表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢と呼ばれたがそれより隣のカリスマがこわい【連載版】  作者: 良よしひろ
2.シナリオ探索だがそれよりノート提出である
13/35

放課後は煽っていくスタイルで

2020.1.3 改訂

 生徒の居ない校舎というのは、どんなに豪奢な作りでも、独特の静かさとノスタルジイがある。

良実学園のセキュリティ・レベルが高いことは有名で、まだ日が出ている間なら、滅多なこともない。放課後の教室施錠のため廊下を歩きまわりながらも、鍵をもてあそびつつ窓外を眺める余裕があった。常勤になって休みも減った。後に仕事も残っている。気を緩められる少ない時間だった。

疲れた頭で考える。赤宗は今すぐにでもA子嬢の学園生活を破滅させることができる。なのにまだ静観する、と言ってくれたが、どうしてこんなことを、口約束とはいえしてくれたのか、さっぱりわからない。まるで奇跡だ。

それになぜ交換条件に、「白井」の名前を出したのか? 白井も赤宗のことを気にかけている――「逃げてくれ」とはどういうことだ?――何かしらの関係があるのか。

 いずれにしても、赤宗がA子嬢を排除したがっているのは明白。

 欲を言えば、赤宗よりも先に、A子嬢のいう「乙女ゲーム」のシナリオを知りたい。A子嬢の次の動きが赤宗より先に把握できれば、レインボーズが「攻略」されるのを防ぎつつ、彼女を守ることができる。だがA子嬢も、結構、いや多々抜けているところがあるとはいえ、これ以上「悪役令嬢」である私に、接触できるようなことは流石にしないだろう。多分。

 考え込もうとして、廊下にいきなり音が響いた。扉を軽く叩きつけるような。前方で、制服姿が教室から飛び出し、顔を伏せたまま走り出す。スカート、見覚えのある上背。


「早苗?」


 女生徒であの高さは彼女以外にないはずだ。

早苗(さなえ)(つぼみ)、結構背があり、180cm近くあった、と思う。猫背で自信がなさげで、顔を伏せがち。古典しか受け持ったことはないが、成績は良い方で、スタイルはかなり良い、美人系の顔立ち。何がそんなに自信がないのか、私としては不明なのだが。

 私の声が聞こえなかったのか、止める間もなく早苗はそのまま姿を消した。ちらりと光るものが垣間見えた。

何があったのだろう。彼女が出てきた教室をのぞき込むと、小緑が何やらやたらと不機嫌そうに立っている。赤くなる空と相まって、電柱みたいである。


「小緑。早苗が出てきたけど、どうかしたか?」

「別に」


 ハイ、ダウト。何にも心当たりがなければ、彼の場合「さあ」「知らねえ」と返すはず。


「別にじゃないだろう」

「関係ないだろ、「百合ちゃん先生」には」


 機嫌の悪いときは、揶揄するような口調でとことん煽ってくるのが小緑だ。実に嫌みったらしい言い方に、だがこの程度でカッとなっては教員の名折れである。


「それで私が済ますと思っていないよな。早苗、目に光るものがあったような気がするんだけども」


 小緑は一瞬表情をこわばらせたが、すぐぶすくれた。自身の席に荒々しく座り込む。

 黒ぶちの眼鏡に、椅子に立膝で座り込み、私と視線を合わせようともせずスマホをいじっている。


「小緑、理由は?」

「生徒の友人関係に口出すなっての」

「小緑の友人関係には口を出していない、早苗のことしか。…え、早苗って友人だったの?」

「揚げ足とるなよ、うぜぇな……」


 小緑は口を引き結んでスマホをいじり、あれこれ抵抗していたが、ついに折れた。


「うざかったから、ちょっと言ったら、爆発しちゃってでてったんだよ……」

「何て言ったの?」

「『努力してれば誰かが見てくれると思ってんの』『誰も見てない』『結果も出せないのに夢見過ぎ』『非効率』『くだらない』とか。…細かいのは忘れた」

「ちょっと?」


今のどこが「ちょっと」なのか。

これが、校内の一部の人間には「ゆるふわ美形」に見えるらしいが、私にはどうも、ただのでかい熊にしか見えない。そして今は猛毒の口を持つ。

 私は小緑を見据えたが、小緑はふてくされた表情を隠そうともしない。


「小緑」

「あの人、誰も見てないのに頑張るなんて、点数稼ぎにもならないのにムダの極地じゃん。何だよ、正しいだろ」

「違う…小緑」

「うるさい。間違ってない」


 小緑は完全に拗ねている。それこそ耳は塞いでいないが、どんな話もシャットアウト状態だった。

 珍しいことだ。他人に対してここまで振り回されるなんて。私は憮然とした小緑の顔を見つめながら。


 見えない位置でガッツポーズをした。よくやった! 早苗!


