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悪役令嬢と呼ばれたがそれより隣のカリスマがこわい【連載版】  作者: 良よしひろ
2.シナリオ探索だがそれよりノート提出である
17/35

教員にもプライベートはある 1

黄葉編1。

難産で時間が掛かりそうな上、長文なので分割します。

日を受けて、髪が赤く染まっている。



人生で二度目の古典の授業をやった時、教職が人生で一番嫌になった。

 あの授業はさんざんだった。酷かった。

 ほとんど初めての授業、馴染みのない古典の教材。古典の授業なんて教育実習でもやったことがない。授業を受けている奴らを見れば、ほとんど全員、ハナから聞く気なんぞなくて。心底馬鹿にした、蔑んだ目が、四方八方から迫ってくる。教室を眺める勇気はなく、ずっと黒板を見ていた。背中から笑い声が聞こえるたび、吐きそうだった。

 なんでこんなことになったんだろう、こんな奴らにさげすまれるんだろう。なんで私がこんなに苦しまなきゃならないんだ。

 表面では飄々としながら、その実虚勢を張るのに必死だった。辛くて心細くて、頭の中はぐるぐる大嵐、高校で受けた授業を必死で思い出して、自分のノートに書いていたこと、そのまま黒板に書き殴った。

 かったるそうな号令が終わっても、必死で気持ちを立て直そうとして、しばらく教卓の前から動けなかった。


「先生」


 それが自分だということに、気づいていなかった。辺りがいきなり、しんと静まり返ったのに驚いて、顔を上げたようなものだ。

 窓の光を背に、怜悧な美貌の青年が、微笑んで立っていた。あんまり綺麗なので、そこだけドラマの名シーンでも見ているような、馬鹿馬鹿しいほど非現実的に見えた。


「授業、ありがとう。よくわかった」


 日の光に透かされた髪の赤に、強烈に懐かしく、愛しい感情が蘇っていた。

 それが、私と赤宗真輝との、初めての出会いだ。




「百合、信号赤」


 いきなり襟元を後ろに引っ張られて、「ぎぇ」っと声を漏らしてしまった。

 首根っこをひっつかんでいる小梅嬢に呆れられ、頭を遥香嬢に撫でてて慰められた――二人とも私より背が高くいつも子ども扱いしてくる――。


「……ああ、赤だ」


鼻先を車が走って行く。目の前の信号にひらめく赤色が、ぼんやりとした私の白昼夢の名残を残していた。

 空気も軽くなっていく、出かけるには丁度いいゴールデンウイーク。教員の休みが重なる、半年に一度くらいのタイミングだ。

本日は、同じ教職の友人二人と、自主自学の為の外出である。すらりとしたパンツ姿に、そばかすの浮かんだ横顔がクールな小梅嬢、黒目がちな瞳とふんわりした黒髪が素敵な遥香嬢は、大学時代からの付き合いだ。

 遥香嬢はおっとり尋ねた。


「何ぼーっとしてるの?」

「いやちょっと、高校時代を思い出してた。もう大丈夫だからさ」

「信じられないわねー」


 ねー、二人に深くうなずかれた。味方が誰もいない。


「百合、口調粗っぽくなってない?」

「男っぽくなったというか……男子中学生のようだな」

「うーん…男子にイケメンが多くて、変に媚びてると思われかねないから? 学校中の女子全員を敵にまわしちゃうよ」

「まるで少女漫画ね」


 おしい、乙女ゲームだけどね。肩をすくめる。


「どこで働いてるんだっけ?」

「瑠守良実」

「名門じゃないの。口調改めた方がいいんじゃない?」

「注意はされてるけど……」


 口調を柔らかくした自分を思い浮かべてみた。赤宗くん、ダメよ、A子嬢には手を出しては。紫垣くん、足を机から降ろして、スマホは懐に直しなさい。小緑くん、のしかからないで。

