表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢と呼ばれたがそれより隣のカリスマがこわい【連載版】  作者: 良よしひろ
2.シナリオ探索だがそれよりノート提出である
23/35

伝統文化を伝えてわかったこと 急転開

前回の続き。


2020.3.8 副題改訂 ※「急転開」は誤字ではなくわざとしてあります。

 A子嬢は足音も高く、私と葵嬢に詰め寄る。


「黄葉くんは何も悪くないわ、周りが悪いのよ。彼を理解して、守ってあげるのが、本当の教師じゃない!」

「え、あ、うん。ソウダネ!」


さっきの黄葉の涙が胸に刺さるので、素直に謝ってしまった。


「服やマニュキュアだって、望んでやってるんじゃないわ、モデルの仕事を理解しようとして、誠実なだけ、完璧主義者なのよ。それをつるし上げるだなんて、まるで処刑みたい!」


え、マニキュアの話?


「…黄葉、貴方モデルしてた?」

「一切してない」


 だよなあ。ネットへの写真すら赤宗の検閲対象なのだ。ツメはコイツの趣味だし。


 廊下はいつの間にか、間抜けた喜劇の舞台に成り下がっていた。

黄葉は私からじりじり距離を取り、葵嬢の影に隠れる。A子嬢は鼻を鳴らすと、さらに詰め寄り、次は私越しに葵嬢を睨みつけた。

これはもしかして、二度目のライバル対決。


「立花先輩、いい加減、彼の個性を認めてあげて!」

「貴女、もしかして入学式の? 名前は?」

「政略結婚なんて間違ってる、愛がなければ人は幸せになれないのよ!」

「……愛と希望のある人生は万人の目指すところです」

「なのに、家柄や体面ばかり気にして、黄葉くんと家族は何のかかわりもないわ!」

「…養育という点で、関わりはあるのでは。家を無視していい理由とはならない」

「黄葉くんは自由なのよ、あなたには関わりない!」

「自由は責任が伴うもの、部活や人に対して不誠実であっていいとは思いません、その為に知人が注意することは必要でしょう」


 A子嬢は一方的に、恐らく乙女ゲームで設定されたセリフをまくし立てて、火花を散らせている。

対し、葵嬢は困惑しつつも、すべてに正論で返す。

表面だけは会話が成立しているが、言葉に込められた真意は、まるでかみ合っていない。私一人がもやもやするばかりで、「まあまあ」と執り成すのが実に空虚だ。なんて場に居合わせたんだろう、助けて誰か!


「どうした、黒瀬」


攻略対象候補は呼んでない!