小緑は関心事以外はとことん無視、無関心、無気力である。およそ「現代っ子」のイメージそのまま。

 彼はでかい。純粋に身長の話。ほとんど2mあるし、多分まだ伸びる。肩幅もあって、小学校から大人と同じような体格だったらしい。顔も、実はたれ目の三白眼で、顎の輪郭がはっきりした、男らしい顔立ちをしている――ゆるふわに見えないのはこの為だ――。

頭脳の面では、IT関連では赤宗でさえかなわない時があり、口数は多くないが頭の回転はいい。

そして友人たちはレインボーズ、実に華やか。約束された勝ち組だ。大人含め誰もが圧倒され、他人と衝突を経験しなかった。才能に恵まれ苦労らしいことをしたことがない。

 だから思考や言動が、時たまひどく身勝手で無神経だ。家族は存外まともだが、叱ってもまともに受け取らないし、レインボーズは誰も叱らない。レインボーズの互いの距離感が、むしろお互いの世界を狭めてしまう。最近は赤宗がよく招集をかけていて、それが増している。それが彼の傍若無人を助長する。要するに、視野が狭くて幼い。

 精神的にも、成長してほしいし、させたい。彼の狭い世界が広がればいい。高1の教員学年団は、そう思っている。こういう時は同い年と衝突するのが一番だが、教員でさえ聞かないこともあるのに、先輩後輩、同級などもってのほか。何を言われてもケンカ売られても逆に煽ってくる。

対して早苗は、これと言って自己主張のあるタイプではない。教室カーストも下よりの位置にいる。

 なのに今、小緑は今動揺している。ヒエラルキーで言えば、彼より圧倒的に下にいる、引っ込み思案の早苗が、小緑を、振り回している!

 ただ、衝突した内容がわからないのは痛い。早見にはフォローのしようがなく、小緑は何にイラついているのかわかるまい。好機を逸し深く嘆息した。


「…詳しいことは分からないから、これ以上は聞かないけど。早苗は滅多に怒ったり取り乱したりしない。小緑、あなたは女性を泣かして喜ぶ奴じゃないよな? 謝っときなよ」

「……なんで俺が謝るんだよ。悪くないのに」

「泣いてる女性には負けとくもんだよ」


 わかった、とは彼は言わなかった。代わりに「どうしてここにきたの?」と尋ねられた。


「うん? 見回りのため?」

「違う、この学園に2年前に来た理由」

「え? 今聞く?」

「なんで来たの?」

「なんでって……百石先生が困ってらしたから?」


 瑠守良実は、日本を担う人物たちの子ども達が通う故に、セキュリティには細心の注意を払う。さらに学園に通う子どもは、親の影響が強く変にプライドが高い。親も何かといえば文句を言いに飛び出してくる。

面倒くさい。

実際、私のように感じる教員は多かったらしい。教員が居続かず、非常勤講師一人選ぶにも時間がかかるありさまだった。学園の講師や教職員は、山場先生のような、学園の卒業生がほとんどだ。それがまた面倒くさい。現在、経営者が変わって方針も代わり、令息令嬢教育よりも、より国際的で学問に力を入れた教育に切り替えているのだが、これに異議を申し立てる古参の教職員も多いのだ。セキュリティ事情に加え、教員の成り手も少ない上に、教員自身の人品の選抜にも手間と時間がかかり、そして古参の言葉があり……。

 私が非常勤になったのは、人が足らずに人事で校長たちが悩んでいる時だった。中高の校長と副校長が教鞭をとっている大学で、大学院に進む予定の私にお声がかかった。人間としては残念な私だが、学歴だけは立派だったのでごり押しした。


