番外編2 ルフに○○されてしまいました
「う……うぅん……ん?」
温泉であんなことがあった次の朝、俺は、股間に違和感を感じて目を開ける。
「あ、起きた」
「……」
また、お前かよ! なんなの! なんで寝てる俺の股間を執拗に攻撃してくるんだよ! あれか、お前は俺の股間に恨みでもあるのか?
「よいしょっと」
あれ? なんで降りちゃうの?
「ん? 何残念そうな顔してるの? そんなことより、早く起きろよ! これからあたしとデートに行くんだからな!」
「は?」
なんか、朝から訳の分からないこと言われた。
「はい。そんな残念そうな顔してないで、着替えた着替えた!」
そう言って、ルフはさっさと俺の部屋を出て行ってしまう。なんだろう、意味が分からないけど、取りあえず、着替えるか。
「あー、なんだよ。デートだって言ってるのに、何でそんな普段着なんだよ!」
ルフに起こされた俺は、パジャマから外出用の服に着替え、リビングに行った。すると、そこで待ち受けてたリサに、
「ルフ様でしたら、外で御座いますよ」
と言われた。どうやら、今回のデートはリサ公認らしい。道理で、いつもみたいにボコボコにされなかった訳だ。
で、俺は今、屋敷の前庭で、馬車を背景に仁王立ちしてるルフと向かい合っているのだが、居るのだが……
「どうしたんだよ、馬が人参で殴られたみたいな顔して? あ、もしかして、ユートってば、あたしのあまりの可愛さに、ムラムラしちゃってるの?」
「えー……」
ルフの言葉が、半分ぐらい当たってるせいで、俺は言いよどんでしまう。
ルフは、正直に言って可愛かった。紫の髪と瞳のせいで、普段から口さえ開かなければ可愛いルフだが、今回は、それに輪をかけて可愛かった。髪をツインテールに纏め、少し大人っぽい、かといって可愛らしさを損なわない服を着込んで、本当に、これからデートでもするかの様だった。
「おい、何とか言えよ!」
ルフに見惚れてる俺に、いつの間にか俺の目の前まで近寄ってきていたルフが、デコピンをしながら言う。
「え、ああ。うん」
「うわ。キモ! ユートってば、あたしみたいな子どもに欲情してる」
卿のルフは、なんか反応に困る。いや、勿論、本当にムラムラしてて、どう返していいか困ってるんじゃないぞ?
普段と、ルフの雰囲気が違いすぎるのだ。普段は、まだ子どもっぽいところも一杯あって、可愛いは可愛いでも、子どもに対しての可愛いだ。なのに、今日のルフは、なんというのか、女の子なのだ。本当に、ちょっと口の悪い彼女とデートに行く、みたいな雰囲気で、どう反応するべきか、分からない。
「あーもう。女の子を待たせるし、服を褒めることもできないし、ユートってばデリカシーなさすぎ。それなのに、性欲だけはあるとか、人として終わってる?」
訂正。中身はいつものままだった。
「あーはいはい。悪かったな。その服可愛いぞ?」
「ほんと!」
「あーうん、似合ってる似合ってる」
ルフの言葉でいつものペースを取り戻した俺は、取りあえずルフに付き合って、適当に服を褒めておく。
「ほ、ほら、服を褒めたら、次はエスコート! 馬車に乗る時は、四つん這いになって踏み台になるものでしょ?」
「いや、どこの女王様だよ、それ!」
俺は、代わりにルフの手を取って馬車に乗せる。まぁ、良く分からないけど、今日一日付き合ってやれば、満足するだろう。
「んー、着いたー」
屋敷を出た後、ルフが行きたいところがある、と言うので、俺はひたすらルフの指示に従って馬車を操った。そして、1時間ほど馬車を走らせた俺たちは、植物園の前に居た。街から少し離れた、山の中腹と麓の間ぐらいの位置にある施設だ。植物遠は、建物全体がガラス張りで、南国の植物も育てられるように、建物自体が、大きなハウスになっている。
「えー……」
そんな植物園を前にして、俺は、戸惑いながらも馬車を降りる。
「ん? どうしたんだよ、ユート? ここじゃ嫌だった?」
そんな俺の様子に気づいたのか、ルフが、珍しくしおらしい顔をして聞いてくる。
「いや、別に、嫌じゃないんだけどな……」
そんなルフに、俺は、言葉を濁しつつも返す。いや、俺としては、ルフのことだから、どーせホテル街に連れて行かれてからかわれるんだろとか、街に連れて行かれて、漫画みたいな数の荷物を持たされるんだろとか、考えてたから、かなり意外だった。それに、ルフが植物園とか、イメージが違いすぎるだろ。
