Scene 1. Cut 3
エステリオン、光のように翔ける。
……と、手渡されたクリアファイルから出てきた台本には書かれてあった。
だが、コクピットシート裏の窮屈な、ロクにクッションもない補助席から体感する限り、全長10メートル以上の巨人が地響きを立てながら走る姿はどう贔屓目に見ても、ライオンから逃げるサイかカバといったところか。いや確かああ見えてカバは結構足が早いと聞いたことがある。
ドーン! ドーン! と路面の舗装を砕く音。たまにベキベキベキグシャ! と木の裂けるような音が。あーまた踏んだ、きっと家だ。ローンローン。ローンの吹き飛ぶ音がするたび、ギンの股間は縮み上がる。
「あのー、ぼく、降りましょうか。おじゃまみたいなんで。弁償とかはまた改めて落ち着いてから」
前のパイロットシートへ声をかけるが。
「あーあーもーもー空気読んでー? どこの世界にー、戦闘中にー、そそくさとコクピットから降りようとする民間人がいるの」
「でも……」
『ストーリーラインから逸脱しています。直ちに修復を行なってください。繰返します、直ちに』
「あーもううるさいうるさーい! 『そう、あいつは精霊馬を装い、お盆に帰る場所を失ったご先祖さまたちの霊を騙して攫い、闇のエネルギーに換えようとしているの! ご先祖様たちの里心につけ込む、なんて卑劣なたくらみ!』」
国道を疾走し、歩道橋をハードルの要領で飛び越え、巨大ロボはナスビを追う。もともと茄子の馬は高速走行するようにできていないのか、あっという間に追いつかれ、タックルで路面に押し付けられる。
「くらえっ、ひっさつ! セレスティア・ハンマー!」
「うわぁ……」
これ海外のバーリトゥードのビデオで見たことある。アカンやつや。「はんまー!」 拳で打突するのではなく、腹立ちまぎれに拳の側面をぶつけるような要領で殴りつけるやつ。馬乗りになり、一切の容赦なし。「はんまー! はんまー!」 マウントを取られながらも、頭部らしきところを両腕でガードする茄子型ロボットの抵抗が「はんまー!」 いっそ涙ぐましい。
「いくよ、トドメだ! いまここに美しからざるグレースを光伏する……」
もつれ合うようにして命からがらマウントポジションからは脱したものの、脚部制御系統に異常をきたしたのか、ガクガクと震えながら立ち上がる茄子ロボ。
左腕を地に、右腕を天に。エステリオンの真珠の装甲は、陽光を受け、輝きを増す。コクピットではパイロットの少女が操縦桿を細かく操作しながら、どこからかカメラで撮られているのだろうか、自機の全身を映し出すモニタをチェックしながら、姿勢を微調整してゆく。「決めるっ!」 陽光を一身に受け、輝ける機体は光の速さで瀕死の茄子ロボへと殺到し、そして、
キリ……キリ……キリ……
「エステリオン・サンライズ・ヘッドロック!」
キリ……キリ……キリ……
『一体どうして説明が必要だろうか! ひとたび書物を紐解けば……史上最も美しい技! それはヘッドロックであるという!』
街路樹から流れだすナレーション。
『神話の時代より、真の強者と真に美しい者は同一であった! 過去様々な画家が数多の勇者を描いてきたが、最強の勇者ヘラクレスを描く際! 彼が最強の敵手・百獣の王ライオンをその両の腕を以って仕留める際、その技は常にヘッドロックであった! 美しい肉体には美しい技が宿る! 即ちヘッドロックこそが真に美しく、最も力強き技であることは異論を差し挟む余地のないところであろう……』
キリ……キリ……キリ……ボッ カッ ガッ
軋むような悲鳴を上げていた、茄子ロボの紫黒の装甲が、ついに圧力に耐えかね、ひとつ、またひとつと部品を路面に落としてゆく。
ガラッ ガラッ
そして、ついに茄子型ロボットが力を失い、四車線のアスファルトに膝から崩れ落ちる。
「勝った……。だが黒機獣•精霊馬。これもお盆にご先祖を祀ることを忘れがちな、我々現代人に対する警告だったのかもしれない……」
なんかいい感じにまとめたセリフを呟くと、パイロットはヘルメットを脱ぎ、ツナギのような全身を覆うスーツのジッパーをヘソ上まで一気に下ろし、胸元をはだけた。
「はいカットー! うおーこんちくしょー! つかれたー! せまいー! のびー! ……あっ」
先ほどまでの凛々しい姿はどこへやら。パイロットシートの背もたれの上部からはみ出さんばかりに背伸びをする彼女は、さらに背筋を反らし、反らし、更に反らし。結果、そこに三角座りでうずくまっていたギンと上下逆さまで目を合わせることになる。
「や、おつかれさまです。で、その、こんな時に言うのもどうかと思うんですが、家の弁償の方は……」
しばしの後。
何事もなかったかのようにシートに背筋を伸ばして座り直し、胸元が大きく開いたツナギのジッパーを首までシャッと引き上げ。シートの背もたれに肘をかけながら、ダンスじみた動きで鮮やかに上半身だけ180度ターンで振り返ってみせた彼女は、そこそこに可愛らしい顔をがんばってしかめ、胸元を押さえて。
「……見たでしょー」
一切の反論や口ごたえを許さず、手形が残らなければ困るとでもいうような勢いで、ギンの頬を引っぱたいた。
みたでしょー、は、相変わらず棒読みであった。