裁判1
俺たちは今、王都にある王立連邦最高裁判所の大法廷に居た。被告人席には俺が座り、その隣に、リサ、アヤメ、ルフが並んでいる。
今から10日ほど前に俺の屋敷に届いた最高裁の手紙。それはやはり、裁判所からの召喚状だった。内容は、貴殿を被告とした国家反逆罪での裁判が行われることが決定したので速やかに出頭すべし、という物。どうやら、俺の知らないところで話がとんとん拍子に進んでいたらしい。そうかと言って、法治国家で裁判所に逆らうこともできない。だから、俺は今、王都の裁判所に居る。
原告の席には、俺の予測通りに、ガフティのおっさんと、元俺の家臣だった奴らがずらりと並んでいる。しかも、ここに居る奴らは元家臣の中でも、テロを起こしてやろうとか考えてるような、俺が今までの処罰した周りの見えてない猪突猛進野郎どもとは違って、ある程度以上は、頭の切れる連中だ。薪に枕して胆を嘗めることをするような、執念深くて計画的な奴らだ。俺も、こいつらには手が出せなかった。流石に、変なこと考えてるってだけで、市民を捕まえる訳にはいかないだろ?
そんなことを考えていると、裁判長が木のハンマーを打ち鳴らした。いよいよ、裁判が始まるのだ。
今回の裁判で、被告人は俺だけだ。リサ、アヤメ、ルフの三人は、俺の付き添いとか、そんな感じだ。理由は簡単。奴隷は市民じゃないから。裁判を起こすことが出来るのも起こされることが出来るのも市民だけ、と言う訳だ。だから、三人は今、俺の横で正装して長椅子に座っている。
俺は、原告の方へと目を向ける。そこには、ガフティを始めとして、10人前後の人々が座っている。そのどれもが、見知った顔だった。
「静粛に!」
裁判長が、ザワザワとしている傍聴席に向かって、呼びかける。いよいよ、始まるのだ。
「これより、ユート・ジェンティーレの反逆罪についての裁判を開始する。裁判長は、私、アール・ウォーレンが務める」
朗々とした声が、広い法廷に響く。
「最初に、原告側の主張を聞く。代表者は起立を」
その言葉を聞いたガフティが、椅子から立ち上がり、話し始める。
「私たちは、被告人ユート・ジェンティーレに対して、国家反逆罪の成立を求めるものである。理由は、以下の通り。第一に、彼は自らの納める領地の中で、奴隷の開放を実施している。これは、奴隷制を採用している王国の制度に、真っ向から反対している。また、それによって彼は、奴隷たちの国家に対する反抗を促進している。
そもそも、王国にとって、奴隷は無くてはならない存在である。彼らが無償で労働力を提供してくれているおかげで王国は経済的にも文化的にも発展を遂げたのです! みなさんもご存じでしょう? 彼らがもたらしてくれる、時間的余裕の素晴らしさを!」
ガフティは、大仰な動作で周りに自分たちの正当性を訴えかける。原告席では、その他の原告たちが、しきりに頷いている。ガフティは、今の制度を歴史的に説明して、聴衆を味方にし、俺を悪者に仕立て上げる気だった。
最初の相手の主張は最後まで聞くのが礼儀だ。自分がどんなに不利になるような内容が告げられていても、反論してはならない。主張を途切れることなく聞いて、意見を明らかにするためだ。だから、最初の発言だけで裁判結果が左右されることは、基本的には無い。
だから、今の俺に出来るのは聞くことだけだ。いつの間にか、リサとルフが、俺の服を握りしめていても、何もできない。アヤメも、すまし顔でガフティのことを見ているが、多分、口の中では歯をきつくかみしめているだろう。
「さて、被告のユート・ジェンティーレ子爵が言うには、奴隷のおかげで今の我々があるからこそ、奴隷にも我々と同じように労働に対する対価を払い、差別的な扱いをなくすべきだという。確かに、それも一理あるだろう。我々の発展が彼らのおかげだというなら、対価を払ってしかるべきであるかもしれない。
だがしかし、一つ忘れてはならないことは、彼らは人間ではないのだ。彼らは、いうなれば家畜と同じ。
一体誰が家畜に対してカネを払うというのだ? 家畜と人間を区別することは、そんなにおかしなことか? 確かに、家畜を大切に扱う、ということも理解はできる。だが、彼らの姿を見給え! これではまるで、人間の恋人の様ではないか! 奴隷とこのように親しくするなど、神をも恐れぬ行為! 獣と交わるなど、あってはならぬことだ! だからこそ、彼らには罰が必要なのだ! 国家反逆罪という、この世の最上級の刑罰をもっとして!」
どうやら、ガフティの主張が終ったようだ。俺は、そのあまりにも勝手な言い分に、今にも怒りが爆発しそうだった。
次は、俺の番だった。ここで俺の主張をぶち上げるか、ガフティの主張に対する反論を展開する。
「ユート・ジェンティーレ、起立を」
裁判長の声に従い、ガフティに代わって俺が立ち上がる。ここからは、反撃の時間だ。ただ、うまくいく自信はなかった。俺としては、さっきのガフティの主張は、受け入れがたいものだが、ここでは、それが普通なのだ。
「さて、最初に、わたくしとしても、この国が奴隷制の下で発展を遂げたことに異論はありません。実際に、その通りだと思います。ですが、だからこそ、我々と同じように、いや、むしろ敬意をもって扱われるべきではないのか? 彼らの中には、我々よりもはるかに優れた技術を身につけた者が、数多くいる。そして、そのおかげで我々の生活があるというのなら、彼らには当然、その対価と敬意が払われるべきなのです!
