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どうやら、プロローグは終わらないらしい

気分もそぐわないまま、帰路につき、家の鍵を開け部屋に入った。薄暗い中、電気の紐を引っ張り、蛍光灯がカチカチと鳴りながらゆっくりと部屋を明るくしていく。


ハットを脱ぎ帽子ラックに掛けて、服をスウェットに着替えた。着ていた服を洗濯機内に入れ、その上の備え付け棚から、お風呂セットを取り出した。シャンプーにリンス、ゴシゴシタオルに洗顔クリーム、後は牛さん絵柄のミルク石鹸。これらを一つの小さなカゴに入れてある。

アパートには、簡易的な簡易シャワーが、共同で使えるよう備わってはいるが、僕は、余り使用したことはない。一度二度とは言わないが、なるべくなら湯船に浸かりたいからだ。


バッテリーの切れた携帯を充電器に指し、お風呂セットを片手に部屋の電気を消し家をでる。

外は薄暗く、周りの家々から明るい光が漏れ出している。一般家庭の人達は、こらから団欒の時間だ。

家の前の道を5分ほど歩くと、コンビニが見えてくる。そのコンビニを前にして、右に進むとコインランドリーが見える。コインランドリーの先を左に曲がりそのまま、しばらく歩けば、いつも行く二階立ての銭湯だ。

一回400円で、薬湯、サウナ、ジャグジーと全て入れる。このご時世、高騰する燃料費で、継続するのは難しいと聞くが、この値段で開いてもらえるのは、僕としては、有り難いことだ。


階段をあがり暖簾をくぐると、番台さんが出迎えてくれる。


「いらっしゃい、兄ちゃんまたきたかぁ」

右手をあげ、ガラガラな声で陽気に話しかけてくる番台のお爺さんだ。初めは、なんだか照れくさかったが、通ううちに、自然と話せるようになった。

「うん、なんだかんだ、でかい湯船で1日の疲れとりたいしー」

「なーに、いってんのーまだまだ、若いやからがー、でけー風呂は好きってのは、兄ちゃんも日本人だな、ワッハッハッハ」

毎度同じ言い回しの会話をしている。だが、この会話も、僕にとっては、心地好い時間のひとつだ。


番台でお金を払い、無料ロッカーに荷物を置き服をカゴに入れる。眼鏡も一緒に投げ入れる。タオルを腰に巻きお風呂セットを片手に浴場へと足を踏み入れる。


湯煙が体を包み、程よい湿気がまとわりつく。普段以上に周りがぼやけて見える、足を滑らせないよう慎重に歩き、鏡のついた洗い場に腰を落ち着かせる。

蛇口をひねり、「今日の汚れは、その日のうちに」って鼻歌まじりに、シャワーヘッドからでるお湯で体を濡らし、頭、体と洗い流していく。お湯は、適度に40度前後。少し温めな江戸風呂だ。洗顔迄すませて、湯船に向かう。

湯船の端に手をかけて足を踏み入れ、少しづつ体を沈ませ肩までつかる。

「ふはぁ」

体の力が一気に抜け、脱力感と安堵感から声がもれる。「今日も1日ごくろうさん」と心で、自分に問いかけながら、タオルで、顔をぬぐう。


「おう、兄ちゃん、今日は、早いな」

気持ちよく顔をぬぐっていると、背中の方から話しかけてくる。僕に話しかけてるのかと声のする方に顔を向けると、いつも会う常連の親方がいた。名前は知らないが、前に60歳前後だと、聞いたような気もする、それ以外は、互いの素性は話してはいない。ただ、親方については、なんとなく親方っぽいから、そう呼んでいる。親方も、さほど気にしてはいない。僕に対しての呼び方もそのまま兄ちゃんだ。


「あっはい、今日は、早いっすねえ」

タオルを四つ折りにして、頭にのせながら、返事をした。

親方は豪快に笑っている。

当初は、風呂に入り、出て、と誰とも話をしていなかったのだか、あの事件があってから、話をするようになった。


あの日は、冷たい風が吹き今にも雪が降りそうな日だった。何時ものように、様々な人達が入れ替わり湯船につかっていると、脱衣場から騒がしい声が、聞こえてきた。何やら酷い剣幕と罵声が飛び交っていて、警察の人まで、来る始末だった。盗難かなんかか、と思っていたら、血だらけの人がよこたわっていた。

あの時ほど、血の気がひいたのはなかった。


最終的には、劇団団員の人達が、何処まで本気に演じ騙すことができるかと、試しただけの話なのだが、余りにも現実過ぎて、周りの僕らも見事に騙された。演じた人は、まさに迫真の演技だったのだろうが、営業妨害なり、迷惑条例なりと、訴えられるとは思わなかったんだろうか、と後にしてから思う。まぁ、劇団団員達は、そんなこと考えず実践しただけだろう。


