第十八話 買い物と魔導情報都市
日柳北地区・学生街。
名前の通り、そこは学生の街だ。学生関係者が多く集まる。部活動による出店だとかそういうものもここには多い。
学生街というだけあり、学業施設も多い。ここにあるだけで少なくとも十数の学業施設が存在している。それに並列して研究施設も多いため、この地区の機関群は三か所存在していた。それらは昼夜問わず稼働を続けるため歓楽街とはまた違った不夜城地区でもある。それだけに排煙の量は多い。
機関から排出される排煙は、機関群の数に比例する。三か所は工業地区に次いで多い。それだけに、排煙は多く降り注ぐ煤の量もかなりのもの。ゆえに、学生街の建物はほとんどが黒く染まっている。
それゆえに、機関灯の輝きは栄える。それはまさに黄昏時を思わせ、多くの人を魅了するものでもあった。
また、学生の街というだけあって、様々な組織がたくさん存在している。それだけに裏組織というのも多い。機関灯が照らす裏路地も多く存在し、鬼の侵入を拒みながら地下活動を行う者たちも多いのだ。
思想組織と呼ばれるものも。教団も。何もかもがここには存在している。表向きは特に何もない安全な学生街ではあるが、裏では、地下では様々な者が蠢く街だ。
そろわないものはないし、集まらないものはないだろう。メインストリートではいつも大規模な市が開かれ、露天や商店は賑わい、様々な商いが各所で行われている。
女の子たちが好む、新しい衣装や流行の衣装。ブランド物の高級品。あるいは、人を惹きつける輝きを放つ指輪やネックレスなどのアクセサリーなどなど。
もちろん、飲食店もあるし多い。学生街なだけあって安くそれでいて量が多い場所も多ければスイーツと言ったお菓子関係のお店も軒を連ねている。喫茶店や少し裏路地に入ればパブと言ったお酒を飲めるようなところもここにはある。
そんな学生街によくあるものばかりでなく傷薬や独特の匂いを放つ軟膏、調合された飲み薬と傷口を覆う包帯など医療品、鈍色の輝きを放つ剣や槍、斧、弓、銃などの古今東西の様々な武器、防具を取り扱った商店も決して少なくはない。果ては、蒸気甲冑の工房すらある。
これからは鬼を討伐する学生たち御用達の店となる。凶器持ちや魔術師でもなければ武器は必須だ。そのための商店がここにはある。
更には裏路地で警邏の目を掻い潜りひっそりと取引される、快楽を得られる違法な薬も出回っていることだろう。
ここは学生街。学生の街。酸いも甘いも、光も闇もここには混在している。そんな混沌とした街。それが学生街であった。
そんな学生街、煤が降り注ぎ黒く染まった通りを雪弥たちの四人は歩いていた。
「凄いですね」
由宇はそう漏らす。
黄昏の輝きがそこらで輝いている。活気で溢れている。若者の勢いがここにはある。眠らない街とはよく言ったものだ。
ショッピングなどというものはあまりしたことがない。特に同年代の子たちとは。日本でもこちらでも。ゆえに、これは初めてのことであり、見ているだけでも満足しそうな勢いであった。
年甲斐もなくはしゃいでしまうとはこのことだろう。
「ゆうちゃんはかわいいねぇ」
「あら、何を言っているのかしら、この二重人格。あたしの方が可愛いに決まってるわ!」
「いや、さくちゃん、可愛いっていうよりは綺麗系でしょぉ」
「どっちもあたしの称号なのよ! 誰かが褒められてるのを見ると、あたしが褒められてないようでむかつくのよ! だから、ほら、あたしを褒めなさい、今すぐ!」
「はいはい」
はしゃぐ由宇を見て、何やら喋っている小夜音と咲耶を見つつ雪弥は荷物持ちとして彼女たちの一歩か二歩ほど後ろを歩いていた。
女子が買い物好きなのは、どこでも変わらない。そして、そんな女子の買い物は時間がかかる。知識のみで実際に遭ったことはなかったのだが、それは本当であったのだなーと実感した。
