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透けブラ! 透けブラ!

 真夏の太陽が中天で煌々と輝き、その遥か下では、濃い紫に色づいたブドウが、気持ちよさそうに光を浴びている。そんな爽やかな七月のある日、俺は、死にかけていた。

 今、俺はブドウ畑に居る。上からは太陽に焙られ、下からは地面から立ち昇る熱気に蒸され、そんな中でひたすらブドウを摘んでは背中の籠に入れるという、面白くもなんともないことを繰り返している。たぶん、もう1万回は同じことを繰り返したんじゃないだろうか。

 肉体的にも、精神的にも、HPがガリガリ削られていく。例えるならあれだ、自分から毒の沼にはまりに行ってる感じだ。しかも、沼のなかで、ひたすらにノートに鬱って字を書く作業を繰り返すという訳の分からないおまけつき。そんなこと、普通はよっぽどのM野郎か、物好きじゃないとやらないだろ?

 さらにさらに、今日は朝からリサに馬にされたり、鞭で打たれたりで、元々精神的にボロボロだってのに。ホント、絶望感しかないよ。

 俺は、見慣れた紫色の塊から目を離し、そのまま顔を横に向ける。そこでは、リサとアヤメが、一心にブドウをもいでいた。ちなみに、リサは俺のすぐ脇で、アヤメは少し離れたところで作業している。たぶん、リサは俺がサボらないように見張ってるんだろう。

 リサは、普段から家事で細かい仕事をしているせいか、かなりの集中力だ。アヤメの方は、女戦士な外見に似合わず、繊細な手つきで収穫していく。きっと、あの手でコキコキされたら、物凄く気持ち良いんだろうな。

 ま、アヤメはさっき作業を始めたばっかりだから、余計に集中力があるんだろうが。

 あの後、俺は、リサにバシバシやられながら、最終的に市街地から5㎞ほど離れたところにある今作業をしている畑まで歩かされた。

 本当に、新しい扉が開きそうになったよ! それも何回も!

 で、だ。畑に着くなり、俺はリサに強制労働に従事させられたが、アヤメは、馬車にもう一頭馬をつなぐために、付いて早々屋敷へと引き返して行った。

 そんなことなら初めからやるなよ! という俺の心の叫びは、リサが手にした鞭の前に、もろくも崩れ去った。

 そんなこんなで、3人で作業をするようになって、かれこれ一時間が経っただろうか? それでも、収穫作業は一向に終わる気配を見せない。リサたちからさらに目を転じれば、その向こうには、ブドウの垣根が遥か彼方の地平線まで続いている。

 これ、無理じゃね? 3人で全部取るの?

 俺は、何度も繰り返した疑問を、もう一度心の中で繰り返す。いや、だって、ねぇ? 確かこの畑だけでも、2㎞くらい続いてたはずなんだ、ブドウの垣根。しかも、それが100列だったっけかな? さらに、同じ規模の畑が、あと2つあるんだよね。

 ああ、あれか。これが無理ゲーってやつか!

「ユート様、お手が止まっていらっしゃいますよ?」

 俺が休憩という名の現実逃避をぶちかましていると、作業をする手はそのままに、リサが俺に向かって作業を続けるように促す。

「いや、手が止まってるも何もさぁ、やっぱり無理だと思うんだよね。こんだけの量を3人で全部取るのは」

 俺がそう言うと、リサも単純作業に嫌気がさしていたのか、作業の手を止めて俺の方に向き直る。

「そのような事をあまり仰るものではありませんよ? 毎年毎年、愚痴をこぼした挙句に市民の皆様に手伝って頂いているのですから。今年こそは、皆さまにご迷惑をおかけしないように致しませんと」

 確かに、毎年3人ですべての作業を終えることが出来ずに、最終的には市民の有志が手伝ってくれている。でもさぁ、

「それでよくね? どーせ、あいつらヒマだろ?」

 つか、どう頑張っても無理だし。3人で終わらせるの。

「全く、見下げ果てたクズでいらっしゃいますね、ユート様は」

「なんで!」

 俺、なんか変なこと言った?

