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まさかのバトル展開!

「ぜんたーい。右向けー。右!」

 アヤメの号令一下、綺麗に整列した市民が一斉に方向を変える。今日は、年に4回行われる市民軍事教練の日だった。

 この邦では、年に4回、農業が一段落するときを狙って、軍事教練を開催している。目的はいたって単純。万が一、この邦が戦争をして、市民を巻き込むような市街戦になった時、身を守れるようにすること。また、万が一、市民を動員しなけりゃならんような戦争が起こった時に、少しでも戦力として役立てる為。とは言っても、完全な二重連邦制が成立してるバラド王国で、邦同士の戦争なんか起こるわけがないのだが。

 じゃぁ、なんでこんな事をやってるかって言うと、俺としては、市民との交流を深めると同時に、騎士団の人材を確保するためだ。騎士団は、主にアヤメのキツイ訓練のせいで、いつだって人材不足だし、俺としても、為政者として市民の生の声が聴けるのはありがたい。

 市民の側からすれば、たぶん祭り感覚なんだろう。軍事教練? やったぜ! 終わった後にタダ酒が飲める! って感じ。その証拠に、すでに酔っぱらってるっぽいやつらが混じってるしな。

「担えー。つつ

 俺は、臨時に設置された簡易的な櫓の上から、市民が細長い棒のような物を、100mほど先に積まれた、土嚢に向かって構えるのを眺める。

 彼らが構えているのは、銃と呼ばれる武器だ。開発されたのが、10年ほど前という、最新の武器。これは、火薬の力を使って鉛玉を飛ばすことで、弓矢よりも正確に遠くの的を撃ち抜ける、という物だ。

「狙え! !」

 アヤメの指揮の下、俺の目の前で銃が一斉に火を噴く。そして、轟音がしたのと同時に、積み上げられた土嚢に、一斉に土煙が上がった。あんなものを人体に食らったら、大穴があくことは間違いないだろう。

 この通り、ここまでなら、戦のやり方に革命をもたらす新兵器、みたいに聞こえるかもしれないが、実際のところは、そうでもない。まず、火薬と点火用の火縄がとにかく水に弱いから、雨の日は全く使い物にならないし、一度撃った後は、再装填に1分もかかる。その証拠に、目の前では市民が、いそいそと再装填をしているが、全く終わる気配がない。しかも、そっちに集中しているせいで、完全に無防備だ。あれなら、新兵でも簡単に全滅させられるだろう。

 だから、今のところ、俺の邦の騎士団では、採用されていない。まぁ、採用なんかしても、『正々堂々』が信条のアヤメが、そんなものを使うとは思えないが。

 じゃぁ、なんでそんなものを市民に持たせてるかって言うと、あれがとにかく扱いやすいから。ただ撃つだけなら、引き金を引くだけだから何の力もいらないし、火と水分にさえ気を付ければ、火薬の扱いも難しくない。だから、市民がやる、お遊びみたいな軍事訓練には最適なのだ。

 も一つおまけに、なんで俺がこんなくっだらないこと考えてるかって言うと、ものっすごくヒマだから。一応、この行事は俺の主催ということになってるが、実際のところ、何かやってるのはアヤメだけだ。俺はと言えば、訓練を眺めてるだけ。しかも、訓練って言っても、ちょこっと行進の練習をして、銃を2発撃って、交代しての繰り返し。そんなもの見てたって、何にも面白くない。例えるなら、ひたすら運動会の入場行進の練習してるところを見せつけられてる感じだ。しかも、へったクソ。ま、当事者にやる気がないんだから、当然ちゃ当然か。

「ユート様」

 ふと、今まで横でおとなしく訓練の様子を見守っていたリサに呼ばれる。多分、またあくびでもしてたんだろう。

「あ、またあくびしてた? でもさ、こんだけ退屈だと、どうしてもあくびが……」

「そうではありません! あれを!」

 なんか、焦った様子で練兵場の方を指された。その様子に、俺もただならぬ物を察して、練兵場の方に目を向ける。

 すると、そこでは、何やらアヤメと市民の一人がもめているようだった。しかも、ここまで届くような声で何事か言い争っている。どうやら、相手は腰に剣を差した青年のようだ。