その後は、想像どおり警察関係、番台さん、お客さんと全員からの総バッシングの嵐だ。ふざけたことに対してでもあるが、本気で心配したからだ。


その事件があってからは、しばらくその話題で持ちきりだった。その頃から、少しずつ話すようになったのだから、ある意味、良いきっかけをもらったのは確かだ。


湯船で、気分よく鼻歌なんかを口づさみながら、足を伸ばしていると、隣のジャグジーに移って、腰を暖めている親方が、話しかけてきた。


「兄ちゃんよ、彼女いんのか?」


よくある会話だが、毎回「いませんよ」と答えるのもシャクだなと思い、違う言い方で返答してみようと、試みるもやはりいつもと同じ返答をしてしまう。

「いないっすよ」

ちょっと語尾が強くなってしまった。

親方は、そんな言い方になってしまった僕に、気を使うように、優しく「もったいねぇなぁー」と、声をもらした。

こんな些細な会話を出来るようになるまでは、知り合ってから結構時間がかかった。

しばらく、沈黙のあと、誰かに話しかけるような仕草をしながら、一人言のように親方は呟いた。

「女は、やっぱり遠くのベッピンより、近くのなんちゃらだよなぁ、、、」

親方は、湯煙で霞む天井を眺めて、そう話すと、一人で納得するように口を一文字にして、湯船から上がって脱衣場に向かった。


親方が歩いていく姿をみながら顔を斜めにして、なんだったんだと眉間に皺がよった。


程よく体を暖めたあと、体を拭き脱衣場で、服を着がえ、銭湯をでた。


外にでると、月明かりが夜空に浮かび、

周りの家々の光が目に入る。

光の数だけ想いが紡ぐ。見馴れた道端で少しロマンチックに想いを焦がしていると、ブルっと体が寒さをかんじて震えだした。折角暖まった体を冷やして湯冷めしても仕方ないと家路を急いだ。


家に着き、お風呂セットを棚に戻し部屋へ足をはこんだ。充電器にセットした携帯から光がチカチカと鳴っている。いつもの迷惑メールだろうとそのままにし、寝床についた。


鳥のさえずりとともに朝日が顔を覆い目が覚める。いつもと変わらぬ朝の時間を過ごし、いつものように、仕事場へと動き出す。


電車に乗り、いつものごとく吊り革に身を委ね満員電車に運ばれていく。鞄を胸の前で抱え、揺れ動く人の重さに圧迫されそうになりながら、最寄り駅で電車を降りる。

ホームは、よくぞここまで並んでるなと思うほど、端から端まで電車を待つ人達が綺麗に並んで立っている。

並んで立っている人の間をすり抜けて改札口まで、ひた歩く。

改札口を通り過ぎると、目の前に知ってる姿が目にうつった。スリムなパンツスーツに短めのジャケット。少し前傾姿勢に、歩く姿は、柏田だ。

後ろから、肩に手をかけて声をかける。

「か、し、わ、だくんっ」

少し声が裏返ってしまって、ちょっと間抜けになってしまったが、ここは最後まで押し通し、そのまま続けた。

「おっはよーさんで、、、」

柏田の両肩に手を置き、顔を横に並ばせようと近く迄よった。

挨拶を最後まで言う前に、違和感を感じた。

「柏田、どうしたんだ?」

少しうなだれるように、顔に張りがない。思い詰めているようなかんじだ。

「、、、おう、おはよー」

明らかに、元気がない声だ。体調が悪いのか、もしかして、居酒屋のママと何かあったかと勘くぐってはみたもののよくわからない。

「元気ないなぁー、どうしたんだ?」

柏田に、なんとなく訳があるのか聞きたいが、なかなか答えてくれない。


「まぁな、そんなにうまくは、いかないよなぁ」

背中をポンと叩き、どれに対しても合いそうな言葉を選んで、柏田にふってみた。


柏田は、僕のそんな態度が気に入らなかったのか、話しかけたことが気にさわったのかわからないが、僕の腕を払いのけて、突然声を荒げ、襟首を掴んできた。


「、、っんだよ、てめえはよーなんも知らねぇーで、よくそんなこと言えんなー、、、だ、、、クソっ」

襟首を掴んで、いきなり罵声のごとく喧嘩ごしに言い放たれた。

「おい、おい、なん、なんなんだ!?」

咄嗟のことで対応できずに、持っていた鞄も落っことし、両手の手のひらを相手にみせ何もしてないよと、アピールするような姿勢をとった。周りの人達が、ざわざわと集まりだした。

