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悪役令嬢と呼ばれたがそれより隣のカリスマがこわい【連載版】  作者: 良よしひろ
2.シナリオ探索だがそれよりノート提出である
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生徒の仕事が早すぎる

お久しぶりです。5月編開始です。


2020.1.1 あけましておめでとうございます。

5月編といいながら、4月末日くらいの設定だと気づきました。

「「彼女」は3月3日生まれ、15歳。

趣味・お菓子作り、特技・ピアノ、好きな色・桜色。

両親は駆け落ち婚、素朴で質実、庶民的に育つ。

中学2年の頃母親が死去、父の実家である会社に戻る。

父の実家は、食料品製造業から成った中堅の良家。父子共々まだ馴染めていない、後継問題で父親は駆け落ちのことがあるから出遅れて焦っている。

本人自身は、中学校の評判は明るく努力家で社交的と上々…外面は大変いいようだ。

市立学校出身。瑠守良実の情報を得ようと動いている気配はない。父親は多少縁故を作ろうと苦心しているようだが、成功してい。むしろ「彼女」は鷹揚に構えているようだ。

今の校内の評判は…黒瀬先生の方が詳しいか?」

「そうだねぇ……」


……仕事、早すぎない?

 調査結果を横に聞きながら、ひっそりと戦慄していた。

A子嬢に関する取り決めから3日と空いていない、驚きの調査内容。御家事情とか知りたくなかった。


 昼休みの随分早い時間である。弁当を食い損ねると困るので、授業が終わって早々に、国語科準備室に引っ込んだ。……そこに赤宗がケロッと入ってきたのには驚いたが。赤宗はこの後レインボーズと食堂で食べるそうだ。

締め切った部屋にいると何かと疑われそうな御時世だが、そこは安心と安全の良実学園。すべての教室と部屋に監視カメラを設置し、警備が四六時中監視しており、いざというときはスイッチを入れた時の前後10分間の映像を録画することも出来るという対策ぶりである。

なので、赤宗と2人きりと気づいて逃げ出したくなっているのは、純粋に私が小心者故である。


私は赤宗の言葉を、弁当をつまみながらA子嬢――桜井彩夢――について聞きかじる形だ。赤宗はというといつもの微笑で、常より随分機嫌がいい。

冷たいほどの甘い笑顔は鳴りを潜め、淡々と、自分の調査結果を目の前に並べ立て述べていく。


「既存の乙女ゲームに、「聖ウルスラ学園」が舞台のものも、攻略対象が「俺たち」に類似したものもない。「彼女」も小学校時代乙女ゲームにはまっている様子はない。中学にはいってからはのめり込んだようだが」

「特定のゲームをやりこみすぎて、それと現実を重ね合わせた、ってわけではないか。今のところ、「乙女ゲーム」はA子嬢の脳内にしか存在しないわけだ」


 私は箸をくわえだらしなく頬杖をつく。


「…私、乙女ゲーム初めてやってみたんだけれども」


 はあ、とため息一つ。


「五分でスマホ叩き付けそうになってやめた」


 赤宗の眼が、冷たいような慈悲深いような呆れているような。いいよもう、ゲーム向いてない。

 オープニングが始まって、サポートキャラに会いストーリーや設定を説明されるところまでは歯を食いしばったが、そこまでだった。駄目だ。攻略対象に話しかけられた時点でイライラしている。こりゃもう無理。

結局、相性悪いということだけしかわからなかった。恋愛小説は読めるのに。時間が空いている時、趣味も控えて頑張れるだけ頑張ったのに。

原因は分かっている。


「考えてみたら私、RPGもしないくらい短気なんだよ…!」


 レベル上げやセーブも面倒くさい、といえばゲーマーからは非難轟々だろう。ページめくるだけで先が読める本が恋しかった。


「で、取り敢えず。ネットにある「乙女ゲームへの転生」ものは読んでみた。これで彼女の言っていた単語…用語? 覚えたと想う。彼女の考え方の一端も少し分かった」


 ゲームをするより文字を読む方が断然向いているのが、よおくわかった。国語科教員、面目躍如である。

 現代日本社会から異文化異世界社会へ、魂と記憶が移転・継承される設定の、いわゆる「転生」物と呼ばれる読み物は各種存在する。

舞台設定は歴史物、学園ものと様々だが、ファンタジーは主な要素である。転生する人物の設定も、おそらく日本人だろうというたけで、男女・未成年社会人・年齢はバラバラ、転生した後の設定も、性別・身分・年齢・時代、物語上の役割としても、ヒロイン・悪役令嬢・攻略対象・モブとこれも様々。恋愛対象も諸々。転生者が複数いる場合あり。


