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どうやら、プロローグは終わらないらしい

あずみは、ミツメ橋とは反対方向に僕を連れて歩いて行く。


「あ、ここで待っててくださーい」

路地の一画にあるコインパーキングの前で、僕の腕を離し、パーキング内へ入っていった。


一番奥の駐車スペースから、黄色いキューブがゆっくりと動き始めた。微かなエンジン音を奏でなから少しづつ、そして安全に。あずみは、僕の目の前まで走らせてはゆっくりとブレーキをかけた。

「はい。どうぞ」

ハンドルを握り、助手席の窓を開けて手招きをしながら笑みを浮かべるあずみを見ては、少し困惑している自分がいた。小一時間位で終わるはずだと、勝手に思い込んでいた。

「お?どこか行くの?」

「いいから、早くー」

言われるがままに、ドアを開け、助手席へ乗り込みシートベルトをしては、ドアをしめた。

「では、行きますよー」

あずみはそう言うと、ゆっくりとアクセルを踏み込み、車を動かした。微かな振動が体を捕らえる。

「いったいなんなんだろう。あずみは僕に、何を伝えたいんだろう」

疑問と不安、少しの期待が入り交じっては、僕の心を掻き乱す。

「えっと、あずみさん、どちらまで?」

「いいから、いいからー」

僕の問いかけに、笑いながら受け流すあずみは、どこか楽しげにいて、どこか寂しそうだ。


コインパーキングから出てミツメ橋を渡り、よく利用するファストフードのある通りを抜けては大通りにぶつかる。大通りをそのまままっすぐ走り抜けると、高速インター入口だ。いつもなら、インター入口を横目に見ながら、その先の通りを左に入り、仕事場に行く。ただ違うのは、今日は車だ。それに休日扱いだ。僕の心は余り穏やかではなかった。なにしろ、仕事を休みにしては、あずみと一緒にいるところを誰かに見られたりでもしたら、どう言われるか思いもよらないからだ。


「えっと、今日はなんでしょ?昨日のことかな?」

少し楽しげにハンドルを握るあずみの顔を見ながら、僕は声をかけた。

「んー、あとで話しますよー」

口元を緩めて、少し笑うように首を傾けては、僕の方をちらっと見て、言葉少なめに答えた。あずみはまた、前を向いてハンドルを握り直した。


高速インター入口までくると、スピードをゆるめウィンカーをつけては、ゆっくりとインターに入っていく。


「はい。チケットをお持ちください」

「はーい」

係の人からチケットをもらい、またゆっくりとアクセルを踏む。あずみは、受け取ったチケットをドアのポケットに入れては、「ETCカードが無いと、やっぱり不便ですよねー」と言いながら、少しづつ速度を上げていった。


高速に入り、都内の隙間を流れるように走り抜けては、別の高速道路に乗り換える。

空まで届きそうなビル郡を見渡しながら、いつもいる街からどんどんと遠ざかっていく。どこに行くのか、どこに着くのかわからないまま、あずみの運転する黄色いキューブで、風に揺られている。



「今日は、ごめんなさい。わがまま言って、、、」

「ん?別に平気だよ。仕事も、さほど詰まってもいないし、僕の仕事は、仕事のようで仕事じゃないからさ」

笑いながら、あずみに言い返しては不安と期待に駆られている。


あずみと会う前に、柏田からのメールを見てしまったから余計にかもしれない。まあ、他にも多々気になることはあるが、「あずみを見ていろ」それが一番引っ掛かっている。


「話って何かな?」

僕は、あずみに質問をぶつけた。この走る車の中での沈黙に耐えることができそうもなかった。

「昨日のこと?それとも、、、」

「昨日のこともそうなんですけど、、」

あずみは、ハッキリとしない言葉でうやむやと受けている。隠しているのか、それともうまく言えないのか、どちらかわからない受け答えをしては、ハンドルを握りスピードを維持している。


高速に入ってから一時間は過ぎただろう。そびえ立っていたビル郡から一転、空が抜けるほど広々とした田園が所々目に入ってくる。暖かい日差しと微かに色づきだした森や林、青や白、薄緑といったカラフルな家並みが僕らを迎えてくれる。


「柏田のことなのかな、、、」

走る振動と移り変わる景色。微かなエンジン音が響くなか、二人の間には、粛々とした静寂が流れている。僕はそんな沈黙を破るように口を開き言葉をなげかけた。するとあずみも僕の声に被せるように口を開いた。


