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悪役令嬢と呼ばれたがそれより隣のカリスマがこわい【連載版】  作者: 良よしひろ
2.シナリオ探索だがそれよりノート提出である
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伝統文化を伝えてわかること 2

時間軸は前回の直後です。

「という訳で、今度小倉百人一首やることになってしまいました」

「へー。「男はみんなすけべ」っての、保護者の耳に入ったら怒られるヤツじゃないか?」

「……ハッ?!」

「はは、お疲れさん。おっ、Cの3の棚、チェック終わりだな」


 背後にいる藍原の陽気な声に、何度目かの「ありがとうございます」を返した。

 万葉集「男はすけべ」授業の後は、担当授業の無い空き時間だった。せっかくなので、部活前に、運動会準備のための用具チェックをすることにした。同じく空き時間の藍原先生が名乗りを挙げ、体育館の倉庫を背中合わせで見回っている。

部屋のサイズの割に物は少なかった。広々として、橙野のクラスの元気な声が開けさした扉から聞こえてくる。


 運動会といえば、体育会系が輝く一大イベントである。勉学では今一つ冴えない少年少女も、この時ばかりはヒーローでありヒロインだ。また、同じ目的を持ってやり遂げる成長の機会でもある。勝敗や身体能力の優劣など、教育においては二の次三の次だ。


本来は。


しかし瑠守良実の運動会は、教育より「社交」である。

棒倒しや騎馬戦など接触やけがの多いものは皆無、玉入れなど泥臭い種目も無い。無難なリレーや見目の良い陸上競技系、飛び込みの大人しい種目が添えられる程度で、応援種目がメインになる。保護者や学園全体に対してのパフォーマンスをいかに華麗にこなすか、が例年生徒たちの主眼だ。


なので、運動会準備担当の教員がするのは、学校側が生徒に管理させる器具の事前チェックと、前日から当日諸々機材を持ち込む業者との打ち合わせ――なんと鉄パイプを使って観客席を儲けるらしいのだ!――、お世辞にも熱心とは言えない子ども達の尻を叩き、保護者への連絡係などである。要するに雑用担当、下っ端、パシリ。

 誰あろうその担当は、今年は私と、教員5年目の山場先生だ。ちなみに山場先生は、保護者への連絡を引き受けて他の仕事はことごとくバックレている。

 藍原先生は、去年彼が運動会担当だったということで、こうして折々に手伝いを申し出てくれる。彼が居なければ、業者に電話できなかった。期日間際のギリギリになって打ち合わせのアポ取りは本当に怖かった。本当に! 怖かった! 藍原先生と副校長と話し合い、業者との打ち合わせを事務方に移行してくれなければ泣いていた。心の中ではもう泣いていた。


 広々とした倉庫の中を淡々とめぐっていくのも味気ないので、のんびりと世間話をしながら行っている。珍しく私が世間話を返すので、藍原先生もそれに気長に付き合ってくれる。


「こうやってのんびり黒瀬と話すのも久しぶりだな」

「そうでしょうか。いつも話しかけてくださいますから」

「最初はなかなか構ってくれなかったよな。飲みに誘っても全然つれないし」

「大学院の授業があるから無理だって言ったじゃないですか。大体学生には高いんですよ、店が」

「奢るって言ったのに。バスケ見に来いって言ってもダメだったな。これは今でも来てくれないな」

「弓道部来てくれたら考えます」

「あー、えーと。うん。昼飯付き合ってくれた時はガッツポーズしちまったな」

「それは藍原先生が引っ張って行くから!」

「天ぷら蕎麦美味かったろ。この前ニシン蕎麦出してたぞ。今度行こうぜ」


 藍原先生とは非常勤講師時代からの付き合いだ。初めて会った時は、初勤務の緊張の上、ホストのような容貌と見上げるような体格にただただ圧倒され、次いで破顔されて頭を鷲掴みに撫でられて泡を食っていた。年が近いせいもあるが、事あるごとに構ってきては手伝ったり馬鹿話をしたりして、一番気安い。肩越しに笑って誘ってくれるのに、曖昧な返事を返しても、お互い気にすることもない。

 今日はついでに、藍原の口から婚約者の話でも引き出したいところだが。


「どうせだからテスト範囲にしてやろうかな。「仮の宿り」とか、古典常識とか」

「古典常識かあ。苦手だったな。現代語と意味が少しズレるのがイライラして。「仮の宿り」は無常な世、現世だったか」

「前世、現世、来世。解脱しない限り、三世に渡り次々生死を流転する。故に旅の一夜の住まいを言うこともあるが、「宿」とは、仏教用語の三世因果律、現世そのものを指すことが多い。ここテストに出るよ、要チェック」

「と、言いながら実際テストに出すかと言われると」

「それ以上は教員の胸先三寸」


「酷いヤツだな」と藍原先生はくつくつ笑った。嫌味のない、心底楽しそうな声だった。


「藍原先生、前世って信じます?」

「何?」


 唐突な質問に、作業していた藍原先生が、肩越しに振り返った気配がした。やべ、うっかり声に出た。自身の作業を止めることなく、最後の棚をのぞき込み、何でもない風に続ける。


「前世という概念は、一般的なのかなと思って。知らなかったら説明しなければなりませんから。生まれる前はサバだったとか、アジだったとか、ホッケだったとか、前世占いは一昔前に流行ったそうですが。藍原先生は、信じますか。それか、彼女さんとか占いで」

