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狂想のインサニティエッジ  作者: テイク
第一章 始まり
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第三話 どこかへ

 乗り込んだ蒸気機関車はゆっくりと暗がりを進む。誰も乗っていない蒸気機関車。乗客は二人だけ。何等客車だとかそういった知識は二人にはなくてわからないが、おそらくは一般的な客を乗せるための車両。いくつもの座席が在るだけの客車。

 とりあえず、座席の一つに座って、外を眺めてみる。硝子に映る自分たちの顔だけで、外は闇に覆われたように暗い。揺れがないということは軌道(レール)もないということ。

 いったいどこに連れて行かれるのだろうか。そんなことを二人は考える。


「お兄様、いったい私たちはどこに連れて行かれるのでしょうか」

「どこだろう。案外別世界だったりして」


 笑えない、そしてあながち冗談ともいえない。自分たちの常識は先ほどホームで、気が付いた時から壊れ続けている。

 良くわからない怪物に出会ったり、良くわからない汽車に乗ったり。常識、日常は崩れてしまっている。目を背けようがなんだろうが。

 乗るのはやはり早計だっただろうか、由宇は思う。良く在る展開だろう。数少ない趣味の読書。それでよく読んだ小悦。異世界に主人公が行ってしまうという内容のそれ。

 状況は似ているような似ていないような。でも、そんな予感はあながち間違っていないのだろうと思う。

 ともかくとして超常の何かが起きているのは間違いない。それが悪意からくるのか、それとも何かしら別の要因から来るのかはわからないが、どう考えても大変な事になる未来しか予想できない。

 ただ、普段ならば不安を感じるはずだが、どういうわけか不安は感じなかった。


「やあやあ、お客さん、我が列車の乗り心地はどうだい?」


 ふと、いつの間にかそこにはあの車掌がいた。雪弥や由宇よりも年下の車掌。されど、ずっと年上のような貫禄のあるどこか子供っぽい車掌。怪物を殺した少年。

 そんな少年の手には湯気をたたせるポットとティーカップが二人分。どこからともなくテーブルを取り出して、入っていた紅茶を注いで兄妹に差し出す。


「飲むと良い。まだまだ旅はこれからなんだから。未だ、君たちは階段を上り始めたばかり。まだ一段目に足をかけてさえいない。

 さあ、飲むと良い。落ち着くと思うよ? そうしたら、少しお話をしよう。退屈は不死を殺せるほどに猛毒だ」

「…………」


 けれど、由宇は口をつけない。それを見習ってか雪弥も。


「んー? ああ、別に毒なんて入ってないよ? お客様を無事に目的地まで運ぶのが車掌の仕事だからね。紅茶はボクの趣味さ。いいから飲んで感想を聞かせておくれよ。人に淹れるのなんて久しぶりなんだ」

「では……」


 車掌の言葉にウソは感じない。ならば飲んでみようと一口。そうして、驚きで由宇は目を見開く。その紅茶が今まで飲んだどの紅茶よりも美味しかったからだ。


「ふふ、お気に召してくれたようでよかった」


 そう車掌は嬉しそうに呟く。それから――。


「じゃあ、お話をしよう。生憎とスコーンもジャムもないけれど、我慢してほしい。今度は準備しておくからさ。

 じゃあ、何か聞きたいことはあるかい? ボクに答えることができたなら答えてあげるよ」

「では、この列車はなんなのですか?」


 そう由宇は聞く。

 どこともしれぬ場所を走る列車。明らかに普通ではない雰囲気。眠ったはずの自分たちがいたあのホームもそう。明らかに超常の何か。だから、由宇はまずそこから聞いていく。


「うん、そうだねえ。この列車に名前はない。昔はきちんとした名前があったらしいんだけど、ボクは知らない。

 わかっているのは、必要な場所に必要なものを運ぶ列車ってこと。神隠しなんて、外の人には言われてたかな。知ってるかい?」

「いいえ、そもそも神隠しだなんて眉唾なものでしたから」

「そうだね。でも、実際に相対してみてどうだい? この世は不思議ばかりさ。科学で解明できることなんてたかが知れているでしょう? この世には未だ、人が知りえないことがたくさんあるんだよ」

「なるほど」


 なるほど、というほど疑問が氷解したわけではないが、それでもある程度の納得は得られただろう。とりあえず、これが理解の及ばない超常的な現象であることはわかった。そもそも、そんなことはわかり斬っていたが、少なくとも、自分が知るものではないことがわかった。

 車掌が嘘を言っていないという前提の話であるが、兄妹二人を騙す為だけにこんな大がかりなことをする誰かなんているはずもない。

 だから、一先ずは真実だと仮定して話を進める。疑うのは全ての話を聞いてからでも遅くはないのだ。判断材料が足りない中で判断したところで当たりを引くことなんてありえない。そもそも、どういうわけか疑おうとは思わないのだ。


