生徒との距離は信頼関係に拠ります 2
前回末尾改変しました。
そちらからお読みください。
あくまで白井はにこやかに、しかしきりきりと確かな力で――近藤と言ったか――首を固めている。
見た目は病弱美青年、儚い容貌に眩く輝く笑顔、しかし手元が限りなく物騒。
首元を固められている近藤を、友人は助けるかと思いきや、目と口が丸になって固まっている。
「「おばさん」は失礼極まる。お母さんにもそんな口聞いてないだろう? 人には敬意を以て接しようよ」
どうしよう、保護者からの視線が痛い。私も目の前の光景にビビッている。
重い荷物は必ず持ってくれる、後輩に優しく先生に礼儀正しくレディ・ファースト、学園の紳士が。それ結構強く締まっていやしないか?
「し、白井、ちょっと手元」
「安心してください、生きてますよ」
「今安心できる要素あった!?」
「男同士の説得方法の一つです」
「多分その説得まで至るまでに、何段階かあったと思うよ!?」
「男子特有のコミュニケーションですよ。よくあるよくある」
「男子怖い! タップしてる、白井そいつギブアップしてるよ!」
「うーん、ちゃんと骨身に沁みてくれないと。先日もあんまりなことを男子たちでやっていたし」
近藤の耳元に、白井はそっと囁いた。青年たちの顔がみるみる青ざめる。首元を締められているためだけではない。
「お前、それ…!」と叫ぼうとして、だが保護者の視線にぐっとこらえ、必死に白井を振り払った。
「だ、誰にもいうなよ、誰にも…!」
身を縮めて、友人と廊下を小走りに走って行った。
「…どうしたんだ?」
白井は黙って肩を竦め、返事の代わりに、ノートサイズの紙きれを渡してきた。
女子とおぼしき名前に順位と、5段階評価と幾つか書かれた「正」の字。この展開、自分が学生の時にもあった。
「…同級女子の、格付けチェックと人気ランキング…?」
「裏面は罰ゲームのエロ本の隠し場所です」
廊下の空気が冷たくなった。
「だけど、これってそんなに言いふらしてほしくないものか? 「誰でもやってるだろ」って言って、開き直りそうなものだけど」
私の時は大っぴらにやっていた。――勿論女性陣は公然と「だからお前たちはモテないんだ格付けダメだしチェック」をしてボコボコにやり返した――白井は苦笑して肩を竦めた。
「横の数字と裏面のアルファベットと、一緒になると凶悪ですよ」
「裏? …ああ」
わかった、これは、目測判断の…女子のバストサイズ。
女性陣の視線はますます冷たくなった。男性陣は明後日の方向を向いた。私はそっと微笑んだ。
男って、幾つになっても、バカなんだね。
「意中の女子や、保護者の方々に伝わったら特に嫌でしょうね。近藤だったら、大宅さんかな」
「うん?」
「おっと、口が滑った」
うん、口が滑っただけね。近藤の、「誰にも言うなよ」って発言に白井は返事してないしね。
アルファベットなんぞ、セクハラ一直線だ。これが名家有力者の保護者に知られたら、訴えるところまではいかなくても白い目で見られるだろう。隠し場所…お母さんには知られたくないなあ。
なるほど、これはとんでもない機密文書だ。ぜひともお焚き上げしなくてはなるまい。
職員室でライターを借り、校庭の隅の木陰に行くと、白井が灰皿とコップに水を持ってついてきた。
「本当に気が付くなあ。火の始末とかまったく考えていなかったわ」
「学園内には重要文化財もあるんです、洒落になりませんよ」
灰皿の上で火をつけると、あっという間に火が回った。痛んで柔らかくなった紙は、白い灰になって崩れた。
「白井、拾ってくれてありがとうね」
「部員を呼びに行った時に、彼らが教室から出て行くところに通りがかって」
うっかり知られて傷つく子がいてはいけませんから、と呟く白井の横顔は呆れ気味で、やはり誠実な紳士だった。
だが同級生の首を締め上げ、「誰にも言うな」と言われた先から保護者の面前で機密文書を教員に手渡しする、白井は鬼だ。
白く透き通った肌に、初夏の光が散って、見た目だけは相変わらず儚かった。
「…白井はさあ、赤宗と仲良かったの?」
白井の手が微かに震えた。が、それだけで、知らぬふりで手元の灰に水をかけた。
「…フツーの同級生ですよ。話す機会はあんまりありませんけど」
「真輝って下の名前で呼んでなかった?」
「どうだったかなあ」
空っとぼけた。「近づくな」という思わせぶりなセリフなどまるでなかった風で。
――なのに何だか、三年前、みたいに。
先日の言葉が脳裏を走った。
何かあったに違いない。しかし赤宗からは何も聞いていない。黄葉の言葉から推察するに、赤宗の様子が変わったのが三年前、その前後。
「どうしてそんなことを聞くんです。ああ、生活調査ですか。大したことは僕は言えませんよ。悩みとかなら、うーん、生物の成績が上がらないんだけど、これは黒瀬先生に言っても」
「赤宗と仲良くしてやってくんないかな。一緒にご飯とか食べてやってほしんだけど」
「僕が食べなくても、他にも大勢ご飯を一緒にしたいのはいる…」
「三年前のが原因なの? 私がどうにかするから。二人になるのが嫌だとかそういうのなら、間に入ってとりなすとか」
言って、気づいた。自分が大きな間違いを犯したことに。
「三年前のこと、聞きましたか」
「事情? いや取り立てたことは」
「そうですか」
白井は、ふんわりと笑った。裏腹に、彼との間に、明確な線が引かれた。向こう側とこちら側、知っている者と知らない者、余所者と身内。立っている場所は変わらないのに、一瞬で世界が分かたれてしまった。
「オレは言ったはずだ、関わらないでと。事情も何も知らないのなら」
こう言っては何ですが、と前置きしてから、白井の目が冷たく私を見据えた。
「余計なお世話だ」
絶対的な拒絶を叩き付けて去って行く彼を見送りながら、私は灰皿を片手に呆然としていた。
大変な不定期ながらお付き合いいただきありがとうございます。
久々過ぎて申し訳なく思っております、何かきっかけがあればリクエストという形でお答えできればと思っております。きっかけとか分かりませんけど。受付方法もわからんけど。おいおい考えます。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
…PVって何かな?
2020.3.22 改訂