「子供の頃ね、、、」

ハンドルを握るあずみが、ゆっくりと優しい口調で話し始めた。

「よくわがままを言っては、困らせていたんですよ。」

「えっ?あずみが?」

気を使い、いつも冷静に、それでいて聞く側にいるはずのあずみが、「わがままに?」僕は驚きと勝手なイメージで、反射的に言葉をついた。

「そんなに驚くことないですよー。今もそうですからー」

あずみは、横目で僕を見ては“そんなに見えないかな”と困った顔をしては、照れるように首傾けた。

流れる景色が、どんどんと変わっていく。

「あっ音楽かけてもいいですか?」

あずみはいたたまれない空気を変えようと、右手でハンドルを握り、左手でカーステレオに手をかけ、スイッチをオンにした。カーステレオから、爽やかな声が流れてくる。


「行楽日和の暖かな天気。、、、動き出したくなる、、、ですね。今日も始まり、、、」

高速道路だからなのか、電波の状況なのか、所々で音が切れる。あずみは、体を戻し、微かに流れるカーステレオに耳を傾けながら、話を続けてくる。車は、まだ高速を走り続けている。


「子供の頃、あれが欲しい、これが欲しいって、駄々をこねては、皆にあやされていたんですよ。それが本当に欲しかったわけでは無いんですけどねー」

太陽の日差しで左手につける指輪が、光を帯びている。少し戸惑いつつも、僕はあずみの話に耳をかたむけている。カーステレオからは、甘いポップスが、流れはじめていた。


「あの頃は、ただ相手にしてもらいたかった。それだけだったんですけど、周りには解ってもらえなかったんですよねー」

うっすらと目を細めては、遠い眼差しで前を見ている。太陽の日差しでなのか思い出からくるものなのか、僕には知るよしもなかった。車は、高速のパーキングエリアへと入っていく。


パーキングエリアでは、トラックや観光バス。旅行するバイクライダー達が各々休憩をとっている。お土産屋、飲食ブース、観光案内所等が隣接する大規模なエリアだ。あずみは、出口に近いスペースに車を止めた。


「うーん。平日だと、気分が良いですねー」

あずみは、運転席から降り両腕を高くあげ、背伸びをしながら深呼吸をしている。いつもと違うスポーティーな服装だ。

「、、、目的地までは、後どのくらいですかね?あずみ運転手」

体を伸ばすあずみに、車の屋根にもたれ掛かりながら軽く声をかけた。ここまできたら、「変に聞こうとしない」で、任せようと僕の心が、移り変わる。

「えーと、そうですねー、、まだ内緒です」

伸ばす腕を戻し、何か企んでる顔をしては、舌を出して言い返してくる。

「あらあら、どこへつれてかれるんでしょ?」

僕は笑顔をつくり、屋根に隠れるようにかかんでは、鼻から上を見せておちゃらけるように、あずみを見つめた。


「もう、、、」

子供のような顔をしては僕を見つめ、隣接する施設に向かって歩きだした。


「どうなんだろうなぁ」

僕は少し惑いつつも、あずみの後を追った。


施設内へ入ると、ざわざわと楽しげに話す人達が、笑いながら談笑している。入口付近には、地域性の高いお土産物。ここの近くで栽培された野菜や果物。単体から箱入りまで、様々な商品が売り出されている。甘い香りのする果物や御菓子、そのとなりには、理解しがたい形をしたオモチャ。独特な色を出すお土産コーナーがしのぎを削っている。立ち並ぶお土産コーナーを通り過ぎ、飲食ブースに足を運ぶ。飲食ブースには当たり障りのないチェーン店が顔を揃え、どこにいても食べられる商品ばかりが、目にはいる。


