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悪役令嬢と呼ばれたがそれより隣のカリスマがこわい【連載版】  作者: 良よしひろ
2.シナリオ探索だがそれよりノート提出である
26/35

ノート提出に潜ませて 3

 気を取り直し。教室の中心に陣取って、三人そろってノートを取り囲む。

 必死にページを繰る手は丁寧だが、小さく未発達で、四苦八苦しながら、赤宗の方をちらちら窺う。赤宗は微笑んでその視線を受け取って、時々嬉しそうに頬を染め笑う。私はそれを背を丸めノートをのぞき込みながら、目の端でそれを眺める。甘酸っぱい。…赤宗の目が座っているのはちょっと怖いが。

 赤宗を出し抜けなかったのは残念だが、シナリオは期限内に手に入ったので、A子嬢の扱いはシナリオを確認した後で、A子嬢の行動次第で考えるとのこと。

 アコちゃんも甘酸っぱい思いをしているし。結果悪くなかったのでは。個人的には何故か目の前の光景に、反道徳を通り越して退廃と悪徳を感じるんだけど。純朴な少女と彼女を唆す美しい悪魔の皇帝。うーん、違和感がない。


「いくつか確認しますね。黒瀬先生は、乙女ゲームはやったことが?」

「ほぼない」

「このノートを読んで分からなかったことは?」

「…全然読んでない」


 純恋嬢から電話があった直後こそ呆然としていたが、翌日にはノート点検を済ませ返却しなくてはならないと気づき、回収したノートすべてを確認しコメントと個人的な評価をつけ、残っていた小テストの採点を終わらせたときには午後七時をとうに回っていた。うんざりして帰宅し、翌朝七時過ぎに出勤して授業準備をして、今日は六時間ほぼすべて授業で埋まっていたので、まともに手に取れたのは実は先程のことだった。…加えて。


「…文字の幼さと電話越しの奇声で…狂気かな、て思って」

「ああ…」


 赤宗を前にアコ嬢はちょっと恥ずかしそうに口をすぼめた。ごめんね、でもちょっと…狂乱の最中なのかなって、不安になったんだよ。


「じゃあ、シンプルなあらすじにして説明しますね」

「覚えている範囲でいい、主だったイベントやクリア条件、時系列で頼む」

「はい、がんばります!」


 赤宗の微笑みに、アコちゃんは頭のてっぺんから手のつま先まで真っ赤になった。


「ごめんなさい、乙女ゲーム未プレイの人間にも分かるように噛み砕いて砕いて砕いて説明してください…」


 「ステータス」だの「パラメータ」だの、マックスだの割合がどうこうすると小緑と橙野のイベントがスチルがあーだこーだ、ルートがあたふた…赤宗がメインキャラで、難易度高い、といわれても、「難しい」の基準もわからないのだ。


 さて、肝心要のシナリオであるが。


「はあ、成程。王道の青春学園もの、ね」


 ゲーム名は「きみと彩る虹色の日々」、通称「きみ虹」。

 工夫されたストーリー、あくまで「青春」学園を貫いたこと、豊富かつ美麗な絵によって、乙女ゲーム業界の息を吹き返らせた。メディアミックスによるコミカライズとアニメ化、実写映画化を果たすまでに一世を風靡した。

 ゲームは、デフォルト名「桜井彩夢」が、入学式、学園校門の桜並木に立つシーンから始まる。

 母の死により、父の実家である名家に入ることになった庶民派主人公は、礼儀作法を学びステータスを得るため、資産家名家の子息令嬢が集う有名な私立学校、聖ウルスラ学園に入学する。憧れの名門校の入学式ということで、期待で一時間も前にやってきたヒロインは、桜並木で歌い踊っているうちに転んでしまう。そこで、その場にたまたま居合わせた、美しい顔立ちの青年に助け起こされた。青年の、優しくも寂しさを感じる微笑み。彼女は淡い恋心を抱く。


