#2
赤い。
視界全てが赤い。
どこだかわからないが、真っ赤な部屋の隅にいる。
膝を抱え、体育座りの姿勢のまま、体がピクリとも動かない。
眼球だけは動かせる。
ぐるぐると辺りを見回す。
赤い。ひたすら赤い。
床と壁の境界も、壁と天井の境界もわからないほど、濃厚な赤色の部屋。
家具も、ドアも、窓もない。
ふと、視界に黒いものが入る。
俺のいる部屋の隅とは、対角線上の部屋の隅に、何かがいる。
人の形をしている。
だが、輪郭がはっきりしない。
まるでよくできたシルエットアニメのような存在が、一歩、また一歩と、ゆっくりこちらに歩いてくる。
状況がまるでわからない。
この部屋の正体も。
この人影の正体も。
何故身動き出来ないのかも。
だが、何故かわかる。
この人影は、ヤバい。
何かよくわからんけど、こいつはヤバい。
このままじゃヤバい。
逃げたい。すぐに逃げ出したい。
でも眼球以外全く動かない。
やめろ、くんな。
頼むからくんな。
それ以上くんな。
こっちくんな。 来るなって。 来るなよ。 来るなよぉ!!
やめろ!!誰か!!くっそ!ヤベえ!!助けて!!神様!!誰か!!いねえの!?
俺の目の前までたどり着いた人影が、ゆっくりと手を伸ばして、真っ黒いその掌で俺の視界を塞いでいく。
嫌だ!やめろ!やめて!やめてくれ!!なんなんだよ!!やめろよ!!やめろおおおおおおおおおおお!!!
窓からうっすらと光が差し込んでいる。
遠くで車の走る音と、鳥の鳴き声。
いつも通りの朝。
いつも通りの俺の部屋。
ゆっくりと体を起こし、部屋を見回す。
シャツが脂汗でべっとりと体に張り付き、気持ち悪い。
「ゆ、夢……か……。」
寝覚めの気分は最悪だ。
右手を額に当てる。
熱はない。
だが、脂汗で張り付いた髪の毛がうざったい。
ピピピピピピ ピピピピピピ
突然鳴り出したアラーム音に、思わず体がビクッと反応する。
設定しておいた携帯の目覚ましアラームだ。
手早く手に取り、手慣れた操作でアラームを止めると、深いため息をつく。
妙な悪夢だった。
明らかに、昨日相田が話してた内容と、全く同じ状況だ。
話に聞いてる程度だと、すげえチープで出来の悪いオカルト話にしか思えなかったが、実際夢に見るとこうも強烈だとは。
正体不明の恐怖の余韻が、まだ僅かに残っている。
結局、何がヤバいのか、何故ヤバいのか全くわからなかったのに、本能的に、とでも言えばいいのか。
あの黒い影に何かされるのは、絶対に避けなきゃならない、そんな気がした。
なんであんな夢見たんだろう。
相田の話は適当に聞き流した程度のはずだが、深層心理では気になってたとかそういう話か?
心理学みたいな難しい理屈は全くわからんが、実際は夢に見るほど気にしてたのか俺?
そんな事を考えてた途中で、フっと鼻で笑ってしまう。
何深い事考えようとしてんだ俺は。
深層心理だか何だか知らんが、今日見た夢がたまたまそういう悪夢だったってだけじゃねえか。
とりあえず汗かいて気持ち悪いし、シャワー浴びてから学校行こう。
その日も一日、いつもと変わらない日常だった。
クラスメートの友人らとバカな話して。
苦手な古文の授業では居眠りこいて。
相田にウインナー1本食われて。
下校中に前を歩いてた女生徒のスカートが風でめくれてパンツ見えて。
一緒に歩いてた友人らと歓喜の声あげたらその子に睨まれて。
テレビではくだらないバラエティ番組やってて。
いつものように目覚ましアラーム設定して、ベッドに入って。
視界が赤くなって。