「じゃあ、次です」

「うん、どんどん聞いて。お兄さんも良いよ?」

「僕は遠慮しておきます。聞きたいことは由宇が聞くだろうし」

「そっか、じゃあ、妹ちゃん、どうぞ」

「はい、では、この列車はどこに向かっているのですか?」


 切手に目的地は書かれていなかった。では、どこに向かっているのか。それを知ると知らないのとでは大きな差だ。

 心構えというのは意外にも大事で、ホラー映画だろうと、驚くポイントが前もってわかっているならばあまり脅威にならないという風に心構えは非常に大事だ。


「さあ」


 しかし、少年の答えは知らないというものだった。


「さあ、って」

「うん、言いたいことはわかるよ。車掌なのにどこに向かっているのか知らなのかってね。

 うん、でも知らない。ボクもこの仕事長いけど、どこに行くかはいつもまちまちさ。それにボクは運ぶだけ。運ぶお客さんを守るだけ。それが車掌の仕事だからね」

「そうですか……」

「ああ、でもこれだけは言えるよ。キミたちが行くのはキミたちの言葉でいうところの異世界だよ」

「異世界、ですか」

「うん、異世界。世界は一つじゃないんだよ」


 またファンタジーなことであるが、これまでの体験からしてファンタジーなのだからもうそれくらいでは驚かない。それに、もともと予想されたことであるので驚きは薄い。ここまでお膳立てされていれば気づきもする。

 しかし、そうなるとますます今後をどうするかを考える必要があるだろう。そもそもからして帰るのか、帰らないのかも考える必要がある。

 相変わらずどういうわけか不安は感じないが、それをおかしいと感じることもなく由宇は雪弥に相談する。


「お兄様」

「ん、なに?」

「これからどうしましょうか」

「うーん、車掌さん、これ帰れるの?」

「さあ、帰るも帰れないのも運だと思うよ。なんにせよボクは運ぶだけさ」

「そっか」


 帰れるかわからないと言われて雪弥はしかし、反応が薄い。由宇が真剣に悩んでいるというのに彼は反応が薄い。いや、反応がないのか。楽観的と言われればそれまでであるが、どうにもそれとは違う。


「じゃあ、まあ、とりあえず寝ようかな」


 そんな雪弥はしばしの逡巡のあとそう言った。


「お兄様」


 そんな兄に妹は呆れたようなジトりとした視線を向ける。こんな時に寝ていてどうするのか、と。


「悩んでも仕方ない。起こっちゃったものは変えようがない。だから、頭から全部、そういうものだと受け入れて、その時々で動けばいいよ。ケースバイケース、臨機応変にね」

「一理ありますが、少しは考えないのですか?」

「んー、考えたところでどうにもならないしね。それに眠たい。僕は最低でも三時間は寝ないと死ぬ」

「はあ、わかりました。お兄様はそういう人でした。ならば私も寝ます。すみません車掌さん。そういうことですので」

「うん、わかったよ。起きる頃にはついてると思うよ」


 悩むのも、考えるのも全て保留。着いてみるまでなにもわからないのであれば動きようがない。だから、とにかく全てを保留にして、今は寝る。着いた時に万全に動けるように。あと単純に眠いため。

 どういうわけか不安は感じないので、大丈夫だろうと思いながら二人は眠りについた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 とんとん、という肩を叩かれる間隔で雪弥は目を覚ます。間隔からしてどれほど眠っていたのだろうか。よく眠れるほどに眠っていたような気もするし、あまり眠っていないようなそんな感じもする。非常に感覚があいまいだった。


「やあ、おはよう」


 そして、目の前の視界に広がるのは見慣れない車掌の格好をした少年。周囲は見たこともない客車。ここはどこだと思う前に、自身の置かれた状況を思い出す。

 自分たちはよくわからないうちに、よくわからない列車に乗せられてどこか、異世界へと運ばれていることを思い出した。


「ああ、おはよう、くうっ」


 窓に寄りかかって眠っていたので微妙に身体が固まっている。立ってほぐしていきたいが、それはできない。

 なぜならば、いつの間にか雪弥の膝には由宇の頭が乗っている。立ち上がってしまえば落っことしてしまうだろう。

 だから、軽く肩を回すくらいですませ、にこにことしている車掌へと話しかける。


「着いたの?」

「ええ、到着です。よく眠れましたか?」

「まあまあかな」

「それは上々。では、降車下さい」

「このまま乗っていくのは?」

「なしです。消滅したいのなら構いませんが」

「わかった。ほら、由宇、行くぞ」


 消滅するといわれてしまえば降りないわけにもいかない。どういうわけか不安は感じない。そういう風になっているかのように。だから、問題ないだろうと雪弥は由宇を起こす。


「うぅ、ああ、お兄様おはようございます。それで、ここは…………ああ、思い出しました。着いたのですか?」

「そうみたいだ。じゃあ、降りようか」

「はい」


 車掌を伴い二人は列車を降りる。そこは薄汚れたホームだった。煉瓦造りの地下鉄ホーム。薄暗く、壁に掛けられた灯りは淡く、どこか黄昏を思わせる。よく言えばレトロチック、悪く言えば古臭い。どこからか歯車や何らかの機械が動いているような音が響いている。

