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悪役令嬢と呼ばれたがそれより隣のカリスマがこわい【連載版】  作者: 良よしひろ
2.シナリオ探索だがそれよりノート提出である
15/35

部活は楽しんでほしいものです 1

また二か月空きました。

申し訳ない。

黄葉は、私が顎を持ち上げてグキッとしたせいで、頭のどっかが変に繋がっちゃったのだろうか。


「百合ちゃーん、聞いてる?」

「先生つけろ」

「このカーディガン制服じゃないから、クニマサに怒られちゃってさー。アタマ固いと思わない? 百合ちゃん」

「聞いてる?」


赤い方とA子嬢の対決翌日である。

中3の橙野のクラスが終わり、廊下に出た直後、黄葉がさらりと姿を現した。髪をいじる手の小指の爪が、今日はカラフルな水玉だ。あれ欧米から輸入されて売り切れ頻出のマニュキュアじゃないか? お洒落な奴だな。

休み時間ごと、学園に名高き黄葉〈イケメン〉颯翔氏が何かとかまってくる。「今年の流行の柄なんだけど」「女の子たちにせがまれちゃって」「あそこのブランド店一緒に行かない?」など、なんのかんのと声をかけてくる始末。高校クラスでも憶さず乗り込んで来るのだから神経が太い。私が学生の頃は、学年が違うだけでも行くのを躊躇ったものだが。え、私だけ?それとも時代? 時代が彼を大胆にさせるの?

黄葉が何時もの調子で話し始めるのを、手をひらひらして遮る。

「あんまり構ってやれんぞ。この後部活で弓道場いかなきゃならないし」


私が傍らに立っていた生徒達を指すと、黄葉は今気づいたとでもいうように窓越しに教室に目をやった。


「何この辛気臭い空気」

「お忘れかもしれませんが、私古典の先生でしてね、用言の活用暗唱テスト最終日なんですぅ。彼らは授業中の暗唱テストに敗れてた悲しき挑戦者たちですぅ」


 またの名を追試者という。

 教科書や文法書に鼻先を突っ込んでいた生徒たちが、恨みがましく見てくる。そんな目したって先生は知りません。女子は授業中に、ほとんど一回でクリアしているので、テスト自体は難しくない筈である。

 黄葉は惨めな敗残者たちを一瞥すると、ふっと鼻先で笑った。


「ふーん、こんなのも出来ないんだ。可哀想だよね、もともと出来が違うから仕方ないけど」


 黄葉はただ、とても自然に、侮蔑の言葉を吐いていた。美しい横顔と高い身長で、見下す視線が良く似合っている。

 生徒たちが凄まじい視線を送った。羨望、嫉妬、絶望、侮蔑、そんなものが私の目の前で一瞬で膨れ上がった。

 私は、だが黄葉の様子をまじまじ見るのみ。


「あなたどこまで古典文法暗唱出来る?」

「用言と助動詞の意味まで。当然でしょ? 下らないことでも一生懸命にならなきゃできないなんて、哀れを通り越すよ」

「……黄葉って出来る子だけど、ホント残念だよなぁ」


黄葉は、注意しない私の態度ににやけながら、さらに追試者たちを追い込もうと辺りを見回し、身をこわばらせた。


「…太陽?」


クラスメイト達に埋もれるようにして教材を開いている、小柄な幼なじみの姿を見つけた。


「…太陽、何してんの?」

「うう、これには東京湾より深いワケが…」

「精々水溜まり位の深さだと思うが。まだクリアしてないんだよね」

「あんた、わざと」

「んな訳ないでしょ。あなたが周りに不注意でかなり無神経で、だから傷つけるんでしょ?」

「ううっ!」

「太陽ごめん! オレそんなつもりじゃ」

「上一段活用何個あったっけ……!」

「何もかも頭入っていないなコレ」


数年来の友情の危機にふるえ、責めるような視線を向けてくる黄葉に、閻魔帳をひらめかせ、私は肩をすくめて見せた。


「まあこんなんで忙しい。あなたも無理して話しかけなくていいよ」

「あんた、何言って」

「黄葉、あなたね」


黄葉との距離を縮め、高い位置にある黄葉の耳元に顔を寄せた。女子から上がった悲鳴がうるさい。



「私を色仕掛けで落として、赤宗のこと探ろうったってムリだから。本人に聞いた方が早いよ」



黄葉は瞠目した。


「あんた」


言うなり私は教室にいる橙野にむかって、黄葉を突き飛ばした。


「橙野の暗唱テストよろしく」

「ゆ、百合ちゃん!?」

「用言の品詞のみだから!品詞名、活用の種類、活用表の暗証のみ! 根気が大切だゾ! さあ準備ができたら他の子は私の前においで、出席番号名前はー?」

「太陽……」

「うう、ハヤトくん、よろしくお願いします…」


 橙野は半泣きで黄葉を見上げた。あざとい。そこらへんの美少女も顔負けの可愛らしさ、これとタメを張れるのは生後一カ月の子犬の涙目くらいである。


「って、こんなん楽勝でしょ…」


 幼馴染の男の涙目を見て罪悪感に揺れつつ、それでも黄葉は余裕を見せようと無理やり唇を笑顔の形にしたが。


甘い。



 目の前に並んでくる子どもをくるくると次に回し、最後の一人を残しなんとかクリアさせるまで持って行った時には、いつのまにか人でいっぱいになっていた。廊下に続く窓枠に寄りかかり教室をにやにや眺めていると、廊下から窓越しに、赤宗が声をかけてきた。


