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どうやら、プロローグは終わらないらしい

太陽が真上を通りすぎ、影が伸び始めてくる。風が体を障り、優しく問いかけるように木々がこだまする。湖には、水面で遊ぶ鳥が群れを成して、今にも飛び立とうと羽根をばたつかせていた。

その湖の周りには、丸く削られた木で作られた柵が列を成して植え込まれ、誰かが忘れたのであろうハンカチが、哀愁を漂わせながら柵の下に転げ落ちている。

駐車場の近くには、古ぼけた看板が今にも朽ち果てるように、錆びついた針金で電信柱にくくりつけらている。


「少し歩きませんか?」

あずみは車から離れ、ゆっくりとした足取りで歩きだした。手を後ろでくみ、敷き詰められた砂利に線を引くように、まるで砂に絵を描く子供のように歩を進める。

僕はそんなあずみを見ながら、ゆっくりと車から体を離し、両腕をあげては、一度背筋を伸ばした。


湖を囲む柵と同じように散歩道が繋がっている。木々が日差しを抑えるように枝を伸ばし、湖から涼やかな風が気持ちよくふいてくる。心地よい湿気に木漏れる日差し、僕らを出迎えるように木々の葉が垂れ下がっている。


「何かあったのかい?」

湖に来てから、口数が少なくなってきたあずみに、後ろから問いかけた。


「、、、うん」

少し躊躇うようにうつむいては、足を大きく前に蹴りだし上体を起こしてはまた黙って前を見つめた。


歩く散歩道の横には、此処に住む人達の家々が点々と建ち並び、たまに、飼い犬の声が聞こえてくる。家の中から騒ぐ生活音が、湖畔に響きわたる。


今日会った時から少し蟠りを感じる僕としては、早くすっきりとしたいと焦る気持ちと、話してくるまで待とうと思う気持ちが、いったり来たりしている。


あずみの心境を想像したところで、身勝手な自分に都合のよい絵しか浮かんではこない。話してくるまでは、こちらからは何も手を打つことができない。修行僧のように、前を歩くあずみについていくことしか、“今”は出来ない。


5分10分歩いたところで、少しひらけた場所にたどり着いた。およそ車15、6台は置けるぐらいの広さだ。

何かの絵をモチーフにしたキャラの置物が木々の隙間から顔を覗かせ、その奥にこじんまりとした茶屋と、お土産屋というよりも商店に近い店が並び、その店の前には、湖に向かってベンチが隣接されている。


赤い暖簾がさがる茶屋の奥では、子供をあやすお婆さんが、ゆったりとした速度で揺りかごを揺らすように体を揺らし、眠る子供を抱き抱えている。小さい声で歌う子守唄が、耳に聴こえてくる。一瞬口元が緩み、一時の時間、自分があやしている姿を想像してしまった。

暖まる光景に目を奪われていると、隣の店内から静かに一人の男性が姿を表すのが見えた。

この場所には似遣わない装いの男だ。黒色のスーツにサテン生地であろう光をうつすワイシャツ。爪先と踵を綺麗にしてある茶色の革靴。サングラスのような、少し色の付いた黒渕の眼鏡。まるで“そっち”の人かと疑ってしまう風格の出で立ちだ。その男は店から出ると、湖を眺めるあずみの後ろ姿を見ては僕に顔を向け、軽く会釈をしては、その場をあとにした。


「まぁ、いるだろうねぇ」

少し驚きはあったが、この場所に誰が居ても可笑しくはない。ましてや、誰がどんな服装をしているかなんて、その人の好みもあるし、仕事着なのかもしれない。見た目で人を判断してしまう悪い癖が頭をよぎった。白いスリーピースやらハットやらと自分のことを棚に上げては少し気分が揺れた。見た目については、「僕も同じか」と、鼻で笑いながら、湖を眺めるあずみのそばへと歩み寄った。


