表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/20

乳ビンタ!

 ある夏の日。屋敷の裏の練兵場では、つわものどもの声が朗々と蒼天に響いている。彼らの汗を吸い込んだ茶色の地面の上を闊歩し、彼らを殺気立った目で睨み付け、怒鳴り付けているのは、我らが女戦士たるアヤメだ。

 はい、そんなわけで俺とリサは、練兵場に来ています。練兵場は周りより一段低くなっていて、現在その周りの土手に腰かけて絶賛見学中。見下ろすような恰好になっているから、練兵場が良く見える。

 ここは俺の屋敷の裏手にあって、普段は俺もリサもあんまり来ない。じゃぁなんでこんなところに居るかって言うと、暇だからだ。

 今から約一週間前、ボコボコに殴られた俺は、ブドウの収穫に置いて戦力外通告を出されてしまった。仕方がないので、アヤメとリサ+市民の有志でその後の作業をしたのだが、市民共やつらはアヤメとリサしかいないと聞いた瞬間に飛びついてきやがった!

 もう少し具体的に話すと、いつもは俺が有志を募るのだが、その時は「全くしょうがないですね。後でうまいもんでも食わせてくださいよ?(苦笑い)」って感じだ。

 だがしかし! リサとアヤメがやったら、「え!? 今年はあのボンクラがいないんですか? リサ様とアヤメ様だけ! ヒャッハー! 行くぜ野郎ども!」って感じだったらしい。何が野郎どもだ、バカたれ! かえって嫁さんにボコボコにされて来い、野郎ども!

 ま、まぁ、結局のところリサもアヤメも俺の物だし。お前らが粋がったところで、所詮手なんか出せないんだよ!

 さておき、そんなこんなで、普段はあんまり手伝ってくれないワイン造りまで手伝ってくれちゃったせいで、俺たちは一気に暇になってしまったのだ。そこで我らが女戦士のアヤメの登場と言う訳だ。

 前に少しだけ言ったが、アヤメはこの国の騎士団長というか、軍の元帥というか、そんなかんじの存在で、つまりはこの国の兵士どもを束ねる存在だ。本来、騎士団長は奴隷が務めるような役職ではないが、この国に来た当時から日出国の剣術を相当程度使え、こっちに来てからはこの国の様々な流派の剣術を次々に修得していったアヤメに、俺の邦の兵士は、誰も勝てなくなってしまったのだ。そんな訳で、アヤメは数年前にこの国の兵どものトップになってしまった。

 俺は改めて、整列して剣を振るっている兵士たちの間を歩き回るアヤメを観察する。下はスパッツ、上はぴっちりとした、キャミソールみたいに腕のないスポーツウェア。黒と明るめの色のそれらが、日焼けして褐色になったアヤメの肌によく映える。

 肌の表面には玉の汗が浮かび、それがアヤメの肌をより一層美しく見せて、魅せると同時に、ただでさえピッチリとした服がより一層体に張り付き、彼女の豊なボディーラインを際立たせている。

また、彼女が動くたびにムネが上下に揺れ動き、引き締まっているくせに、なぜかそこだけ少し余っているお尻のお肉が、魅惑的にムニムニと山とか谷を作ったり戻ったりしている。

「ユート様?」

 あ、調子に乗ってごめんなさい。わたくしが悪かったです。ですからどうか俺の手を捻りあげるのをやめてくれないでしょか、リサ様。

「全く、ユート様も少しは身体を御動かしになればよいのではないですか? だいぶ元気が余ってらっしゃるようで御座いますし」

 ふう。やっと放してくれた。てかさ、毎回思うんだけど、なんでリサは俺の心が読めるんだろうな? 俺ってそんなに顔に出やすいのかな?

