裁判2
翌日、俺たちは裁判の続きを行うために、再び法廷に居た。昨日と同じように、俺だけが被告で、リサたち三人は、付き添いという感じだ。ただ、昨日と違って、リサたちはすでに諦めモードだった。ルフなんか、俺の横で、裁判所の入り口にあった刑務所紹介のパンフレットを読んでいる。多分、検察辺りがイメージアップのために発行したものだろう。中には、刑務所の様子がイラスト付きで紹介されていた。
でも、一応、俺にだって策が無いわけじゃない。昨日、俺はそれなりに画期的な方法を思いついた。でも、それは賭けだった。上手くいけば、歴史の教科書に載るようなことになって、俺たちは無罪。上手くいかなければ、普通に刑務所行きだ。それどころか、本物の反逆者として歴史に名を残しても不思議ではない。そもそも、こんな事を裁判の場で主張しても良いものかどうかさえ怪しい。
「静粛に!」
昨日と同じように、裁判長が木槌を打ち鳴らす。裁判が再開されるのだ。
「裁判長!」
俺は、裁判が再開されるや否や、挙手をして発言の許可を求める。裁判長が、俺の発言を許可する。いよいよだった。
「さて、皆さま、この国にはドレッドスコット判決という物があるのをご存じだろうか?」
俺は、法廷の中に居る人全てに語り掛けるようにして話し始める。聴衆の反応はと言えば、完全にポカーンとしていた。当然だ。この裁判に、この判決はほとんど関係ない。これは、あくまでも切り口だ。
「ドレッド・スコット氏が起こした裁判であり、奴隷はどうあがいても市民権を獲得することはできない、ということを示した判決でもある。さて、ここで一つ、お聞きしたい。それは、なぜだ? 王国はその裁判において、奴隷は市民ではないからそもそも裁判を起こせない、という理由を付けてこのような判決を出した。そして、奴隷は市民に成れなくなった。だが、それはなぜだ? この裁判において、王国は奴隷が市民になれないことに対して、きちんとした理由を述べていない。そこで、私は今一度問いたい。それはなぜだ?」
俺は、そこで一度言葉を区切る。そして、ガフティに発言を促すかのように、原告席の方を流し見る。俺のその視線に気づいたガフティが、立ち上がって答える。
「ふん。知れたこと。そんなのは奴らが奴隷だからだ。それ以外に、理由などない」
「ガフティ卿、それでは理由になっていません。それでは、『太陽はなぜ明るいのか』と問われ、『それは太陽だからだ。太陽だから明るいのだ』と答えるのと同じです」
俺の弁を聞いてガフティが明らかにイライラとし始める。ガフティの表情が、あからさまに変わっていく。ま、傍から見れば、関係ないことを、それもグレーゾーンの話題を喋りまくってるように見えるんだから、当然か。
「子爵殿、貴殿はよっぽど無駄話が好きと見えるな。私としては、早く裁判の方に取り掛かりたいのだが、いいだろう。答えようではないか。いいか、奴隷とは家畜だ。我々とは、根本から違う、劣った存在だ。貴殿は、家畜に市民権を与えるのか? 家畜が税金を納めないからと言って、怒るのか? そんなことは無いだろう? つまりはそういうことだ。家畜である奴隷に市民権を与えるなど、そもそもからおかしな話なのだ」
ガフティの声に合わせて、俺への野次が飛ぶ。
「さて、貴殿の疑問も解決したところで、本題に戻ろうではないか」
だが、今日はそんなことは気にしない。ついでにイライラしてるガフティも気にしない。一切無視して、話を進める。
「いえ、まだです。貴殿は、奴隷は我々とは違う存在だとおっしゃるのですか? では、その根拠とは何ですか? 違うとおっしゃるからには、根拠がるのでしょう。例えば、ミツバチの女王蜂と働き蜂では、同じミツバチであっても、根本的に違います。その理由は、育ち方にあります。女王蜂は、他のハチと違って、栄養価の高いエサを与えられて育つ。だから、女王蜂は特別なのです。また、人間とサルが違うのは、明らかに異なる外見的特徴を持つからです。我々はサルのように毛深くはない」