 藍原先生が、橙野を小脇に抱えて、顔を真っ赤にした久留間を連れてきた。さっさと職員室や部活に逃げて行ってくれたらよかったのに。

心中のつぶやきを余所に、人垣は自然と彼らのために道を開ける。A子嬢は顔を輝かせ、しかし次いで眉にしわを寄せた。


「なんでここにいるの? このイベントに他キャラなんて出なかったわ!」


 誰にも聞こえない筈の小声が、しかし一番近くにいた私には聞こえてしまった。やっぱり、イベントだったのか。

 藍原が橙野を下ろすと、生年は久留間の手を取り必死に抗弁した。


「泰心さん、百合先生に襲われたことは見てないから! 誰にも言わないから!」

「太陽、小さい頃から思ってたけど、お前やっぱりおっちょこちょいだな」


 ざわり。

周りが明らかにうろたえた。黄葉と葵嬢が驚愕の目を向け、A子嬢が私を睨みつける。


「百合ちゃん、そんな、テルじゃなくて泰心が狙いだったの!?」

「そんなんじゃないから…」

「ルマちゃん、大丈夫だから! 一緒に怒られよ!」

「橙野くん!」

「怒ってないから……」


 固く手を取り合ったカップルは、可愛いらしくてつい、小さな恋の旋律を歌ってしまいそう。


「あっ、あの、百合先生、やっぱりあーゆーことは、もう少しロマンチックなところで…!」


周辺に、私と藍原先生の誤解さえ生んでいなければ。


「ルマちゃん、幻を元に忠告するのやめようか! 私幼児よろしく抱えられてただけだから! チビデブ発言されてたから!」

「黒瀬、俺そんなこと言ってないぞ、小さいけどちゃんと重いって言ったんだ」

「言ってる! 許しませんよ、絶対にだ!」


 ちょっと傷ついただろうが。

 A子嬢は藍原先生達に速やかに距離を詰め、橙野と久留間の手を引きはがす。美しくも健気に、藍原先生を見上げる。


「藍原先生、黒瀬先生が何を言っても、夢は追いかけるべきです! わたし、頑張りますから!」


 藍原先生は面食らったまま「まあ夢は大切だな」と、こちらも正論で返した。藍原先生の夢なんて、私知らないんだが。

A子嬢はにっこり笑うと橙野の肩を掴んで、私の方へ向き合うようにぐるりと振り回した。


「橙野くん、君は自信を持っていいのよ! 他のレインボーズたちなんかと、比べる必要なんてないの! わたし、貴方の音楽が大好きよ!」

「へ? 誰だっけ?」

「君は立派な男の子!言いたいことを言っていいの! あの先生に、言わなきゃいけないこと!」


 A子嬢は熱く訴えるのに、橙野は不思議そうに彼女と私とを何度も見やった。彼女の発言に心当たりがないのだ。A子嬢は期待の目で橙野を私の方に押しやる。

私は肩を竦めて、「まあ何か聞いてみなさい」と促した。そうしなきゃA子嬢は離してくれないだろう。橙野は散々首をひねって、はっと顔を上げた。


「じゃあ、試験範囲教えてください!」


 彼は言いたいことはさっさと聞いてしまう性質なので、今更言いたいことなど、試験のヤマくらいないのである。

A子嬢はぽかん、としている。最近よく見る表情。


「授業でやったところが試験範囲です」

「そんなあ! ヤマ教えてよ! 配点は、文法出るの、黒板に書いたのは出る!?今日の授業とかは?」


 橙野は必死だ。あーでもないこーでもない、質問を繰り返し、出る問題を絞ろうとする。その態度は嫌いじゃない。


「さてね。きちんと授業で教えたことを答えればいいんだよ」

「大丈夫!覚えてる!「男はみんなスケベ」!」


 周りの視線が一気に冷えた。また誤解だ。そんなことは教えていない。


「藍原先生、そうなんですか?」

「久留間、それ、俺が同意したら色々非難されるから」


 見た目だけは夜の帝王の藍原先生である。イタイケな少女に「男はスケベだよ」なんて言ったら、存在に年齢制限が掛かってしまう。

 葵嬢の視線が向いたのに狼狽えた黄葉は、青くなったり赤くなったり、一気に挙動不審になった。


「えっああっの、えと、おおおおおオレはそんなことないっていうか、その」

「ハヤトはよく女子と遊んでるじゃん、そーゆーの分かる?」

「太陽!!」


 葵嬢はそっと黄葉から距離を取った。私に冷淡に「ではこれで」と告げると、颯爽と廊下を渡っていく。


「葵さん、ちょっと!誤解!誤解だから!」


 馬鹿、百合ちゃんの馬鹿、私をなじると、黄葉も葵嬢の後を追っていく。

 葵嬢の好意の内容が、今やっとわかった。あれだ、やっと信頼できる犬のトレーナーに会えて、やっと面倒を見てもらえると思っている、あれはそんな好意だ。去り際、彼女の目は友人が駄犬を見るそれによく似ていた。

多分、葵嬢に前世の記憶はないだろう。希望がまた一つ消え、やけに胸に刺さる目の記憶だけ残された。

 誤解を招いた当の橙野はきょとんとしている。


「ハヤト、涙目だった。先生、恋ってやっぱり、悲しいんだね」


 ここでそのセリフを再び使ってくるとは、橙野、貴方、実は意図してやってる?


「あっ! タイシンさん、さっき全力で走っちゃったじゃん。保健室行こう、保健室!」

「いや、これくらい大丈夫だから」

「ルマちゃん、一緒についてきて」

「わかった!」


 藍原先生は肩越しに「また後でな」と残して、小さな二人にぎゅうぎゅう押しやられていった。

 A子嬢はその姿を呆然と見送ると、凄まじく険しい目つきで私をねめつけた。


「あんた、ちゃんと授業しなさいよ!」


 言い訳のしようもございません。

 A子嬢が憤慨しながら去って行った後には、吐かれていた悪意も毒も消え、人垣には戸惑いと、五月の奇妙な蒸し暑さだけが残されていた。

ぽつりと一人残されてしまった私は、取り合えず声を張り上げた。


「解散!」






 日が暮れてやっと戻ると、職員室は不思議と誰もいなかった。

 ことの多い一日だった。校内で橙野がばらまいた、藍原先生との誤解の種が明日にはどんな噂に仕上がっているのか。私の陰口も拡がっているようだし、変な形になって赤宗に伝わったらどうしようか。