それに、彼らは家畜と同じと言われたが、見てみるがいい。彼らだって、我々と同じように2本の足で歩き、同じ言葉を話す人間ではないか。それなのに、なぜ彼らが人間ではないと言い切れるのか! それに、彼らが人間ではないなら、性的な目的で所有されている奴隷はどうなる? もし彼らが獣と同じというなら、それは説明できないではないか!
彼らは、我々と同じ人間だ! 差別されるいわれなど、存在しない。もし存在するとしても、そんなもの我々の都合で作り出した、勝手なものにすぎない!」
そこで俺は息をつく。まだまだ言いたいことはあるが、ひとまずここで様子見だ。相手の出方が分からないのにこれ以上言っても、逆効果にしかならない。それに、聴衆や裁判官の反応を見ると、俺の主張はあんまり受けが良くないみたいだし。
俺が着席すると、ガフティが挙手をして発言の許可を求める。そして、二回目の主張が始まる。
「さて、子爵殿はどうしても彼らを人間と認めさせたいらしいな。それで、彼らは2本足で歩き、同じ言葉を話すから人間だと? では聞くが、仮に人間の言葉を話すサルがいたとしよう。猿だから、当然2本足で歩くこともできる。今の主張によれば、子爵殿は、これも人間と認めるのだな?」
その言葉を聞いて、俺は思わず立ち上がっていた。
「それは詭弁だ! サルはサルでしかない! 俺の言っているのは、同じ人間の中で区別する理由がないということだ!」
敬語も何もかも、吹っ飛んでいた。
「詭弁? ならばその根拠をお聞かせ願いたい。だいたい、貴殿は一つ大きな矛盾を抱えている。貴殿は先ほど、奴隷を人間と認めさせるために今のたとえ話を出したが、今は彼らは『人間』であり、それを区別する理由はないと言う。これを矛盾と言わずして何と言う? 人の論理を詭弁と言う前に、貴殿のその矛盾について訂正されてはいかがか?」
傍聴席の方から失笑が漏れる。だが、そう言われると、何も返せなかった。確かに、俺の論は矛盾している。俺自身がリサ、アヤメ、ルフを始めとした奴隷を人間と考えているのに対して、俺がやっているのは、奴隷を人間と考えない人々に、リサたちを人間だと認めさせる作業だ。その二つの認識の差を意識して議論していたつもりが、逆に矛盾と捉えられてもおかしくはなかった。俺は、奥歯を噛みしめながらも、自分の席に着く。
「さて、話を戻そう。子爵殿が言うには、彼らは長年の研鑽によって、我々よりも優れた職人技術を身につけたものもおり、そのおかげで我らの生活があるなら、彼らに感謝してしかるべきだ、ということだが、私から言わせてもらえば、そんなのは真逆だ! 我らが居たから、彼らはそのような技術を持ちえたのだ。我々が彼らに奴隷という立場を与え、庇護を与えたおかげで、彼らは一つのことに集中できたのだ。彼らが高い技術を持っている? そんなことは当たり前だ。毎日のように様々な複雑な事柄に携わる我々とは違い、彼らは一つか、せいぜい二つの、それも極単純な事に従事しているのだ。それで、我々よりも高い技術を持っている? そんなの、当たり前のことではないか!」
聞いているのがつらくなってくるような、あまりにも自分勝手な論理に、全身の血が沸騰しそうだった。でも、それも事実であると言えば事実であるから、言い返せない。それを否定することが、できなかった。俺は、青い顔をしているリサとルフの背を撫でてやりながら、ひたすらに耐える。
「聞くが、貴殿は普段の執務をこなしても誰も尊敬してくれないと言って、領民に何かを求めるのか?」
「いや。求めない。そんなの、やって当たり前のことだ」