俺のその言葉で、野次がさらにひどくなる。でも今のところ、裁判長が止めに入って来る気配はない。裁判長は、難しい顔をして俺の言葉を聞くばかりで、止めようとはしてこない。
「貴殿が生物学について造詣が深いことはよくわかった。だがユート殿、貴殿は先ほどから下らぬこじつけを振り回すばかりで、何もわかっておらぬようだな。奴隷は奴隷! 我々よりも劣ったところがある、我々とは違った存在なのだ!」
「ほう、まぁ、良いでしょう。私にはわかりませんが、何か違いがあるのでしょう。では、お聞きしますが、奴隷と我々が異なる存在であるなら、我々市民が奴隷になることはないのですか? 我々に突然毛が生えてサルになることが無いのと同じように」
その言葉で少しだけ野次が収まる。ついでに、ちょっとだけ失笑する声が聞こえた。よし、少しずつ、こっちのペースに持っていく。
「その通りだ。なぜ、我々が奴隷になどならねばならぬのだ?」
「そうですか。ではお聞きします!」
そこで俺は、ルフに立つように促す。
「この少女に見覚えがあるでしょう? 彼女の名前はラルム・ストラーフ! 私が貴殿から買い取った、奴隷の少女です。彼女が言うには、貴殿は、貴殿の領民であった彼女の両親を殺し、彼女を奴隷に仕立てたと言う。おかしいではないか。これでは、貴殿の話と矛盾する。市民が奴隷になることが無いなら、なぜ彼女は奴隷になったのだ?」
俺は、そこで言葉を切る。ガフティは、あからさまに動揺していた。だが、それは、傍聴席の聴衆も同じだった。
俺は今、この王国で暗黙の裡に許されていた行為について言及しているのだ。今まで当然のように行われて来た行為。そして、誰も理由なんて答えられないだろう行為。つまり、権力者がそこら辺から人をさらって来て、自分の奴隷にするとか、奴隷商人が、国の中や外から人をさらって来て売り飛ばすとか、そういう行為。
そんなの、誰も理由を答えられるわけがない。だって、答えられるようなきちんとした理由なんかないんだから。この行為に、俺の言うような学問的、もしくは合理的な理由なんて、存在しない。
だが、ガフティは、数瞬のうちに動揺を納めると、俺に反論してくる。
「それは、奴隷とはずる賢い生き物で、我々の中に紛れていることもあるのだ。だから、我々は、その紛れ込んだ奴隷を、本来のあるべき姿に戻しているのだ」
む、意外と頑張るな。
「では、彼女を奴隷と断定した理由は何です? 彼女の両親を殺した理由は? 髪の色が珍しいからですか? いや、それならアヤメがここに居る理由が説明できない。彼女は、王国では珍しいかもしれないが、日出国においては、いたって普通の見た目をしている。なぜだ? 何故奴隷になったのだ?」
ガフティは、答えられない。聴衆も、俺の過激な発言に、静まり返っている。
「まぁ、良いでしょう。答えろと言われても、すぐには答えられないこともあるでしょう。では、別の質問を……」
俺が、さらにガフティを追い詰めようとしたところで、ガフティは逃げに走り始める。
「裁判長! やつを黙らせてください! やつは、気が狂っている! 気の触れた狂人だ! これ以上奴の言葉に耳を貸してはならない!」
「狂人!? 私が? でしたら、私はそもそもこの場に居ないでしょう。気の触れた人間には、罪を問うことはできないのですから。私は、即刻無罪放免ということになりますな」
「く……」
ガフティが、顔をしかめる。自分で大きな墓穴を掘ってしまったのだから、当然か。裁判長も今の発言に取り合う気はないのか、全く動く気配がない。俺は、ルフに座るように促してから、先を続ける。
「話を戻しましょう。私の質問は、あと二つです。貴殿は昨日、奴隷が我々に時間的、経済的な恩恵をもたらしてくれるとおっしゃった。確かに、それだけでも、経済学的にみて、奴隷は有用なのでしょう!」