「ところで、アヤメ様が何か違うことを始められるようで御座いますが?」

 リサに言われて、俺はアヤメの方に顔を戻す。すると、アヤメは自分の腰に差した刀を抜き、一人の兵士と向き合っていた。どうやら、試合形式の訓練をするらしい。しかも、真剣同士で。まぁ、アヤメのことだから、自分が怪我したり、相手にけがさせるようなことはないと思うが。

 ちなみに、アヤメが使っている刀も、この国の物ではない。数少ない、アヤメが俺のところに来た時の持ち物だ。前に、自慢げにその刀について説明されたが、正直言って半分以上忘れた。てか、アヤメのこと見てました。なんか、銘が『村雨』で、由来はその刀を振るうと村雨みたいに血の雨が……とか言ってた気がする。

 そんなことを考えていると、目の前ではアヤメと兵士の試合が始まる。激しい剣撃の応酬になる、かと思ったが、兵士が一方的にアヤメにやられているだけだった。腰が引けていると言われては峰で腰を叩かれ、膝が笑っているといわれては叩かれ、構えがなってないといわれては手首を叩かれ。試合というよりは指導だった。

「流石アヤメ様。お強いですね」

 俺の隣では、そんなアヤメの様子を見たリサが、感心したように言葉を漏らす。それを聞いて、俺はアヤメの動きを注意深く観察する。つぃかに、アヤメの剣捌きはなかなかの物だ。勝てる奴はなかなかいないだろう。でも、反対に足運びというか、身体全体の動きというかは、鈍かった。たぶん、うまく後ろや横が取れれば、どうにかなるだろう。

 俺は、気づいたら頭の中でアヤメの動きに対するシミュレーションをしていた。俺も、一応は貴族の嗜みとして剣を齧っている。普段は、そんなもの何の役にも立たないし、積極的に練習しようなんて言う気にはならない。でも、アヤメの様子に触発されたのか、珍しく真剣にそんなことをしていた。

 そんな俺の様子に気づいたのか、隣ではリサがメイドらしく一歩引いた感じで俺のことを見ていた。なんか、珍しくメイドと主人って感じの光景だな。

 しばらくして、一通り兵の相手を終えたアヤメが、俺たちの方に向かって歩いてきた。どうやら、休憩にでも入るらしかった。

「ユート殿、先ほどから真剣な顔で私のことを見ていたようだが、また何か変な事を思いついたわけではあるまいな?」

 こちらに来るなり、アヤメはそんなことを言う。

「違うわ!」

 いや、確かに普段の俺からすれば合ってるんだけども。

「いや、あれだよ。訓練の様子を見てたら、久しぶりに剣士になってたというか、そんな感じだよ」

 俺の言葉を聞くと、アヤメは意外なような、嬉しいような、そんな微妙な顔をする。そして、俺の方に身を乗り出してくる。これは、あれだ。俺が剣のことを真面目に考えてるのはかなり意外だったけど、同じ趣味の話が出来ることが嬉しくてたまらないって顔だ。

「そうか! で、どうだったんだ、私の剣捌きは!? 真剣な顔をしていたから、しっかり分析してたんだろ?」

 アヤメが目をキラキラさせながら俺に迫って来る。俺がちょっとでも顔を動かせば、簡単にキスくらいできそうな距離だ。普段だったら、喜んで性的いたずらを仕掛けに行くところだが、今回はそれどころではない。アヤメの顔が、眩しすぎるのだ。子どものような純真な笑顔で、悪戯する気がガリガリ殺がれていく。しょうがないから、俺は真面目に答えることにする。てか、剣の話なら俺じゃなくてもよくね? 回りに兵士が一杯居るだろ? それとも、奴らじゃ弱すぎて話にならないのか? 俺はそんな突っ込みを押し殺して、気圧されながらも口を開く。気圧されているせいか、さっき考えてたことが、ついついそのまま口から出てしまう。

「あ、いや。指導してたから、ってのはあるんだろうけど、全体的に剣以外の動きが鈍いかな?」

 俺の言葉に合わせて、アヤメの眉根がぴくぴくと動く。たぶん、心外だ、とでも言いたいんだろう。最後まで言い切るのは、マズいんだろうけど、途中でやめたところで聞かれるのは目に見えている。だから、俺はメンドクサイと思いつつ、最後まで続ける。こんな事なら、正直に言わなきゃよかった。