「貴様、なぜ私の命令に従わないのだ? わかっていると思うが、これは軍事教練なんだぞ? それに参加する以上、隊長たる私の目入れは絶対だ」

「いいえ。従いかねます。なぜ、この邦の騎士の息子であり、この秋より騎士団に配属されることが決まっている私が、一介の奴隷の命令なぞに従わねばならないのですか!?」

 それを聞いた瞬間、リサの顔色が変わった。まるで何かに恐怖するように、顔が一気に青ざめていく。俺は、その手を軽く握ってやると、またアヤメの方に顔を向ける。てか、騎士団に入るんなら、なおさら命令に従えよ、という突っ込みは、多分、無粋なんだろうな。

「大体、この邦はあの当主の代わってから、すっかりおかしくなってしまった。突然、王国の制度に反逆するかのように奴隷の開放を宣言し、あろうことか自分の情婦の奴隷を騎士団長に据える始末。こんな事、騎士として見過ごせる訳がないでしょう!」

 そこまで彼の話を聞いて、俺は納得した。つまり、彼は、今の俺の体制に反対する勢力の人間なのだ。

 俺の邦は、王国の中でもかなり特殊な国だ。封建制、奴隷制が当たり前の王国にあって、唯一、奴隷制の事実上の廃止、封建制に伴う特権の無効化に成功した国だ。まぁ、それは今までの俺とリサ、アヤメの行動を見てればすぐに分かるだろうが。

 まぁ、それは、そこそこうまくいった。奴隷制の廃止で、工業製品の質の向上とか、そんな感じの恩恵がかなりたくさん現れた。

 でも、全ての人がこの改革に賛成したわけじゃなかった。市民のほとんどは、改革が進むにつれて、理解を示してくれた。でも、今までの制度のもとで甘い汁を吸ってきた連中、今までの生活をぶっ壊されたくない、ていう保守派の連中とか、結構な数の反対勢力が出てきちまった。

 こいつらの中でも、表立ってクーデターをたくらんでた奴らは、あまりやりたくはなかったが、反逆罪で処罰した。でも、流石に、保守的な思想を持ってるって理由だけで、市民を捌くことなんでできないから、今でも結構な勢力として、反体制派が居るらしい。

 要するに、彼はそんな感じの考え方を持つ人間の一人なんだろう。そんな奴はさっさと処罰しろ、なんて考えもあるみたいだけど、俺は別段気にしてはいない。多分、ほっといても問題ないからだ。リサとアヤメが、この国の人間から大人気なのを見れば、そんなことは必要ないだろう。

「貴様! 今ユート殿のことを侮辱したな! 私のことは、なんと言おうと構わない。だが、主君を侮辱することだけは許さんぞ!」

 だから、今回に限っては、俺は、傍観させてもらうことにする。

「色に狂って、人を見る目も失くしてしまったような人間を批判して、何が悪いというのですか! だいたい先日の馬車の件と言い、最近の当主の色狂いは目に余る物があります! そんな人の下で、騎士として働くなど、我慢なりません! ですから、こうして今、声を上げているのです」

 アレ? もしかして、これの原因て、俺だった? いや、でもさ、あれの原因はリサが……ごめんなさい。反省してます。だからそんな目でこっちを見ないで、アヤメさん。

 さておき、やっぱり、放っておいても問題はなさそうだった。どう見たって、ちょっと興奮した憂国の青年が先走ってるって感じだ。この場で納得しなくても、どーせそのうち納得するだろう。俺の耳に届いてる、質の悪い反対派とは、完全に違うみたいだし。

 ま、でも、俺のせいだってんなら、ヒントぐらいは出すか。どうも、アヤメだけで対処するのは難しそうだし。奴隷がいくら言ったところで、案だけ興奮してれば、無駄だろう。ま、たまには領主らしく振舞うのもいいだろう。

「青年!」

 俺は、アヤメと口論いている青年に向かって、呼びかける。

「どうやら、君は俺が人を見る目も失った、奴隷と遊んでばかりいるダメ人間と考えているらしいな」

 人々の視線が、一斉に俺に集まるのを感じる。

「俺としても、そんな汚名を着せられるのは癪だし、そこのアヤメも、俺のことを馬鹿にされて納得がいっていないようだ。そこで、今からそこのアヤメと勝負してみるのはどうだ? 君自身の身体で、俺の判断を感じ取ってみればいいだろう?」