そこでガフティが何か言いかけるが、俺は、ガフティに喋らせずに、畳み掛ける。
「ですが、それは本当に奴隷の恩恵なのですか? 彼らが居たから、我々は他のことに集中できた、と言いますが、果たしてそれは本当なのですかな? 仮に、彼らと同じ数だけの市民が、労働として同じことに従事したらどうですか? それでも、同じことになるのではないですか? 経済的効用から見ても、奴隷に確固たる理由はないのではないですか?」
俺の言葉に、ガフティが、やっと反論の糸口を見つけたというようにして飛びつく。でも、これも、反論の糸口なんかじゃないんだな。
「ははは。貴殿はやはり何もわかっておらぬ。いいか、確かにそうかもしれぬが、貴殿の論には、大事なものが考慮されていない。それはな、利益だ。考えても見給え。有償の労働と、無償の奴隷の仕事。どちらの方が、我々が得られる利益は大きい? そんなこと、子どもでも分かることだろう! 経済的に奴隷に意味がない? それこそ、馬鹿げている!」
なんか予想以上に必死で反撃された。そんなにがっつくなよ。
「そうですか。ところで、先日、私が貴殿に差し上げたワインのことは覚えておいででしょうか?」
差し上げたワイン、というのは、ルフの代金として俺が権利書を上げたやつだ。ガフティのおっさんは、俺がルフを買い取った次の日、まだ熟成が終わっていないワインを、樽は後で返すから、とか言って、熟成樽ごと持ってきやがった。しかも、その裏でこんな裁判の準備を進めてるとか、返す気ないじゃん。どんだけ欲張りなんだよ!
まぁいいや。思い出したら、この裁判とは別の方向で怒りが湧いて来たけど、それは置いておこう。
「それが、どうかしたのか?」
ガフティは、俺の言葉の意味を測り兼ねて、首を傾げる。
「さて、こんな事を自分で言うのは恐縮なのですが、私の領地で作っているワイン、あれは王国の中でもかなりの人気です」
「だから、それがどうしたというのだ!?」
イライラしているガフティを無視して、俺は続ける。
「そのワインなのですが、皆さんも、御存じでしょう? ここ数年で、ワインがさらに良質のものになったのを? 実は、ワインの質が変わったころ、我が領地では大きな変化がありました。それは、私が領地を受け継ぎ、奴隷を開放したことです。当然、ワインも、私が奴隷に作らせているのではなく、領民が作ってくれている、領民に製造を手伝ってもらっている、というような形に変わっています。勿論、多少のお礼はさせてもらっています」
俺は、俺の言葉の意味を、他の人が理解するまで、少し間を置く。ちなみに、ワインの醸造を手伝ってくれてるのは、市民よりもリサとアヤメが主だけど、そんな事は取りあえず置いておく。
「さて、ここである仮説が生まれてきませんか? 果たして、奴隷を利用することが、本当に経済的に有効なのか? 市民として、きちんと労働の対価を払った方が有効なのではないか?」
「そんなこと、きちんと統計を取ったわけでもないのに、分からないではないか?」
ガフティが、俺の言葉に何とか反撃を加えようとする。
「ええ。今のところはその通りです。ですが、ワインの質の向上は、一つの厳然とした事実として存在していることを、お忘れなきように」
ガフティが、何か言いたそうに口をパクパクさせるが、結局、言葉を飲み込んでしまう。俺は、最後の主張を、叩きつける。気づいたら、だんだんと語調が荒くなり、敬語も、どこかに飛んでいた。
「さて、話を進めましょう。貴殿は昨日こうもおっしゃった。『我々が奴隷という身分を与える』と。さて、そこからすると、奴隷とは、我々と違う生物というわけではなく、単に概念的な区別に過ぎないのではないのですか? つまり、奴隷という存在が自分たちにとって都合がよかったから、そのように人を区別し、後から適当な理由をでっち上げただけに過ぎないのではないでしょうか?