 列車の中では感じなかった不安が戻ってくる。これからどうなるのだろうか。不安で不安で仕方がない。まるで、今まで何かに施されていたふたがはずれてしまったかのよう。


「ふーん、ここかあ」


 降り立ったところで車掌はそんなことを言う。


「知っているのですか? 車掌さん」


 そんな車掌に由宇は聞く。不安を感じるが、詳細を聞くことができれば何とかなりそうなそんな希望にすがって。


「ここは知ってる。面白い世界だと思うよ」

「どのような世界なのですか?」

「教えるのはボクの仕事じゃないよ。ごめんね。運んでる間にわかってたらそうするんだけど。もうボクの仕事は終わった。ボクはこれ以上キミたちに関われない。でも、そうだね。これはボクからの餞別。紅茶を気に入ってくれたお礼」


 車掌はぱぁん、と手を叩く。何をしたのだろうか。それはわからないが、何らかのことはしたのだろう。おそらくは餞別というべきなにかを。

 由宇は気が付かない。車掌が手を叩いたその瞬間に、これからへの不安が消えたことに。


「頑張ってね」

「はい、ありがとうございました」

「出口はあっち、じゃあ、良い旅を」


 大仰に車掌は礼をする。それと同時に車掌も列車も目の前から消え失せた。不思議と驚きはない。もう十分に驚いた。今更目の前から消えたくらいでは驚かない。

 二人は車掌に示された通りに階段を上る。のぼりきったそこは夜なのだろうか、薄暗い。それでいて、煤臭い。冬のような、いや、どちらかと言えば秋のような寒さも感じる。それと全体的に空気が汚い。

 階段を上がりきると地上に出た。後ろを振り返れば今まで上ってきた階段は跡形もなく消えてしまっている。もう、戻ることはできない。

 気が付けば、兄妹は街中に立っていた。石造りの街。煤が雪のように降り、道行く者たちは総じて色の濃いコートのような防寒着を着て、帽子を被ったり傘をさしていたりする。


「お兄様、これは……」


 そこに広がっていた光景は古いロンドンを思わせる。産業革命時代を。

 だが、そこにいるのは自分たちと同じ日本人風、つまりは黄色人種。それもどこか大正や明治時代を思わせるような人々が歩いていた。

 更に街の中央には大きな塔が立っている。排煙を吐き出す巨大機関。空は吐き出される煙によって雪のように降り注ぐ黒い煤。石畳はそれで薄汚れている。淡い灯りに街は黄昏時のよう。

 そこは異世界だった。ただし、ファンタジー中世ではなく、蒸気機関が異常発達した、スチームパンクの異世界だった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 そこには何もなかった。暗がり。誰しもがそう表現するような場所。一筋の光が差し込んだ暗がり。さながらそこは深海の底のようだった。命がない。されど、奇形な命がそこには生きているような。そんな場所。


「始まった、始まった」


 そんな暗がりで何者かが叫んでいた。子供のような声で、あるいは老人のような声で。女のような声で、あるいは男のような声で。何者かが始まった、始まった、と叫んでいた。

 開始を告げる男。

 それは奇妙な男だった。仮面をかぶった男。奇妙な仮面で顔全体を多い、シルクハットにコートを羽織った男。貴族を思わせる男。若者のようで、老人のようでもある。

 彼の被った仮面は男を奇妙な男へと型を嵌める。


「おお、おお! ついに始まった。

 回転悲劇の螺旋階段、ようやく一段目を演者が上る。

 チクタク時計は針を進める。

 おお、おお! 今こそ、その時だ。

 我らが至高なる者。今こそ、その時だ」


 大仰に男は大手を広げて、誰もいない暗がりでそう叫ぶ。まるで何者かがそこにいるかのように。あるいは、観客を前にした演者のように。

 暗がりは無言。誰の返答も帰ってこない。されど、それでいいのだろう。もとより、この暗がりには彼だけがあるのだから。

 そう全ては暗がりの中にただ、一人。彼だけが在るのだから――。


感想は作者のエサでありニトロです。

感想がもらえればうれしくなって書いちゃうので、ぜひ感想などありましたら宜しくお願いします。


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