今見ている店が、物騒な武器屋であったりと多少女の子っぽくないものの、色々と解説してくれる小夜音と財布である咲耶はありがたいもので由宇はすっかりと買い物を楽しんでいる。それを雪弥はいいことだと考えながら見ていた。
雪弥は、半ば無視されているようなものなのだが本人はまったく気にしていない。
「さあ、次なもっとガールズな店に行くわよ! あんたら、女としてはまだまだなんだから、少しは着飾って超絶美人なあたしに近づきなさい! ほら、ほら!」
「私はぁ、胸が足りないかなぁ」
「あんた、何言ってんの? 女の価値は胸じゃないわよ! 中身よ中身!」
「言ってることとやってることが違うのでは?」
女三人よれば姦しいとはよく言ったもの。雪弥はすっかりと忘れられたのか、女子女子した店に彼女たちは入って行った。
そこまでついていくわけにもいかないだろう。なにせ、そこは俗に言うランジェリーショップだ。それも偉く気合いの入った女子が行くような。
というのも、この日柳を含めた都市ではお洒落というものには限界があるのだ。排煙の降り注ぐ機関都市で白や色の薄い服を着ようものならば即座に煤汚れで真っ黒になること請負だ。
ゆえに、少女たちのお洒落はコートなどの防寒着から、その中身、つまり下着に向かうわけである。そういう理由でお洒落なものから、過激なものまで、この手のお洒落に気を使う年頃の娘たる学生たちの多い学生街の下着屋というものは女の聖域扱いだ。無論のこと男が容易に入れる場所ではない。
そんなところに入れる男子と言えば、彼女が誘ったリア充と呼ばれるような奴か、遊び慣れたプレイボーイ、あるいは無神経な他人をまったく気にしない男だけである。
雪弥は彼女持ちでもなければ、プレイボーイでもない。だが、まあ、雪弥はこの程度のこと何も気にしないのだが、由宇にくぎを刺されているため入らずにその入り口付近に立っておく。
それはそれで怪しいが特に彼は気にした様子はなく、昨日処置されて得たばかりの魔脳によって機関情報網を利用することにする。
誰かが近づいてきたらわかるように警報をセットして、機関情報網へと潜る。水の中へもぐる感覚と共に魔導情報空間へと彼の擬似人型は降り立つ。
何ら、加工されていない初期アバター。自分と変わらない姿のそれで、魔導情報空間上に作られた魔導情報都市を歩く。
何か目ぼしい物はないだろうか、と。
「うーん、ないなあ」
と言っても、そうそう何かあるわけでもない。特に何を探しているわけでもないから、早々面白いことなど見つかるわけもないのだ。情報がまさに海の如く集まるこの魔導情報都市において目的もなくぶらつくだけでは、情報を手に入れることはできないのだ。
しかし、うろついているだけでも、この街は暇つぶしになる。なにせ、ここには排煙も空を覆う雲もないのだ。ここには失われたものがある。
太陽と青空。月明かりも星明りもある。かつての情報をもとに再現されたものではあれど、太陽を知らぬ者には、青空を知らぬ者には、それは本物といっても良かった。
すっかり懐かしいと感じるようになってしまったそれらを眩しそうに眺めながら、雪弥は魔導情報都市を適当にぶらついていると、
「おんや? おやおやおや!」
不意に、誰かに声をかけられた。
みょうちくりんなアバターだ。頭はカメラ、身体はコピー機のようなそれ。手足はペンだ。よくわからないアバターが背後に立っていた。
あからさまに怪しいそれである。
「……なに?」
「いやいや、表にも来てみるもんですね~、今話題の人物に出会えるとは」
「誰?」
「あ、申し遅れましたー、私情報屋のおしらと申しますです。はい」
「情報屋、それがなんか用?」
「いえ、特に用はありませんよ。この出会いも偶然ですし。まあ、出会ってしまったので、色々と聞きたいなと思ったのですよ」