柵に手をかけ、ゆらゆらと流れ揺れる水面に自然と目がいく。


「昨日のことなんですけど、、」

あずみは、右手で髪をかきあげるように、風で泳ぐ髪の毛を抑えうなじ辺りで手をとめながら、そっと口を開いた。

僕は言葉を出さずに耳を傾けては、水面に映る空を見ていた。


「けんちゃん、、、か、柏田さん宛にファックスが届いたことは、知ってますよね?あのファックスを流したのって、」

そう話しながら、髪を抑えていた右手を離し、柵に腰をかけるように体を反転させてもたれかかった。


「けんちゃん??」聞き覚えのない名前で、一瞬眉間に皺がよった。柏田だと気づくまで時間はかからなかったが、あずみが言い直さなければ、わからなかった。


「あれ流したのって、たぶん旦那だと思う」

「えっ?!」

思わず声を出してしまったが、なんとなくそうなんじゃないかと予想はしていた。あの柏田からのメール、“旦那とのやりとり”を見ていなければ、予想だにしなかっただろう。

「なんで?」

僕は、うつむきながら片足で小石を蹴りあげるようにするあずみに聞き返した。

「うん、、、、どっから話せばいいかな」

顔を上にあげ、一呼吸あけてから湖の方に体を向けて、“もう隠せないかな”といった面持ちで話し始めた。


あずみは、薬指にはめる指輪を外し、太陽にかざすように右手で空にかざした。


「本当は、結婚したくなかったんです。。」

指輪の内側に光を通すようにかざすあずみを見ては、ただ、黙って話に耳をかたむけ、声のような吐息をだし軽く頷いた。


「小さい頃は、わがままでお転婆な子供で、周りの人達を巻き込んでは怒られてたりして、何だかんだ楽しい日々だったんだけど、ある日父の転勤で引っ越しをしてから、だんだんと空気が変わっていったんだ。。。」


思い出すように話すあずみは、だんだんと柔らかい言葉使いになってくる。普段気を付かっていることがわかるぐらい、今のあずみはフランクに、友達と話すような口調に変わってきた。


僕は、あずみの話を聞きながら、柵に肘をかけるようにしゃがみ、あずみの方に顔を向けて、少し考えるように眉間に皺をよせた。


「転勤?」

僕は、話の腰を折らないように相づちをかえした。


「そう。父の転勤で少し郊外の所へ引っ越ししたんだ。」

あずみは、空にかざす腕を胸元まで落とし、指輪を捏ねるように右手で持っては、目を落としながらまた話しを続けた。


「転勤って、子供としては何の事なのか、どんな事なのか余りわからなくて、旅行みたいな気分だったと思う。それが、父の。。。」


あずみは、指輪をポケットにしまい上体を起こしては柵から体を離した。


「少し歩こ」と、あずみは僕の顔を見ては手を差しのべ、僕の腕をつかみあげると、そのまま歩きだした。


「引っ越し先は、私にとっては何もかもわからないことばかりで、友達も知り合いもまだいなかったから、寂しい気持ちが多くて、帰りたいなぁっと、前住んでた街に行こうって、駅まで行ったんです。でも、此処がどこなのかもわからないから、どう帰ればいいのかわからなくて、あの時は、涙を堪えられなくて、泣き出しちゃいました」


あずみは笑いながら話をしているが、目は、うっすらと濡れている。


「それで、駅の入口でしゃがみこんで泣いてる時、話しかけてくれたのが、けんちゃん。柏田さんなんだ。」


「けんちゃんって柏田?」

僕は、あずみに聞き返した。話しの流れからわかるのだが、きちんと聞いてみたかった。


「うん。けんちゃん。柏田謙一。だから、けんちゃん。だから、中途採用で入って来たとき、ビックリしたんだ。あのけんちゃんなのかなって」

「すごい再会だね」

「うん。そうなんだよね」


少し興奮したように目を丸くするあずみは、子供の頃に戻ったような表情をしては、また直ぐに、落ち着いた表情に戻っていく。


「そんな再会があったとはねぇ」

僕は、柏田に対して少し嫉妬にもにた感情がわき起こってくるのがわかった。あの時から、柏田は知っているのに、何も話してくれなかった。それに、一人残されている感じがした。


あずみは、僕の前を歩き木漏れる木々を見ながら、少し笑みを浮かべては、表情を固くしている。


「それで、どうなったの?」

僕は続きを聞くように、前を歩くあずみに話しかけた。


「うん。その後、けんちゃんに支えられるように、家まで戻ったんだ。そしたら、父がいきなりけんちゃんに怒鳴り出して、ね。」

「えっ?!なんで?」

話しの展開があまりにも唐突過ぎて、混乱してきた。ただ、あの柏田との話しなら、“破天荒”なのは付き物か、と一人薄笑いを浮かべては、話に耳を傾けた。

周りでは、木漏れる木々が微かに揺れて、太陽の日差しが、少し和らいできた。体を触る風が冷たくなってきた。


「あの頃の父は、まるで別人のように荒れていたから。そんな時に泣いてる私を連れてきたから、勘違いしたのかもね。

よくも、泣かせたなってね」


「八つ当たり では?」と、僕は一瞬思ったが、言葉にするのは止めといた。子を持つ親の気持ちは、僕にはまだ理解し難い事でもあるし、持った経験もないからだ。親とは、総じてそうなんだろうかと、自分の過去と照らし合わせながら、あずみの後ろを歩いていく。