「イッタ!」
そんなことを考えていると、唐突に、右足に痛みが走った。見れば、ルフが俺の足を踏みつけていた。
「ユート、デリカシーなさすぎ」
そして、ジト目で俺のことを睨み付ける。
「だからさ、デートだって言ってんじゃん?」
ルフは、足を踏みつけたままそう言う。これは、流石に悪かったかな? なんか、いつものふざけてる時とは違って、本気で怒ってるっぽいし。
「あー、うん。すまんすまん。ほら行きますよ、お姫様?」
そう言って、俺はルフに手を差し出す。すると、ルフは、
「分かれば宜しい! ほら、行くよ?」
急に笑顔になって偉そうな態度で言ったかと思うと、俺の手を引いて走り出した。
「なんか、すっごくあったかいね」
俺とルフは、植物園の中に居た。中は、いくつもの区画に区切られ、その区切られた区画の中に、熱帯や砂漠といった気候が再現されているようだ。それで、俺たちは、植物園の中でも、『熱帯』が再現された区画に居た。
区画の中は、あったかいというよりも、暑かった。入口の扉を開けると、ムワッとした熱気と湿気が、一気に襲いかかって来る。扉の横に温度計がかけられているが、どうやら37度もあるらしい。
「うわ、これは凄いな!」
でも、そんなことよりも、俺は目の前の光景に目を奪われる。『熱帯』の区画の中には、なんと、熱帯雨林がそのまま再現されていたのだ。うっそうとしたジャングルが広がり、散策用の遊歩道は、その中に吸い込まれて行っている。
なんか、できればあんまり奥には行きたくないな。いや、大丈夫なのはわかってるんだけど、なんか遭難したり、未知の病気でももらったりしそうな気がしてしょうがない。
「ほら、ユート、突っ立ってないで、行くよ?」
そんな俺とは対照的に、ルフは、笑顔を俺に向けると、何故か馬車を降りてからずっとつなぎっぱなしの手を引っ張る。俺は、今までに見たことのない種類のルフの笑顔に、少しドギマギしながらも、おとなしくルフに引っ張られていく。なんだろう、今日のルフは、いつもとかなり雰囲気が違うような気がする。
「ユート、何これ! なんか、すごく変なのがあるよ!」
遊歩道を歩き始めてから暫くして、唐突にルフがある植物を指さした。俺は、ルフの指さした方を見てみるが、確かに、変な植物が、そこにはあった。
それは遊歩道の手すりのすぐ近くに生えている植物で、色は黄色、形は水差しというか、水風船というか、そんな感じだろうか。全体的に、液体を溜めておくような形をしていて、上の部分が口を開けている。大きさも、長さが30㎝位だ。
「ん? なんだこれ?」
俺とルフは、その植物の方に顔を寄せる。俺とルフは、そのまま植物を観察してみるが、変な形をしていること以外は全く分からない。こんな物、今までに見たことがなかった。
「ユート、これ何か知ってる?」
ルフが、そんなことを聞いてくるが、勿論俺だって知らない。俺はジャングルの人間じゃないんだから。
「あ、なんか書いてある」
暫く眺めていると、ルフが、手摺の所に何かを発見する。それは、文字の書いてあるプレートだった。どうやら、プレートは植物の説明で、この植物は、説明の見本としてここに植えられているようだ。
「ウツボ。南方のジャングル原産で……」
ルフは、早速プレートを読み始める。俺にも聞こえるように声に出して。俺は、ルフのその声を聞きながら、ウツボというらしい植物を見続ける。
「その中には、甘い匂いのする液体が……」
俺は、ルフの解説に合わせて、上部の開口部から植物を覗き込んでみる。すると、確かに、植物の内側には、液体がたまっていて、良い匂いがする。液体の表面には、少し虫が浮いているが、誘い込まれるのも分かるな。
ていうか、この液体ってなんなんだろうな? どうして、こんな訳の分からないことしてんの、こいつ? アレかな、水不足に備えて、水でも溜めてるのかな?
「この植物は、根から栄養を吸収するばかりでなく、昆虫を吸収することで栄養を……」
あ、なるほど。だから虫が浮いてんのか。この匂いも、虫を誘い込むための物か。てか、虫を食うとか、どんだけ変わり者だよ。でも、それなら、何で液体なんだろ? 別に、虫を食うなら、こんな事しなくても、良くね?
