どうやら、プロローグは終わらないらしい
心が止まりかける。
出会ってから御飯を食べに行けるようになるまで、それほど時間はかかってはいない。ましてや、こんな僕に「告白」まがいなことが起こるはずもない。今までの経験や事柄から、僕の頭の中は嵐でも来たような感覚に陥っている。
「、、、ガチャン」
玄関の扉を閉め、僕の足は部屋の方に向かっていた。ゆっくりと動揺を隠すように。部屋の電気が薄く光。ベットにもたれ掛かるように、まえのめりに崩れているよし乃を見ては、我を忘れて後ろから抱き寄せた。アルコールの匂いなのか、部屋を覆うアロマの匂いなのか、はたまた、つけている香水の匂いなのかわからないが、よし乃から甘い匂いが漂ってくる。
「、、、よし乃、、」
「、、、うん」
僕は、振り返るよし乃の顔を見つめ、鼻と鼻がくっつきそうなぐらい近づいては、軽くおでこをつけた。
「、、、ありがとう」
「、、、うん」
僕はそっと目を閉じ、よし乃の薄く塗られたピンク色の唇へキスをした。。。。
「、、、なんて、そんなこと出来るわけないだろー、、あーもう」
エレベータのボタンを押し1階へ下がる、僕の心の中では、思春期にも似た感情が溢れ出している。
「はぁーこんなタイミングで、言われるなんてなぁ、なんでよ?えっ?」
頭をかきむしりながら、自念と葛藤が生まれてくる。なにしろ、“モテル”“告白される”といった経験が皆無に等しくあまりない。どう行動すれば正解なのか、どうこなせば良いのか、僕には、わからない。柔軟な“モテル”男に、聞いたところで、「そんなの、流れっしょ」と言われるのがオチだし、女性の気持ちなんて、わかるはずもない。
エントランスを抜け、タクシーで来た場所迄歩いていく。
「なんだかなぁ、、何もしないってのも“男”として、どうなんだ?」
「ここで、手を出してしまうのも、違うし」
「自分の気持ちが、ハッキリとしてないのに、手をだすってのも、なんかなぁ」
「、、ってか、“手をだす”ってなんだ?主導権は、自分にあるみたいじゃないか」
「いやいや、それはあるだろ、“好き”っていわれてるんだから」
「、、、いやいやその前に、よし乃に、どう接していけばいいんだぁ、、」
「むしろよし乃に、恥をかかせたか、、?」
「いやいや、その前に本当に僕に言ったのか?」
様々な言い分が頭の中でも騒ぎまくる。最近迄、忘れかけていた青春のような気分だ。学生時代や、二十歳前後の初々しい、それでいて懐かしい。でも、そんな難しい表現じゃなく、ただ、「嬉し恥ずかしい」の一言につきる。
時間もゆうに日をまたいでいる。僕は、右手をあげ、走るタクシーを見つけては声をかけ、タクシーに乗り込んだ。
「どこまででしょ?」
「えっとー、このまま真っ直ぐで、大通りにぶつかったら、左折で、、、」
走り出すタクシーの運転手に行き先を告げ、黙って外の景色を眺めていた。
「お客さん、大変ですね、こんな時間まで」
バックミラー越しに運転手が話しかけてくる。
「えー、まぁー」
それとなく相づちをうち、また外を眺めた。
「仕事があるっていいですねぇ、こちらタクシーなんでね、使ってくれる人がいなけりゃ、タダ働きですからねぇ」
そういっては苦笑いする運転手を見ては、また、流すように相づちをうった。
「えっとここ左折ですね?」
「はい。お願いします。」
所々で会話が終わり、所々で話しかけてくる。
「運転手さんは、家庭持ちなんですか?」
唐突に口が開いた。さほど聞きたい話でもなかったのだが、自分でも驚いている。さっきから話しかけてくるので、勢いで口が開いた。
「私ですか?いますよ。倅一人の、娘一人。あとは、頭の上がらない女房ですよ」
運転手は、笑いながら答えてきた。
「お子さん二人も、大変ですね」
「まぁ、大変は大変ですが、良いもんですよ、お客さんは、いるんですか?」
「えー、困ったほどにいませんよ、」
「まだまだ、若いから、大丈夫ですよ」
「それなら、、いいんですけどね、、」
窓の外を見ながら、他愛もない、社交辞令的な会話が車内をつつむ。
「あっそうだ、お客さん、でしゃばった真似してしまいますが、、“好かれる前に好いていろ、好いてる前に好かれてろ”って言葉があるんですが、要は、相手の気持ちを考えすぎず、それでいて自分の気持ちを隠すなってことなんですけどね」
「、、、はぁ」
「これはすいませんねぇ、でしゃばった真似して、私のダメなとこなんですがね、女房にも言われますよ、調子に乗るなってね」