「当時父は仕事がらみでピリピリした空気を出してたから余計に、、、ね。でも、私はけんちゃんと、知り合ってからは、余り泣かなくなったかな。何かとあるたびに、けんちゃんに話してたからね。」

あずみは立ち止まり振り向いては、あの頃は、嬉しかったな、といった面持ちで僕に笑みを浮かべてくる。僕は、同じような笑みを浮かべては、少しひきつっていた。

柏田に対する気持ちは、僕にはわからないけど、もし僕が、柏田の立場だったらと考えると、何とも言えない気持ちだ。


話ししながら木漏れ日のなか散歩道を歩き、湖の3分の1まで来たとこで、広々とした場所にたどり着いた。


先程見た商店とかとは違い、観光客相手にするような店が立ち並んでいる。何かの倉庫のような建物の中に、お土産屋、体験コーナー、それに、射的やクレーンゲームといった懐かしいゲームから今時のゲームまで設置してあり、フードコートに足湯まであるとは、驚きだ。

外には、顔出しパネルで写真撮影や、オープンテラスが軒をつらね、湖には観覧船が浮かんでいる。時期により、観覧船は遊覧船となるみたいだが、今は観覧船の時期らしい。船内には入れるようにはなっている。


「少し休まない?」

僕は、あずみに声をかけては、オープンテラスのテーブルに指を指した。


あずみは“うん”と頷き、少し先の倉庫側のテーブル席に歩み寄った。

「何か、買ってくるよ、何かある?」

僕は、椅子に手をかけるあずみに声をかけた。

「んー任せますよー」

あずみは、少し考えながら僕に委ねるように声をだした。

「はーい、任されましたー」

右手をおでこにかざして、何時ものように敬礼するしぐさをして見せた。

あずみは、笑みをを浮かべ、椅子に腰をかけては湖の方を眺めていた。

僕は、「はずしたか、、、」と、心の中で呟きながら、少し顔に熱を感じながらフードコートのある建物に入っていく。


フードコートには、どこにでもありそうなチェーン店が並び、それほど目に入るような品物もない。辺りを見回しても、どれも同じだ。 “なにするべきか”頭を悩ませながら、ちょっとしたモノでもと、少し散策してみる。


うどん。そば。ファストフード。ラーメンにたこ焼き。観光地ならではのモノは、ないのかなと、見回ってもどれも微妙な感じだ。 さほど気になるモノも見つからず、とりあえずドリンクでもと、フードコートの一画にある店に足を向けた。


「いらっしゃいませ、熱々のクレープ。焼きたてのパンはいかがですか?」

店内をこだまする、爽やかな声が、耳をかすめる。

「えっと、紅茶のアップルティーと、、、、シナモンのメイプルティーをお願いします」

「ありがとうござあます、あっ、後こちらはいかがでしょう?」

「??」

店員が、ドリンクと一緒にどうですかとすすめてきた。焼きたてのパンだ。普通のパンなのだが、形はまごうことなき“みかん”だ。

「みかん?」

「はい、“みかん”です」

笑みを浮かべながら、どや顔するように絶対的な自信を表している。僕は、その表情を見ては、一箱4個入っている“みかん”も買うことにした。


「ありがとうございます、あっ、御客さん。この先の“願いの叶う鐘”に行きました?もしまだでしたら、行ってみてはどうですか?」

「そんなのあるんですか?ありがとうございます」

店員からの案内トークに耳をかたむけては、ドリンクと“みかん”を手に、あずみのいる席へと、足を進めた。


外にでると、観光地ならではの風景が至るところで顔をのぞかしている。子供のはしゃぐ姿や、疲れはてたお父さん。肩をくみ、二人の世界に入るご両人。さもや、此処が同じ世界なのかと疑問を感じさせるほどの密着ぶりだ。


「なんか、いいなぁ」

不意に、羨ましい気持ちが襲ってくる。“今”の自分が、あんなカップルのような“デート”ならなぁ、と目を細めては、あずみのいる方に目をむけた。

あずみは、足をばたつかせながら、時間を潰すように、辺りを見ている。


「お待ちどうさまでした。姫ぎみ!」

後ろから、おちゃらけるようにドリンクを目の前に差し出し、片膝を土につけるような姿勢をとって、あずみに頭を下げた。


「わっ!?、、、もう」

あずみは少し驚きながら、差し出したドリンクを両手で持ち、「ありがとう」と言っては、顔の前まで持ち上げては香りを楽しむように、やさしい表情をしている。


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