「んー」
さて、特に何か聞かれて不味いことがあるわけでもなし、暇つぶしにもなるだろう。そう考えて雪弥はおしらに頷く。
「ありがとうございますです。では――」
おしらのアバターが腕を振るえば個別空間へと移動する。所謂チャットルームという奴で、個人で話をするには最適だ。
ただ、普遍的な機能のそれではなく、おしらによってアレンジをされた独自のルームであり盗聴もなにもできないようになっていた。
「では、質問しますね。率直に聞いちゃいますけど、あなた、孤児ではないでしょう」
「うん、それがなに?」
「ありゃ、良いんですか? バラしちゃって。それで学園に通してるのでは? 外門の通行料だとか支払ってないのは都市法違反で最悪捕まりますよ?」
「それは困るなー」
「思ってもないでしょうに」
雪弥は肩を竦める。
おしらは考える。
そう彼は何も思っていない。動揺もしていない。初期型アバターという自分の身体情報を利用したそれであるからこそわかる。
何ら弄っていないアバターは現実の身体と何らかわらない。ゆえに、表情やら感情を読みやすいのだ。だからこそ、慣れている者は直ぐにアバターを改造する。そうすれば読まれて不利益を被ることはなくなるのだ。
おしらのアバターの考えを読もうとするならばカメラの表情を知る必要がある。カメラの表情を知っている者なんていないだろうから実質不可能なこと。だが、目の前の雪弥はなんら改造痕のないアバター。こっそりとハッキングして調べているが、やはりその手の跡はない。
バラされることはないと思っているのだろうか。それともバラされても問題ないのだろうか。
一先ずは保留にしつつ、質問を続ける。なんにせよ答えてくれると言っているのだから、この機会を無駄にする気はさらさらない。
「ふむ、では、次の質問ですがよろしいですか?」
「いいよー」
「では、この映像の説明をしていただけますかね」
それはしばらく前の映像。写っているのは雪弥と由宇がこの世界に現れた時の映像。暗がりから突然現れているようにも見える。
雪弥は、へー、監視カメラみたいなのあるんだーと言った風。
「うん? ここに来た時の奴だね。僕たちだよ間違いなく」
「ありゃりゃ、否定しないんですか?」
「だって、こうやって見せられるってことはキミの中では確信があるんじゃないの?」
「いえ、そうですけどー」
それはそうだが、否定されないというのは予想外も良いところである。なんだ、こいつは調子が狂う。しかし、その一方でおしらは思うのだ、面白いとも。
「では、なんでこんなところにいたんですか?」
「迷っちゃって」
「迷ったって、あーた」
嘘なのか、本当なのか、まったくわからない。わかりやすい初期型アバターのくせして。そもそもあんな時間に裏路地から出て来るとか、基本的に疑ってくださいと言っているようなものである。
事実、おしらが本来の生活の場としている地下機関情報網の情報屋の間では、色々な憶測が飛び交っている。
人型の鬼であるとか。教団の実行部隊だとか。とある犯罪組織のエージェントだとか。そんな根も葉もない憶測がしきりに議論されている。
情報屋というのは知りたがりだ。少なくともおしらはそう思っている。ちょっとばかし知的好奇心が強いだけの人種。
自分の好奇心の為犯罪すら犯すのが情報屋である。おしらはその手の情報屋だ。勿論、金の為にやっているのも少なくないし、才能があったからやっているというのもある。
そして、少なくとも雪弥に興味が沸いた。だから、調べた。
その情報を羅列して雪弥に見せる。
「おー、凄いね、良く調べてある」
「ありゃ、本当に否定しませんね。少しは否定しないんですか?」
「合ってることを否定したってすぐばれるでしょ。なら、否定しない方が楽だしね。バレても僕にとってはどうでもいいことだし。最悪逃げればいいだけだし」