「ストーリー展開にもパターンがあって、実に面白い読書だった」


 そこでちょっと不安になった。


「……つかぬことを聞くけど、赤宗たちは悪の組織の一員でスパイになってたり、羽を生やしたり世界を滅ぼそうとする予定はある?」

「ない。…どういう意味だろう」

「いやちょっと、若干…」


 羽生えそうな人が目の前にいたので。

でもよかった、レインボーズはこれ以上人間離れしないらしい。


「これ以上のストレスは勘弁だしね!」

「黒瀬先生には、1度聞きたださなければ………」

「さあて、ではここで確認、「乙女ゲームへの転生」は事実か、「彼女」の思い込みか!」


赤宗は片眉を上げた。本気か?とでもいうように。


「正直、「乙女ゲームに転生」なんて信じられやしないけど」


だが、「乙女ゲームへの転生」が事実なら。この世界が「乙女ゲーム」なら。

赤宗と学園側の調べに基づき、A子嬢の言動を見る限り、情報収集を行っている様子もなく、その能力も高くもない。なのに彼女は、入学前から、レインボーズや白井に関する情報を――中途半端であるが――持っていた。

私の性格は、A子嬢の言う「黒瀬百合」とはだいぶ違うが、それでも確かに実在して教員をしている。シナリオには支障ない程度の誤差なのかもない。


「桜並木での赤宗との出会いは、イベントやスチルに当たるんじゃないかと」

「あの時も言ったが、半分はやむを得ないと思ってほしいな」


 入学も「茶番」も、偶然だと思っていたが、実際はシステム上必須だったのかもしれない。


「まったく根拠がない、ならいいのだけど、情報が中途半端に一致しているのが気になって…」

「ではまず、我々のこの世界が、「乙女ゲーム」なのだと前提にしては?」

「………え、本気?」

「君が言うのか」


赤宗が苦笑する。そりゃ私が言い出したことだが。


「妄想ならば放置して教員・保護者に報告して……その前に()も流すか」

「ヒェッ」

「わかったわかった、まだ静観しておこう……とにかく、報告だけで済むが、実際「乙女ゲーム」のように展開したら、対処しなければならないのだろう」

「うん……まあそうか」

「ならば、始めからその様に考えて行動対処した方がいい………ああ、「彼女」は「乙女ゲーム」について、こちらが何も知らないと思っているから。それはこちらの有利なカードだ、気づかれないようにしたい」

「…わかった」


意外だ。この世界は「乙女ゲームの世界なんです」なんて、そんなゲーム脳みたいなこと、赤宗が言うなんて。

まあ、妄想だったとしても、気になることがある。A子嬢は、一貫した行動をとっていてかつ、妄想をあからさまに口にしないし、目には理性がある。思い込みが激しいだけの、女子な気がする。なのに、なぜ固く信じられるのか。信じるだけの確証を、どう得たのか?


「それで? 「乙女ゲーム」の世界だと仮定すると?」

「アッハイ。気になったポイントは3つ。

1つ。ヒロインはすげ替え可能である」


読み物では、悪役令嬢が、破滅を回避しようとして、逆にヒロインとして活躍する場合が多かった。モブに転生した場合も同様。

この場合、攻略とは「条件を満たすことで対象と恋に落ちること」であり、恋に落ちるのは、シナリオ上のヒロインである必要はない。


「ポイント2つ。「転生者」を名乗る者が、複数いる場合」


ヒロイン以外に記憶を持つ者がおり、シナリオ通りの展開を拒否し、話の流れを変えてしまうことが多い。

今回は、ヒロイン自身が転生者だった。……ヒロインが転生者の場合、前世の記憶を悪用し混乱をもたらすことがほとんどなのだが…。

しかし。


「……これ、「乙女ゲーム」の世界に生きているとしたら、現実に、前世の記憶を持っていたとしても、確認しようがないし、もう「転生者」がいて展開を変えていてもわからない……」