「、、僕には、難しいですね」
「はははっ、お客さんは、優しい」
運転手は、そういっては、タクシーをとめ、ドアを開けては精算を済ませてくる。
「なんか、色々ありがとうございました」
僕は、運転手に頭を下げタクシーから降りた。走り出すタクシーを見つめては、家のある方に歩き始めた。
家に戻り、ポケットから携帯を取り出した。
「カサッ」
携帯と一緒に紙が落ちた。今日もらった紙だ。四つ折にされた紙だ。鞄を置き、服を着替え座椅子に腰をかけた。
ちゃぶ台に両肘をつき、四つ折りにされた紙を広げては、ため息がもれる。
何をどうするのか、何がどうなるのか、疲れきった頭では、何も考えることは出来ない。あずみに対しても、よし乃に対しても。それと、柏田についても何もわからない。
「好かれる前に好いていろ、、かぁ」
タクシーの運転手の言葉が妙に頭に張りつく。今日の今日で言われたからなのかもしれないが、全てに当てはまる。
「つまり、“気になる”“気にする”ってことだよな、好きとか関係なく、、」
運転手の解釈とは違うが、今の自分に当てはめると、なんとなく繋がってくる。
「、、あーもう寝よ。とりあえず明日だ」
掻き乱れる心と頭を無理矢理押さえ込み、布団に潜り込んだ。
「チャッチャチャチヤッチャー」
携帯の着信音が鳴り響く。寝ぼけながら布団から腕を伸ばし、左手で携帯のある場所をポンポンと触りながら携帯を探す。
「ウーン、誰だ?もう、、、」
朝日がカーテンの隙間から入り込んでいる。
「、、、もう、朝か」
右手で目を擦りながら、携帯の画面に目を寄せた。
「えっあずみ!?」
予期せぬ人からの着信で、虚ろな目が覚める。
「あっおはようございます」
携帯から、渇いた声がきこえてくる。
「おはようございます」
僕は、寝ぼけた声をだし挨拶をした。
「起こしちゃいました?すいません。今日なんですけど、仕事休んでもらうことできませんか?」
「えっ?どしたの?」
「えっと、その、話は会った時に話しますので、お願いします。」
「えっ、あっ、うん」
そう話終わると、携帯がきれた。
「ん、、なんなんだろ?」
口を尖らせながら目を擦り、携帯を充電器に差し戻した。
「えっとー、、、ん、まだ6時か」
目覚まし時計を手に取りながらアラームを解除し、時間を見ては布団から出た。
洗面台で顔を洗い、ミルメーカーの電源を入れコーヒーを淹れる。コーヒーが出来上がるまで、その場でしばらく注がれるのを見ている。
「なんか、ここ最近、色々と起こるなあ、良いことも、悪いことも、、、、まぁ、よくわからないことのが、多いんだけどなぁ」
個人的な思い入れが強いほど、ハッキリと物事を見ることが出来ない。。しかし、他人のことになると、嘘のように物事を捉えることが出来る。要は、自分のことはわかないが、他人のことは、よく見えるってことだ。
ミルメーカーから、香ばしい豆の香りと泡立つクリームが、ふわふわとする妄想の世界から、現実へと呼び戻す。
出来上がったコーヒーを片手に、ちゃぶ台まで運び、座椅子に腰をかけた。
テレビのリモコンに手を伸ばし、テレビをつけた。
「、、、今日も、元気にいってらっしやーい、、あの味をだせるのは、、、」
朝のニュースが終わり、同じような番組が始まろうとしていた。毎朝大変だろうな、と思いながらコーヒーを啜り、無意識に携帯に手がのびる。
「あずみかぁ、休みにしろってなんだ?」
朝一のモーニングコールのように来た電話の内容を思い出しては、画面をいじっている。
「あっ、まだ、見てないや、、、」
メールが来ていることを、すっかり忘れていた。左手で、コーヒーを啜りながら、右手でアプリをひらく。
迷惑メールが、ほぼ中心に何件かのメールが届いている。
「まったく、迷惑メールはどうにかならないかなぁ、えっとー、、、」
コーヒーをちゃぶ台に置き、両肘をつきながら背中を丸めて、両手で操作した。
テレビでは、ラーメン特集をしている。
「、、、よし乃に、あずみ、それに、、、おっ?ジュリアか、どうしたんだろ、、あぁ、柏田からもか、、、」
溜まっているメールを一つ一つ目を通していく。
「よし乃です。昨日はありがとうございました。楽しかったです。“二日前”」
「よし乃です。今度は、、どっか行きませんか?“二日前”」
「よし乃か、、、どうすればいいんだろ、、」
メールを見ては、昨日のことを思い出す。