「正直、俺でも勝てそう?」

「ほ、ほう。そうか」

 あ、笑顔が引き攣ってる。真剣に剣の道を目指しているからこそ、俺なんかにそんなこと言われるのが、我慢ならないんだろうな。

「だが、勝てるかどうかは、実際にやってみなくては分からないのではないか?」

 言いながら、アヤメはその辺の置いてあった剣を一振り手に取った。そして、それを俺に投げてよこす。

「ユート殿、貴様と私、どちらの方が強いか、知りたくはないか? いや、ユート殿は、きっと知りたくて堪らないはずだ」

 訳、『私と勝負しろ』

「え、いやー、別にそれほどじゃぁ……」

「よかろう。ならば勝負だ」

「人の話を聞けぇーー!」

 アヤメは、俺の言葉を無視してスタスタと練兵場の方に歩いて行ってしまう。それに合わせて、俺たちの周りで休憩をとっていた兵士たちが、左右にさっと割れる。完全に、注目されていた。領主VS女騎士団長。世紀の対戦が今ここに! って感じなんだろう。全く、気楽なもんだ。

 何を言ったところで無駄っぽいから、俺も仕方なくアヤメの後に続く。リサは、関わらない方が身のためだと判断したのか、俺とアヤメの対戦を面白がっているのか、完全に傍観者だった。

 俺とアヤメは、だだっ広い練兵場のど真ん中で対峙する。お互いに無言で正対すると、俺はアヤメから受け取った剣を引き抜き、鞘を投げ捨てる。

 剣は、何の変哲もないロングソードだった。俺の邦の騎士団で制式採用している、量産品。肉厚で頑丈ではあるが、それだけだ。それを、正眼に構える。

 アヤメの方も、腰から自分の獲物を引き抜く。この邦の物とは違う、鈍く輝く刀身が露わになる。それは、ひどく細く薄く、ありていに言えば、華奢に感じられた。もしかしたら、俺の一撃を受け止めただけで、折れてしまうんじゃないだろうか。

「いいのか? そんな剣、簡単に折れちまうぞ?」

「ふ。それはどうかな!」

 言い終わるや否や、不敵な笑みを浮かべたアヤメが、激しく撃ち込んできた。獣のように激しく踏み込むと、大上段に構えた刀を一気に振り下ろす。俺は、それを剣で受け止める。

 アヤメの一撃は、その得物からは想像もつかないほど重かった。きっと、筋肉だけじゃなくて、自分の体重も使って切り込んでいるのだろう。

 俺は、その一撃を正面から受け着ると、今度はこちらから打ちこみに行く。今の一撃のお返しとばかりに、全身のバネを使って、渾身の一撃を叩き込む。

 だが、そんな俺の手に帰ってきたのは、今まで味わったことのない感触だった。それはまるで、何か柔らかい物でも切りつけたような感触。ぬらりくらりとして、まるっきり手応えが無いのだ。その一方で、俺の剣とそれを受け止めたアヤメの刀との間では、信じられないくらい激しく鉄が削られ、火花が飛び散っていた。

 俺は、急いでアヤメとの距離を取り、再び武器を正眼に構えて睨み合う。今の剣戟の漢字からして、きっと、俺の斬撃は受け流されたのだろう。

 なるほど、これは確かに容易じゃないかもしれない。受け流しは、アヤメの武器と完全にマッチした戦法だ。相手の斬撃を受け流すことによって、武器に掛かる負荷をできるだけ少なくできる。さらに、武器が華奢で軽い分、相手の攻撃からカウンターにつなげることも簡単なはずだ。事実、さっきの一撃も、さらに深く打ち込むように誘われていた。途中で止めなかったら、とっくに決着はついていただろう。でも、それなら!

