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狂想のインサニティエッジ  作者: テイク
第一章 始まり
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第一話 プロローグ:狩る者

 蒸気灯の光の届かない暗がりには鬼が出る。

 鬼。鋼鉄と不定形の異形。それは人を殺すもの。蒸気科学(エンジン・サイエンス)が発達した現代においても、その脅威は変わらない。

 暗がりには鬼が出る。

 それは人を喰らい、人を脅かし、人を恐怖させる暗がりの化け物。

 それは消して、噂や御伽噺の中の存在というわけではない。蒸気機関(スチーム・エンジン)に支えられた重機関都市(ハイ・エンジンシティ)日柳(くさなぎ)という最先端科学の結晶の街でさえ、それは静かに存在している。

 暗がりで誰にも知られず、あるいは人の中に溶け込んで誰にも気づかれず、狩人はただ獲物を、人を狩る。

 鬼は人を喰らう。なぜ、人を喰らうのだろうか。それはわからない。そういうものであるとしか言えない。ただ好んで喰らうものはわかっている。

 鬼が好んで喰らうのは人と機関の融合物。つまり有機歯車機関。機関情報網(ネットワーク)接続肢。そう魔導情報空間(サイバースペース)を利用可能とする人と機関をつなぐもの。魔術による擬似演算魔導頭脳、通称魔脳。

 ならばそれを使わなければ良いとは言うが、それらを排除するには、それらは人の生活に根付き過ぎてしまっている。今更ながらそれを排除するには遅すぎた。

 鬼が喰らうのは人と機関。誰もいない暗がりで、あるいはどこかで、喰らうのだ。喰らって喰らって成長して、また喰らう。

 それは、大国が送り込んだ人を殺す為の機関(マシーン)、あるいは神が遣わした御使いなどと下層機関情報網(アングラネット)では語られる。それは根も葉もない噂、あるいは都市伝説。誰も信じないもの。

 だが、確かなことは一つ、鬼はそこにいるのだ。人はそれと戦争をしている。いつ、どこに現れるのかもわからないそれと、人は日夜戦い続けている。特に、暗がりは奴らの縄張り。

 そんな暗がりを少女が歩いていた。深夜に。

 今時、深夜徘徊なんてものは別に珍しくもないが、少々不用心すぎる。そもそも警邏の隙を付いて夜遊びをする女学生は実に多い。

 鬼との戦時下ではあるが、なにせ実態の見えない相手。暗がりに入りさえしなければ襲われないなどといった不確実な噂がこの緩みを生んでいる。

 そのせいか夜間徘徊どころか、警邏の隙をどうやって突くか、ギリギリの緊張感(スリル)を楽しむことが流行っている始末だ。

 女は度胸とは言ったもので、男連中の方が健全だと思えるほどにはこんな真夜中でも出歩いている少女たちはたくさんいる。

 それは、女は度胸ということもあるが、女の方が時間が有り余っているという方が正しいだろう。

 男なんて連中は昼間のうちに汗水たらしてやれ運動だ、やれ訓練だなんて。様々ななんやかんやらに興じて夜はぐっすりだ。

 無論、そうでない男もいるだろう。男連れで通りを歩いている一団もそこそこ見かける。ただし、それも結構少ない。やはり少女たちの方がある意味自由を謳歌していると言ってもいいだろう。

 この少女もそんな一人だった。学生帽を被った黒の学生服を着た少女。地味めながら可愛らしい少女だ。ただあまり遊び慣れた感じではない。 

 こんな深夜に制服姿というのもあるが、遊び慣れた女たちとは雰囲気が違う。現代の女学生風に良く言えば初々しく、悪く言えば田舎者っぽい。

 彼女を評するならば垢抜けていないが正しい。ただ、それが良いという男連中は多かろう。見目は悪くない。美人というほどではないが、年の頃を考えれば可愛らしいは十分に褒め言葉だ。