「今回は、私もグリシャ殿に全面的に同意だな」

 俺とリサの会話を聞きつけたアヤメが、作業を中断して、こちらの話に割って入ってきた。やっぱり、流石のアヤメも精神的にだいぶ堪えていたらしい。

「いいか、ユート殿。私の国では、主君は常に下の身分の者のことを考えなければばらないとされている。それが良い主君の必須条件というものだ。今のユート殿の立場なら、少なくとも市民に対しては気を配るべきだな」

 言いながら、アヤメがスタスタとこっちに歩いてくる。これは、完全に休憩モードだ。

「いや、でもねぇ? アヤメの祖国ってあれだろ? 義の国とか言う異名がるような国だろ? そんなとこと比べられても」

 前にも言ったが、アヤメはこの国の出身じゃない。まぁ、見た目ですでにエキゾチックな感じがしてるんだけども。アヤメの出身は、東の方にある日出国ひいずるくにだ。

 そこは、基本的にあんまり外国と付き合わない国で、閉鎖的な事で超有名。文字も超独特。アヤメ・シラヌイという名前は、その国の字では菖蒲・不知火と書くらしい。バラド王国のなかには、これを芸術とかいうやつもいるけど、こんなん、絶対覚えられないだろ? 俺には無駄に複雑なだけにしか見えないね。

 それから、侍とかいうやつらが政治やらなにやらを全て牛耳っているらしいが、そいつらが無駄に義理堅いせいで、忠義の国とかよばれてる。だから、そんなところと比較されても、ねぇ?

 まぁ、日出国に関しては、そんなことはどうでもいい。取りあえず、それは置いておけ。そんなことよりも、奴らの文化の方が重要だ。

 なんと、日出国の女性は全員ノーパンらしい! しかも、ノーブラ!

 なんですかこれ! もう、行くしかないでしょ! 行ってイッてくるしかないでしょ! クソ! なんでアヤメは普通に全部つけてるんだよ! それじゃあダメだろ! 目の保養的な意味で!

 あ、なんでアヤメが全部つけてるか知ってるかって言うと、前にリサとアヤメが下着について、どれが可愛いとか使いやすいとか談義してるのを偶々聞いたことがあるからだ。断じて立ち聞きしに行ったわけじゃないからな?

「わたくしもアヤメ様に賛成ですが?」

 あ、痛い。調子乗ってすいませんでした。だからリサさん、どうか俺の手首を捻りあげながら話すのをやめていただけないでしょうか?

「今の時期は夏野菜の収穫期。農業に携わる方々は、かなりお忙しいはずです」

「いやでもさ、そうは言っても、無理だし。ついでに、お隣さんがこいつのせいで何かとケンカ売ってくるしさ、どうしてもやる気が、ねぇ?」

 そう、うちはこいつのせいで隣のガフティとか言うおっさん貴族にいちゃもん着けられてるのだ。なんか、地方貴族にありがちなやつで、王族の覚えを良くして、さっさと位を上げるなり王都に近いところに領土もらうなりしたいらしい。それなのに、隣の俺の評判はそこそこ良いわ、同じ山脈に面してるのに銀はでねぇわ、こっちに対抗して始めたブドウも評判よくないわ、の三重苦でやったらとこっちに対抗心もやしてやがって、正直メンドクサイ。しかも、相当面白くないのか、事あるごとに絡んできやがる。もはや、お前本当は俺のこと好きなんだろうレベルになってる。いや、もちろん俺にそんな趣味は無いけども。

 だから、大変な思いをしてこいつをもぎ取っても、手に入るのはお隣さんのひがみとワインに加工する更なる手間暇、僅かなお金ぐらいのもんだ。わざわざ大変な思いをする理由が皆無なのだ。強いてあげれば、リサやアヤメと戯れることが出来ることくらいだけど、それはいつもやってるからどうでもいい。いつもと違う服装で新鮮味がー、とか言うのもあるけど、正直、作業着とか興奮せんわ! 突然雨が降ってきて、下着が濡れ透けに、とか言うイベントでも起これば、話は別だが。

「いいですか、ユート様、良い主君とは、常に民のことを考えているもので御座いますよ?」

「あー、うん」

 リサがなんか言ってるけど、やる気の出ない俺は、生返事をしてリサの身体に目を向ける。そしてそのまま、頑丈な作業着とはいえ、生地の薄い作りになっている夏用の半そで作業着越しにブラジャーが見えないかと、目を凝らす。

 だが、悲しいかな。下着が見えるどころか、ブラの輪郭すら見えない。たぶん、ブラと服の間に隙間があるのがいけないんだな。封筒の中身を透かして見るときに、中身と封筒を密着させると見やすくなる、的な感じだろ。てことは、だ!

