、死ぬ……、のか……?
だからか?
だからこんなに怖いのか?
だからわけもわからんのに怖いのか?
俺の目の前にたどり着いた黒いヤツが、ゆっくりと手を伸ばし、視界を覆う。
なんでだ?
なんで俺はコイツに殺され
目が、覚めた。
窓の外からは、まだ小雨が降っている気配がする。
濡れた路面を走る、車の音。
体を起こす。
脂汗まみれの、不快感。
得体の知れない恐怖の余韻が、3日連続で見たあの悪夢を実感させる。
枕元の携帯に手を伸ばし、手に取る。
まだ目覚まし設定前の時間だ。
アラーム設定を切ろうと、操作する。
手が小刻みに震えて、うまく操作できない。
くそっ……、情けねえ、けど怖え。
あえて考えないようにしていた、死に繋がるかもしれない、というイメージ。
それが何か、本当なんじゃないかって、そんな気がして。
気がしてる、だけなのに、情けねえ、震えがなかなか、治まらない。
とにかく、この気持ち悪い汗を流そう。
シャワーを浴びて、気分を切り替えよう。
目が覚めれば、日常なんだ。
自分に頭の中で言い聞かせながら、俺は風呂場へ向かった。
やっぱり、現実の生活には、何ら変わりない。
けど、流石に3日連続で同じ悪夢は、そうそうないと思う。
どうしても、嫌なイメージが拭いきれない。
相談する、にしても、相田に……相田なあ……。
弁当をつつきながら相田を見てると、相田がそれに気がついて、寄って来た。
「何? どしたん? 何かくれるん?」
こいつに相談……、ないわー。
だが今のところ、情報源はコイツだけだ。
そうだ、せめてどこで見た話なのかだけでも聞いてみるか。
「あのさ、こないだの話、どこで見たん?」
「こないだの? どの話よ?」
ごもっともな反応だ。
「ほら、赤い部屋がどうとかいう。」
「あーあれね、大型掲示板のオカルトスレで見たヤツ。 なんで?」
「ふーん、いやなんとなく。」
「んー? まあいいや、俺は今は赤い部屋より赤い梅干しの方が重要だし。」
相田の視線は、既に俺の弁当に移っていた。
こいつに相談、ないわー。
「なんでまた梅干しよ?」
「え、なんかたまに食いたくならねえ? 俺は今がまさにその時!」
「はぁ、いいよ持っていけよ。」
「アザーッス!!」
俺の飯の上にある梅干しを摘み上げると、そのまま口に放り込んだ。
すっぱそうに口をすぼめる相田。
相談、相談ねえ……、マジメに話聞いてくれそうなヤツつったら……。
弁当を食い終わり、席を立つと、俺は隣のクラスへ向かった。
教室を覗き込み、見回すと……、いたいた。
「おーい宗介ー、ちょっといいかー?」
クラスの連中とダベっていた宗介がこちらに気づき、寄って来る。
「おう、どした?」
コイツは小、中、高と同じ学校で、一番付き合いの長い友人、川上 宗介。
一言で言えば、すげーいいヤツ。
真面目だし、相談すれば親身になってくれるし、曲がった事は大嫌いな正義感の強い男だ。
俺にとって、胸を張って親友と呼べる存在。
宗介なら、ヘンな夢の話を相談しても、きっと真面目に聞いてくれるだろう。
「ん、悪いけど放課後ちょい話聞いてくんねえ?」
「あー、うん、いいけど部活あるからちょい遅くなるぞ?」
「わかった、急に悪いな、何か奢るからさ。」
「いいって、変に気を遣わんでも。 そんだけか?」
「うん、じゃあ放課後待っとくわ。」
「おうよー。」
細かい詮索もせずに、快く引き受けてくれた。
ほんといい友人を持ったわ。
その日の小雨は、午前中で降り止み、すっかりいい天気になっていた。
水たまりをちらほら見かける程度で、道路はほとんど乾いている。
放課後、部活を終えた宗介と合流すると、コンビニで肉まんを2つ買い、近くの公園まで行った。
「ほい、とりあえず食えよ。」