「あずみです。この前はごめんなさい。改めてまた、お願いします。“三日前”」
「あずみです。なんか、大変なことになってしまいましたが、明日待ってます“昨日”」
「あずみです。あの連絡もらえますか?“昨日”」
「ジュリア。元気してる?相変わらずかな?“三日前”」
「ジュリア。たまには、会おうよ。お前の初恋相手も、一緒だからさ(笑)ま、招待状送ったから、気が向いたらさ。むしろこい!!“昨日”」
「ジュリア。今度の週末空いてる?“昨日”」
昨日、一昨日を中心に目を通していく。1日1回は見るようにしないと駄目だな、と、どっか他人行儀な思いをしては、溜まっているメールを開いていく。
「柏田。明日あずみの旦那と話をしてくる。“5日前”」
「柏田。これからちょっと行ってくる“4日前”」
「柏田。やべぇ、やりすぎちまったかも“4日前”」
「柏田。たぶん。ただじゃすまないかもな、“2日前”」
「柏田。とりあえず2、3日休むことになっから、そのうち解るわ“昨日”」
「柏田。あずみのこと、見ていろ“昨日”」
「あずみを見ていろ??なんだ?って、旦那と会った?え?」
柏田のメールに、目を疑った。5日前っていったら、柏田と飲んだ日だろ。次の日は休みで、外に出た日だろ。と、携帯から目を離し左上を見ながら思い返していみる。
「えっ、、、あの喧嘩って、か、かし、わだ!?」
一瞬時が止まるように息がとまった。顔の左側がひきつるように頬があがり、口が歪む。
「まじか!?」
そう考えると、今までの行動や言動が繋がってくる。
「僕と飲み、あずみの旦那と話に行き、それで喧嘩。次の日僕の中途半端な言葉にイラついて、、それでファックス。。」
左手で口元をおさえ、肩肘ついては納得している。
「、、、ファックスのことだけは、ちょっとわからないなぁ、誰がやったんだ、、」
口元を指で叩いては、また少し考え込んだ。持っていた携帯は、ちゃぶ台の上にころがっている。
「だだいま、朝の9時、私はあの場所にきています。わかりますか?」
テレビから、手を大きく開いてクイズ形式に呼び掛けるアナウンサーの声が聞こえた。
「あ、もうこんな時間?支度しなきゃ」
メールを読み、長考している間に時間はとうに家を出る時間になっていた。
急いで服を着替え家をでた。テレビや電気は、つけっぱなしだ。
急いで駅に向かうなか、仕事場に連絡をとり休みを入れた。
「あー、間に合うか?」
焦る気持ちと裏腹に、足が思うように進まない。運動でもしてればよかったな、と思いながら力いっぱい足をあげた。
駅につき、肩で息を吐きながらプラットホームへと足を運ぶ。
通勤する社会人、制服姿の学生。いつもと変わらぬ情勢に、少し気が緩む。
「はぁ、なんとか間に合うか、、、」
携帯で、時間を確認しては、息を整える。
「、、、行き、白線の内側まで、、、」
駅員のこだまするアナウンスとともに、電車が入ってくる。降りる人を優先に電車に乗り込む。
「一応連絡しときますか」
つり革を掴みながら、あずみにメールを送る。「少し遅れるかも」そう打ち込んでは、メールを送った。
ミツメ橋のある駅までたどり着くと、携帯の音楽が鳴った。バイブ音にしとくのを忘れていた。
「あずみです。ミツメ橋の先の喫茶店に居てください」
メール受信を開き、「わかりました」とうっては、そのまま返送した。
「ミツメ橋の先の喫茶店か」
思ったよりも足取りは軽く、さっきまで感じていた体の重さは消えていた。
ミツメ橋を過ぎ、右側に小さな喫茶店がある。カウンター10席もない小さな喫茶店だ。
「おはようございます。空いてる席へどうぞ」
自動ドアをくぐると、甘い香ばしい豆の香りが鼻を誘ってくる。
「モカもらえますか?」
「はい。」
注文をしてから、入口付近の席に腰をかけた。
「やっぱ、落ち着くな。」
「モカおまちどうさまです。」
「ありがとうございます」
出回っている外資系な店よりも、昔からある純喫茶の方が僕は、好きだ。目を閉じながら、甘い匂いと豆の挽く音に心を委ねながら、あずみが来るのを待っている。
「いらっしゃいませ」
「あっ、いた。ごめんね、またしちゃって」
ドアが開くや否や、渇いた声が落ち着く心に呼び掛ける。
「あっおはよう、あずみ」
ゆっくりと振り返っては、日差しの光で影になるあずみを見ては挨拶をした。
「マスターお会計置いとくね、じゃあ行こ」
あずみはマスターに笑顔を向けては、カウンターにて会計を済ませ、僕の腕を掴み外へと連れ出していく。。