俺は、さっきと全く同じ軌道で撃ち込むべく、アヤメとの距離を詰め始める。

「おいおい、ユート殿、それでは芸がなさすぎないか?」

 アヤメは、俺がさっきと同じように攻めて来ると思ったのか、今度もカウンターを仕掛ける気満々、と言った様子で待ち構えている。

 俺は、そんなアヤメの策を打ち破ろうとするかのように、一気に打ち込みに行く……直前で急激に方向を変える。半ば無理矢理に身を捻り、ステップを踏み、相手の背後へと回り込んでいく。

 正直言って、アヤメと正面切ってやり合うのは厳しかった。だから、後ろを取らせてもらうことにしたのだ。忠義の国の人間たるアヤメの頭には、正面切っての勝負以外は頭にないだろうし、さっきの動きを見る限り、仮に途中で俺の意図が分かったとしても、追随できるとは思えない。

 俺のそんな読みは、どうやら的中したらしく、俺は難なくアヤメの背後へと回り込むことに成功する。考えを読ませないためにフェイントを掛けたせいで、アヤメの背中に張り付くみたいになってしまったが、ここまでくればそんなことは関係ない。後は、峰打ちでも決めとけば、終わりだろう。

「食らえ!」

 俺は、高らかに声を上げると、剣の腹をアヤメの肩に向かって軽くそうとする。

 だが、その瞬間、何か途轍もない質量を持った物体が、俺の顔面を直撃する。俺は、そのあまりの衝撃に、クラクラとしながらも、かろうじてアヤメからの距離をとる。そして、俺が距離を取り始めるのと同時に、振り返りざまの一撃が俺のいた空間を切り裂く。

 三度、俺とアヤメは正対する。俺は、剣を構えながら、さっき起きた謎の衝突減少について、考えを巡らせる。

 真剣勝負で、アヤメが殴る蹴るなんてことしてくるとは思えない。かといって、あの状態で、外的要因が働いたとは考えにくい。じゃぁ、アヤメの肘が、振り返りざまに、偶然当ったんだろうか? いや。それにしては、感触が柔らかかったし、何より、そんなことになっていたなら、さっきの正確な斬撃は無理だっただろう。じゃぁ、なんだろうか。

 俺は、考えながら、アヤメの身体の動きに警戒する。筋肉一本一本の動きまでをも見極めようと、舐めるように見つめる。

 そんな俺は、ふとある物の存在に気づいた。そして、その瞬間、俺の電撃が走った。

 大質量を持ちつつ、適度に柔らかい物。その答えが、文字通り、目の前にぶら下がっていた。そう、それは、アヤメの乳だ! 

 つまり、さっきの俺は、アヤメに乳ビンタされてたのだ! アヤメの高めの身長と、剣を構えてちょっと沈み込むようになっていた俺の姿勢のせいで、丁度良くアヤメのムネが俺の顔面を捉えたのだろう。

なんだあれ! どんな質量兵器だよ! 一瞬意識が飛びかけたぞ! あ、でも、あれで意識飛ばしてもらえるなら、それはそれでいいかも。

 世の中では、乳ビンタはちょっと特殊な性癖として扱われてるけど、なるほど、これはありかもしれない。

 まずなによりも、その名前アンバランスさが目を引く。通常、ムネは全てのものを優しく包み込む、母なる存在だ。暴力的なイメージなど全くふさわしくない。だが、乳ビンタは、そこに全く相反するビンタという要素が絡んでいる。

 通常であれば、自らを優しく包み込んでくれるはずの存在。だが、乳ビンタにおいては、そんなことは無い。その優しき存在に、完膚なきまでの暴力的行為を成されてしまうのだ。通常とは全く異なる状況が、人間の異常だという感情を掻き立てる。そしてその以上だという感情は、更なる興奮の素となる、背徳感を喚起する。近親相姦や浮気が異常な興奮を呼び起こすのも、いうなればこの背徳感があるからだ。自分は異常なことをしていると思うからこそ、通常よりも激しく興奮するわけだ。

 と、言うことで、僕は今から『勝負の途中で乳ビンタされる』っていう異常な状況を、もう一度味わってきたいと思います。乳ビンタの興奮を、今度はキッチリと味わうんだい!

 なあに、あの動きなら、どうってことないだろ。ああ、しかも、アヤメが自分からこっちに来る。そうか。そうなんだな。つまりは、アヤメもあの異常な状況で興奮してたってことなんだな。待ってろ。今イクよ。

った!」


 今回の教訓。真剣勝負の途中で妄想の世界に逃げ込んじゃだめだよ? ボッコボコにされるから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