「これが、オープニングのスチルになります」

「…マジでオープニングだったのか」


 神がかった偶然にぞっとする。いや、これは、ゲーム補正なのか。


 攻略対象は7名、隠しキャラ1名を加え8名。苗字に必ず色彩が入っていることから、「レインボーズ」と呼ばれている。


 赤宗真輝は「赤」、メインヒーロー。高1、世界屈指の大財閥の一人息子で、教員、先輩を差し置き学園トップに君臨する微笑みの王子。美貌と優れた身体能力、頭脳を持つ腹黒ドS。微笑みは常に穏やかながら、底知れない冷たさと寂しさを孕んでいる。優秀な成績であるヒロインに興味を示し、ヒロインは彼が会長を務める生徒会に加わることになる。


 橙野太陽は「橙」、年下キャラ。中3、世界的音楽家の息子で、運動とフルートが得意。学園の弟的存在で、明るく人懐っこい性格で誰からも愛されている。レインボーズの誰とも仲が良いが、彼らと比較されることが多く、コンプレックスを抱いている。


 黄葉颯翔は「黄」、イケメンキャラ。中3、レインボーズ随一の美貌とファッションセンスを持つモデルである。一見不真面目でいかにも「チャラい」青少年であるが、根は真面目で誠実であり、付き合っていた女性たちとの思い出で、女性不信に陥っていた。なかなか素直になれない自分の態度に忠言を呈したヒロインに興味と好意を持つ。


 小緑獅央は「緑」、癒しキャラ。高1、花とお菓子をこよなく愛し、料理部に在籍してパティシエを目指す。いつもお菓子作りをして甘い匂いをさせているヒロインと接近する。


 青景邦優は「青」、秀才、かつツンデレキャラ。高1、日本屈指の財閥の跡取り息子であり自分にも他人にも厳しい努力家。家の意向で赤宗と長く友人として付き合っているが、赤宗の優秀さにコンプレックスを、家からは重圧を感じている。成績優秀なヒロインをライバル視しているが、徐々に甘く優しくなっていく。


 藍原泰心は「藍」、お色気キャラ。教員。唯一の成人であり、色気のある容姿と声で、事あるごとにヒロインをからかい翻弄しながら、圧倒的包容力で彼女の成長を見守っている。


 紫垣琉晟は「紫」、不良キャラ。高1、家族との不和で学業にも将来にも投げやりになり、夜間に出歩き昼は授業をさぼってばかりの生活を送っていた。何かと自分を気にかけ授業に連れ出そうとするヒロインが鬱陶しく、不可解で、しかし暖かな言動に、次第に心を開いていく。


 白井陽希は「白」、隠しキャラ。高1、常に図書室で読書しているところをヒロインと出会う。難病を患っており、成人できないだろうと言われ、将来に絶望していた。ヒロインの元気いっぱいの言葉に慰められ、生きる希望を持つ。


「…これ色々バグってない?」

「バグっているとは、現実が? シナリオが?」

「げ、現実も大概バグのようなあなたたちレインボーズですけれども!」


 いいなあ。だって設定だと、小緑とか、対応もソフトでとても素直そう。黄葉も真面目で、婚約者にヤキモチ焼かせようとして女の子と付き合うとか絶対しないだろうし。


「いや、白井が難病とかダメだわ、やっぱナシ」

「そういうと思ったよ。だが確かに、ズレが大きいな」

「アコちゃんはどう思う? レインボーズの様子って、小学校まで噂が行ってるの?」

「はい。確かに、設定と大分違うのは気づいてましたけど、ここまでなんて」


 アコちゃんも首を傾げる。

 黄葉はモデルをしたことはない。青景は別段成績に固執はしていないし、紫垣は授業をさぼらなくなった。小緑は料理部ではなくバスケ部で園芸にはまっているわけでなく将来の夢もない、橙野に至っては、ズレというよりもはや別人の領域だ。


「ゲームはどうやって進めるの?」

「ヒロインの能力は国英数理社の総合学力、料理、体力、センス他多数、パラメータで表示されます。攻略には、このパラメータをサポートキャラからの情報と対象からの反応をもとに、これをタイミングやキャラによって調節することが必要です」