婚約者もとい転生者候補も、この調子だと期待薄。しかしまた候補を洗い直すにも検討つかず時間もない。

いや、そもそもあと半月で約束の期限だ。乙女ゲームのシナリオが手に入らなければ、赤宗はA子嬢を排除にかかる。A子嬢は、そんな危機にあるとは露知らず。

想像するだけで胃が痛い。


ふらふら自席に戻ると、机に山積みにしてある生徒の授業ノートに目眩がした。そうだ、まだ仕事が残っていた。


 古典の授業が本格的に始まるのは、高等学校からだ。

中学校までは、世間では「伝統文化に親しむ」程度ということで、「暗唱」したり「俳句」を詠んだりする、だけで済ませてしまう所も多い。

「ノートなんてとったことがない」「ノートの書き方も分からない」と言う生徒が毎年多数あり、それを受けて、一学期の中間考査前に、集めてノート評価をするようにしている。毎年、面倒くさいなと思うのだが、これをしないと点数につながらないのだから、仕方ない。


 隣の藍原先生の席はすっきりして、それが逆に自身に残された仕事の多さを強調してうんざりする。藍原先生は私より仕事が多いはずなのに、どうやってこの量を捌いているのか。

 もう今日は、ノート点検しないで帰ろうかな。

座り込んで、何気なく一冊のノートを手に取ってみて気づいた。名前がない。

 一般的なノートだ。表紙のデザインがクラシカルで、恐らく女子のもの。装丁はまだしっかりとしていて、丁寧に使っているようだが、ただ黒鉛の汚れや手垢が目立つので、使う頻度は高いらしい。

 なら、中身の文字で、ある程度誰かわかるだろう。目星をつけて、後でノート提出していない者と比較すればいい。

 クラス、番号、名前を書いて提出だと言っているのに。呆れてノートを開いて、そして目を剥いた。


 一ページ目、拙く描かれた、髪と目を赤く塗られた青年、乱れた字。

 あかむね、さねてる。書かれているのは、彼の基本情報と。

「攻略対象」「乙女ゲーム」という言葉。


 急いで他のページを見る。

とうの、黄葉、わんこ、大柄な青年の姿、青く冷たい表情の、眼鏡姿。つんでれ。舞台は「聖ウルスラ学園」。


 これ、A子嬢が言っている乙女ゲームの、設定資料集だ。


 職員室付の電話がけたたましく鳴った。驚き、受話器をあちこちぶつけなりながらやっと応えると、『先生やっと出た!』と嬉しそうに電話先の少女が笑った。


『先生スマホの番号教えてくれないんだもん。先生、今日ノート提出あったでしょ、名前のないノートがあったと思うんだけど。濃いベージュ色の、名前のない。中身見た?』

「あ、ああ、うん」

『あー、やっぱそうか。見ちゃったってさー、残念だったねー』


 電話は教え子のものだった。電話の向こう側に話しかけたのか、声が少し遠くくぐもった。セリフの最後にかぶるように、言葉に表せないような奇声が上がったのが聞こえた。


『ごめんて。あのね、そのノート、間違えて妹のやつ出しちゃったんです』

「妹さん、の」

『そー、カバンに混じって入れちゃったみたいで。妹が大切にしているやつで、いっつも書いたり眺めたりしてるの。今そのノートが手元になくってパニック』

「はあ、そりゃ御愁傷さま」

『それで、そういえば同じノート今日提出しちゃったなって。わかったって、ごめんなさい今ちょっと妹が騒いでて。それで』


 ここでひそひそ声になった。背後のずっと奇声は続いている。これを「ちょっと」と表現するのか。


『先生、妹とちょっと仲良くしてくれません? わたしの妹、ちょっと大人びてるっていうか、周りと馴染めなくって。元気づけてくれないかな。妹、先生のファンみたいだし』

「私の? 藍原先生と間違えてない?」

『全然! 私の副担が先生だって聞いてから、ずーっと先生の話聞きたがてるんだよ。黒瀬先生はどういう人なの、仲がいいのって』


 知らず、自身の喉が鳴っていた。


「その子の、名前は?」


 電話先で、少女が笑っているのが分かった。


『三本アコ! 愛と恋って書いて、アコ! すごい名前でしょ? 明日妹に取りに行かせます。明日わたしのノート渡しておきますんで。三本スミレ、ちゃんと期限に提出ってことにしといてね、じゃっよろしく!』


 切れた受話器を、私は呆然と眺めた。

 ミステリーだったら最低の出来だ。伏線も推理も論理も吹っ飛んだ。

「期限」目前にして、赤宗陛下を出し抜いて、私はシナリオを手に入れたのだ。


次回、シナリオの内容とは。


やっっっっっっっっっっっっと、シナリオが出せます。

少しは進度早くなる、と信じます。



この辺りの展開は思うところがあるので、いつか書き直すかもしれませんが、今回のところはこれで。

訂正指摘、ありがとうございました。

他のところも指摘していただいておりますが、もう少々、少々お待ちください…。


2020.3.8 改訂

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