どうやら、プロローグは終わらないらしい
「そうは言っても、殴られて意味不明な事を言われただけで、今日のファックス事件だろ?。どう考えても意味わからないよなぁ。でもどっかでなんかあるんだよな。あっ、確か“こうなっちまった”て、言ってたな、前もってこうなることを知ってたってことか?その前は、“誰か”のために喧嘩になって、それで、あずみと一緒だったんだよな。まぁ、それは遠くからみただけだから、、でも、あれか、、、」
解っている事を一つずつ思い返しては、足を止めまた歩いてはと、いつもよりも歩く速度が遅くなる。眉間に皺がよってくるのがわかる。
メガネ様の近くまで足を進めては、周りを見渡し、よし乃がまだ来てないことを確認しては、さっきもらった“何か”をポケットから取り出した。
ー明日 10時、ミツメ橋で、待ってますー
四つ折にされた紙に、要件だけを短く書いてあった。急いで書いたのだろうとわかるほど、筆のなぞりが薄く乱雑で走り書きだ。それ以外には、うっすらと何かを書いては消してあるような跡もある。慌てて間違えたのだろうと、あまり気にする程でもなかった。
「ミツメ橋か、、、」
唇を少し噛み、目線を落としては右手で紙をたたみ戻して、入っていたポケットに突っ込んだ。
「ミツメ橋は確か、初めてあずみと合った場所だよな。中途で入った僕に、ここの仕事を体験してもらうってことで、案内してもらったっけ。そうそう、その時、柏田にも会ったんだ。ボサボサな髮で、髭も剃らずにやって来たんだっけ。」と、懐かしさも有りながら、口元に右手を添え、思い出しては軽く笑みが漏れる。少し頬が緩み、心が穏やかになってきた。
「おっ、来たかな」
目の前の道路を、急ぐように歩いてくるよし乃を見つけ、右手をあげて応えた。
そんなに急ぐことも無いのにと思っては、少し嬉しくもあった。
「すっすいません、遅れました、、、」
肩で息をするように、呼吸が乱れている。よし乃は、仕事場から急いで来たらしい。
「お疲れさま、そんなに急がなくてもよかったのに」
「はい、、すいません、、、」
僕の言葉に、ひとつひとつ反応するよし乃を見ては、年甲斐もなく若い気持ちになってくる。恋愛する人ってこうだよなっと、他人事のような思いが頭をかける。
膝に手を置き、前傾姿勢で息を整えるよし乃の背中を撫でるように叩いては、少し休むかと、近くに接地されてるベンチにいざない腰をかけた。
「すいません、、ありがとうございます、、」
よし乃は、少し恥ずかしそうに笑っては呼吸を整えている。
「はぁー、、すいません、もう大丈夫です。ありがとうございます」
胸を張り大きく深呼吸しては、顔を見上げてそう言ってきた。さっきまで真っ赤な顔して苦しそうにしてたのが嘘のように、口角をあげ笑みを向けている。そんなよし乃を見ては、さっきまで考えていた事なんかどうでもいい感じになってきた。
「謝らなくていいよ、それよりも今日はどうする?」
よし乃に向けて声が弾むのがわかる。自分でも自覚できるほど心が癒されている。
よし乃とはあまり話をしたことはなかった。同じ部署ではあるけど作業内容が違うぶん、席の配置が遠く何かしらの作業伝達をする時ぐらいしか、話すタイミングはなかった。ただ、挨拶ぐらいはする仲だ。だから、今こうやって仕事終わりに御飯に行く事事態が、未だに信じられないでいる。
「そうですね、今日はどっか居酒屋にでも行きませんか?」
「居酒屋?」
「はい。昨日入ったお店も、良いんですけど、なんか、緊張してしまいます、」
舌を出してはにかむ笑顔を見せては、右手で頭を掻いている。
「か、可愛いな」
思わず声が漏れてしまった。咄嗟に手で口を覆い、斜め上を見ながら「かっかんかっかかん」と、訳もわからない言葉をはき、誤魔化そうとした。
「、、、えっ、なんですか?」
よし乃は、僕の顔を見ながら、もう一度言ってくださいと、言わんばかりに寄り添って聞いてきた。
「ん?なん、何でもないよ、そうだね、居酒屋は、どこ行く?」
寄り添ってくるよし乃の肩を支え戻しながらゆっくりと立ち上がり、自分の鞄とよし乃のバックを手に持った。
「あっ、自分で持ちますよ」
よし乃は、立ち上がりながら両手で僕の腕を掴み、自分のバックを持とうとした。
「いいよいいよ、大丈夫、大丈夫」
僕は、よし乃のバックを持っている腕を高く上げては、持とうとするよし乃を眺めている。いつも以上に頬が、にやけている。
「もう、、、、」
よし乃は、頬を膨らましながら照れるような仕草をしては、諦めるように僕の前を歩きだした。
「さて、どこにいきますかね?」
よし乃の隣に並び、歩数を合わせながらメガネ様を後にした。
