閑話 アヤメの過去
街を後にして屋敷に向かう馬車の中には、アヤメ、ルフの二人が乗っていた。だが、何故か馬車の旅客スペースには誰も乗っていなかった。アヤメは、御者台で馬を操り、ルフは、アヤメにぬいぐるみか何かのように抱えられていた。当然、こうなる前に拒否したが、今日一日ルフに虐め続けられて、精神的な強さを獲得していたアヤメに、強引に押し切られてしまったのだ。
ルフは、そこから必死に逃れようとするが、アヤメがガッチリとホールドしているせいで、逃げられない。せめてもの抵抗として、頭を撫でに来る手を、頭に到達する前に叩き落としていた。
二人は、先日の指物師の夫婦の家から帰ってくる途中だった。今朝がた、指物師のおばさんが屋敷に来て、無理矢理ルフを引っ張って行こうとした。当然、ルフは拒否したが、おばさんのパワーと、ルフのことが気になってしょうがないアヤメに諭されて、半ば無理矢理承諾させられた。それで、おばさんはとアヤメに連れられて、街に行っていた。ちなみに、ユートとリサはやることがあるからという理由でパスしていた。
「そういえばさ」
ルフは、ただ黙ってアヤメに玩具にされていることに耐えられなくなったのか、アヤメに話を振った。
「あたし、アヤメにねぇちゃんの昔のことだけ知らないんだけど? なんでこの国に来たの? アヤメのねぇちゃん、この国の人間じゃないんでしょ?」
「ん、な、なんだ! 私の過去に、興味があるのか!?」
「だから、がっつくな!」
勢い込んでルフの方を向いたアヤメのおでこに、ルフはデコピンをお見舞いする。
「で、なんでこの国にいんの?」
「え? ああ。そうだな。私は、日出国の出身でな。そこでは、旗本、この国でいう王の家臣の娘として生活していてな。私の家は、武門でそれなりに有名な家だったんだ……」
アヤメは、ルフにやられたおでこを摩りながら、話し始める。
その日、私は街を歩いていた。別段、目的があってのことではなかった。ただの気晴らしというやつだ。ただ、何となく、街の様子を眺めて回っていんだが、私はそこである露店を見つけてな。それおを見つけた瞬間、私は思わず声を上げてしまったよ。
「これは! なぜだ! 何故これがここにあるのだ!」
それは、この国を含む西洋の品々を扱っている店でな。当時、日出国では、そのようなものは、一部の地域でしか取引することが認められていなかったのだ。だから、どう考えて違法なのだが、私としては、そんなことはどうでもよかった。あの、モフモフのぬいぐるみやら、キラキラと輝く装身具が手に入るのであれば、どうでもよかった。
「お嬢さん、何? こういうの、興味あるの?」
私がその露店を覗き込んでいると、店主らしき外国人が声を掛けてきてな。私は、勿論肯定したさ。
「ふーん、ならさ、俺たち、そっちの路地裏に、もっと色々持って来てるんだけど、見たい?」
「何! まだ他にもあるのか!」
「ふーん、見たいんだ。ならさ、この袋、頭にかぶってくれる?」
「ん? 何故だ? 何故私がそのような物を被らねばならぬのだ?」
「いや、お嬢さんも気づいてるだろ? 俺たちが違法だってことに。俺たちとしても、見られたくない物も持ってるし、お嬢さんとしても、俺たちと一緒に居るところを見られちゃまずいでしょ?」
「ふむ、それは一理あるな」
「はいはい、被ったね? んじゃ、こっちこっち」
私は、彼らに促されるまま、麻袋を被ったままどこかに連れて行かれてな。
「さて、そろそろこの袋を取ってくれてもいいのではないか? ん? 何故私の手に手枷などつけるのだ? わっ! 貴様ら、何をする!」
「はーい、間抜けなお嬢さん一匹、ごあんなーい」
「と言う訳で、気づいたら、ユート殿のところに居たのだ」
アヤメは、いたって真面目な顔で最後まで語り終えた。だが、
「ぷぷ……ばーか」
ルフは、何とかそれだけを言うと、もう我慢できない、というように、大爆笑し始めてしまった。
「何故だ……なぜ、みんな同じ反応をするのだ……」
例によって、アヤメは落ち込んでいた。