俺は、何となく、ルフと繋いでいない方の手の人差し指を、植物の中に溜まっている液体につけてみる。すると、何となく、指先がピリピリした。
「植物の中の液体は、消化液であり、強酸性の……」
「え?」
へー、これって、消化液だったんだ。道理で、ピリピリするわけだ。
「……だって。なんかすっごい変な植物だね……」
あ、ルフさん、解説ご苦労様です。
「は?」
ん? どうしたんだよ?
「ユート、一応聞くけど、反対の手、どうなってるの?」
「ウツボに突っ込んでる」
「へー、どんな感じ?」
「なんか、痛い?」
「ちょっと!」
そこまで茶番を続けると、唐突にルフが動き出した。血相を変えて俺の手をウツボから引き抜く。
そして、
「えい!」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
何と、引き抜いた俺の指を口にくわえてしまった。そして、酸を落とそうとするかのように、舌で、丹念に指を嘗めてくる。
「ちょ!」
俺は、慌てて指を引き抜こうとするが、ルフにガッチリと腕を固定されていて、逃げられなかった。
「フーホ、じっほしへへ。ひょうろく、ふるから。(ユート、じっとしてて。消毒するから)」
ああ、ルフが喋るたびに舌が動いて気持ちいい。
って、違う!
「いや、消毒って、これ酸なんだろ? だったら、今すぐにやめないと、ルフの口の中も大変な事になっちまうぞ? すぐに、大量の水か何かで薄めないと……んぷっ?」
俺は、慌ててルフに指を吐き出すように言う。でも、その言葉は、途中でルフに遮られてしまう。俺が途中まで言ったところで、ルフは唐突に俺の指を吐き出すと、そのまま少し背伸びをして、俺にキスをしてくる。
「ん……く……」
俺は、ルフを引きはがそうとするが、それよりも早く、ルフの下が、俺の口の中に入って来ると、容赦なく俺の口を蹂躙していく。
その舌使いと、唇から洩れる吐息が、俺から、ルフを引きはがそうとする気を奪っていく。
「……ぷは」
それから1分近くして、ようやくルフが離れてくれた。俺は、目を白黒させながら、ルフを見る。
「えへへ……」
はにかんだような笑顔を浮かべるルフに、俺は抗議の目を向ける。
「なんだよ? 薄めろって言ったの、ユートじゃん」
いや、言ったけどさ。
「俺、キスしろなんで言ってないぞ!?」
俺のその言葉に、ルフは少しムッとした顔をする。
「えー、デートなんだから、キスぐらいするに決まってんだろ? それに、昨日リサとしてたじゃん? それとも、あたしじゃ嫌だっての?」
「いえ、嫌じゃないです」
そんな風に言うルフに、俺の否定する気は根こそぎ持ってかれる。というか、否定したら、多分、ルフ、泣くだろうから、否定なんかできない。いや、そんな泣きそうな顔で俺に突っ掛かって来るぐらいなら、初めからやるなよ……
「ならばよし! ほら、次に行くよ、ユート?」
俺の言葉を聞いた瞬間に、ルフはまた笑顔になって、俺の手を引っ張って行く。なんか、今日のルフは、とことん謎だった。
「うわ、キモ! なんでこいつらこんなにトゲ生えてんの?」
で、次は砂漠コーナーらしい。
なんか、トゲだらけの植物がそこら中に生えてる。本当に、全身がトゲで覆われてて気持ち悪い。いや、綺麗な花にはトゲがあるって言うけど、こいつらの場合、トゲしかないじゃん? どうすんだよ、全身トゲだらけで。
「あ、ユート、これすごい!」
そう言ってルフが指さしたのは、一際長く硬そうなトゲが生えているものだった。
「へー、サボテンって言うんだ」
ルフが、早速説明書きを見つけて読んでいる。俺は、やっぱり説明を読む気になれず、今度はサボテンを突いてみる。トゲだって、先っちょに触らない限り痛くはない訳だし。まぁ大丈夫だろう。
というか、こいつらのトゲって本当に刺さると痛いのかな? 案外、見た目だけで、実は何ともない、とかないのかな?
「キンシャチサボテン。最初に。ご注意下さい。このサボテンのトゲは非常に鋭く危険ですので、お手を触れないよう……って、こんなもんに触る奴、居る訳ねぇじゃん?」
ん、なんだよ? 触ったらいけなかったのかよ?