「何か食べます?」

あずみは、振り返りながら僕の顔を見ては「決めてください」といった表情をしている。

「うーん。まだいいかな。ここから先どのくらいなのかわからないけどねー」

少し卑怯な手かもしれないが、意味深な顔をしてあずみの顔を覗き込んだ。

「そう言っても、教えないですよーだ」

そんな僕に、笑いながら頬を膨らましては、「飲み物だけでも買いますか」と、自動販売機のブースへと歩きだす。あずみは、少しリラックスしている感じだ。


「私は紅茶、、、と、、何飲みます?」

自動販売機でボタンを押しながら、後ろに立つ僕に聞いてくる。

「んー、コーヒーで」

いつもコーヒーにしてしまうのだが、たまには違う飲み物でもと悩んだりはする。しかし、選ぶことが苦手な僕は、何だかんだとコーヒーになってしまう。

「またコーヒーですかー?たまには違うのにした方がいいですよー」

僕の心を読んだのか、あずみは、コーヒーではなく、紅茶を渡してきた。それもミルクティーだ。

「あはは、ありがとう」

見透かされた心と裏腹に、僕の心は嬉しがっていた。それが何故なのかわからないが、心が暖かくなっている。

「流石はあずみさん。」

ミルクティーを受けとり、頬をあげ自然と笑顔がこぼれた。

「いえいえ、どういたしまして」

軽く会釈をして、他人行儀な会話をしては、二人とも笑いがこぼれた。


「はー、おかしい、、、、では、後半戦いきますか?」

「了解であります」

あずみの問いかけに、左手でミルクティーを持ち、右手で敬礼するようにおでこに手を添えた。


「まったくーあははは」

あずみは、毎度やる僕のジェスチャーに声を出して笑っては、僕の腕に、腕を絡めてきた。


「えっ?!あの」

不意に言葉が出そうになったが、無理矢理押し込めた。ここで言葉を吐いてしまったら、なんとなくダメな気がした。


僕はあずみと腕をくみながらゆっくりと、車のあるスペースへと足をすすめた。


「それでは、後半戦。行きますよー」

車に乗り込み、ハンドルを握り、右腕をあげては、前に振りかざすあずみを見ては、僕も同じように右腕をあげ振りかざす。童心に返ったような気分だ。恥ずかしさも、何もない。ただ、この状況を“今”を楽しもうとしている。迂闊にも笑みが溢れる。


パーキングエリアを出発してからは、当たり障りもない会話で笑いがこぼれ、朝あった時からの“前半戦”とは、討ってかわって、楽しげな雰囲気が車内を包む。


「あの頃の僕は、そーだなー、、、」

走る車内では、青春期、中学、高校の頃の話題に花がさいた。


「どんな学生だったんですか?」

あずみは、まるでテレビのアナウンサーみたいに質問を被せてくる。あまり過去のことを話すのは苦手なのだが、今日は口が軽くなる。何故なのかはわからないが、これがあずみの魅力なのかもしれない。気配り聞き上手。操られているような感覚だ。


「あまり性格は、変わってはないと思うけど、服装がねぇ、、、」

「服装ですか?」

「うん、、まぁ今も同じようなもんだけどねぇ」

そう言うと、あずみは興味津々な顔ををしては「どんな感じだったんですか?」と、間髪入れずに聞いてきた。


僕は、白いスリーピースに、ハット、毎度同じみの赤い花束まで、それは隠すことのない見事なまでに赤裸々に話をした。恥ずかしさと後悔染みた心が、交互に顔をのぞかせている。


「素敵じゃないですかー、白いスリーピースに、ハット。花束なんて貰ったことないですよー」

僕の服装や行動に、ここまで賛同してくれるのは初めてだった。今まで、軽蔑なり汚らわしいモノを見るような眼差しを受けていたから、それはもう驚いた。


「、、本当にそう思う?」

僕は今までの仕打ちに、そう直ぐには受け入れられなかった。社交辞令な意味で言ってくれてるのだろうと、思ってしまう。

「もっと自信持っていいんですよー、素敵じゃないですかー、周りで、そんなに意識してやってる人って、いないですよ。こだわりというか、意志というか、それはもう“個性”じゃないですかー、会いたかったなーその時代に」

あずみは、そう言いながら優しい笑顔を見せては、車のハンドルを切り、高速のインター出口へと車を誘導する。


「もうすぐですよ」

「おっ?ゴールが近いんですか、あずみ殿?」

「そうでごさいまする」

「あははは」

「あははは」

何の役づくりなのか、何の為なのか、理由なんて意味が成さないほど、二人とも“今”を楽しんでいる。何故、あずみが、“休み”にして、と言ったのかも気にならないほどに。


高速を降り、しばらくのどかな田舎道を進み、大きな湖に差し掛かった。


「ここですよ」

あずみは、湖の近くの駐車場に車を寄せて、スピードを緩めていった。


無人駐車場に車を止め、車から出てはボンネットの前に体を倒し寄りかかった。あずみは、ゆっくりと車から降りると、寄り添うに隣に来ては、同じように寄りかかった。


「今日は、ごめんなさい。無理なお願いして」

あずみは湖を見ながら、少しうつむいては、申し訳なさそうに謝ってきた。

「ん?何が?大丈夫だよ」

僕はあずみを見ては、そう口にして湖を眺めた。

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