 …赤宗や青景はともかく小緑や紫垣に丁寧口調とか、腹立ってしょうがない。


「ストレスたまりそう」

「教員なんてそんなもんよ」

「そういえば授業が地味だって言われてた。生徒に」

「百合のとこには、「あの」百石先生と杉嶋先生がいるんでしょ。教えてもらえばいいじゃない」

「ビデオ取ったら私にも送りなさいよ。高校時代の先生だっただけでも羨ましいのに」


 そうだよな。百石副校長と杉嶋校長は、大学時代ちょっとしたアイドルだった。そこらの俳優なんて目じゃない、ハリウッドスターのサイン色紙より、先生の授業案をくれ。

 小梅嬢はピッと指を立てた。


「職場で忙しくって聞けないっていうなら、同窓会で百石先生に聞けばいいんじゃないの。今年参加するんでしょ?」

「他の先生にも聞けばいいわ。進学校だったでしょ、母校」

「んー、そんな時間あるかな」


 そこで、なにやら行く先が騒がしいのに気付いた。

 正面から流れてくる人波越し、砂色の美しい髪に見覚えがあった。美々しい、日本人離れした王道のイケメン容貌。傍らのチェリーブラウンの美少女とほとんど言い争いながら、通りの向こう側からどんどん近づいてくる。ひどく目立っている。なんだかんだ美形揃いのレインボーズの中でも黄葉は一等美しい顔立ちをしているのだ。


「…遥香さん、梅さん、ここじゃないどこかへ逃げませんか」

「百合から珍しいお誘いだわ。訳を言うなら駆け落ちしてもいいわよ」

「やだ遥香優しい…私は嫌だ」


小梅嬢にフラれた悲しい。じゃなくて。

 黄葉とA子嬢のデート現場に出くわしてしまった。

気まずい。とても気まずい。

A子嬢が乙女ゲーム通りにしようとしている以上に、完全オフの自分を見られるのが気まずい。外で家族と遊んでいる時、同級生と出くわすような気分だ。

さらにオフの生徒を見るのも気まずいし、デートの出歯亀をしているようで気まずさ倍率ドン。

どうか見つからずに遠くに行けますよう……。


「あ! 百合ちゃん!」


 見つかってしまった。そして友人2人をA子嬢の小芝居に巻き込む予感に絶望。

黄葉は救世主を見つけたと言わんばかりに、みるみる表情を明るくして近づいてくる。A子嬢は、反比例して視線がどんどん険しくなる。

空気を…空気を読めよ…! 私は今オフだよ…!

逃げたい。だがこんな顔されて逃げられる教員が居るだろうか。いや私は逃げたいのだが、実行したら赤宗が怖い。

黄葉と私たちとの間の人垣が、さながら十戒のようにさっと分かたれた。日頃はあまり動じない小梅嬢たちも目を見張る勢いで、遥香嬢が小さな声で「あらすごい」と呟く。

かすかに人垣から、「撮影かしら」の声が聞こえた。黄葉が美形すぎて芸能人と間違えられている。やめろ一般人です、少なくとも我々は!


「黄葉くん、こんな人ほっといて行こうよ」


A子嬢は、はたから見ても相当な力で黄葉の腕を引くが、黄葉は構わず「百合ちゃんは何してるの?」と、つつと小梅嬢ら二人の方へ寄っていく。


「見ての通り、友達と遊びに来てるんだよ…」

「こんちはー、オレ百合ちゃんの教え子の黄葉颯翔。よろしくー。ねえどこに行くの? オレも連れて行ってよ、とっても刺激的だと思うな。こんなに魅力手に溢れた女性、みたことないよ」


 いかにも愛想よく返事すると、行く手を遮りつつ、巧みに小梅嬢らの視界に陣取った。いかにも美青年然とした決め顔を作って、私が止める間もなく、友人たちを口説き始めた。

 とっておきでとびきりの、輝く笑顔を振りまき、友人達をほめそやしにじり寄っていく。周りの人たちはうらやむような視線を向け、友人たちは、反比例して眉をひそめる。


「お姉さんたち、可愛いものね。俺金持ってるし?楽しめると思うよ?一緒にどう?」


 最低の、口説き文句。私は顔を覆った。

 遥香嬢は眉を上げ、小梅嬢は大袈裟に目を見開いた。そうしてただにっこりと笑い返し、そろって私に白い目を向ける。


 おたくの教育、どうなってるの?


 恥ずかしい。友人の雄弁な視線で今日も胃が痛い。

 A子嬢は歯噛みの表情を一瞬でかき消すと、私を見てはっとし、しおらしく身をすくめる。


「えっ、やだ、先生、どうしてここが分かったんですか…私、誰にも言ってないのに、また…まさか、私の跡、付けてきたんですか、私に嫉妬して…?」


そういえばA子嬢は美少女だった。顔と小芝居の影響力はすさまじく、A子嬢の言葉を聞いて、人垣がざわつく。これが学校内だったら通じなかっただろうが。

このまま私を、ストーカーにするつもりなのだろうか。

また友人二人が私を見つめた。「あんたも大変ね」、今度は同情の目だった。

 せっかくの休日が。友人達とのハッピー・ホリデーに、セクハラ容疑の次はストーカー容疑を掛けられて。なんでこんなにドタバタしているんだろうか。

よい切り抜け方はないものか。考え込んで、ふと黄葉の姿が目に入った。洒落た服を上背で着こなして、自分が何を行ったかも自覚せず、関係なさそうに、気だるげに立っている。