 但し、白井を除き、すべてのキャラクターにはライバルキャラが在る。会話の選択を間違えたり、あるいは能力が足りないと、攻略対象はライバルと恋愛関係に陥り、攻略できなくなってしまう。彼女らと恋のさや当てをしながら、自身のステータスを引き上げつつクリアを目指す。


 ライバルキャラは、それぞれ婚約者の色を持つ花を、名前としている。

「赤」は一井(いちい)(らん)、「橙」は来摩(くるま)ひまわり、「黄」は橘葵、「緑」は蕾見(つぼみ)薔薇(そうび)。「青」は三本(すみれ)、また青景(あおかげ)(つゆ)。「藍」は(みなもと)桔梗(ききょう)。「紫」は常夏(とこなつ)撫子(なでしこ)


「…………カスってはいる!」

「…こう見ると確かに、花に関わる名前ばかりだな。「露」は「露草」か。邦優の妹だな。…こういうことか」


 赤宗は言いながら、アコ嬢のノートの隅にイコールで名前を結んでいく。

 「一井蘭」と「市居蘭」、「橘葵」と「立花葵」。

「「源」は「水元(みなもと)」だろう。泰心の婚約者だ」


 「源桔梗」と「水元桔梗」を結んだ。

 藍原先生、やっぱり婚約者がいたのか。黄葉は「婚約者がいる」ようなことをいっていたのに、体育館倉庫で「恋人はいない」って言っていたので不思議だったのだ。あれか、「恋人はいないけど婚約者はいるよ」ってか。いちいち紛らわしいことを。


「三本は「菫」になってるな…たしかに音は花の名前だ、字面のインパクトで全然気づかなかった…アコちゃんって、ライバルキャラの妹だったんだね」

「わたしも、記憶を思い出した時びっくりしました。三本純恋に妹がいるなんて設定、なかったし」

「青景の妹さんと一緒にライバルキャラ? え、彼女青景のこと好きだったの?」

「ううん。お姉ちゃんも、攻略キャラの話するときは結構フツーで」


 アコ嬢はため息をつく。妹の目からは、恋をしているとは到底思えないという。

 だよねえ。学校でも、三本純恋の反応は、青景ファンの女生徒と一線を画している。たまに熱視線を向けているが、種類が違うように感じる。どっかであの種類の視線は見たことがあるんだが。

 そして、もっとも一番意外な名前。


「…「蕾見」って誰?」

「学園に「ツボミ」という音の生徒は、「早苗蕾」しかいないな」

「えっ? 「早苗蕾」のこと? 「緑」の恋敵ってえ赤宗学園の児童生徒の名前全員把握してるの待って一つずつツッコミ処理したいからこの件は後日…」


 なんで早苗なんだ。先日小緑と衝突していたのが珍しかったくらいに、大人しい静かな子だ。乙女ゲームのライバル役なんぞ、荷が重すぎる。A子嬢に一方的にまくしたてられてぽかんとしているうちに、事が終わってしまう。


「獅央と取り立てて仲がいいということもないな」

「何も聞いてないの?」

「口の端にも上らない」


 ふむ。それはそれで気になるけれど。小緑の先日の口ぶりだと、「あいつ鬱陶しい」ぐらいは吐き出していると思っていた。小緑はあまり好感情を持っていなかった気がするのだが。

 

「先を聞いてから考察をしよう。まだ黒瀬先生が出ていない」


 そうだ、ゲームにはまだ続きがあるのだ。

 「きみ虹」では、悪役らしいキャラは一井、もとい市居蘭と青景露で、その青景露も、友情を育むルートがある。更に、ライバルキャラが攻略対象と恋に落ちても、その恋が妨害され、不幸な結果に終わってしまうルートすらあるらしい。つまり彼女らは、恋を競う「ライバル」であって、「悪役」ではない。