「やあ、黒瀬先生。頑張っているね」

「やあ。周防も」


 赤宗は薄く微笑んで、周防からは、にこやかな赤宗越しに「チェッ!」という舌打ち交じりの返事しか来なかった。


「懐かしい。黒瀬先生との初めての授業も、古典だった。後輩はどんな出来かな」

「まあ素直なもんだね」


 去年は「一般家庭出身の凡人講師に教わることなんてない」と喧嘩腰な生徒が何人かいたものである。

頭にちらつく皇帝の影、迫る人格矯正の恐怖。去年は怖かった。初夏には一足早いホラーだった。


「何かあれば言ってくれ…昨日は、市居が世話になったね」


 赤宗は身をかがめ、私の耳元でそっと囁いた。


「あの態度は僕からも良く言っておくよ」

「かまわないよ」

「しかし、「彼女」の態度もなんだね。「ゲーム」を諦めてない?」


 A子嬢のことだ。私が黙って眉を上げると、赤宗は楽しそうに喉を鳴らした。


「先程中3フロアに行こうとしているのを見た。この様子だと、今日は橙野の教室に来るのも無理そうだけどね」

「…なあ、もう少し、こう……長い目で見守ることはできないか? 静観するんだろ?」

「さあ……どうかな。俺はいつ白井の勇姿を聞くことが出来るのだろう。昼食をご一緒したいのだが」

「え、昼食の約束まで含むの? え、仲良くなりたいの? 仲を取り持ってほしいの? 仲人なの?」

「そうだね」


 「A子嬢に手を出さない」代わりに、「私がレインボーズに白井の様子を伝える」、そうだ、確かに。わかっている。

だが、どこまで伝えればいいのか? 個人情報に関わるし、しかも今条件上書きされなかった。それ、きっかけすら作れないのでは。そもそもが私、忙しいし、白井自身も元気なスポーツ学生である。話す暇さえないのに、キューピッドなんて私には荷が重い。どうやったら、レインボーズと一緒にお昼を取れる仲にできるんだろう。

 というか、教員の私が「赤宗とお友達になってくれる?」とお節介を焼くより、赤宗陛下が「僕と昼を一緒にしないかい?」で済むと思うんだが。


「なんで仲良くなりたいの。もともと知り合いなのか? 白井は何か、見知った様子だったけど」

「まあね」

「喧嘩でもした?」

「見解の相違だよ。大したことじゃない。あなたがいたら、何もかも上手くいくよ。元通りさ」


 相も変わらず、真意を読ませない微笑みだ。


「期待してるよ。あれは颯翔と太陽かな?」

「…私を手伝ってくれてるんだよ、お宅の息子さんとっても頑張り屋で元気だね」

「いいね、皆仲が良い」


はぐらかされた。赤宗の笑顔は、だが裏のない上機嫌なもので、私もはぐらかされた話に乗った。無理につつくと逆効果になりかねない。

赤宗は、レインボーズと一緒にいると、ことのほか喜ぶ。おかげでA子嬢のことがあっても、ここのところ機嫌がよかった。

赤宗は、微笑みながら、尋ねた。


「…ところで、あの二人はどのくらいああやってるんだい?」

「30分くらいかな」


 暗証テスト追試者10人ほどクリア、失敗して再追試やり直ししたのもあるから、それくらいだ。

 赤宗の登場にもかかわらず、廊下の人垣は教室内にいる黄葉と橙野のやりとりを固唾をのんで見守っている。

私を睨みつけ、舌打ちをしながら暗唱チェックを受けていた数人の男子も。始めのうち「黄葉くんにチェック受けるんだったら、暗唱テストクリアしなければ良かった」などと言い、一部憎々しげに私を見ていた女子生徒も。


「あ、い、う、え、え」

「上一段」

「い、い、いる、いる、いれ…」

「さっき言えただろお、どうしてまた間違えるんだあ!」

「ごめーん!ハヤトくん!」


 テストする黄葉が涙目なら、受ける橙野も涙目だ。惨状だ。


「橙野はな、用言の品詞が言えなくて、上一段活用と上二段の連用形と已然形が言えなくて、連体形をよく言い忘れて、下一段にあてはまる単語が「蹴る」だけだって言えなくて、カ変とサ変の未然形が言えなくて、ナ変の連体形を忘れて、ラ変の連体形と、これにあてはまる単語忘れちゃうだけなんだ」