今日は、平日の中日。到って空いている日だ。どこでも席は空いているばずだと、よし乃に言っては、店選びを任せた。
「そうですねぇ、、あっここにしませんか?」
よし乃が指差した店は、あろうことか柏田と行ったあの居酒屋だ。
「えっ?!ここ?ここにするの?」
「ダメですか?」
「だっダメじゃないけど、、、」
「じゃ、ここに決めました。入りますよぉ」
よし乃は右手をあげ、掛け声をだすかのように元気よく入っていった。
僕は、やれやれといった具合に少しため息をはき、よし乃の後に続いた。
「らっしゃい、まいどー」
前来た時と同じように、威勢のいい声が聞こえてくる。前にも思ったが、ここはなんとなく心地がいい。
「ここに座りますよぉ」
「はいはい」
笑顔で手招きするよし乃を見ては、何も臆することはなかった。実際、柏田が居るんじゃないかと思ったからだ。
「何しましょ?」
「えーと、、、、」
「あっ私、ビールお願いしまーす」
「あいよー、ビールねー、あんちゃんはどうする?」
「あっ、僕も、ビールで、、」
よし乃が、ビールを頼むことに驚き一瞬時が止まった。別に頼むこと事態おかしなことではないのだが、勝手に抱いていたイメージと違くて、少し驚いた。
「やっぱり良いですねぇ、ずっと気になってたんですよ」
「なんで?」
「だって女性一人で入るのはちょっと気が引けるというか、、、、でも、美味しそうな匂いが漂ってて、気になって気になって仕方がなかったんですよ。今日はやっとこれました。ありがとうございます」
よし乃は、頭を下げては店内をぐるっと一周ながめた。
「良かったね」
僕はよし乃に向けて優しく微笑みながら言葉をだした。
「っはい」
気持ちのいい声がかえってくる。余程気になっていたんだろう。そんなよし乃を見ては、温かい気持ちになってくる。
「はーい、ビールお待ちどうさま」
看板ママだ。優しい笑顔で振る舞ってくれる。
「ありがとうございます。」
よし乃はママに向けて、ママにも負けないぐらいの笑顔で返事を返した。
「ごゆっくり」
そう言うと、ママはカウンターの奥へ下がっていった。
「あの女性綺麗ですねぇ」
「あっ、ママのこと?」
「はい ママのことです」
よし乃は、身を寄り添うように近づいては小声で話、カウンターの奥へ下がったママを振り返って見ては、うんうんと納得するように頭を縦に振っている。
ママが、ビールと料理を運んでくる。
「はい、鶏の蒸し焼き、それと鶏のスペアリブ。後これはサービスでね」
飲み物を頼んだ後、よし乃はこれでもかというぐらいに、気になる品目を頼んでいた。
「これは何て言うんですか?」
よし乃は、サービスでだされた一品に指を指し目を輝かしている。
「それはねぇ、あの人オリジナルのカルアチキンよ、ハワイの蒸し焼き」
「えー??」
マスターを見ながら言うママをよそに、よし乃と僕は顔を合わせては、目を見開き驚きを隠せなかった。
「ありがとうございまーす。あっ、後で作り方教えてもらえませんか?」
よし乃は身を乗り出して、カウンターで笑顔を絶やさず料理を作るマスターに大きな声をあげては、子供のように目を輝かせている。
「企業秘密だよ」
マスターは、含み笑いをしながら照れるように答えている。
「むー、、、」
アヒルのように口を閉じては、残念そうに、眉毛を八の字にするよし乃を見て、僕は少しおちゃらけてみた。
「まぁまぁ、食べないなら全部たべちゃうよ?」
「あー私もたべますぅ」
残念そうに落ち込むよし乃を前にゆっくりと箸を動かしては、口に運ぶ。オリジナルとあって、本場を知らなくてもこの匂いには参ってしまう。熱々に蒸し上がった鶏に、鶏のエキスを吸ったキャベツ。塩、胡椒だけで味付けしたとは思えないほどのまろやかさだ。それでいて重厚な舌触り。これは本場を食べてみたくなるものだ。
店に入ってから、一時間位はたったのだろうか。よし乃の顔はほんのり赤く目尻が垂れ下がっている。
「大丈夫かい?」
僕は、酔い始めているよし乃の頭をさわっては微笑み、ビールを一口飲んだ。
「へい、らっしゃい、、」
ガラッと扉の開く音がし、マスターが声をかける。僕は、ふらっとおもむろに扉の方に目をやった。
「、、、!?!?かし、わ、だ、?」
僕と目が合った瞬間、扉を壊すような勢いで扉を閉めて走って行く姿が見えた。
僕は、扉の方へ足を動かそうと上体をあげる。
「どこ行くんですかぁ?トイレですかぁ?」
うつろな目をしたよし乃が、腕を掴みおボケた顔で話しかけてくる。
「あ、う、うん、何でもない、、よ」
僕は体を椅子に戻し“今のって”と、頭を抱えた。
「それよりも、聞いてくださいよぉ、、、きいてますぅ?」
そんな僕によし乃は、甘える口調で顔を見ては、ビールをちびちび飲んでいる。
「ん?どうしたの?」