 ヒロイン、攻略対象とライバルキャラの恋愛の最大障壁にして最悪の悪役。


「それが、「黒瀬百合」、です」


 開かれたノートのページには、背を覆う豊かな黒髪。妖艶に伏せられた長いまつ毛と、冴え冴えと暗い黒の瞳。黒く塗られた唇に、蠱惑的ながら酷薄な微笑みを浮かべ、豊満な肢体のラインを惜しげもなくさらす。設定を記したページには、冷血と形容するに相応しい、美しい女が描かれている。


 黒瀬百合。すべてのルート共通の敵、最悪にして最大の悪役令嬢。

 実家は日本屈指の財閥。自信家で、容貌に絶対の自負があり、派手好き、男好き。優秀で生徒思いを装っているが、数々の犯罪に手を染め、人々を不幸に陥れ、苦しむさまを見て喜ぶ悪女である。体を使って仕事を取り、実家の権力に加え、その手練手管で篭絡した数多の男性のツテやコネを持って、男子生徒に手を出し、気に入らない者は教員生徒関係なく、いじめや冤罪によって破滅させていく。


 どの攻略対象でもどのルートでも、あらゆる場面で暗躍する。「黒瀬百合」は財力と人脈、使えるものをすべて使い、数え切れぬ人々を虐げた。ライバルキャラや保護者、生徒、教職員、その大勢を唆し脅し操り、あの手この手で主人公と攻略対象の仲を邪魔し、引き裂こうとする……。


「忙しいな「私」!」


 働き過ぎである。ゲーム内の「私」は、実は誰より情熱を秘めた教員であるに違いない。体を使ってまで仕事を取りに行くって。論文の盗用ならまだわかる、キャリアになるから。教員の仕事なんて、雑務がほとんどだ、やっても功績になぞならない、数ばかりやたら多いだけ。むしろ私はサボりたい。


「なんでそんなに子どもの恋路を邪魔したいの?」

「えっと、すべて男が自分のものじゃないと気が済まないって性格です」

「なんで気に入らない生徒を破滅させるの? ほっとけば?」

「人が幸せになるのが我慢ならない、不幸にさせるのが生きがいなんです、そうやって人の上に立っているつもりになっているっていう」

「人を不幸にしなきゃ人のマウント取れないの? それ以外に生きがいがないって寂しくないの?」

「それくらいに、黒瀬先生。アコちゃんが涙目じゃないか」

「あっハイごめんなさい」


 赤宗は頷いた。


「ゲームがバグっているというより、君がバグだな」

「「どこか」じゃなくて…存在が…バグ…!」


 何故か存在を全否定された気分に。

 黒瀬〈バグ〉百合は置いておくとして、ゲームの「黒瀬百合」の末路はどうなるのだろうか。


「いろいろパターンはありますけど、結論から言えば「黒瀬」は破滅します」


 どれも自分の実家が破産し、悪事が暴露され、軽くても辞職して社交界は追放になる。そのほか末路は、自殺、破滅させた男に襲われ刺殺、撲殺、協力者に逆上され紆余曲折の末事故死、豚ジジイの後妻、行方不明、以下割愛、皆さまの想像できる悲惨な末路をあてはめたらそれが正解です。全年齢対応のゲームに許された悲惨の最大値を全部並べたてられた。


「フルボッコ「私」…何があってこんなサンドバッグキャラ作ったの? 前世の貴方に何があったの?」

「よ、よく覚えてないです…」


 アコちゃんは、赤宗が言っていたような涙目、という訳ではないが、おろおろしている。


「ご、ごめんなさい先生っ、設定と大分違ってて、わたしもびっくりしてるっていうか」

「うん、まあそうだね、こうなるとは思ってないよね。当然だよアコちゃん…」


 ゲームの「黒瀬百合」はなんで旨味の少ない教員になったんだろう。容姿に自信があるなら、大統領夫人か石油王の奥方になって一国牛耳ればいいのに。殷の妲己もメじゃないのではないか。