「ユート、何、やってるの?」
「サボテン触ってる」
「指から、血が出てるよ?」
「うん、凄く痛い」
やっぱりそこまで茶番を続けると、ルフが急いで俺の手をサボテンから引きはがす。
そして、
「えい!」
「また!」
やっぱり、俺の指を咥えてしまう。消毒をしているのだと主張するかのように、舌が傷口の周りを丁寧に舐めていく。しかも、俺のことを心配するように、俺の顔を見上げて来る。
「……はい、おしまい。って、なんだよ、今度はキスしてねぇぞ?」
「い、いや……」
ルフの言葉に、俺は上手く返せない。
「あ。分かった! ユートったら、指に着いたあたしのつば、舐めてもいいか考えてたんでしょ? 良いよ! 特別に許可してあげる。パクッっといっちゃっていいよ? ペロペロも許す!」
「俺はそんなに変態じゃない!」
ルフの言葉に、俺が思わずそう返すと、
「えへへ」
ルフは、悪戯気な笑顔を浮かべて、俺から少し離れる。本当に、今日のルフはおかしい。今日はなぜか、女の子は女の子でも、『女』の子なのだ。いつもの、悪ふざけの相手をしてくれるルフとは、明らかに違った。
んで、本日最後は、『日出国』だった。今までは、ずっと気候帯ごとに区切られていたが、何故か、そこだけ国の名前で区切られていたのだ。それで、中に入ってみると、そこは、一面の桜だった。区画の中に、桜の木だけが植えられていて、全ての木に桜が咲き誇っていた。しかも、ここだけは遊歩道がなく、土の上を自由に歩き回れるようになっている。
ルフは、それを見るなり、中にすっ飛んで行ってしまい、今は、地面に落ちた花びらを集め、空中に投げたり、手に取ってみたりして遊んでいる。
桜のピンク色と、ルフの紫色が混じり合って、とても綺麗だった。まぁ、当のルフはと言えば、そんなことを気にもせずに遊んでる訳だが。やっぱり、こうしてみると、まだまだ子どもだ。
でも、今日のルフは、何かがおかしかった。大人びて見えたり、子どもに見えたり。一体どうしたんだろうか? もしかしたら、裁判が終わって緊張が解けたせいで、里心でもついてしまったのだろうか? いくらあんなのでも、まだ10歳な訳だし、もしかしたら、俺たちの知らないところで、ストレスでも抱え込んでしまっているんだろうか?
俺が、適当な桜の木の根元に腰を下ろしていると、一通り桜を堪能したルフが、髪に花びらを付けて戻ってくる。
「何やってんの、ユート? ほら、こっちおいでよ?」
俺は、ルフに引かれるままズルズルと歩いて行く。
ルフは、さっきまで自分が居たあたりまで俺を引っ張ってくると、足もとに集めてあった桜の花びらを、上空へと投げ上げる。
「それ!」
桜のカーテンの向こうに、ルフの笑顔が見える。やっぱり、その笑顔はいつもと違って、大人びているのだ。
「すっご! やっぱ、綺麗だね!」
そんな俺の視線に気づいたの気づかないのか、ルフは歓声をあげる。そんな様子を見た俺は、何となく、今まで疑問に思っていたことを口に出す。
「なぁ、なんか、今日のルフ、様子がおかしいけど、どうしたんだ?」
俺のその言葉に、ルフがキョトンとした顔をする。
「いや、なんか、いつもと様子が違うから、何かストレスでも抱え込んでるのかなって思って。何かあるなら、相談に乗るぞ?」
俺は、真剣な顔でルフに言う。でもルフは、そんな俺に向かって、
「えい!」
手に持っていた桜の花びらを投げつけてきた。俺は、ルフの行動に、ポカンとしてしまう。
「ほんっと、ユートってデリカシーなさすぎ! だからさ、最初からデートだって言ってんじゃん?」
「え、いや、でも?」
気を取り直した俺は、ルフにさらにことばを掛けようとする。そんな朝から聞いてる言葉を繰り返されても、俺としては納得できない。
でも、そんな俺の様子を見たルフは、今日最大の悪戯っぽい笑顔を浮かべると、言った。
「だーかーらー、デートだって。デートするのなんか、当たり前じゃん。あたしはユートの奴隷なんだから」
俺は、そんなことを言うルフに、何も言い返せなかった。言い返したくても、言い返せなかった。なぜなら、俺の唇は、ルフの言葉が終った直後に、塞がれてしまっていたからだ。
ルフの唇で。
さっきとは違って、唇を触れ合わせるだけのキスだったが、俺は、そこから伝わって来るルフの熱に、溶けてしまいそうだった。
ルフを単体で、それも可愛く動かすの、難しすぎです。