 それに良くも悪くもこの日柳においては珍しい部類の女であるため目立つ。ほっとかれることはないだろう。

 おそらくは田舎の村からでも出て来て、日柳にやってきた部類。夜遊びの経験もないので自主的に夜の街に繰り出したなどということはないと思われる。

 おそらくはよくあるように友人関係からだろう。学生なのだからよほど内向的でない限り友人の一人や二人はできる。少女は決して外交的というわけでもなかったがそれほど内向的でもなかった。

 良くいる普通だった。だから友人は出来た。そうやってできた友人に誘われてやってきた口だろう。事実、先ほどまで繁華街にて友人たちと慣れないながらも楽しく夜遊びをしていたのだから。

 だが、そのはずの少女は今や暗がりの中を一人で歩いている。鬼が出るという暗がりを歩いていた。立ち入ってはならないと友人たちからも十分言われていたはずだ。特に深夜は絶対にダメだと。

 深夜の暗がりは鬼が出る。

 ただでさえこの時代、蒸気文明の隆盛によって朝も、昼も、夜も変わらず重機関都市は暗いのだ。青空だなんてもはや伝説の中の存在。太陽も同じく。

 暗いのだ。とにかく暗い。蒸気灯が少ない裏路地は特に。眠らない都市と呼ばれるような場所であっても暗がりなんてものはそこら中に存在する。

 だから、少女もそこには立ち入らないように何度もきつめに言われていたし、立ち入らないようにしていた。

 しかし、現に少女は深く深く暗がりの中を進んでいる。その瞳に生気はない。何か、夢遊病患者のようにふらふらとただ暗がりを歩いている。 

 彼女の歩くその先。紅い光二つ。輝く赤い光が二つ。声ならぬ声をあげて誘う者が一体。鬼が一体そこにはいる。

 鋼鉄の身体と不定形の何かを併せ持った無貌の何かがそこにはいる。鬼がそこに佇んでいる。その双眸、アカイヒトミ輝かせて。


『――GURRRRR』


 唸り声をあげる。紅い瞳。それは鬼のもの。少女は気が付いただろうか。いや、気が付かないだろう。そんな状態に少女はいない。

 この鬼はいまだ生まれたばかりである。つまりありていに言えば弱いのだ。弱いために魔術を使っている。強ければそんなことをする必要などない。輝きを恐れる必要もなくなる。

 だが、この鬼は弱い。ゆえに喰らって強くならなければならない。万全を期すために、少女の脳に魔術的に洗脳攻撃をしかけてその主導権を、肉体の指先に至るまでの全てを掌握している。

 ゆえに、鬼が望めば、ここで少女に踊り(ダンス)を踊らせることもできれば、一枚一枚その服を脱がせて自慰行為をさせることもできるだろう。それも少女がまったく気が付かないで。

 無論、そんなことを鬼はさせない。鬼の目的はただ喰らうことだけ。そこら辺の変態的な思考を持つ男連中とは違う。 

 機関を喰らい、肉を喰らう。それは食事であり、己が動き成長するために必要なもの。それゆえに、そんなお遊びを彼らは行わない。

 しかし、おびき寄せれば即座に喰らうはずの鬼は動かない。舌なめずりをしているわけではないだろう。獣は獲物を前に舌なめずりなどという愚行をしない。

 それは常に獣が本気であることを示している。たとえどれほど優位な状況であろうとも、どれほど力の差が離れていようとも獣は狩りに全力を尽くす。

 そうでなければ、食いあぶれるのだ。自然とは何が起きるのかわからない。舌なめずりをしたばかりに食いっぱぐれるなど愚の骨頂だろう。

 鬼もまた人工物を思わせる鋼鉄(クローム)の身体ではあるもの、自然の中の生物であることは変わらないらしく、目の前の獲物を前にして待つなどあり得ない。

 だが、その鬼は獲物を前にしたまま動かない。いや、そもそもその鬼はこの獲物を見てなどいなかった。鬼の視線は少女の背後。路地の入口へと向いている。

 忌々しい輝きが入り込んでくるそこには一人の男が立っていた。

 男物と女物の違いはあれど少女と似たような学帽に学生服の少年。少女とは兄妹だろうか。似ている。地味目なところやそこそこな見た目が。

 ただの、そこいらにいるような普通の学生のようにも思えるが、羽織ったインバネスがどこか通常の学生とは違うことを告げている。

 おかしい、こんな少年は呼び込んではいない。この鬼が呼んだのは一人。適当に見繕った獲物だけ。今の己にはそれが分相応であったためだ。だから、間違っても少年なんぞ呼び込むわけがない。