 諦め半分呆れ半分でため息をつくと、赤宗は微笑んで肩を竦めた。


「黒瀬先生は淡泊だな。仮にも、近しい異性に婚約者がいたというのに、反応が薄い。妬いてもくれない」

「あらやだ、この子ったらませたこと言うよ。…まずゲーム内の「私」がありえなくてびっくりだし、婚約者とか、現実味が薄くて。強いて感想言おうか、市居サンとか頼むからもう学校来ないでほしい、立花さんには黄葉の面倒押し付けたい」

「残念だ」


 にこにこと笑む赤宗は、随分余裕がある。それどころじゃないはずなのに。


「…アコちゃん、今更だけどこれ、確かに「前世の記憶」なんだよね」

「はい」


 不思議そうに顔を挙げたアコ嬢に向き直る。


「誰かから伝え聞いたとか、嘘偽ったとかでは、ないんだね?」


 私の言葉にはっとして、アコ嬢は一瞬唇を強く結び…真正面から、私に頷いた。


「嘘偽りなく、正気を疑われようと、これはわたしの「前世の記憶」です」


 強い光を宿した目で、力強く。


「赤宗様に誓います!!」


 …そうか…神様でもなく命でもなく赤宗に誓っちゃうのか…これには赤宗様も無言でにっこり。


「うん………………えー……誰かに話したとか、ばれたということもなく?」

「ないと思います」

「では、この世界は、「きみ虹」というゲームと何らかの関係にある世界と考えて行動すべきだな」


 赤宗が断定した。もう略称を使いこなしている。

 では、その前提でいくと。


「シナリオ通りに進むのか、ゲーム補正ってあるのか、って言うことだよな」


「黒瀬百合」の「バグ」っぷりや、他の攻略対象と呼ばれる人物たちを見ると、シナリオ通りの展開は難しいかもしれないし、シナリオは既に破綻しているかもしれない。だがオープニングイベントや、登場人物らしい人物は揃っている。ゲーム補正が働いてしまうかもしれない。


「いや、そもそもこれだけ設定にズレがあるってことは、「きみ虹」オリジナルの世界じゃなくて、二次創作とかリメイクした作品とか、派生作品の世界であるってこと?」

「でもそれにしては、性格や設定のズレが中途半端です。リメイクするならもっと大胆に変えるだろうし、二次創作なら、流石にもう少し原作に忠実でしょう。婚約者の名前にもズレは出ないと思います」

