$0$ 『道』を見る目
まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします。
$0$ 『道』を見る目と、辿るモノ
#藍がRUN THE THRID PERSON
走るというのは爽快だ。肌を撫でる風、足の裏から感じる地面の感触、足全体で感じる脚の躍動、身体で感じる体の揺れ動き。頭上ではねる頭髪、そして自分の脚の動きの速度に比例して流れていく視界。それらは全て、走ることだけで感じ取れる感覚だ。
まるで自らの力で、世界のどこまでもいけるような気さえしてしまう。
ただ『走る』ための道を映す自分の眼球。そこに映り、時間とともに蜃気楼か霞のようにボヤけていく道が消える前に辿るという単純作業。しかしそれは作業というよりも儀式、儀式というよりは欲求処理という方が的確かもしれない。快楽を得る為や、自我の確認をする為に行動する。その行動が、彼女にとって走るという行動だ。
視界に映るのは、直線に、時に曲がり、時間とともに消えていく『道』
その道を辿っている時に、彼女は絶対に邪魔をされることは無い。それがたとえ人だろうと世界だろうと絶対に不可能だ。なぜなら、彼女の目は、何物にも邪魔をされない『道』を映し出すものだから。
走るために使う眼球は『道』というカタチで自分の走りを縛るのに、
走っている彼女自身にとっては、『道』に縛られて走るのは、完全なる自由だ。
だから彼女は目を閉ざしてしまうことで、それは一気に潰れてどこかへと消えてしまう。風景と、その中にある『道』も消えれば、脚は真っ暗な足元に染み込んで、二度と元には戻らないような錯覚さえ抱いてしまう。
目を閉じて、一歩に穂を踏み進んでいくと、閉じられた目の前には壁が出来上がる。盲目という名の、透明で白っぽい壁。それにぶつかるのが妙に怖くて、両手を伸ばさずにはいられない。そうなってしまうと走ることはおろか、歩くこと、彼女からしてみれば、立っていることさえ難しい。
『道』を映す視覚と、『道』を辿る脚は、セットでなければならないのだから。
# 利久の戮 THE THRID PERSON
殺すことはあっけない。殺すまでは悶々と悩むのに、殺した後はあっけない。
ピリピリと、寒波を体現したような木枯らしが、後者裏のゴミ捨て場に立ちすくむ宮野利久の顔に吹き付ける。それは顔に付着した返り血を乾かしていく。後からふき取るのが大変だな、と半ば呆然と考えていた。
心の中で、音を立てて、それはボトボトと落ちていく。
心の中で、音を立てず、そこに黒い穴が開いていく。
それは虚無感、人を殺すことで、視界からまた一つ存在が無くなる。するとまるで秤のように内側までもが、その重さを減らして均衡を保とうとする。すると自分の重さがなくなるのだ。軽くなるのではなく無くなる、消えていくというのだろうか。それは自分がいるのか、それともいないのか、その区別すら出来ない曖昧な感覚。感覚があるという時点で存在しているのに、それに疑問を持つ。それが人の感じられる限界の虚無。
それを促し、結果へと至らしめるのは彼の視界に映る『道』。
道を刃に辿らせる。刃は何物にも邪魔されず、真っ先に、人という、虚無を得る為の対価に牙をむく。
目的は、切断ではなく、殺戮。
ただ、人を殺すだけ。そのための道を辿らせる。
その辿らせた結果が、これだ。
ゴミ捨て場の目印代わりに存在するプレハブ小屋の壁に寄りかかるように存在するのは、つい三十分ほど前までは自分の隣の席で退屈な授業を受けていて、今現在はただの肉の塊に成り果てているモノ。
奪ってしまった。無くしてしまった。どう思おうと、今更どうしようも出来ない。
茶色く干からびた枯れ葉と隙間にグランドの砂がこびり付いたアスファルトが織り成す冬の校舎裏の足元に、非常識的な赤い湖が今日限りの共演を果たしていた。
得られたものは、まるで無い。
失ったものは、何か分らない。
でもうれしい。それがうれしい。
戮すために使う眼球は『道』というカタチで自分の殺戮を縛るのに、
戮している彼自身にとっては、『道』に縛られて戮すのは、完全なる自由だ。
だから彼は、目を閉ざせない。目を閉ざしたら、それだけで彼は、弱い自分を自覚してしまうから。
その代わりに自分を落ち着けるために意識的に呼吸をする。吐く時は、内臓が小刻みに振動する。二酸化炭素が臓器にまとわりついた熱気を搾り取って排出されていくかのように、錯覚する。
まるで、吐息という死神に、人である証明を奪われているかのようだ。恐ろしく感じる。呼吸と言う生理現象にすら恐怖を覚えて内心で自虐する。
強くなる為に、強さを確認する為に戮すわけではない筈なのに、
目を閉ざしたら、自分がどれほど脆弱な存在か思い知らされてしまう。
それは恐怖だ。虚無ではない。故に彼は、虚無で心を満たす為にも、恐怖を心に注がない為にも、目を閉じたりはできない。
心の中を満たす虚無。無いモノが満ちるという矛盾な感覚を味わいながら、また心の中が空になればそれを満たす為に、彼はいつまでも殺し続ける。
呆然としたまま、制服の内ポケットから携帯電話を取りだす。
時刻はそろそろ、六時になろうとしていた。どうやら一時間ほどもこんな所にいたらしい。まだ一月だ。そろそろ暗くなり始める。危なくなる前に帰ろうと、自分が危険な存在なのに妙な常識に傾倒する。
右半身だけ真っ赤に染まったまま、白いプレハブに背を預ける人影に背を向けて、利久は無常にその場を去った。