 ならば迷い込んだのか、とも鬼は思うがこの時間暗がりに迷い込む人間はいない。そんな人間がいるのならば人間の脳への魔術による洗脳などというまどろっこしいことをしなくても済むので喜ばしいがそんな人間はいない。

 そうなると自主的に入り込んできたことになる。何とも奇特な人間であると鬼は思うが、この鬼の思考ではそれが限界。それ以上先は考えることができない。だが、本能は異なる匂いを嗅ぎ取った。

 鬼の本能が嗅ぎ取ったのは戦のにおい。限りなく望むべくものではない匂いだ。それを嗅げば最後、命の取り合いになる。そんな匂いを嗅ぎ取った。

 ゆえに鬼は少年の一挙手一投足から紅の双眸を離すことはしない。かつ、かつ、と少年は足音を鳴らして近付いてくる。

 少年は鬼が腕を伸ばせば届くか届かないかくらいで立ち止まった。


「由宇、いつまで捕まってるフリしてるの? もうやっちゃって良いの?」


 そして、少年はそんなことを言った。

 一瞬、鬼は少年がいったい誰にそんなことを言ったのかわからなかったがすぐに理解して笑った。この少年は愚かにも少女が捕まっていることを、知らずに話しかけたのだ。自分がまな板の上の鯛であることも知らずに。

 なんたる無知。なんという愚か者だろうか。鬼は少年に感じたものを気のせいであったのかと放り投げて捨てた。

 それは野生からすれば愚かな行為であったが、なまじ人並みの理性と思考回路が存在したために、決して軽視できない本能の警鐘を無視してしまった。

 それゆえに、次に起きた事態に驚愕するという愚を犯す。生まれたばかりの個体でなければ。もし、完全な人間が“鬼”と呼ぶものになっていればこうはいかなかっただろう。だが、鬼が生まれたばかりの個体であったがために、鬼はその事実に驚愕した。


「よろしいですよ、お兄様。どうぞご随意にやっちゃって下さい」


 鬼はしばしその事実を認識するのに時間を要した。なにせ、捕らえて自意識すら奪っていたはずの少女が少年の言葉に反応したからだ。

 それだけではない、先ほどまでつけていなかったはずのインバネスを、少年とまったく同じものをつけている。いや、いつからつけていないと錯覚していた(・・・・・・)

 自身が支配していたはずが、逆に支配されていた。その事実に驚愕した。知性を持っているがゆえに。人型の鬼であり思考回路を持っていたがゆえに鬼は驚愕する。そして、それが鬼の命運が尽きた瞬間であった。

 少年が右手を前に伸ばす。そこにある何かを掴み取るかのようにして――。


「我は鞘なり。

 鞘ゆえに刃を収め、鞘ゆえに刃を形作る。

 刃とは心であり、心とは即ち刃である。

 刃とは狂想であり、鬼を斬る凶器である。

 我が身が鞘ならば、我が心は凶器である。

 我はここに狂想を抜き放ち、その凶器にて鬼を殺す者なり。

 狂想顕現――凶器・茨鞭(しべん)罪花(つみばな)》」


 ――唱える。

 それは己の中の刃を抜き放つ為の言葉。それは狂えるほどの想いを解き放つための宣言。鬼へ対する殺すという宣誓。

 唱え終わると共に、狂えるほどの想いが形を成し凶鬼を殺すための凶器となる。それは鞭、茨の鞭だった。彼に対する狂えるほどの罪の意識の形が凶器となったもの。

 光と共にそれは伸ばした少年の右手の中に現れる。それを少年は振るう。鞭はうねり地を這って鬼へと迫る。

 流石の鬼も自身が殺されようとすれば反応する。反射にて飛び退く。だが、それに鞭は追従する。生き物の如くうねり、先端は音すら置き去りにして鬼の肉である鋼鉄や不定形の有機物を削ぐ。初めて感じる痛みというものに鬼は悲鳴を上げた。