「全部だろうが」


 周防のツッコミは聞こえないことにした。

断っておくが、橙野は真面目である。大真面目である。今、誰よりも必死である。

ただ、実らない。レインボーズは、様々な才能に恵まれているが、橙野は、少なくとも暗記の才能には恵まれなった。

それだけなのだ。


「ううっ~!!」

「い、いけるって橙野!」

「頑張れ!後は変格活用だけだ!」


黄葉へのやっかみなど、明後日の方向へ飛んでいった。教室と廊下には橙野と、必死に彼を支える黄葉の態度に、応援がやまない。

私はそっと感動した。融和の精神、美しい。


「暗唱クリアに30分もかかっているのか」

「「出来ればよかろう」なのだ。あとな、周防、30分音も上げず挑戦し続ける態度は先生凄いと思う」

「それはまあ、確かに」

「颯翔も太陽も、微笑ましいことだね」

「あっなら付き合っていく? 赤宗付き合ってあげちゃう?」

「赤宗さま、そろそろ仕事が」

「だそうだよ、いやあ、残念だ」


 赤宗は爽やかな笑顔で残念がってきた。実に素晴らしいタイミングで助け舟を出した周防は出来る男だ。したり顔が若干むかつくがそこは否定しない。

 だが、赤宗が付き合う時間はもともとなかったようだ。人垣が何やらざわつき始めた。どうやら終わりか近づいてきたようだ。


「…っらりりるれれ!」

「よっしゃクリア!」


黄葉が叫んだ時、クラスに歓声が上がった。私は小さくガッツボーズをした。


「できたよ太陽!!」

「やったよハヤトくん!ありがとう!」


 黄葉と橙野は私と赤宗に気づき、周りの声援に応えながら駆け寄って来た。


「サネテルさん出来たよ!オレ出来たよ!」

「ああ、太陽。よくできたね。おめでとう」


 A子嬢の、橙野に対する「わんこ系男子」という評は間違っていないと思う。話しかけている橙野に、尻尾を幻視した。あまりに嬉しそうだったので、「一月後に助動詞の暗唱もあるんだよ」という悲しい予告は胸にしまった。


「な、オレ頑張ったよね。ご褒美もらってもいい!?」

「いいよ、なんだい?」

「オレ、昼休みと放課後、先輩と部活練習する約束したんだ。そっち行ってもいい!?」


 赤宗の笑みが固くなった気がした。黄葉も驚いたように、橙野と、赤宗の表情を見比べている。問う橙野自身も、無邪気で明るいのを装ってはいるが、緊張していた。

赤宗が静かに聞いた。


「…昼は、しばらく一緒にとろうと、話していたと思うのだが」

「うん、でも、新入生歓迎や試合も近いしさ。いいでしょ」

「行けばいいだろ、部活」

「黒瀬先生」


 気軽にゴーサインを出した私に、橙野も黄葉も赤宗も、一斉に私の方を向いた。何? 先生変なこと言ったつもりはないのだが。


「赤宗も他のも、学期始まりは忙しいだろう。周防も生徒会の仕事があって一緒にやりたいだろうし」

「そうです!」


 周防が嬉しそうな声を出し、黄葉が「太陽も体動かしてストレス解消が必要だって」と後押しした。


「俺は楽しみにしていたんだよ。…「彼女」のことも心配だ」

「部活でてる時は他にも人がいるから。大丈夫だろ」


 時計を見ると、そのまま直ぐに部活の時間になりそうだった。私が声を針が得て知らせると、皆慌てて散り散りになっていく。


「さて、私も部活に行くか。橙野、赤宗も生徒会あるだろ。帰りはどうせ一緒だし四六時中一緒にいたんだ、暇な間部活するぐらい別にいいじゃないか」


赤宗はため息をつきながら、「帰りは一緒だぞ。黒瀬先生には明日の昼、付き合っていただこう」と、結局許可を出した。おい、なんで私巻き込んだ。


「黄葉も、あなたも部活に行きなよ。小指のネイルはがれないようにな」


「えっ」黄葉はまた声を上げた。こいつ今日ホント驚いてばっかりだ。


「変だと思わない?」

「似合ってるけど?」


 だからさっさと行け。

橙野は喜びながら、黄葉は明らかな困惑を浮かべて、周防は変わらない嫌悪を全面に出しながら去っていった。赤宗の様子はよくわからない。帰り際、日に透けて髪がまた赤く染まっていた。

青年4人を押し出し見送ると、私もそくささとその場を後にした。A子嬢が云々と赤宗が言っていたから、念のためである。

 廊下の角を曲がった辺りで、何か盛大な悪態が響いたような気がしたが、気にしないふりをした。


橙野は、「クラスに一人はいた」暗唱テストの苦手な奴、がモデルです。

用言は古典文法するには大切だって、ばっちゃが言ってた。


2020.1.4 改訂

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