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ひろまにて

 起きたのは昼前だった。


 とうに陽は高く昇り、それで寝過ごしたと気付いたわたしは慌てて着替えを済ませると、昨夜(といっても日付は今日にかわっていたけれど)通された広間へ向かった。



 広間の出入口には執事の男性が立っており、わたしの姿をとらえると一礼してから、その重そうな木製の両開きのドアの片方をうやうやしい態度で開けてくれる。


 わたしはおどおどしながら、なかへ入った。

 こんな対応をしてもらえるような立場の人間ではないのに。

 どちらかといえば、使用人のほうであるように思う。


 すっかり忘れていたけれど、ロースクールを卒業したのだからわたしもそろそろ働かなくてはならない。

 引っ越しやテオとの生活などでどさくさに紛れていたけれど、ずっと養ってもらうわけにもいかない。


 ここで雇ってもらおうと思うのは、いささか安直だろうか。


「おはよう」


 広間にいたのは、あるじのロシュミットさんだけ。


「おはようございます…」


 ぼそぼそとこたえてしまい、ロシュミットさんは聞き取りにくかっただろう。


 けれど、気にした様子もなくにこにこしている。


「今朝メイドに見にいかせると、よく眠っていたとのことで起こさずにおいたが、体の具合はどうだ?」


「眠かっただけ、です。すみません…」


 テオたちについてこなければ、多分、一生会うことのなかったであろうひと。こんなふうに声をかけてもらうこともなかった。


「あの…テオ、は…?」


 明らかに自分よりはるかに位の高いひとと二人きりというのはとても気づまりで。

 緊張していつも以上に声が小さくなってしまう。


「テオと団長は庭に出ている。寒いのに物好きなことだ。魔導師は魔力を回復するためにずっと眠っている」


 ロシュミットさんはそう言ってソファから立ち上がると、庭に出られるガラス張りのドアにむかって歩いていった。


 雪が積もった庭がガラス越しに見える。


 魔方陣から出たときは、真っ暗であまりよくわからなかったけれど、昼の太陽のした、その眺めはすばらしいものだった。


 雪が積もるのまで計算されて剪定された植木。

 それらが溶ける春になれば今度は見事な花が咲き誇るのだろう。


 わたしもロシュミットさんのあとに続き、ドアに近づくと庭に出ていると言っていた、テオの姿を目で探す。


「あ、あの。団長って?」


「バート…ブラナーのことだ。彼は近衛騎士団の団長をつとめている」


「このえ、騎士団?」


 騎士団はともかく、このえとはなんだろう?


 首をかしげたわたしに


「近衛騎士団とは、まあ簡単にいうと王宮の警備や王族の護衛を主な仕事としている騎士たちの集まりだな」


 ロシュミットさんは迷惑がる様子もなく、わかりやすく教えてくれた。


 ブラナーさんの職業が、騎士でしかも団長だということがわかって。


 わたしの周りで起こる出来事すべてが、どんどん現実とかけ離れていくように感じる。


 魔方陣で現れた国王からの使者。その片方は魔導師でもう一方は騎士団の団長。

 魔方陣で家から離れた場所に移動し、その着いた先のお屋敷のあるじは気品漂う貴族。


 物語の登場人物にでもなったかのような錯覚をおぼえる。


「テオはそなたがとても大事なのだな」


「えっ?」


 急にテオの話をされ、とっさに普通に訊き返してしまう。

 そのことに気がついて顔を青くするも、ロシュミットさんは一向に気にしていない。


 このひと…貴族、だよね?


 わたしのもつ貴族のイメージとまったく重ならない。


「今朝もテオはそなたの心配ばかりしておった。朝食をとったあと、あやつはそなたの部屋に行こうとしておった。だが、団長に庭へと誘われしぶしぶついていったよ」


「テオが…」


 嬉しくて心があたたかくなる。


「あやつのあんなやに下がった顔を見たのは初めてだ。長生きはするものだな」


「テオと、ロシュミットさまは以前からのお知り合いですか?」


 やっと訊きたいことが訊けた。


「…そなたはテオといつからの付き合いだ?」


 そうしたら、逆に訊かれた。


「半年ほどまえから、テオの家でお世話になっています。テオの亡くなった奥さんの兄がわたしの父、つまり義理の叔父と姪です」


 とりあえず、無難にこたえる。


 本当は、恋人と言いたかったけれど、テオとわたしは年が離れすぎているし、第一わたしは未成年だ。テオが性犯罪者と疑われるのは絶対にいやだった。


「テオの…妻?」


 ロシュミットさんはなにかを思い出そうかとするように、天井に視線をむける。そこには発光する魔法石でできたシャンデリアがあった。

 いまは昼間なのでもちろんあかりはともっていない。


「テオの妻というのは、もしや隣国ウルスラの女性か?」


「隣国…ウルスラ?」


 ロシュミットさんの言葉にひっかかる。


 ウルスラは、わたしの住んでいる国の名前だ。15年暮らし、わたしの国籍のあるところ。

 テオの家もウルスラにある。


 けれど、いま、ロシュミットさんは、そのウルスラに隣国とつけた…


「どうした?」


 呆然とし、かたまったままのわたしにはなにもこたえられない。


 うかつ、だった。


 先入観で、王宮もそこに住まう王族も、すべてウルスラのものだと疑わなかった。


 まさか…

 目的地が…

 母国ウルスラの隣、バルタザルの王宮だったなんて…


 血の気がひき、気を失いそうになる。

 顔色は、白い。

 がちがちと奥歯が噛み合わずに鳴ってしまう。


 戦の国、バルタザル。


 少しまえまで内部紛争があり、いまでもその火消しが続いている。

 最近、やっと平和になりつつあるというけれど、本当かどうか。


 大切な両親を失ったわたしにとって、命は非常に尊いものだと思っている。

 だれかの命を奪ったり奪われたりするなんて、考えただけでも吐き気がする。


 けれどバルタザルではそれが日常茶飯事。


 平和なウルスラから出るつもりはなかったし、たとえどこかの国に旅行しようと考えても、バルタザルだけは絶対に選ばない。


 なのにわたしは来てしまった。


 …テオは!?


 最愛のひとの顔を思い出す。


 テオは、もちろん自分たちの行く先がバルタザルの王宮だとわかっていたはずだ。


 しかもテオは、このロシュミットさんと古くからの知り合いのようで。


 ブラナーさんもテオのことをよく知っているふうに見えた。


 それは、つまり。


「テオは…テオは、バルタザルの国のひと、なんですね?」


 からからに渇いたのどの奥から絞り出した、悲痛な声。


「そうだ」


 それにこたえたのは、庭にいたはずのテオだった。



しばらくは事件もなく、登場人物たちを取り巻く世界のことを書いていくと思います。

退屈かと思いますが、しばらくおつきあいください。

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