優秀な探偵より早く真相にたどり着くキャラクターを見せてあげる
「あくまで推測の域を出ないよ」
そう前置きをして話し始めた。
「その4人がね喫茶店で何か話し合っているのを見かけたんだよ。服部と宮本の噂は知っていたし、金子のストーカー騒動も知っている。おまけに当時アシをやっていた江田は寿賀瑠々君コンビからいやらしい目で見てくるから別の人に代えてくれって訴えがあったから……あっ、これは絶対にまずいなと」
「……編集長は何もしなかったんですか?」
「ん?いや、もちろんしたよ!本人達を注意したり、上司に報告したり……」
(嘘だ。この人は部下の不祥事を被るのが面倒で見なかったことにしたんだ)
その時、峰の電話が鳴った。
遠藤警部補からだ。
峰は席を外して電話に出る。
「やっほーふじおちゃん。今夜、食事でも一緒にどう?」
「筆跡鑑定の結果が出たんですか?」
「つれないなー。それはともかく終わったよ。ふじおちゃんの予想通り、初音未来は別人の筆跡でした。他の4人は本人」
「やはりそうですか……」
「これってどういう事?何で書き足す必要があったわけ?」
「少なくとも初音未来は共犯者じゃないって事ですよ」
電話を切ると安部編集長が峰の方をマジマジと見ていた。
「何か?」
「初音未来……」
「えぇ、リストカッター事件、最初の被害者の」
「いや、大した話じゃないんだが……瑠々君との話を思い出したんだ」
「どんな話ですか?」
「ほら探偵物って色々な名前が出てくるじゃないか。どうやってそんなに名前をひねり出しているのって聞いたらそれまで会ってきた人の名前を借用しているんだって。で、笑いながら言ったんだ。」
「被害者の名前は私が憎んでいる人の名前です。
例えばこの初音未来って名前。小学校のときに私をいじめていた子から借用しました」
思わぬところで真相にたどり着いた。
あの誓約書は4人の共犯宣言であると同時に雪枝瑠々の復讐リストでもあったのだ。
綾の以来は「何故、初音未来が殺されなければならなかったのか」
峰は呟いた。
「これで僕の仕事は完了……」
新たなリストカッターの事件は警察に任せておけばいい。
亜理抄も「キリがない」と言っていたわけだし。
「……」
亜理抄への手紙。
雪枝瑠々の生死。
「うん、依頼とは関係ないもんね」
しかし、雪枝瑠々の顔を知ることは出来なかった。
安部編集長も持っていなかったのだ。
「それぐらいは知っておいてもいいかな」
初音未来と雪枝瑠々は同じ小学校出身であった。
綾に聞けば小学校の場所を教えてもらえるかもしれない。
「最後に顔ぐらい拝んでおきますか」
綾への報告はその後でも良いと思った。
「瑠々……」
刑務所の部屋で天を仰ぎながら亜理抄が呟いた。
別に精神に異常をきたして雪枝瑠々の幻覚が見えているわけではない。
それでも亜理抄は語りかけるように呟いた。
「貴女の望む優秀な探偵が生まれようとしているわ」
何故か周りの囚人達はこの日は騒がなかった。
まるで亜理抄の話に聞き入っているように。
「好きだったものねぇ、探偵。でも……」
亜理抄の顔付きがキリッと変わった。
何かに目覚めたかのように。
「私は嫌い。だってどんなに優秀な探偵でもまどろっこしいですもの。」
そこにはいたのは漫画家寿賀瑠々ではなかった。
「今度はこっちの番。優秀な探偵より早く真相にたどり着くキャラクターを見せてあげる」
そこにいたのは殺人鬼、寿賀亜理抄であった。
峰は遠藤警部補を訪ねに警察署に来ていた。
いきなり小学校を訪ねても追い返されるかもしれない。
しかし、遠藤警部補の口添えがあれば雪枝瑠々と初音未来の事を聞かせてもらえるかもしれない。
「こんにち……」
そう言って遠藤警部補に近づこうとしたらなにやら慌しい。
そして遠藤警部補は峰に気付き、駆け寄っていった。
「大変です、ふじおちゃん!」
「どうしたんですか?」
「寿賀亜理抄が脱走しました!」
峰は背筋がぞっっとした。
亜理抄が脱走?
何のために?
亜理抄は目的を遂げているはず……
遠藤警部補はけたたましく喚いている。
「また、マスコミに叩かれるよ……4人も殺した殺人犯だぞ?しかし、厳重な警備の刑務所をどうやった脱走したんだよ……」
「簡単です」
「?」
「先生は自分が漫画のキャラクターだと思っているんです。だから不可能はない」
「そんなめちゃくちゃな……」
「でも、実際に脱走しました」
(そして止められるのは……同じように先生が漫画のキャラクターだと思っている僕なんだろうなぁ…)
亜理抄の逮捕で二人の決着はついたと誰もが思っていた。
しかし、まだついていなかったのであった。
殺人鬼、寿賀亜理抄と天才美少女装探偵、峰 富士男の対決は。
峰はかつて寿賀瑠々の仕事場があったマンションにきていた。
亜理抄が刑務所から家賃を払っているため、部屋は残っている。
峰も資料などを使わせてもらっている。
今日来たのは資料を取りに来たからではなかった。
扉を開けるとそこには
「先生……」
亜理抄がそこにいた。
峰の何かの予感でそんな気がして来たのであった。
亜理抄はニコリと笑って言った。
「驚かないのね」
「先生のすることには慣れましたから」
「それで?今日は何の用?」
「先生は?」
「質問を質問で返すなって言ったのは誰でしたっけ……まぁ、いいわ。」
持っている写真立ての裏を見せて言った。
「これを取りに来たの。大事なものだから」
「雪枝瑠々との写真……」
「あっ見せないよ?見たければ自分で探してね。」
峰は姿勢を正して言った。
「先生は僕が止める……」
「んっ何から?」
「やっと分かったんです。先生の目的が」
「ようやく?その問答も終わるのね……言ってごらん」
「先生の目的は復讐ではなかった。まして漫画のためでもない。雪枝 瑠々。ですよね」
「……」
「最初は寿賀亜理抄へのあてつけで始まったと思った事件。でも違った。だって犯人は先生なんですから。これは寿賀亜理抄が雪枝瑠々へのあてつけで始めた事件。でしょう?」
「……」
「手紙の意味を考えていました。「私の番」殺人事件を指しているのかと思ったけどそうじゃなかった。自己アピールを始めるって意味だったんですよね」
亜理抄はパチパチと手を叩いて言った。
「大正解。で、何を止めるつもり?」
「先生は雪枝瑠々を探しているんですよね。会ってどうするつもりですか?」
「殺人鬼が人を探す理由は一つしかないでしょ」
そう言って亜理抄は地面に転がっていた羽毛布団に手をかけた。
「ねぇ峰ちゃん?どれだけ愛しても報われない恋はどうしたら良いと思う?」
「……」
「勘違いしないで。それでも相手が望む物を渡すのよ。愛しているのだから。これが瑠々の望み。答え」
そして亜理抄は羽毛布団を引きちぎった。
羽毛が飛び散り峰はそれを払った。
視界がはっきりした時には亜理抄の姿はなかった。
「それじゃあ、先生の望みではないんですね……」
誰もいなくなった部屋で峰は一人呟いた。