『GAAAAAAAA――!!』

「む、浅いかな?」

「いえ、十分です、お兄様」

「じゃあ、止めるね」

「はい、宜しくお願い致します」


 しかし、鬼を殺すには至らない。鬼を殺すには核となる部分を潰す必要がある。そのためにはまず肉を削ぐ必要があるのだ。少年はそれをしようとした。だが、浅かったらしい。いまだ核の露出には至らない。

 ゆえに浅い。それにゆえに鬼もまた行動可能。そもそも痛みで行動できなくなるほど鬼に痛覚があるわけではない。それでも痛みはある。それゆえに激昂し執拗にそれを成した相手、つまりは少年を狙う。

 人の数倍の太さはある剛腕を振るう。それに当たれば、いやかするだけでも少年は一発で肉塊となるだろう。それだけの威力をその剛腕は内包している。そして、その速度もただの人間では避けることなどできない速度だった。

 だが、少年はそれを躱す。軽快にそれこそダンスのステップでも踏むかのように。鬼の剛腕は空を切り続ける。


『GRAAAAAAA――!!』


 一向に当たる様子のない拳に更に鬼は苛烈に攻める。まさにそれは拳の嵐と形容できるもの。だが、集中しすぎた。それゆえにもう一人。ここにもう一人少女がいたことを鬼は忘れる。

 その少女は踊る少年を心配そうに一瞥して鬼に右手を向けた。その手の平には刻印がなされている。幾何学的な刻印。何らかの意味を内包しているようなそれ。例えるならばそうそれは方程式だ。

 すぅ、と息を吸って、少女は呪文を――。


「顕れよ、機関を駆動させるもの。

 紅蓮に燃える灼熱の劫火。

 槍となりて、森羅万象全てを焼き貫け。

 顕現――火炎型一番・轟炎槍」


 ――唱える。

 少女が身体の中央よりやや下のあたり丹田と呼ばれるような場所から右手の平まで術式燃料たる生命力、あるいは生命エネルギーと呼ばれる術式燃料を通していく。

 自前の魔導路――魔力術式変換伝導回路――を術式燃料が通り、魔術の根源である魔力へと変換され、発声による言語式と手の平に存在する刻印式を合わせることにより式が展開され魔術が発動する。

 魔力の猛りと共に術式が展開されて、炎の槍が形作られる。


「お兄様、行きますよ!」

「わかった、じゃあ、捕まえるね」


 少女の言葉に少年は答え、《罪花》の能力を発動する。


「縛れ、自縛の鎖」

『GRAAAAAAA――!?』


 地面から鎖が生じ、鬼を縛る。そして、その鬼を槍が貫いた。核を貫かれた鬼は内部機関だけを残して霧散して消える。

 しばし、他に鬼が出てくるか、あるいは復活を警戒して、それがないことを確認して警戒を解いた。されど全てを解いたわけではなく最低限は警戒している。凶器も消した。

 そして、少女が少年に話しかける。


「やりましたねお兄様」

「うん、うまくいったね」

「おとり捜査も楽ではありませんが、これなら、ここでもやっていけそうですね」

「そうだね」


 少年のそんな態度に少女は少々むっとするも、ここに来る前と何ら変わらないため特にそれ以上反応せずに、溜め息として処理して、


「では、帰りましょうかお兄様」

「そうだね。帰ろうか、さすがに疲れたよ」


 二人の少年と少女、八坂雪弥(やさかゆきや)八坂由宇(やさかゆう)は暗がりから機関灯の明かりが輝く大通りへと戻って行った。


感想やアドバイス求む。


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