「給料もいいし非常勤ぐらいなら、と始め、現在に至る」

「ふーん」


 尋ねてきたわりに、気のない感じだ。

逆に、こちらからたずねてみることにする。


「新学期のクラスの様子は? どうだ?」

「わかんない。ああ、でも変な奴来た。手作りだって。お気に入りでしょっていって、スコーンおいてった」

「スコーン好きだったか?」

「別に。お菓子なんてただのカロリー摂取だし。オレも知らない奴から手作りなんて気持ち悪くて食べる訳ない」

「どうした?それ」

「さあ。捨てたんじゃない? どーでもいいよ。テルがくれたもの以外に食べる気しない」


 酷いセリフを、小緑は淡々と、当然のようにつぶやく。

 小緑は何事にも無関心なので、食事も基本面倒がる。効率が1番で、好きなものしか食べないときもある。いつでも糖分を摂取できるよう、彼の鞄には某有名店のチョコレートやら何やらはいっているのは有名だ。なんなら今も、立っているこちらにまで甘い匂いが押し寄せるほど。ちなみに教科書は入っていない。

ただし食べるのは、身内からもらったもの。それ以外には一切手を出さない。先日、角砂糖をそのままかじっているのを目撃した。なおハチミツは水のように飲める。彼は食事を頭でとるタイプだと、その時確信した。

 心中頭を抱えていると、小緑は机に突っ伏したまま頭を傾げた。


「…変な匂いだな」

「ああ、先日ジンジャークッキー作ったから、匂い移ってしまって」


 教員は体力勝負だ。ストレスも大きいし、よく動くので腹が減る。職員室の机に菓子を入れている先生も多い。私もよく間食するようになったので、缶に詰めて持って来たのだ。作った時スーツを脱いで椅子に引っかけたままだったから、台所からの臭いが匂いが染み付いたらしい。藍原先生にはさんざん言われた。


「児童書読んでたら食べたくなって。今の時期スーパーじゃなかなか売ってなかったし。家中シナモン臭くなったよ」

「どんなの?」

「シナモンとジンジャーがバリバリきいてるやつ。職員室に来たらあげよう」


 つっても、小緑は手作り食わないのか。肩をすくめると、遠くか、らえらいがなり声が響いてきた。


「小緑―! どこだー! 楽しい楽しい部活だぞー!」

「おー、こっちにいるぞー」


 思わず返事すると、小緑が「うわっ馬鹿!」と叫んだ。今日は君の新しい面ばかり見るなぁ、と思いつつ、意味が分からずに「はあ?」と聞き返したが、その声は、物凄い勢いで近づく騒々しい足音で描きけされる。

声の主は、ドアから首を縫うと突き出すと、顔じゅうで笑った。


「おお! いたな、小緑!」


 げ、京藤。

高2の男子生徒だ。小緑は縦にあるし肩幅もあるが、こいつはその小緑よりも一回りでかく、固い筋肉がみっちりついている。


「さあ、楽しい部活の時間だぞ! 熱くなろう!」

「うわやめろ、汗臭い男臭い! 熱いとか楽しいとか、ダサいしサムいんだ!」

「またまたそんなこと言って! 「つんでれ」とかいうんだろう、それ!」


 がははは。

豪快な笑い声と共に、巌のような京藤の腕が、小緑の首をがっちり抱え込んだ。 暑っ苦しい。現代っ子の典型のような小緑に、これはきつい。

小緑は振りほどこうとしてせめぎ合いになっているが、京藤はそれも楽しんで「おお、そうこなくては!」とむしろヒートアップしていく。小緑、あなた以外にパワーあるんだね。

 小緑がぱくぱくと口を動かした。

た、す、け、ろ。

 私はにっこり笑った。


「京藤、小緑! 部活がんばれよ!」

「応! 今年は地区優勝はいけるぞ!」

「くっそおおお!」


 小緑は物凄い目つきで見てきたが、無視である。ハチミツ大好き、現代クマは、哀れ、上機嫌の岩男にドナドナされていった。私は慎ましく手を振って送った。

 鼻歌交じりに鍵の束をいじりながら、私は小緑とは反対に上機嫌でニヤニヤしていた。

 そっかあ、早苗がなあ。小緑、これを上手く消化できれば、精神的な大成長のチャンスだ。いいぞ早苗、もっとやれ! 早苗自身の成長も嬉しい。職員室に行ったら触れ回ろう。

それにしても、なぜ小緑は早見に話しかけたのだろう。早苗の何が小緑の琴線に触れたのか。それとも逆? あんなに引っ込み思案で、カーストトップに話しかけるようなことなさそうなのに。わからないが、よい経験になるのに違いない。


 日が傾いてきて、廊下の大理石に反射し目を刺した。そういえば、A子嬢に宣戦布告された日もこんな風に西日が強かった。

拍子に、思考が化学反応を起こした。


 早苗には「乙女ゲーム」の記憶があって、だから小緑に話しかけた、とか?