「あっはー、面白い人ですね-」
「そう? だって都合が悪くなれば逃げればいいだけじゃん」
それは何の未練もない人間のいう事ですよと、おしらは内心で呟く。
そんな都合が悪くなったら逃げるなど普通ならばできない。少なくとも誰ともかかわらない世捨て人でもなければ。
だが、関わってしまえば、未練となる。そうそう断ち切ることはできない。現に、彼は叢雲士官学園に編入し、少なくない人数の人間とかかわってきた。
袖振り合うも多少の縁。縁は縁だ。それをさっさと切って行くのは容易ではないだろう。彼はまだしも、今楽しそうに学友と買い物をしている妹にまでそれをさせるのは酷というもの。
だが、おしらの予感は彼ならば本当にやるだろうというもの。彼は本当に不味くなれば逃げる。おそらく躊躇いなく立ちふさがる者は叩き潰すだろう。それがたとえ親友であろうとも。
「あはー、あはー、これはこれは、面白い面白い。あなたのような人種は初めてですよ」
「おお、それは光栄」
「嘯かないで下さいよ、想ってもないくせに」
雪弥は肩を竦める。
「興味がわきました。ぜひとも、あなたのこと全部知りたいですね」
興味が沸いた。知りたい。雪弥には行っていないが、彼について調べた際に情報規制が入った。裏の方法を使っても敗れないほどの規制。プロテクト。
つまり、それだけ何かがあるということ。つまり、それだけ、彼には隠しておきたいなにかがあるということ。そして、都市上層部に何かがあるということ。
危険だろう。だが、知りたいのだ。知りたい。知りたくてたまらない。彼についても。それ以上についても。
この世の全てを知りたいと思うの。
「話してもいいんだけど、誰かきたみたいだ」
「ありゃりゃ、そうですか、それは残念。では、またいつか。地下情報都市の五番街を訪ねてください。おしらを訪ねてきたと言えば、わかると思います」
「んー、必要になったら行くよ」
「では」
それを最後に雪弥は現実へと帰還を果たす。そこにいたのは恭吾だった。
「……おい、雪弥」
「あ、谷田」
「……だから、苗字で呼ぶなっての」
「ごめんごめん」
「思ってもねえくせに」
雪弥は肩をすくめる。
「潜ってたのか?」
「ちょっとねー。で? 谷田はこんなとこで何してんの?」
「……ああ、あの蒸気甲冑女に、部品を見に行きましょうって言われてな。逃げてるところだ」
「ああ、なるほど」
「で、そっちは何してんだ? お前がいるってことは妹もいるんだろ」
「んー、此花さんや、雨野さんとここで買い物中」
「……そりゃ入れねえわ」
「あ、恭吾さーん!」
「……やべえ、じゃあ、またな!」
恭吾が即座に人ごみに紛れて逃げて行ってしまう。そこに千秋がやってくる。
「ああ、また、どっかに。そんなに照れなくても……」
「どうも」
「ああ、ええと、八坂さん、でしたっけ、どうも。あの、恭吾さん、どっちの方に行ったかわかりませんか?」
「あっち」
「ありがとうございます! ――あいたー!?」
答えを聞いた瞬間、彼女は走り出した。そして、ずっこける。
「…………」
「…………」
盛大にこけたせいで、周りの人もみんな見ている。涙目になりながら、いたたまれない気持ちになりながら、彼女はそれでも恭吾を追いかけて人ごみに消えて行った。
「なんだったんだろ」
それからしばらくして、由宇たちの買い物は終わり次の店へと向かうのであった。もちろん荷物持ちは雪弥である。
楽しいひと時。学友と共に、楽しく時を過ごす。日本ではなかったこと。
だが、その終わりは近い。そして、まだ誰もそのことを知らない。
時は近い。チクタク時計が告げる時は、前に進んでいる。
それを統治会だけが知っていた――。
次回は諸事情によって7月6日くらいになりそうです。
お待たせすることになりすみません。