「いいですか、確かにユート様の政策は一部では好評で御座いますが……」

「あー、うん」

 リサがまだなんか言ってるが、俺はそれどころではなかった。そんなことはどうでもよくなるような重要なことに気づいてしまったからな。何かって?

 ムネがでかくて服の生地が下から押し上げられてるアヤメなら、ブラと服が密着してて見えるんじゃね? ってことだ。これは、早速実験してみるしかないな。こういうトライアンドエラーの精神が人類の発展に貢献してきたわけだし。

 俺は、ゆっくりと、目だけを動かして、ご高説を垂れるリサの横で、しきりに頷いているアヤメを視界に捉える。

 いいか、焦るなよ、俺。ここで焦って、悪魔にアヤメのムネ見てることを気づかれたら、それこそ一巻の終わりだぞ? 俺は、出来るだけ慎重に、でも素早く目だけを動かしていく。

「ユート様、為政者たるもの民の優しさにすがっている様ではいけません。確かに、持ちつ持たれつの関係が大切な時も御座いますが……」

「あー、うん」

 顔をリサの方に固定して、ゆっくりと、動かせ。説教が面白くなくてどこか別のところを見てる風を装うんだ。そうすれば、俺の仮設が正しかった場合、目の前にはヴァルハラが広がるはずだ。

 透けブラ。それはすべての男の憧れ。ひと夏の熱気が見せる、陽炎のようにはかない物。個人的には、直で見えるよりもエロイもの。服の下にうっすらと見える下着の形と色。全てが見えないからこそ我らの想像力を掻き立ててくれる。それは、ニーソを穿いた足や、ミロのヴィーナスにも共通する、いわば欠如の美学。

 さっきは、アヤメが下着を着けてることを嘆いたけど、やっぱり透けるなら乳首じゃなくて、下着だな。つけてないのが最大限に活きるのは、つけてないという事実を知ったうえで、厚い衣に阻まれてそれが見えない時だと思うんだ。やはりそこに通底するのは、見えないという欠如の美学だ。見えない、透けてる、美術品の一部が欠損してる、ってのは大いに人の想像力を喚起する。人間は想像力を持つからこそ、見えない物に理想を見て、そこにある物以上の美を見出してゆく。

 ふう。思わず熱く語ってしまったぜ。

 さておき、いざゆかん、無限の想像の彼方へ!

「ところで、ユート様? 先ほどから真剣な顔でアヤメ様のムネを見つめておいでの様ですが、一体何をなさっていらっしゃるので御座いますか?」

「な!」

「んー、透けブラと欠如の美学に対する考察、かな」

 真ん中の「な!」は、びっくりしたアヤメが、胸を手で隠した時に上げた声な。これはこれで、結構可愛いな。

「では、アヤメ様の下着は何色で御座いましたか?」

「んー、赤と白のチェック、かな?」

 なんか、アヤメにしては普通でつまらなかったな。さらしを撒いてるとか、意外なことにレースの派手な下着を着けてるとか、そんなの期待してたのに。でも、取りあえず、「密着してると見える」っていう自論の正しさは証明されたな。

「では、ユート殿、私に粛清される準備はできているか?」

「うーん、もうちょっと待って」

 うん、やっべ。今気づいたけど、これっていつものパターンかな? どうも、無意識のうちに全部ゲロしてたみたいね、俺。アヤメにはああ言ったけど、内心では冷や汗が止まりませんわ、これ。

 忠義の国の人間とはいえ、いくらなんでも怒られるよね、これは? 主君とはいえ、アヤメにぶん殴られるよね? ついでにリサにも。どうしよっか? 簡単に言うと、こんな感じかな?


問、5秒以内に現状を脱する策を考えよ

答、無理ぽ


『問答無用!』

「じゃぁ、最初から聞くなよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 今回の結論。二人に殴られた俺は、顔がブドウみたいに紫色になりましたとさ。

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