いやいや、まさか。考え過ぎ、奇跡の飛躍。けつまずいた消しゴムが小緑のオデコに当たったとか、そんな感じだって。

でも「違う」って、言い切れるのか?

「乙女ゲーム」と言うからには、他にも利用者がいて、前世の記憶を持っていないともかぎらない。

早苗に「乙女ゲーム」の記憶があるとしたら、A子嬢の言動はただの妄想ではなくなる。現実に、前世の記憶があって、この世界が「乙女ゲーム」だということになるぞ? そんなことありえない。

そうだ、この世界が「乙女ゲーム」の世界だとしたのは、赤宗とのいわばゲームの前提みたいなものであって。

でも、あの赤宗(・・)が言ったんだぞ?

それに早苗に記憶があったら、シナリオを獲得できるかもしれない。赤宗より先に。

早苗は引っ込み思案で、積極的にレインボーズに関わろうとはしていない。丁度いいのでは?


ああ! 疲れて頭が上手く回らない!

考えすぎてクラクラする頭を振る。


そんな上手い話あるか?

本当にたまたま、早苗と小緑は些細なことで喧嘩しただけだとしたら?

 なら、他の、「乙女ゲーム」の知識を持つ転生者を探せば。ライバルキャラや攻略対象が、モブといわれる名のないキャラクターも複数設定されている。「乙女ゲームへ転生」した者が一人いるのなら、他にも転生者がいるかもしれない。

そんなものはいなかったら?

その時は、「乙女ゲームへの転生」はA子嬢だけの妄想でした、となるだけ。今と何も変わらない。

探してみる価値はある。というより、他に出来ることがない。

 A子嬢をフォローしつつ、レインボーズを守り、さらに、赤宗に白井の様子を伝えて、そして勿論教員の仕事をしながら、転生者を探すのだ。


…詰んでる。

気持ちが「スンッ…」と落ち込んだ。

うん、とりあえず記憶を持っている人を探すしか出来ることがない、とわかった。


 ちょっと絶望して職員室に戻ると、藍原が「おかえり」と手を上げて迎えてくれた。何か、クッキーらしきものを口に含んでばきばき噛み砕いている。…見覚えがある。


「藍原先生。それ」

「ん? 美味いぞ」


 そこは聞いていない。なんで、それを、食ってんだ。


「さっき京藤と一緒に小緑が来てな。「これはいらない」ってくれた。俺これ、良く焦げてる方が好きだな」

「うちのオーブン馬鹿になってて、焦げるまでやらないと上手く熱が回らなくて…そうじゃない!」


 それは、私の焼いたジンジャークッキーじゃないか。急いで私の机に駆け戻る。置いてあった、ジンジャークッキーの缶が、ない!


「小緑が来たんですか!」

「「黒瀬先生にクッキーやるって言われた」って言ってたんで、「机の上にあるやつか」って答えたけど?」


 体がふるふると勝手に震える。

そうだけど? やるとはいった、いったけどさ?

思いの丈を吠え立てた。


「やるとはいったが、缶三つ全部持ってく馬鹿があるか!」


 突然の大声に、職員室がびくっとした。藍原は、クッキーをばきばき噛み砕いて、ちょっと硬いなーとぼやいていた。




 翌日、小緑が憮然として言ってきた。


「ねえ、昨日百合ちゃん先生が焼いたジンジャークッキー、スパイスの分量おかしいしクローブ入ってないし、火がうまく入ってなくて粉っぽかったんだけど」

「ただのカロリー摂取なんだろ文句言うな! 勝手に持ってくからだ私のクッキー返せばあああーか!!」


 色々な点が納得できなくて、滅茶苦茶大声で叫びまくった。

 それが廊下でのことだったので、その後しばらく、学年で噂になった。


小緑の見た目のイメージは、秀麗なクマ。ガチクマ。中身には実在のモデルがいます。大人になりましたけどね。


京藤さんのイメージは坂田金時。クマと言ったら金太郎ですよね!



ストックが消えそうです。更新いや増して遅くなります。申し訳ない。


2020.1.3 改訂

2020.2.29 訂正。誤字指摘ありがとうございます。閏年だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