 俺のその言葉を聞いて、彼が、願ってもない、という顔をするのがここからでもはっきりとわかった。

「いいでしょう。もし、私が勝ったら、直ちにこの邦の再改革の着手していただきますよ?」

「いいだろう。アヤメ、悪いけど少し相手してやってくれないか?」

「え? わ、私としては構わないが……」

 展開について行けずに、ぽかんとしていたアヤメが、慌てて返事をする。

「なら決まりだ!」

 俺のその言葉を最後に、アヤメと青年が、向かい合う。周囲では、人だかりができているが、あれはきっと、面白がってるんだろう。誰一人として今までの展開に口を挟んでこないのが、何よりの証拠だ。

 そんなこんなで、アヤメと青年が剣を構えて対峙する。

 そこから、最初に動いたのは青年の方だった。妾なんかに負ける訳がない、とでも思っているのか、単純に、真っ直ぐ突っ込んでいく。当然、アヤメがそんな攻撃でどうこうなるわけはなく、刀を使うまでもなく、単純な打突でアヤメに突き倒される。

 だが、彼は止まらない。今のは偶然だとでも思っているのか、頭に血がのぼってしまったのか、もう一度、真っ直ぐ突っ込んでいく。だが、やはり結果は同じで、突き飛ばされる。

 それでもめげずに、今度は起き上がって、剣を振りかぶる。だが、それもあっさりと返されてしまう。

 その後も、青年は何度も何度もアヤメに挑みかかって行くが、そのたびに、軽くあしらわれてしまう。そのうちに、彼は泣き出してしまうが、それでも何度も何度も挑んでいく。そしてついに、動けなくなったようだ。地面に倒れたまま、荒い呼吸を繰り返す

 その彼の顔の横に、アヤメが刀を突き立てる。

「ふん。この程度か? 全く、あれだけの大口を叩いておいて情けない!」

 普段のアヤメであれば、絶対にやらないような、わざと相手を挑発するような言動だった。彼に、自分の行動を冷静に分析するきっかけを与える、という意味もあるんだろうけど、多分、あれは本当に怒ってたんだろうな。流石は忠義の国の人間。義理堅いというか、忠義心に厚いというか。でも、あれだ。きっと、ああいう人間は、寝取って頭の中のご主人様を消していく時が一番興奮する気がする!

 さておき、アヤメに挑発された彼は、衆人環視のもと、顔を真っ赤にして起き上がると、そのまま去って行ってしまった。ま、あの様子なら、これで大丈夫だろう。今回は、リサがすっかりトラウマスイッチON状態になっちまったせいで、追いかけることもできないしな。

 俺は、未だに青くなってるリサの肩を抱えると、その後の処理をアヤメに任せて、その場を後にする。

 まったく、突っ込みがいないと、イマイチ締まらないだろうが。


 数か月後に、練兵場で聞いた新兵会話

「やっべ! 久しぶりに見たけど、やっぱりアヤメ様可愛い! 俺、あの人になら切られてもいい、ていうか、切られたい!」

「お前、またかよ。夏の訓練から、毎日それ言ってんじゃん!」

「うるさい! お前にはこの俺の気持ちが分かってたまるか! あの時の、完全に先走ってた俺のことをお諫めしていただいた時の、あの凛々しいお姿!」

「は? いやいや! それなら俺はリサ様に踏まれたいね! あのクールな表情で『全く、こんな事をされて興奮していらっしゃるなんて、ご主人様はとんだ変態でいらっしゃいますね』ととか言われてぇ!」

「おめ、どんだけMなんだよ!」

「は? それを言ったらお前だってそうだろ! てか、お前が騎士団に入った目的って、アヤメ様にしごかれる為だろ!」

「あー、まぁな」

「うわ! キモ!」

「うるせぇ! お前に言われたくないわ!」

「はいはい。でも、ま……」

『取りあえず、アヤメ(リサ)さまとイチャイチャしてる領主クソやろう、さっさと死ねばいいのに』

 アレ、結局、俺に対する恨みは消えてない?

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