あるじのつま
昼食をとったあと、わたしはロシュミット夫人に呼ばれた。
食事中、話の流れでロシュミットさんの娘さんたちのドレスや普段着などをわたしに譲ってくださるということになったのだ。
それなら私が似合いそうなのを見立ててあげるわと夫人も乗り気で。
現在、衣装部屋に向かって夫人付きのメイドさんの後ろをついて歩いているという次第。
それにしても、広い。
かなりまえに建てられたと思われるお屋敷は、古いけれどいたみはそれほどなく、大事に住まわれていることがよくわかる。
なかには増築された部分もあったりして、年代の違いを感じさせたりもする。
前を行くメイドさんに置いていかれないようにするのが精一杯で、のんびりお屋敷内を見学できる状況ではなかったけれど。
幾度も角を曲がり、階段をあがったり降りたりしてようやく目的地に到着した。
衣装部屋のまえまでくるとメイドさんはわたしに一礼して、さっさと元来た道を戻っていってしまう。
振り返ると、わたしを連れてきた倍以上の速度で遠ざかっていったので、彼女なりに気をつかってくれていたのだとわかった。
こんこん
遠慮がちにドアをノックすると
「お入りなさい」
なかから夫人の声がする。
「失礼します…」
そう言ってから、わたしはドアを開けた。
衣装部屋のなかに足を踏み入れ、わたしは絶句する。
部屋いっぱいの、ドレス、ドレス、ドレス。
季節ごとや色別に、きれいに吊り下げられ、整頓されている。
大きな街のお店でも、ここまでの質と量を備えたところはないかもしれない。
わたしは、近くにあったドレスに触れてみた。
ドレスの良し悪しなど、わたしには判別がつかない。
けれど、触ったときの生地のやわらかさ、色み、デザインなどから、かなり高級なものだということはわかる。
それが、ざっと100着以上もあるのだ。
ロシュミット家の財力は、桁違いだ。
「ノアザ、こっちよ」
部屋の奥から夫人がわたしを呼んだので、慌ててそちらへ向かう。
目は、色とりどりのドレスたちに奪われたまま。
「あなたに似合いそうなのをいくつか選んでおいたのだけれど」
ロシュミット夫人の隣には木製の大きな台があり、そのうえに何着かドレスがひろげられていた。
夫人や娘さんたちの趣味なのか、ここにあるドレスはすべて、ごてごてした装飾はなく、シンプルでかつ洗練されたものばかり。
夫人が選んであったものも例にたがわず、デザインも色づかいもやさしいものばかりだった。
そしてそこから滲み出る高級感。
わたしがいまから死ぬまで働いてもここにあるドレス1着買うことができるかどうか。
「もっとこっちへいらっしゃい。ドレスをあわせましょう」
にこにこと人懐こい笑みを浮かべ、わたしに手招きするロシュミット夫人。
夫であるロシュミットさんと同じく、身分のちがいなどまったく気にしていないようだ。
わたしは、このご夫婦を好きになりはじめている。
おこがましい、厚かましい、身分不相応だと怒られるかもしれないけれど、わたしにとって、祖父母のように思えるのだ。
わたしの希望と言ってもいい。
「ああ、やっぱりよく似合う」
手を胸にあて、嬉しそうに笑うロシュミット夫人。
わたしに合わせられたのは、オリーブグリーンの色のドレスだった。
「普通のオリーブグリーンより暗めの色の生地で作らせたの」
うっとりとした瞳で夫人はわたしの髪に触れた。
「この蜂蜜色の髪を見たとき、“絶対似合う!”って思ったの。娘たちは全員黒髪だから」
このドレス、黒髪には合わなかったの…と残念そうに呟く。
「髪を結って軽くお化粧したら、立派なレディになるわ。やってみましょうよ!」
「え…でも…」
このドレス、お高いんですよね?
夫人から見たら赤の他人のうえ、どこの馬の骨かわからないような小娘にすんなり与えちゃっていいんですか?
「娘たちはみんなお嫁にいっちゃったし、服なんてむこうでいやというほど作ってもらってるでしょう。なんならここにあるの、全部あなたにあげてもいいのよ」
恐ろしいことをこともなげに言う。
わたしは首を横にぶんぶん振った。
「遠慮しなくていいのよ」
わたしは首を振り続ける。
ロシュミット夫人は、首をすくめると溜め息を一つついて
「欲のない子ね。わかったわ、じゃあこうしましょう」
そう言うと、台にひろげてあった他の数着のドレスを寄せ集め、わたしのほうへ押しやる。
「とりあえず、これらはもらってちょうだい。この部屋にある他のドレスについては、あなたが欲しいと思ったときにいつでも取りにきていいことにする。ちなみにこれは、決定事項だし命令だから」
ここにあるドレスだけで一財産になる。
それをこんな気前よく…
「どうして、わたしなんかに…」
よくして、くれるのですか?
「…だってあなたはテオの大切なひとでしょう?」
夫人がまとう雰囲気がかわる。
ドレスを選んでいるときはどちらかというと若い女性の、華やいだ感じだったのが。
年相応の落ち着いた年配の女性のものになり、こちらが本来の辺境伯の奥方の姿なのだろう。
「テオはね、私たちにとっては息子も同じなの。息子が恋人を連れてきたのよ、これが喜ばずにいられて?」
私たちとは、ロシュミット夫妻のこと。
「あなたはもっと自分に自信をもつべきだわ」
夫人がわたしの頭をなでた。
わたしは安心感から目を閉じる。
「まずは、その見た目をなんとかしましょう」
夫人はメイドさんたちを衣装部屋の隣の部屋に待機させていた。
わたしの顔面がひきつる。
本来なら、“娘”ではなく“(御)息女”と書くのが正しいのですが、ノアザ視点ですので敢えて“娘”としました。
なにせノアザはロシュミット辺境伯に対し、会話では様付けですが、地の文ではさん付けですから。
階級や爵位にはうとい設定です。
9/8 メイド→メイドさん に変更しました。