俺は、怒りを表に出さないようにして答える。これでは相手の思うつぼだが、他に答えようもなかった。
「それに、性的目的の奴隷についてだが、メスをメスとして扱って何が悪い? むしろ、貴殿のように扱う方が問題なのではないかね? このような場にまで妾を連れて来て、客観的に見れば、貴殿の方が色に狂った独裁者のように見えるが?」
「何を言うか!」
俺は、思わず叫んでいた。
「貴様! いい加減にしろ! さっきから聞いていれば、自分勝手な理論を並べ立てて! 恥を知れ!」
だが、そこで裁判長の制止が入ってしまう。どうやら、少し熱くなりすぎてしまったようだ。でも、こんなの、こんな勝手な言い分が、許せる訳がなかった。俺は、ガフティを睨み付ける。
「おお、こわ!」
それを見たガフティが、わざとらしく怖がって見せる。
「理論で勝てなくなれば、暴力に訴える。それが、貴族のやることか? 聞けば、貴殿は今までにもそのような事を行ってきたそうではないか?」
ガフティは、身振りで原告席に座る他の面々を示す。
「ここに居る面々は、もとは貴殿の家臣。しかし、聞けば、貴殿が奴隷にそそのかされ、非奴隷制などという愚かな制度を採る時に、きちんとした理由をつけて諌めたのにも関わらず、蹴電は、一方的に彼らを切り捨てたそうではないか? 特に理由もなく家臣を処罰する。これがまともな人間のすることか? これではまるで、気のふれた独裁者だ!」
「そこまでだ!」
俺がもう一度怒りにまかせて立ち上がろうとした瞬間、唐突にアヤメが立ち上がった。
「自分勝手なで視野の狭い妄言を並べ立て、最後には裁判に関係のないユート殿の人格まで攻撃するか? 蒙昧もいい加減にしろ!」
ついに、アヤメの怒りが爆発したようだった。普段は残念な娘として扱われることの多いアヤメだが、彼女の本来の性格は、曲ったことが大嫌いな、正々堂々とした武士だ。いい加減に、我慢の限界が来たのだろう。
「貴様! 奴隷の分際で貴族に向かって蒙昧とは何事か!」
それを見て、ガフティが叫び返す。
「そんなことは関係ない。奴隷だろうが貴族だろうが、良いものは良い、悪いものは悪い! 貴様の勝手な言い分は、どう考えても受け入れられるものではない!」
「は! やはり奴隷は奴隷だな。緻密な理論の組み立てである法律論に感情をもちこむなど。だいたい、貴様ら奴隷は法廷で口を開くことなど許されてはおらん! 少しは周りを見てみろ! 皆迷惑そうな顔をしているではないか! 奴隷ごときが、出しゃばるな!」
言われて、アヤメは傍聴席を見回す。すると、そこには、眉間に皺を寄せた聴衆が居た。まるで、裁判の最中に法廷に迷い込んできた野良犬でも見るかの様だった。
「ここまで性根が腐っていたか! この国は!」
「フン。奴隷には我々の高貴な感情など分からんだろうな! 今すぐに引っ込むがいい!」
ガフティのその言葉に合わせて、傍聴席からも野次が飛ぶ。気づけば、周囲は騒然となっていた。しかも、その中の大半が、俺たちに対する批判だった。
「静粛に!」
今までは黙って俺たちの言い合いを見ていた裁判長が。ついに見かねて、木槌を打ち鳴らす。
「本日の裁判はここまでとする! 続きは、明日、日を改めて執り行う!」
収集が付かなくなると判断したのか、裁判長が、裁判の終了を宣言した。
「本日はこれにて閉廷!」
裁判長は、無理矢理に裁判を中断させると、騒然となる聴衆をよそに、その場を後にする。それに合わせて、俺もリサ、アヤメ、ルフを支えるようにして、すごすごと法廷を後にした。