「しかも、ヒロインになりうる人間が増える、つまり「彼女」のような人間が増える」

「……やっぱり「乙女ゲームの転生」は妄想なんだよ」

「思考が逃げに入っているぞ……その場合、「彼女」は自分に都合の悪いことをする人々を「転生者」と呼び、何も知らない人々とトラブルを起こす傍迷惑な娘になる」


それって今のA子嬢のことですね……。

A子嬢はヒロインの座を辞する気はないだろうし。近い未来にトラブル起きそう。


「記憶については……とにかく私はその気配なし」

「俺もないな」

「レインボーズは?」

「さあ。彼ら以外もどうかわからないな」


「乙女ゲーム」に関する記憶なんて、持っている人がいない方がいい。だってそんな人がいたら、ほんとにこの世界が「乙女ゲームの世界」だっていうことになるじゃないか。

いや、今は「乙女ゲーム」の世界に生きているという前提で動いているのであって……ため息。


「気を取り直して……3つ。「ゲーム補正」が働く場合がある」


「ゲーム補正」がある場合、一度シナリオが始まってしまえば、ヒロインが意図せずとも、シナリオそのままに話が進む。違和感があったとしても、キャラクターに過ぎない我々に、抗うすべがない。ライバルに、明らかにヒロインより魅力的な人物もいるのに、何故かヒロインに夢中になってしまう。いわゆる、「運命には抗えない」状態。

たとえば、ヒロインがイベント発生条件を満たしただけで、攻略対象が実際気になっている人物を庇うのではなく、ヒロインをかばって、逆に意中の人物を責め立てたり、とか。

この不可視の巨大な力に、「悪役令嬢」である私や、赤宗含む攻略対象を守らなくてはならない。


「……もう考えるだけ無駄な気がする……」

「こらこら、考えることを放棄しようとするな。乙女ゲームとやらは、1度会っただけでも攻略が始まってしまうキャラクターもいるのだろう」

「まあ、うん、たぶん」

「ではまず、全力で接触を避けていこう。廊下ですれ違うだけでもごめん被りたいところだ」


A子嬢が廊下で黄葉と会話したことを思い出す。ああいうのが繰り返し起こるのは、確かに嫌だ。

後は…小説で読む限りだが、ヒロインは攻略対象たちの心の闇を解消することにより、愛を育むようである。…その前に周り気付いてやれよ、とか思うわけだが、それはそれとして。


「レインボーズの悩みを解消してやるって彼女は言ってたけど、赤宗、心当たりはあるの?」 

「俺の知る限り、彼らに先生が心配するほどの問題はないように思うよ」


 赤宗は微笑を変えなかった。実際問題ないかもしれないし、問題あったとしても、私に気取られるようなマネはすまい。


「……まあ、一応、攻略対象の人たちについても調べてみるかあ」


 攻略対象がレインボーズで、敵役は私で、A子嬢は「乙女ゲーム」のシナリオに従って行動する。

…ゲームが進展しないまま終われば、彼女の気が済むだろうか。

だがゲームのシナリオが、一年などという長いスパンのものだったら、生徒の成長に悪影響である。人生は長く青春は短く、そして成長は早い。

 赤宗は、落ちてくる赤く透ける黒髪をかき上げた。


「非効率の極みだな。シナリオがあれば、ヒロイン側のアドバンテージがなくなり、あとは避けるなりなんなり出来る。二か月以内に手に入れることが出来なければ、対策を変えよう」


 分からないことが多すぎる。これだけの情報では動きをとりようがない。「乙女ゲーム」だのなんだのと騒いで、バカバカしいだけだ。


「これで、「彼女」にも配慮したことにならないか。黒瀬先生の希望通りだろう」

「一応、考えてくれてるんだな」

「これでダメだったら、「彼女」がどうなったって、納得するだろう」


 赤宗はにっこり笑った。

 赤宗もちょっと人間(・・)らしくなって、弱い人間への気遣いを始めたのかと思ったけど、なんか私の思っていたのと違った。そうだね、A子嬢はまだ致命的な何かをしたわけではないからね。私にも文句を言わせないようにするためのワンクッションを作ろうとしていたのだった。この調子だと、1ヶ月後にはA子嬢はもう社交界なりなんなりからの排除へ動き始めるのでは。頭痛がする。


 と、ノックがした。ごく自然に赤宗が返事をして――「入れ」という声が威厳に満ちている――男性的な端正さの青年が、横柄にすら見える態度で入って来た。

高等部生徒会長の周防だ。昨年1年生でありながら生徒会長へと当選した優秀な生徒で、現在は2年。


「赤宗様、この仕事のことですが」


今、様つけた?