肉まんを1つ手渡しつつ、公園のベンチに腰掛ける。
「ん、サンキュー。 で、なんだ話って?」
小袋から肉まんを取り出し、一口頬張りながら、宗介も隣に座った。
「いや、んー、どこから話したもんかな。」
少し考えてから、宗介に尋ねた。
「赤い部屋の夢の噂、っての知ってる?」
「いや? 初耳だけど、どんな話よ?」
「相田から聞いただけではあるんだけどさ……」
噂の内容を話し終えると、宗介は少し考えて。
「んで、その噂と透の話したい事は、どういう関係があるんだ?」
流石宗介、話が早くて助かる。
「それと全く同じ夢を、最近見てるんだ。 それも3日連続で。」
夢の内容を、事細かに宗介に話す。
それを宗介は笑うでもなく、変な顔するでもなく、相槌をうちながら全て聞いてくれた。
「そうか……、確かに気味悪いな。 3日連続だと偶然って考えもなかなか出来んだろうしなぁ。」
「そうなんだよ、なんかマジなんじゃないかって気がしてきて、情けねえけど妙に怖くてさ。 けど夢の事なんざどうする事も出来ねえし、眠らないってワケにもいかねえし、誰かに話すにしても、まともに聞いてくれそうなヤツなんてあんまりいないだろうしさ。」
「で、俺ってワケか。 なんとなくわかったよ。」
また少し考えながら、肉まんを一口頬張り、飲み込んだ後、宗介がこちらを向く。
「透の話ではさ、毎回目覚ましが鳴る前に目が覚めてんだよな? 解決策になるかはわかんねえけど、今日は少し早めに目覚まし設定してみたらどうだ? もしかしたらその黒い人影がこっち来る前に、アラームで目が覚めるかもしれないんじゃね?」
成る程、確かに理に適ってるし、試した事もなかった。
ってか、なんで思いつかなかったんだろう。
やっぱ親身になってくれる第三者の意見って、すげー貴重だなあ。
「でさ、確か親父の友達に心療内科やってる人いたから、そういう夢の深層心理みたいなの、その人なら何かわかるかもしんねえし、親父づてに聞いて貰ってみるよ。 何か知らないうちにストレスを感じてて、とかあるかもだし、原因がもしわかれば対処出来るかもしれんし。」
そうか、そういや宗介の親父は医者だったな。
それなら何か知ってる人がいるかもしれない。
少し希望が見えて、心が軽くなった気がした。
「うん……、うん、そうだな、ほんとありがとな宗介。 やっぱお前に話して正解だったわ。」
「おう、気にすんな。 俺だってこうして真面目に頼ってくれるくらい信頼されてんだなーって、結構嬉しいもんだし。」
そう言って、少し照れくさそうに、ニカっと笑う宗介。
「んじゃ、また明日な。」
そういうと宗介はこちらに向けて勢い良く敬礼の姿勢をとり、そのままバネ仕掛けのように右手をビヨーンと揺らした。
宗介の別れ際の癖というか、挨拶みたいなもんだが、今見るとなんだか少し気が楽になる。
そこまで考えてやったのかは分からないけど、ほんと俺は、いい親友に恵まれたもんだなぁ。
もしかしたら、ほんとに知らないうちにストレス感じてて、単に疲れていただけかもしれない。
そうだとして、流石に4日連続で同じ悪夢を見る程、切羽詰まったストレスには、全く心当たりがない。
今日はあの悪夢は見ないかもしれないし、仮に見たとして、実験的ではあるが、早めのアラーム設定で目が覚める可能性だってある。
大丈夫、単なる夢だし、きっと何か対処法も見つかるだろう。
部屋が徐々に狭くなっていくっつっても、まだ黒い人影との距離にも余裕はある。
別に目の前まで来られたからと言って、ほんとに命を脅かされるとも限らない。
余裕を持って、1時間ほどいつもより早く目覚ましを設定し、眠りについた。
その日の夢は、そんな俺の余裕を、ごっそりと奪っていった。