例えるなら親戚の娘が来た、みたいな?
「ゲヘヘ。叫んだって無駄だぜ! 助けはこないんだからな!」
あれから数日後、俺は、物語のモブキャラが言いそうな、安っぽい台詞を吐きながら、少女に迫っていた。
前回買い取ってきた少女こと、ラルム・ストラーフは、俺のその言葉を受けて、ベッドの上で、身体を抱えるようにして小さくなる。
「え、あ、いや……」
その口からは、弱々しい抵抗の言葉が漏れるが、そんなものは無意味だ。
「ゲヘヘヘ! 心配するなって。すぐに昇天させてやるからよ!」
俺は、恐怖に震える少女へと、ゆっくりと迫って行く。
『いい加減にしてください(しろ)、ユート様(殿)!』
俺が、下衆な笑顔を浮かべてラルムのベッドに入り込もうとしたところで、リサとアヤメ後頭部を思いっきり叩かれた。
「いったいな! 何すんだよ!」
「何すんだよ、はこちらの台詞で御座います」
「そうだぞ、ユート殿! 見ろ、あんなに怯えてしまっているじゃないか!」
「えー、だって面白かったから、つい」
あの後、俺の領地に戻ってきたラルムは、早速医者に診せられた。診断では、体中傷だらけだけど、それ以外は何ともなかったらしい。それでも、疲れ切っていたのか、少女は2日ほど眠り続け、今日の朝、ようやく目覚めた。
目覚めたばかりのころは、顔に絶望の色を浮かべて、俺が手足を少しでも動かすたびに、一々びくついていた。まぁ、ラルムの視点から見れば、見ず知らずの人間にエロい目的で買い取られた、って感じだもんな。そりゃ絶望しかないわな。
で、俺、リサ、アヤメの3人で、何とかラルムに大丈夫だってことを伝えようとして、早1日。なかなか心を開いてくれないせいで、早くも夕方になっていた。
いや、これでも、一応は進展があったんだぞ? 午前中の間中、今みたいな茶番を続けたせいで、取りあえず、俺に今すぐなんかしようって気がないのは分かってもらえたし、副産物として、リサになついてもらえた。多分、同じ奴隷身分なのに、ご主人様をどつき回って、しかも私に優しい、って感じなんだろ。このお姉ちゃんなら、頼っても大丈夫そう、みたいな?
で、ラルムのお昼寝を挟んで今に至る。昼飯食った後、疲れてたのか、すぐに昼寝しちまったラルムがいましがた起きたから、第2ラウンド開始ってわけだ。
「それにさー、ラルムだって、少しは楽しんでると思うんだよね? ほら、若干笑ってるだろ?」
俺は、ベッドの上に居るラルムを指さす。その先では、ラルムがこちらからプイと顔を逸らしている。どうやら、さらに精神的余裕が生まれたらしい。
「いえ、確かにそうかもしれませんが……」
リサが、珍しく反論できずにいた。一応、俺の茶番も効果があったわけだしな。あ、一応言っとくけど、ラルムは服着てるからな? 決して、裸の幼女に迫ってたわけじゃないぞ?
「ふむ。今回ばかりは、ユート殿が正しい……のか?」
アヤメも、完全に判断に困っていた。どうだ? 俺はお前らの時ので、こういう娘の扱いには慣れてるんだよ!