家畜の牛がちょうどいい例でしょう。今でこそ改良が進んで、家畜の牛と野生の牛は違うものになっていますが、元々は違いなどなかった。人間が、それが自分たちにとって都合がいいから、飼い始めたに過ぎない。そして、なぜそのような事をするのかと聞かれた時に、都合がいいから、というもの以外の、それらしく聞こえる理由を作り上げたんだろう?
奴隷も同じだ! そこに、きちんとした理由はない。それが、自分達にとって都合がよかったからに過ぎない!
動物と交わることが禁止されているのに、人ではないとされる性奴と交わることが許されるのも、我々よりも高い技術を提供し、我々の生活を支えてくれているにも関わらず、対価を与えず、粗末な生活しか許されないのも、それが都合がいいからだろう? メスとして扱うことで、自分たちが良い思いを出来るからだろう! 無給でこき使うことで、自分たちが甘い汁を啜れるからだろう!? 粗末な生活をさせることで、精神的な優越感が得られるからだろう!?」
俺は、そこで大きく息を吐く。
「そんなものに、従ういわれはない。なぜそのように理不尽に区別されねばならぬ? そのような物をなぜ遵守せねばならぬ? 彼らも我々と同じ人間だ。それを、なぜ人間扱いしてはならぬのか? このような美少女たちを、何故自分とは違った生き物と見なければならないのか!? 家臣をクビにした? そんなもの、自らのことしか考えない人間が、政に携われると思う方がおこがましい! 国家反逆罪? ふざけるな! そのような理由のないものに従う理由など、それこそ存在しない!」
俺は、一気に言い切ると席に着く。法廷の中は、静まり返っていた。俺の言ったことは、まぁ、実際のところ、昨日とあんまり変わらない。けど、それをきちんと相手の論を潰しながら、今まではタブーとされていた話題も含めて、筋道立てて説明しただけだ。でも、今俺が言ったことは、この国の人間なら、薄々は感じていることだ。だから、効果があったのだろう。
それでも、こんな事、裁判の場で言おうなんて馬鹿はいない。だって、反逆罪を問われているときに、さらに王国の制度を虚仮にしようなんてやつは、いないだろう。仮にいたとしても、そしてそいつの主張が正しくても、裁判の結果は賭けみたいなものだ。よっぽど上手くやるか、裁判長がよっぽどの革新的人間でもない限り、こんな主張は受け入れられないだろう。俺だって、こんな事思いつきもしなかったし、思いついた時も、やろうかどうか、すぐに決心がつかなかった。だから、リサたちも、諦めモードだったのだ。
静まり返った中、裁判長の声が響く。
「原告側は、今の発言に対する反論などはありませんか?」
誰も、一言も発しなかった。それを見た裁判長が木槌を打ち鳴らす。
「では、双方の意見が出そろったところで、当裁判はこれより、審議に移る。原告及び被告は、本日は解散とし、追って沙汰のあるまでは待機とする!」
さて、言いたいことは全部言ったけど、どうなることやら。というか、きちんと論理立てて言えていただろうか? 今回はそこが大事なのだが……
まぁ、多少の不安はあるけど、俺としては、やることは全部やったつもりだ。リサたちも、俺に任せるってことで、納得してくれてるし、後は野となれ山となれ、目指せ刑務所ハーレムだ。
俺は、そこで悩むのをやめて、リサ、アヤメ、ルフと一緒に法廷を後にする。
でも、昨日と違って、俺は胸を張って、リサ、アヤメ、ルフは少しだけすっきりしたような顔をして、法廷を後にする。