「そうだよねえ…」


 対して赤宗は、問題だと思っていないらしい。パラパラとノートをめくる。


「この際、世界がゲーム準拠か、二次創作かは問題ではないよ。

 困るのは、「ゲームの世界に生まれたこと」によって、「当人の意思を捻じ曲げられて」「多くの人々が不幸になる」ことだ。

 つまり「いかに攻略対象を攻略させないか」。要点は、相手が次にどのような行動に移すかだ」

「A子嬢は、イベントとかスチルって言ってたから、ゲームの世界だとは思っているんだよね」

「ではゲームのシナリオに沿って行動すると思っていいだろう。アコ、近々にあるイベントは分かるかい?」

「はい! イベントは思い出した限り書き出しました。でも時期がはっきりしているのは、共通イベントに出てくる行事物くらいで…」


 赤宗がのぞき込んでいるのに少し舞い上がりながら、彼女はノートを繰って確認する。ちょいと私ものぞき込むと、途中に見逃せない文字を見つけて思わず呻いた。



「…誘拐?」



 え、ジャンル間違ってない? そうだ書き間違いだわ、見間違いだ。


「それ、赤宗ルートです」

「これ青春学園恋愛ゲームだよね!?」

「あ、赤宗ルートは、ちょっと危険でドキドキ、リアルを離れたお姫様気分がテーマだったので」

「それでなんでスリルとサスペンスまで投下したの!? お姫様ハードモードだよ!」

「正確には、赤宗グループを率いていくことになる赤宗真輝を引っ張り出すために、意中の女を人質にしようとヒロインがさらわれるという」

「サラワレルトイウ!」


 ありえない、いくら上流階級の子どもが多いからって、二次元じゃあるまいし、そうそうあってたまるものか。必死で赤宗に食いつく。


「誘拐なんてありえないよね!」

「誘拐は最近はないな。中学に上がってからは滅多に。計画段階で大概潰している」


 もう、やだコイツ。

 誘拐なんて御免だ、しかしじゃあ私が赤宗やA子嬢を守るのか? 不可能だ。赤宗財閥が防げない誘拐を、一介の教員がどうこうできるはずもない。


 …こうなったら祈るしかない。大丈夫、誘拐なんてない、日本は治安のいい国、赤宗は大財閥の御曹司でセキュリティ対策は世界トップ。ゲームのイベントは未然に防げる。防げるったら防げる。だから仕事は増えないし無用な心労もない。


「払いたまえ清めたまえ南無妙法蓮華経アーメン…で、共通イベントって言うのは?」

「どのルートでも発生する、運動会のイベントです」


 イベントは二つ、一つはなんでも、好感度によってヒロインと接触する攻略対象が変わり、ここで攻略対象の好感度がどれも一様に高いと、赤宗を引っ張り出せる、らしい。もう一つは赤宗攻略のキーポイントになるので、これも外せないんだとか。


「赤宗が出てきたら、逆ハールートは順調です」

「そりゃ気合い入れてくるだろうなあ」

「ではこのイベントで、このシナリオが、どこまで「黙示録」として通じるか、ゲーム補正の効力が働くか。ここで少し確認してみよう」

「黙示録?」

「ここに描かれているのは、俺たちの人生と過去、そして未来だ。いわば予言書だろう」


 だから黙示録ね。ということは、アコちゃんはこの世界の生みの親、エホヴァか。


「女性だから、聖母マリアじゃないか? 聖母マリアの黙示録、だ」


 何やら大仰だ。ふうんと生返事をすると、赤宗は微笑みながら、ふと気づいたようにアコちゃんからノートを受け取り考え込んだ。


「…黒瀬先生、邦優の進路相談に乗ったか」

「いや、前も言ったけど愚痴まくしたてただけだよ」

「邦優はそうはいってなかったけれどね…。邦優をクラスで褒めたのは、去年か」

「わたし、聞いてます。ホントはアツくて優しい人だって、ツンデレだって広まってきました」

「褒めたけどあれは…いったい何の話?」


 赤宗はあっさり告げた。


「ノートに、イベントとして載っている」



 はい?



「琉晟のサボりも、一昨年去年と追いかけまわして、辞めさせたね」

「だってあいつの言いぶり腹立って…」


「お前の授業ツマンねえ」と言いやがるので、「一回でも寝ないで授業聞いてから物を言え」と、彼のサボりスポットに奇襲をかけまくったのだ。今思うとよく保護者から文句が来なかったものだ。


「獅央に手作りのお菓子を食べさせた」

「それ初等部にも噂来ました! 廊下で仲良くおしゃべりしてたって」


 アコちゃんが元気よく手を挙げた。なんで初等部にまで噂が行ってるんだよ。


「というか「食べさせた」んじゃなくて一方的に「食われ」て「文句言われ」たんだよ…」


 颯翔と街中でデート、泰心との噂、他にも一つ二つ、三つ…。私も把握していない噂として広がっているらしい。赤宗は指を折り、深くうなづいた。


「ここまでのイベントを幾つか、君がかっさらっている」


 マジか。赤宗の台詞が理解できるにつれ、じわじわ嫌な予感が沁み込んできた。


「「悪役令嬢」として居合わせたんじゃ? それにそんな小さなことが「イベント」なのか?」

「生徒の日常に大小をつけちゃあいけないだろう。恋愛ではすべてが大切に輝くものさ」

「今挙げたイベントは、「黒瀬百合」は登場しません」

「時間軸はどうなるんだ? 去年や一昨年も含まれるなんて」

「ズレの範疇じゃないか。何しろ黒瀬先生は原型をあまりとどめてない」

「悪かったなバグで」


 やばい。この流れは不味い。どうにかして否定しようとするが、微笑む赤宗と意図していないアコちゃん二人して畳みかけられていく。だってこの展開、ネット小説を楽しんでいる時に知っている。ヒロインと関わるうちに、立場が少しづつ変化し成り代わっていく、つまり。