俺は、ラルムのベッドに腰掛け、話しかける。
「なぁ? いい加減分かってくれただろ? 俺にはお前をどうにかする気はないんだって? ほら、いつまでも部屋にいないで、ちょっと外に行こうぜ? 今からでも、屋敷の中を散策するぐらいの時間はあるから? な?」
そう言って、俺はラルムに手を差し出す。だが、その手は、まだどこかおっかなびっくりであったけれども、それでも、ペチッとラルムに叩き落とされてしまう。そして、ラルムは、俺を避けるようにベッドから降りると、トコトコとリサの方まで歩いて行く。少し困ったような顔をしているリサをよそに、ラルムは、そのままリサの背に隠れてしまう。そして、メイド服の腰のあたりをギュッと握ると、顔だけをリサの背から出して、こっちの様子をうかがう。
「えー……」
なんか、リサが困惑顔して完全に固まっていた。しかも『えー……』だって。あのリサが。
てか、何今の? 午前中から通算して、初めての反応! 今までリサにだけは俺たちよりも親しげにすることはあったけど、こんなの初めて! なんか、こう、若干傷つくけど、随分と可愛らしい反応されたぞ! 例えるならあれだ! 親戚の娘が来た、みたいな。知らない歳の離れたお兄さんに初めて会って、完全に人見知りモードだけど、でも遊んでもらいたい、だから母親の陰に隠れてこっちの様子をうかがってますって感じだろうか? 何これ!? こんなの初めてだけど、なんかこう、萌える! 超可愛い!
リサの脇では、アヤメが、俺と同じように可愛い生き物を見る目をラルムに向けている。絶対に、俺と同じこと考えてる顔だ、あれ。
「な、なぁ」
そして、我慢できなくなったのか、アヤメが動く。
「ほ、ほら、こっちにも来ないか? 私も、そこの男と違って君に何かしたりはしないぞ? ほんとうだとも。ほら、一緒に屋敷の中を探検しに行かないか? もし一緒に行ってくれるなら、肩車をしてあげよう」
そう言って、ラルムに手を差し出す。ラルムは、その手をジーっと見つめていたかと思うと、ペチッとその手を叩き落とした。ついでに、プイっと顔を背けてしまう。
「ガーン」
アヤメは、自分の口でそんなことを言ってしまうほどショックを受けていた。これは、あれだ。親戚の娘が可愛いから仲良くしようとこっちから迫って行ったら、見事に空回りして子どもに嫌われるパターンだ。きっと、必死なのが伝わって、逆に怖いんだろうな。
あとさ、人のこと悪者にするなよ? せっかくアヤメの手を叩き落とすくらいに余裕が出てきたんだから。嫌われちゃったらどうするんだよ?
でもまぁ、ここはリサに任せるのが一番かな? いくら余裕が出てきたとはいえ、リサ以外の人間に近づくのは、まだ怖いらしいし。
「て、ことで、リサ、あとは宜しく」
俺は、そう言って、ショックで棒立ち状態になってるアヤメの背中を押して部屋から出ていこうとする。
「え、あ! お、御待ち下さい。一体どういう訳ですか! わたくしに一任されても困ります。わたくし、このようなことは初めてですので……それに、わたくしよりもユート様の方が適任であると思いますが? わたくしの時だって……」
おれは、そこでリサの言葉を遮るように口を開いた。
「え? だって、リサの方が懐かれてんじゃん? それに、俺なんかがあんな茶番続けるよりは、リサに任せる方がいいと思うぞ?」
「ですが……」
「それに、ほら。俺とアヤメは今から街に行ってラルムの分の家具を受け取ってこないといけないから」
まだ何か言いたそうなリサの機先を制すようにして、畳みかける。
「いえ。やはりここはユート様が……」
全く、結構しつこいな。今回はどう考えても、リサに任せる方が良いからそう言ってるってのに。
「大丈夫だって。そんなに不安なら、リサの時のことでも聞かせてやったらどうだ? ほら、アヤメの国の言葉で、『少しのことにも、先達はあらまほしきことなり』って言うだろ? な、アヤメ?」
「ガーン……」
ダメだこれ。まだショック受けてやがる。
「ま、そういうことだから」
俺は、そのままアヤメの背を押して部屋を出ていく。後ろでは、リサが困ったような視線を送っているが、あえて無視する。
今回のことの発端はリサなんだから、最後までリサが面倒を見るべきだろう。それに、どう考えても、俺が相手するよりも、リサが相手した方が良いだろ。やっぱり、同じような事を経験した人の言葉は、俺の言葉なんかよりもよっぽど価値があると思うんだ。