「どうだろう。彼女はいないしな、占いもあまりやらないなあ、俺は。生まれ変わるんだったら何になりたい、という質問はよくあるから。大丈夫じゃないか?」


 うまく誤魔化せただろうか。このままだらだらと会話を続けて、忘れてしまってくれたらいいのだけど。それにしても、「彼女はいない」とは。黄葉が言っていたのは嘘だったのだろうか。いや、あの状況で黄葉がウソつくというのも考えがたい。「婚約者」とカテゴリが違うから、ということだろうか。


「そうですかね。藍原先生は、生まれ変わるんだったら何になりたいですか?」


 藍原先生はそこでふと、手を止めたようだった。動きがないのに振り返ると、意外に真剣に考えている。


「うん、そうだな、生まれ変わるんだったら、普通の男になりたいな。ばあちゃんがいて、子どもの頃は学校で友人とバカやって、バスケやっている。普通の、男子」

「…お好きですね、バスケ」

「まあな。人生だな、バスケは」


 藍原先生はにっこり笑った。夜の帝王みたいな容貌なのに、笑うと少年のように幼く、無邪気に見える。本当にバスケが好きなのだ。羨ましい。


「前世占いを知らない俺でも、こんな感じで返事できるんだから、まあ生まれ変わり云々は大丈夫なんじゃないか

…ところで、さっきから何をしてるんだ」

「一番上の、段の、ケースの中を、見ようとしてるん、です」


 このケースだけ、棚の最上部に置いてある。悔しいことに、私の身長ではギリギリ手の引っかからない位置になるのだ。飛んだり跳ねたり、棚の出っ張りに足を引っかけても、微妙なところで触れられない。


「取ればいいじゃないか」

「取れないんですよ、分かりませんか」


 振り向きざま噛みついて、藍原先生の身長を改めて見た。上背のある彼と、ギリギリ平均身長の私の差、30センチ以上。私の苦労が分かるわけがなかった。


「身長縮めばいいのに」

「折角手伝ったのにその言い草か。よし、まかせとけ」

「え? え、うわっ!」


 藍原先生は言うなり、向き直った私の腋を大きな手で掬い、持ち上げた。視界がいきなり高くなった。


「ほら、これで見えるだろ」

「…わかりました」


 思うんだが、藍原がケースをチェックするか、踏み台替わりを持ってきたらいいんじゃないか。無言の抗議もにこにこ笑顔にはじかれて、仕方なく粛々とチェックを始める。眺めていた藍原先生は、にこにこ笑いながら、会話を続けた。


「ここのところ、よく赤宗や橙野たちと昼食をとるんだ」

「良かったですね。何をお食べになるんですか」

「肉うどん。で、赤宗が言うんだ。「もうすぐ、黒瀬が白井を連れてくるから」と」


 身が強張ったのが自分でもわかった。赤宗陛下、その辺りの情報はオープンなの!?


「そういえば、春から赤宗も、よく国語科準備室に行っているし、黒瀬とも話しているのを度々見かけるな。青景も気にかけていた」

「と、取り立てて言う程でもないですよ」

「ゴールデンウィークは黄葉と会ったんだって? 俺に婚約者がいるというのは、そこからか」


 バレている。この情報網は狡すぎる、タイムラグがほとんどない。

 赤宗との取引内容を言ったら、身の破滅だ。よし、聞かれる前に逃げよう。


「チェック終わりました、問題なしです。下ろしてくださいお手伝いありがとうございまし、た」


 しかし待ってみても、いつまでたっても床に足がつかなかった。正面にある藍原先生をのぞき込むと、彼は磊落に笑った。


「すげないな、質問があるなら直接聞けばいいのに。俺も赤宗と黒瀬の仲間に入れてくれよ。入れてくれたら、下ろしてやるぞ」


 嵌められた。

藍原先生の腕から飛び降りようと、全力でもがく。走り出そうにも、どんなに背伸びしても空を切るだけ。慌てて周りに足を延ばしてみるが、いつの間にかじりじり移動していて、どこにも引っかかるものがない。


「ちょっと、離してください!」

「こら、暴れるな。お前小さいけどちゃんと重いんだから」


 ますます手を振り回してた。

思い切り土足で藍原先生の胸の辺りに押し当てて、藍原先生の腕をどうにかはがそうとする。


「なんで暴れるんだ!」

「女の地雷を踏むからです! はーなーせー!」

「こら蹴るな足はやめろ、足は、わっ」


 やっきになって暴れる私に、バランスが取れず藍原先生はよろけて、棚に背をつけた。私を落としはしなかったが、拍子に私は彼の肩や腕にしがみついてしまった。

 同時に。がたん、扉の動く音が響いた。

 いつの間にか扉の方から光が漏れて、小柄な影がさしていた。少年と少女の二つ、橙野と、同じクラスの久留間(くるま)、通称ルマちゃんだ。二人とも小さな体格でくるくる動く、クラスでも人気者。丁度体育の授業が終わって、片付けに来たのだ。


 無言のまま、私たちは見つめ合った。二人の顔がみるみるうちに赤くなる。何だろう、嫌な予感しかしない。


「あの、見てませんから」

「うん、橙野、大丈夫か、分かってるか?」

「ちゃんと、皆には言いませんから」

「うん、あのね、ルマちゃん、落ち着こう」

「百合先生が泰心さんに襲い掛かってたことなんて見てませんからー!」

「幻を見てるじゃないか!」


 どこをどう見たらそうなるのか。橙野は言うなり、久留間と一緒に体育館の出入口へと走り出してあっという間に消えた。

 取り残された私と藍原先生は二人して顔を見合わせた。どう考えても言いふらされるフラグだった。これが赤宗や学園に知られたら? 面倒なことが起きそうじゃないか。


「待て、橙野、誤解だー!」


 いい年をした二人は、大慌てで倉庫の中を飛び出し後を追った。


連チャン投降する予定です。


2020.1.22 改訂

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