「何でもないです、何でもないですから」

と、僕は右手を大きく横にふり、周りの人達に伝えようとしたが、襟首持たれたままでは、伝わるものも伝わらない。僕らをよそに、どんどん人が集まりだす。


「柏田、とりあえず手を離そ、なっ!?なっ!?みんな集まってきてるからさ、、、」

気を落ち着かせようと、柔らかい口調で、これ以上刺激しないように、言葉を選んで語りかけた。


「悪かった、悪かった。ごめん、ごめん

気を悪くしたんなら謝るから、、」

顔の前で、拝むように両手を合わせ、謝る素振りを見せた。

その姿を見てか、柏田が、顔を紅潮させて、ドスの利いた声を荒げ拳を握った。

「っざけんなっ、」

そう言い放つ柏田の右拳は、僕の顔を捉えていた。

「、、」

言葉を失い、後ろに殴り倒された僕は、殴られたことにも気づかず柏田の顔を下から眺めていた。


「、、てめえは、、、ッチ」

僕を睨み付けながら、言葉を吐き捨て歩いていった。柏田の右拳は、まだ握られている。


何が起きたのか、何で殴られたのかもわからず、頭の中は真っ白になっている。

殴られた頬は、軽く熱を持っている。


「、、、うん」

なんとも言えない感情と真っ白になった頭の中では、何も考えることが出来ない。僕は、体を起こし、ホコリのついたスーツをパンパンとはたきおとし、落とした鞄を拾い上げた。


「どうしたんだ?柏田は?」

殴られたことへの怒りよりも、何かしたのかと、自分をうたがった。

殴られた頬を擦りながら、集まってきた人達に、すいませんと頭を下げ、歩きだした。


仕事場に行く前に、トイレに寄り鏡のついた手洗い場で、顔を洗った。 鏡に写った頬は、少し黒ずんでいた。

鞄の中から、前に貰った絆創膏があるのを思いだし、そのままよりは少しはましだろうと、絆創膏を貼って仕事場にむかった。


自分の机にむかい、椅子の背に手をやりながら、腰をかけた。周りのみる目が少し複雑だ。


始業時間になり、一斉に仕事を始める。電話でアポイントメントをとる人、あーだこーだと話し合うグループ。コピーをする人といつもと同じ風景なのだが、何かが足りない。あずみの姿が見えない。いつもなら、始業時間前からあたふたと動く姿を見かけるのだが、今日はまだ合っていない。外回りからなのかと、余り気にしないように仕事にとりかかった。


「あの、これお願いしまーす」

書類を書き込んでいるなか、微かに香甘い香水の匂いとともに、目の前にコピーされた書類が流れ込んできた

「はーい、お願いされましたー」

書き込んでる手を止め、おちゃらけるように右手で敬礼してみた。顔を合わせてはいないが、うっすらと笑う吐息が聞こえた。

手にとった書類に目を通していると、後ろから、続けて声が聞こえる。

「あのー大丈夫ですか?今日殴られてましたよね?」

「えっ?!」

吐息がかかるぐらい顔を近くに耳元で話してきた、驚きのあまり、話す相手の顔の位置を気にせず振り向いた。

書類を渡してきたのは、よし乃だ。吉川よし乃。通称「よしよし」今年大学を卒業したばかりの、ノリが抜けない女の子。今時の子だ。

「っわ!!近いですよー」

勢いのあまり、鼻と鼻がぶつかりそうになった。

少し上体を起こしよし乃は話を続けて聞いてきた。


「何かあったんですか?朝から喧嘩なんて」

「いや、見られてたかあ、別になんにもないよ、心配してくれて、ありがとう」

「べっ、別に心配なんかしてませんからっ」

頬を膨らまして、あさっての方向に顔を向けている。

僕は、その姿をみながら、少し癒されるように気が緩んだ。黒ずんだ頬が、少しやわらいだ気がした。

「ところで、用はこれだけ?」

一つ咳払いをして、真剣な顔を作り、書類を手に、話を戻した。

「書類は、それだけなんですが、、、、今日の夜、その、時間あります?」

顔を少し赤めて、少しモジモジと手をもみながら、聞いてきた。

いきなりのことで、反応に困った僕の顔を見て、よし乃は続けた。

「あ、そんなんじゃないですから、違いますからっっ」

顔の前で手を横に振り、慌てた素振りで誤魔化している。

「ははっ大丈夫だよ、ok.つきあうよ」

右手でOKサインを作りながら、笑顔で答えた。

「っ!!それじゃ、また終わり頃に、、、」

そう言うと、よし乃は自分の席に戻って行った。


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