Scene 1. Cut 1
【本放送警報発令中・本放送警報発令中。白院3丁目から4丁目にかけ、本放送収録警報が発令されます。指定区域、及び周辺地域のみなさまは、指定の特設広域パブリックビューイングに直ちに退避し、生放送の臨場感をお楽しみください。繰返しお伝えします……】
「な、なんだ?」
木材の薫りも新しい、買ったばかりの新築一戸建てから制服のブレザーを引っ掴んで飛び出し、白銀ギンは警報に耳をすませた。
避難場所と言われても、昨日引っ越してきたばかりだ、どこにいっていいものかもわからない。お隣さんはもう既に避難済みなのか、ガレージに車も自転車もなく、門扉も窓も開けっ放しだ。
明日から通う高校の、制服のブレザーのサイズを合わせていたところにこのサイレン。引っ越してきたばかりで家財道具も身の回りのものしかないといえ、全開放のまま家を空けるというのにはさすがに抵抗がある。机にベッド、タンスにテレビ。両親や妹がこっちに来るまで、一人暮らしを満喫しようと買い込んだ新世代ゲーム機(中古)とちょっとしたソフトの数々(中古)。それから何より大事な、ローン契約書と家屋土地の権利書(新築)。
安かった、確かに安かったとはいえ、もし避難中に火事場泥棒に入られたら? 家を購入した日の高揚感を思い出し、ごくりとツバを飲む。
◇◇◇
「ではこちらとこちらに捺印いただいて。ローンのね、銀行さんの方にも」
「では総額200万円、金利諸々含みまして8万円の30回ローンとなりますね、ご確認ください」
「はい、じゃあこれと、これで。……僕、高校生なんですけど、大丈夫なんでしょうか?」
「いえいえ、学生さんでもね。この街じゃ、お安くなっておりますのでね」
「そうそう、短い学生生活とはいえ、3年間家賃を払い続けるより、2年半程度のローンで家が買えれば、ソッチのほうがオトクですんで」
地方銀、キタセッツ銀行の応接室にて、ブレザーの高校生男子がひとり。スーツの中年男性が二人。
「では、白銀ギンさま。ご契約ありがとうございます。4LDK一戸建てのご購入ということで」
「ほう。学生さんなのに立派な」
「家族を呼ぶことになってますんで」
「なるほどなるほど」
脂っこい大柄な男性の方はそそくさと契約書をしまいこみ、「ちょっとコピーを取ってまいりますのでね」、と中座する。
痩せ気味の男性が、土地建物契約書面をファイルにまとめてゆく。
「しつこいようですが、キタセッツは大変大変特殊な土地柄でございまして。契約書は読んでいただけたかとは思いますが」
「あ、はい。なんか、災害が多いとか」
「災害……といいますか。特別自律型環境開発指定区域といいまして。併せて各種保険をご提案させていただいていたかとは……」
「そうですね、とりあえず、地震・火災・損害保険あたりでしたっけ? でもちょっと高いんで、いくつか削っちゃいましたけども」
大柄な男性が戻り、重厚なテーブルにローン契約書の原本を置く。
「イノガミさん、アレはローン契約条件に含まれてますか? 念のためですが……」
「お? ああ、アレはね。ちょっと高いもんですから、最近必須にはしてないんで……」
「それは……大丈夫なんですか?」
「ま、ま、ま! 2年半のローンですとね、アタらない年もありますからね!」
「確かに、10年周期ですから……コストを抑えたいということであれば、無理強いはできませんね……」
置いてきぼりになったギン。
「あ、あの? なんか、まずいことでも?」
「ああ! あ、いやいや! 問題ありません。売買契約と住宅ローンの手続きはすべて滞り無く!」
「ええ、ありがとうございます。ではローンの方は毎月、当行にお作り頂いた口座に入金いただきまして……」
「あ、はい。この通帳のやつですよね」
◇◇◇
そうだ、通帳も!
家から既に100メートルくらい後ずさっていたギンだったが、通帳なら運び出せる。それに思い当たり取って返そうとした彼の目の前に、巨大な黒い壁が突き刺さった。黒紫色の金属の壁。思わずへたり込みながら、視線は上へ。
「でけぇ……」
金属の茄子とでもいうべきか、ぞんざいなシルエットの両足に適当な上半身。お盆休みに帰ってきたご先祖の復路を担当してくれそうなタイプの造形物が、二足歩行で閑静な住宅街に屹立している。頭は周囲の3階建て住宅のほぼ倍の高さ。それを支える右足はお隣の右働さんちのリビングを踏み潰し、左足はこれまたお隣の左方さんちの玄関先の犬小屋を粉砕。奇跡的に白銀家は無事だ。とはいえ。
「やばいだろ……なんだよこれ……おい、うちから離れろ! 頼むって!」
茄子型巨大ロボットがゆっくりとかがみ、その頭部がギンの姿をとらえた、ように感じる。
やばい。
ごめんなさい故郷のそう親しくもなかった友人知人、同級生のみんな。なんでもかんでもヤバいって言ってんじゃねー、って馬鹿にしてごめん。ヤバイとしか言えない瞬間は人生に確かにあるものだ。
その茄子ロボはそーっと焼きナスのような腕をギンに伸ばした。捕まる。もしくは潰される。ヤバイヤバイヤバイ。ごめん父さん母さん妹よ。家のローンは生命保険からなんとか。ロボに殺されるタイプの特約とかがあったろうか。助けて。
「待ちなさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっっ!」
ガガッズズグォーーーーーーーーーーゥン! ……ゥンゥウンゥン……
その時天から舞い降りた一筋の光が巨大鋼鉄茄子の懐に潜り込み、突き刺さり、弾き飛ばす。アスファルトを削る擦過音。ビルの解体作業もかくやという豪快な爆音。遅れて、少し先で茄子が地面に突き刺さる轟音。
腰を抜かしてへたり込むギンの頭上で、そこかしこの街路樹の中から、一斉に景気のいい音楽が流れ始める。
『一体どうして説明が必要だろうか! 美しきボディはその気高さを示し! その強さはみんなを守る深き愛を力の源に!』
♪らららー ちゃっちゃー ちゃっちゃー らちゃー ぱらっぱるー るららららー わーわー(Ah ah ah)
『それがエステリオン! 美しき無限の力で悪を討ち! 余ったエネルギーは各御家庭の床暖房、電気式給湯システムへ!』
♪らららー ちゃっちゃー ちゃっちゃー らちゃー ぱらっぱるー るららららー わーわー(Ah ah ah)
『最強! エコロジー! クリーン! ビューティー! そしてビクトリー! 三拍子揃った美しき街、それがぼくたちわたしたちの街、キタセッツなのだ!』
ナレーションに合わせ宗教画の天使のごとき決めポーズをとる、鋭角的なシルエットの真珠光沢・六枚羽根の巨大ロボ。
その足元で、ギンの新居はぺっちゃんこになっていたのであった。