何も知らぬ気にコイツは。

 むやみに腹が立った。私は黄葉の首近くをひっつかむと、A子嬢から無理やり引きはがし、彼女に仁王立ちして向き直った。


「はっはっはー、ばれちゃあしょうがない。そうさ、これから中間試験を受けるスチューデンツにとっておきの授業で襲ってやろうと、計画を練っていたのさ! ここでお前たちと出会ったのは計算外だったがなあ!」


A子嬢と黄葉がぽかんとした。


「ちょ、ちょっと何言ってんのよ…黄葉くん離しなさいよ!」

「おっと。こいつの身が惜しけりゃあ、大人しくこの…えーと、あー、スリー・テーチャーズの一角、現代文マゼンダの授業を受けていくんだな! 後には古文シアンと漢文イエローも控えているぜ!」

「何やってんの、ネーミング・センスどこやったのよアンタ」

「私たちも巻き込まないで、恥ずかしい」


 小梅嬢に頭をはたかれ、遥香嬢ににこにことわき腹をつかれた。わき腹の方が痛くてむせ返った。

 どうだ、お前も巻き込んでやったぞ、元凶め。わき腹押さえつつ見やると、無理やり茶番に取り込んだ黄葉は呆然としている。


「え、あ、百合ちゃんって、現代文の先生なの!?」


 そこじゃない。

 人垣からは、「なんだー、先生と生徒なんだー」「仲良いよね」「馬鹿じゃねえのこんなとこで」と、笑い声交じりに聞こえてきて、A子嬢は悔しそうに口元をゆがめた。

 小梅嬢はわき腹を押さえながら嘆息する私を見て、一つ鼻を鳴らすと、黄葉の右脇を抱えた。遥香嬢はにこにこ笑いながら、速やかに左脇を。ぷ、プロの犯行。


「えっ、ちょっと何…!?」

「なんだってー。中間試験の勉強見て欲しいだってーえらい奴だなー、よーし先生一肌脱いじゃうぞー」

「あらいいわね、私も漢文教えてあげる。百合も来なさいよ、あそこのファミレス行くわよ」


言うが早いか、2人は黄葉を引きずって大股に歩き始めた。


「ちょ、なんだよアンタたち、百合ちゃんこれは!?」


 私は、黄葉にグッと握り拳をかざした。


「大丈夫、骨は拾ってやる!」

「百合ちゃああん!?」

「だから先生をつけろとあれほど」


 ずるずる引きずられる黄葉を見守りながら、A子嬢に向き直る。彼女は燃え立つ瞳で睨みつけてきた。


「いい加減にしなさいよ! なんであんたがここにいるのよ、ちゃんと大人しく、悪役やってりゃいいじゃないの!」

「それはこっちのセリフだけどね」


 「乙女ゲーム」のシナリオとやらに、黄葉とのデートがあったのだろう。でも、なんでよりにもよって今日ここに手配したのか。私はただ、友達とフツーに遊びに来ただけだ。


「言ったでしょ! あんたの相手はシナリオの後半なんだから、今は関わってこないでよ! 手を出そうとしても、あたしはヒロインなんだから、あんたの余罪が増えるだけ! なにやっても無駄よ、破滅させてやるんだから、この…!」


 A子嬢はそこで、黄葉がまだすぐそこにいるの見て奥歯をぐっと噛みしめた。罵ろうとしたのが、黄葉の前であることを思い出し取り繕う。


「一緒に勉強する?」

「要らないわ、あんたと一緒になんて! 見てなさい! 全員クリアして、皆で破滅させるんだから」


 発破をかけると、逆に我々について来ようとはしなかった。彼女はやはり、胸を張って去って行った。背中には、使命感すら感じられて、少し笑った。

 さわさわと雑踏のささやきが耳に蘇ってきて、我に返ると、少し減ったがまだ大勢の人垣があった。かすかに、「いつの放送かしら」「どのドラマとってたの?」というような声が聞こえて、私は慌てて小梅嬢や黄葉たちの後を追った。


黄葉が扱いにくくていけません。


2020.1.5 改訂

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