「黒瀬先生、ヒロインを強奪しているんだよ」


 赤宗がにっこりと最後通牒を突きつけた。


「やあ、お相手は黒瀬先生か。これはこれは」

「ない、それは絶対ないから!」

「なぜ? 攻略対象を守れるし、君は「あれ」を含め、自分の生徒全員を守れる、一石二鳥だ」


 A子嬢という通称ですら絶対に口にしようとしない赤宗は、実に楽しそうにノートをめくり、「これなんか楽しそうだなあ」と独りごちる。

 私は頭を抱えた。嫌だ、絶対にお断りだ。生徒一人、レインボーズ一人だけでも疲れるのに、これ以上心労を抱えてたまるか。


「そうだ、アコちゃん、ヒロインしない!? アコちゃん可愛いし、素直でけなげで余裕だと思うの!」

「えっ、あの、でも」

「まあ否定はしないけどね。社会的にも物理的にも不可能だろう。相手には泰心もいるんだよ? 初等部との校舎や時間割の違いをどう埋める?」

「ああくそ、見た目だけはあの野郎夜の帝王だもんな、校内の距離も小学一年には…」


 赤宗は上機嫌に笑みを深めた。


「余裕だな、先生。自分のことはもういいのか」

「良くないからこんな風に考え込んでいるんでしょうが」

「君、「悪役令嬢」で、「ヒロイン」の可能性もあるのだよ? そして、アコちゃんは乙女ゲームには設定されていない、登場人物の親族だった」


 言われてもピンと来なかった。目をまたたかせると、赤宗はくすくす楽しそうに告げた。


「登場人物の実家はほとんどが名家で、婚約や恋愛によって社会的地位が飛躍的に向上する。つまりヒロインは邪魔だ。もし、転生者が、アコちゃんと同じように、その名家の内にいたとしたら、どうする?」

「どうするって、邪魔するかな。それかシナリオを使って攻略対象を落とす」

「本当に、黒瀬先生は純朴だ。でも、もっと後腐れないようにするなら、そう、ヒロインを殺してしまえばいいんだ」


 一瞬息が止まった。アコちゃんまで、喉がひくっと鳴って固まってしまった。


「こ、婚約程度で暗殺とか」

「君は同時に「悪役」なんだよ、ヒロインの立場を利用して、全力で没落させてくる可能性もある」

「私!? 私はそんなつもり」

「それに、その可能性がなくとも、「赤宗真輝」には、人の命を犠牲にする価値がある」


 そうは思わないかい、赤宗は美しく首をかしげ尋ねた。世界でも指折りの大財閥の御曹司、本人も優秀な能力を持った金の卵。手に入れられれば、成功は約束される。


「そして、設定とは違って、君は一般家庭の娘。まず先に、君が狙われる」


 大丈夫、守ってあげるよ。だからこれまで以上に、傍においで。

 赤宗の喜色に溢れた声を聴きながら、私はその場に崩れ落ちた。私は仕事していただけなのに。教職について、いや現代日本で「暗殺」ってマジか。ないないないない、絶対ない。

 私は再び頭を抱え込んで、地を這うような唸りを上げた。アコちゃんは赤宗を見て赤くなったり、私を見て青くなったりと忙しかった。


ブックマーク4000件ありがとうございます。

評価感想など、いつも励みになっております。機会があって切りのいい数字が来たら、リクエストもやってみたいと思っております。

また誤字訂正も有難いです。誤字脱字王過ぎて泣ける。

これからもよろしくお願いいたします。


2020.3.20 改訂


2020.3.19 改訂


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