 周防はしかし、私を見ると、音が鳴りそうなほど険しく目尻を吊り上げ、あからさまに私を無視して赤宗に近づく。赤宗は「黒瀬先生、失礼」と断りを入れ、周防の持ってきた書類を手に取る。美形と美形が並んでいる。昨今の若者の顔面偏差値がどうかしている。


私は首を傾げた。


「……なんで周防が、赤宗を探しに来るんだ?」

「ああ、生徒会の仕事だよ」

「うん? 生徒会の仕事をしているってこと? 入学して1ヶ月しか経ってないのにできるの?」

「頼まれたからね。俺にできることを手伝っているだけ」

「愚問だな、黒瀬。赤宗様の才能が、この程度の仕事をこなせない筈がない。生徒会も喜んで赤宗様についていく、人を惹きつけてやまないのだから当然のことだ」


 なぜ周防が胸を張る? 自分のことを褒められるより嬉しそうだ。

 周防は俺様タイプの典型で、非常にプライドが高い。となると赤宗と覇を競うような気がするのだが、不思議なことに赤宗に心酔しきっている。赤宗以外の人間が上に立つことを良しとしない。

生徒会長になったのも、赤宗以外を座らせないためだ。思えば昨年の生徒会選挙は大波乱だった。彼自身は、生徒会長の立場に何の魅力も感じていない。

「赤宗ほど学園のトップに相応しい者はいない。まだ赤宗は高等学部入学前、生徒会長にはなれない。なら名義だけは俺がなり、実際は赤宗に行ってもらおう」

本当にそう主張し、生徒会長になった。他の役員も同意の上だ。

 私は目を開けて夢を見ているんでしょうか。あ、周防の夢が実現しただけですね。

カリスマってこういうものなの? チートってどこまでチートでいられるものなの? やっぱりこの世は「乙女ゲーム」だったの? 現実離れしすぎて不安。

そして彼は、わかってたけど、本当に私が嫌いだ。先程の視線しかり、時と場所を考えず、まず隠すことなく、事あるごとに私につっかかる。理由は簡単、私みたいなちゃらんぽらんでへっぽこな教員が、何故か赤宗の関心を惹いているのが勘弁ならないのだ。敬語だって、私に使いたくもないだろう、使うとしたら赤宗に対する猫かぶりだ。


ふと、周防が私の方を向いてしげしげと私を見つめ、ふん、鼻を鳴らした。心底馬鹿にした様子で。


「黒瀬先生、なんだその弁当。冷凍食品ばかりではないか。貧乏くさい」


は?

今彼は、売ってはならない喧嘩を始めた。

高らかに闘いのゴングが鳴り響く。互いの脳内で。


「みっともない昼飯を赤宗様の御前に晒すとは。弁当の準備もろくに出来ないなら、早々に教職を辞して腰掛け事務員にでもなったらとうだ」

「今あんた冷凍食品バカにした? その台詞日本の全冷凍食品ユーザーと日本一の冷凍食品シェアを誇るニツヌイさんの企業努力なめるなよ? 栄養素と労働効果をかんがみた素晴らしい商品ばかりだしそれを利用している皆さんも誠実に自分の生活と向き合ってんだからね? 食品食べて3ヶ月弁当作り続けてコストと労力を体感してからその台詞言ってみな? そもそも事務員を腰掛けって何時のバカの台詞なの?」

「己の分をわきまえた仕事をしろということだ。赤宗様の前にふさわしくない、今ここから辞してなんなら学園から去れ。恥をさらすより余程良いだろう。後腐れなく立ち去れるよう手伝ってやるぞ」

「余計なお世話だ。こっちにはこっちの都合がある。周防はちゃんと生徒会長の仕事をしろ」

「赤宗様がこのような者を傍に置くとは嘆かわしい、俺の方がよほどお役に…」

「周防」

「はい! なんでしょう!」


 周防は心が洗われるようなきらきら笑顔になって赤宗を見た。

赤宗はにっこり笑って言った。


「相互理解は大切だと思わないか」

「はい! おい黒瀬、趣味は何だ」

「周防、それでいいのか」

「五月蠅い、さっさと答えろ」


 私と周防のやりとりを見ている赤宗の瞳は真っ暗で、ただひたすらに穏やかに微笑んでいた。

結局赤宗たちが去るまで弁当は進まず、授業準備もそこそこに私は午後の授業に飛び込んだ。


俺様キャラと忠犬キャラは果たして両立するかという実践。

「皇帝」キャラを決めるのに、ワンマン・タイプか冷血タイプか迷って没にしたのが周防です。ワンマンの方が、むしろ上手く成長しそうだったので。

ちゃんと活躍させられるだろうか。


2020.1.1 改訂

2020.1.2 改訂 冷凍食品の件入れました。

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