一瞬にして酔いが冷めた僕は、よし乃の話に聞き耳をたてた。だが、僕の頭の中は、よし乃と会う前に戻っていた。
「よしよしの同級がぁ、この前結婚したみたいなんですよぉ、、、」
自分の事を“よしよし”と、いい始めた。かなり、アルコールが入っているんだろう。さほど強くは無いが、実は弱いのかと、少し心配になってくる。
「みんな、どんどんしはるから、少し、さびしいですぅ」
「うん、そうだよねぇ」
悪態とまではいわないが、少しずつ口調がかわってくる。
「よしよしだって、結婚したいんですよぉ、、聞いてはります?」
よし乃は、顔を真っ赤にして、除きこむように体を寄せて聞いてきた。
「うん、聞いてるよ、聞いてる」
「よしよしだって、好きな人いてはりますぉ、今日だって、一緒にいてらりますもん、、、」
「えっ!?」
いきなりの言葉に、ビールをふきだしそうになった。皿に傾けて置いた箸が、転がっていく。
よし乃は、少し残ったビールを見つめては、一気に喉へ流し込み、一息ついて僕の顔をみた。
「あの、私じゃだめですか?あずみさんみたいな女性のが、良いんですか?私じゃ、、だめですか?、、、」
「、、、」
その言葉に、戸惑う僕をよそに話を続ける
「みんなに優しく振る舞う姿とか、誰にでも差別なく接するのとか、、、段々と気になって、、、気づくとあなたを見てるんです。、、、こんな、私じゃ、、、だめですか?、、、」
よし乃は、そう言い終わるとテーブルに体から崩れ落ちた。
「よし乃?」
よし乃の体を揺さぶり声をかけたが、よし乃に反応はなかった。たぶん、アルコールで意識がなくなったんだろう。僕は、よし乃を起こして、会計をすませようとママに声をかけた。
「さて、どうしたものか、、、」
よし乃が住む場所を、僕は知らない。かといって、女性を一人で置いとくのも出来ない。仕事場へ戻り調べるかと、考えたが、時刻は22時すぎだ。今から戻った所で開いてるかもわからない。
僕が働く仕事場は、8時から21時迄は開いているが、それ以外の時間は鍵がしまっている。安全面を考慮してのことだ。
僕は、眠るよし乃に頭を下げ、謝りを入れてからよし乃のバックに手を入れた。
バックの中に、通勤証明や住所録がされた社員証があるはずだと考えたからだ。
普通なら、社員証は名前と部署だけ書かれているのだが、ここの仕事場では、全てに対して責任と自覚を持たせるという理由で、社員証に個人情報が乗っている。紛失させるでもしたら、もう、生きてはいけないぐらいの思いだ。
「あった。ごめんね」
後ろめたい気持ちと、罪悪感が襲ってくる。
店を後にし大通りにでて、走り過ぎるタクシーに手を上げては停まるのを待っている。
酔うよし乃の腕を首に回し抱き抱えるように立っている。意識があるのかないのかわからないほど、潰れているよし乃だが、たまに言葉をはっしている。
「大丈夫れすよ、あるけますよ」
「はい、えへへ、、」
誰かと話しているような、それでいて優しい笑みをこぼしている。
「まったくなぁ、」
そう言葉を吐いては、なるべく考えないようにしている。考えだしたらおかしくなりそうな自分がいるからだ。
目の前で、一台のタクシーがスピードを落とし、停まりがてらドアを開けてくれた。
「えっと、とりあえずまっすぐいってもらえますか?お願いします。」
よし乃の社員証を片手に、運転手に伝えた。
運転手は、バックミラーで角度をずらすそぶりをしながら、僕ら二人を見ている。品定めしているような、何か勘ぐるような視線で見てくる。 僕は、気にしないように、よし乃の体を支えては外の景色を眺めている。
「あっ、そこでお願いします。」
「はい。お気をつけて」
領収証をもらい、といってもレシートのような感覚で手に取り、タクシーから降りた。
よし乃の家迄、すぐそこまで来れたのは有り難かった。
「もう少しだよ」
そうよし乃に伝えると、「はーい、ありやほれしあ、、、」と、言葉になっていなかった。
エレベータのボタンを押し、よし乃の住む階まで上がり、家の前まで抱き寄せて歩いた。
よし乃に家迄ついたから鍵を頂戴と言うと、バックの横にあるポケットに指を指した。
「じゃ、開けるよ」
そう言っては、ドアに鍵を指し、扉を開けてよし乃を中へ入れた。
「はい。お疲れさま、きちんと鍵は、閉めてね」
よし乃を床に座らせ、頭を撫でながら体を反転させ外に出ようとした。
「、、、なんですか?よし乃さん?」
帰ろうとする僕を止めるかのように、よし乃は後ろから抱き付くようにもたれ掛かってきた。もたれ掛かるよし乃の手を握り優しくといかけ、よし乃を離そうとしたら、よし乃が、背中越しに小さい声で呟いた。
「、、、、、、好きです」
そういっては、よし乃は、部屋に入っていった。